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「……ちょっと、ヴィンセント。さっきから私のドレスの裾を、磨き上げられた大理石のように恭しく持つのはやめてくださる? あなたが触れるたびに、生地が『身の危険』を感じて収縮している気がするのだけれど」
セドリック(種無しスイカ)を門外に放り出した後、私は静寂を取り戻した庭を歩いていた。
だが、静寂とは名ばかりで、背後からは「皇子」という皮を脱ぎ捨てたヴィンセントが、熱っぽい視線と共にぴったりと追従してくる。
「失礼。あまりにも君の歩く姿が、無能な者たちを蹂躙する女神のように神々しかったものでね。……収縮しているのは生地ではなく、君の美しさに当てられた私の心臓の方だよ、レーズン」
「心臓が収縮しているのなら、そのまま止まればいいじゃない。そうすれば、私の庭にまた一つ、質の良い『美形の彫像』が増えるわ。……それで? 騎士団まで連れてきた隣国の皇子様が、いつまでも他国の令嬢の庭で油を売っていていいのかしら?」
私は立ち止まり、振り返って彼を射抜くように見つめた。
ヴィンセントは、いつものように不敵な、しかしどこか真剣な面持ちで私の視線を受け止めた。
「……油を売っているのではない。私は、帝国の未来を懸けた『最高級の取引』を君に持ちかけに来たんだ」
「取引? あら、私の時給は高いわよ。帝国の国家予算三割分くらいの頭金が必要だけど、準備はできているのかしら?」
「三割と言わず、半分でも構わない。……レーズン。私はアストラ帝国の第三皇子として、君に正式に申し込む。……我が国の皇太子妃――いいえ、私と共に帝国を支配する『女王』として、私と婚姻を結んでほしい」
ヴィンセントがその場に跪き、懐から一つの小箱を取り出した。
開かれた中には、王都の宝石店では一生拝めないような、深紅の輝きを放つ巨大な魔宝石の指輪。
「……はあ? 婚姻? あなた、脳みそが沸騰して蒸発してしまったのかしら。私はつい先日、婚約破棄されたばかりの『悪役令嬢』なのよ? そんな事故物件を、わざわざ帝国に招き入れようなんて、さてはあなたの国は絶望的な人材不足なのね?」
「事故物件? とんでもない。私にとっては、誰にも荒らされていない未踏の『宝物庫』だ。……レーズン。君のその事務処理能力、冷徹なまでの判断力、そして何より、無能を根絶やしにするその毒舌。……帝国には、君のような『劇薬』が必要なんだ」
ヴィンセントの瞳に、冗談ではない熱が灯る。
「私の兄たちは、私利私欲で国を食い潰している。このままでは帝国も、あの種無しスイカ王子の国と同じ道を辿るだろう。……だが、君がいれば違う。君がその鋭利な言葉と知性で、帝国の腐った部分をすべて切り取ってくれるなら、私は喜んで君の『剣』となり、君の『奴隷』となろう」
「……随分と、重苦しい愛の告白ね。要するに、私に帝国の再建という名の『一生終わらない残業』を押し付けたいというわけかしら?」
「残業ではない。君が愛してやまない『数字と効率』による支配だ。……どうかな、レーズン。退屈な辺境での隠居生活も悪くないが、世界最大規模の帝国という盤面で、思い切りその毒を振るってみたくはないか?」
私は、ヴィンセントが差し出した指輪と、その顔を交互に見た。
正直に言えば、私の「悪役令嬢としての血」が、その提案に激しく反応していた。
一国の、それも大帝国の腐敗を、私の毒舌と手腕で掃除していく。
……それは、想像するだけでどの贅沢品よりも刺激的な「娯楽」に思えた。
「……ふん。面白いことを言うわね、このロイヤル不審者。……いいわ。ただし、条件があるわよ」
「条件? なんだ。国を一つ差し出せとでも言うのかい?」
「そんな面倒なものいらないわ。……いい? 私が帝国へ行ったら、あなたの兄たちや、生意気な貴族たちを、私の匙加減一つで『処刑』……あるいは『社会的抹殺』しても文句を言わないこと。それから、あなたのことも、一日に一回は必ず三時間以上、ボロクソに罵倒する時間を設けること。……これが守れるなら、考えてあげてもいいわ」
ヴィンセントの顔が、これ以上ないほどの歓喜に染まった。
「……っ、社会的抹殺に、毎日の三時間耐久罵倒……! ああ、レーズン、君はなんて慈悲深いんだ! 喜んで、その契約書に血でサインしよう!」
「血でサインしないで、気持ち悪い。……さあ、ガルフさん。聞こえていたわね? 今すぐ帝国の法務官を呼びなさい。私が納得するまで一字一句逃さず契約書を作り上げるから。……一分でも遅れたら、あなたも連帯責任で『庭の肥やし』になってもらうわよ」
「ハ、ハッ! ただいま! ただいま準備させます、レーズン様……いいえ、未来の皇妃殿下!」
ガルフが、嬉し泣きをしながら森の奥へと消えていった。
「……さて。そうと決まれば、まずは私の衣装を揃え直しなさい、ヴィンセント。帝国の宮廷へ乗り込むのに、こんな質素なドレスじゃ、毒のキレ味が鈍るわ」
「了解した、私の女王。……最高級の絹、最高級の宝石、そして最高級の『罵倒される場所』を用意しよう」
ヴィンセントが私の手に再びキスをする。
私の第二の人生――今度は「悪役令嬢」の枠を超えた、「帝国の劇薬」としての幕が、今まさに上がろうとしていた。
セドリック(種無しスイカ)を門外に放り出した後、私は静寂を取り戻した庭を歩いていた。
だが、静寂とは名ばかりで、背後からは「皇子」という皮を脱ぎ捨てたヴィンセントが、熱っぽい視線と共にぴったりと追従してくる。
「失礼。あまりにも君の歩く姿が、無能な者たちを蹂躙する女神のように神々しかったものでね。……収縮しているのは生地ではなく、君の美しさに当てられた私の心臓の方だよ、レーズン」
「心臓が収縮しているのなら、そのまま止まればいいじゃない。そうすれば、私の庭にまた一つ、質の良い『美形の彫像』が増えるわ。……それで? 騎士団まで連れてきた隣国の皇子様が、いつまでも他国の令嬢の庭で油を売っていていいのかしら?」
私は立ち止まり、振り返って彼を射抜くように見つめた。
ヴィンセントは、いつものように不敵な、しかしどこか真剣な面持ちで私の視線を受け止めた。
「……油を売っているのではない。私は、帝国の未来を懸けた『最高級の取引』を君に持ちかけに来たんだ」
「取引? あら、私の時給は高いわよ。帝国の国家予算三割分くらいの頭金が必要だけど、準備はできているのかしら?」
「三割と言わず、半分でも構わない。……レーズン。私はアストラ帝国の第三皇子として、君に正式に申し込む。……我が国の皇太子妃――いいえ、私と共に帝国を支配する『女王』として、私と婚姻を結んでほしい」
ヴィンセントがその場に跪き、懐から一つの小箱を取り出した。
開かれた中には、王都の宝石店では一生拝めないような、深紅の輝きを放つ巨大な魔宝石の指輪。
「……はあ? 婚姻? あなた、脳みそが沸騰して蒸発してしまったのかしら。私はつい先日、婚約破棄されたばかりの『悪役令嬢』なのよ? そんな事故物件を、わざわざ帝国に招き入れようなんて、さてはあなたの国は絶望的な人材不足なのね?」
「事故物件? とんでもない。私にとっては、誰にも荒らされていない未踏の『宝物庫』だ。……レーズン。君のその事務処理能力、冷徹なまでの判断力、そして何より、無能を根絶やしにするその毒舌。……帝国には、君のような『劇薬』が必要なんだ」
ヴィンセントの瞳に、冗談ではない熱が灯る。
「私の兄たちは、私利私欲で国を食い潰している。このままでは帝国も、あの種無しスイカ王子の国と同じ道を辿るだろう。……だが、君がいれば違う。君がその鋭利な言葉と知性で、帝国の腐った部分をすべて切り取ってくれるなら、私は喜んで君の『剣』となり、君の『奴隷』となろう」
「……随分と、重苦しい愛の告白ね。要するに、私に帝国の再建という名の『一生終わらない残業』を押し付けたいというわけかしら?」
「残業ではない。君が愛してやまない『数字と効率』による支配だ。……どうかな、レーズン。退屈な辺境での隠居生活も悪くないが、世界最大規模の帝国という盤面で、思い切りその毒を振るってみたくはないか?」
私は、ヴィンセントが差し出した指輪と、その顔を交互に見た。
正直に言えば、私の「悪役令嬢としての血」が、その提案に激しく反応していた。
一国の、それも大帝国の腐敗を、私の毒舌と手腕で掃除していく。
……それは、想像するだけでどの贅沢品よりも刺激的な「娯楽」に思えた。
「……ふん。面白いことを言うわね、このロイヤル不審者。……いいわ。ただし、条件があるわよ」
「条件? なんだ。国を一つ差し出せとでも言うのかい?」
「そんな面倒なものいらないわ。……いい? 私が帝国へ行ったら、あなたの兄たちや、生意気な貴族たちを、私の匙加減一つで『処刑』……あるいは『社会的抹殺』しても文句を言わないこと。それから、あなたのことも、一日に一回は必ず三時間以上、ボロクソに罵倒する時間を設けること。……これが守れるなら、考えてあげてもいいわ」
ヴィンセントの顔が、これ以上ないほどの歓喜に染まった。
「……っ、社会的抹殺に、毎日の三時間耐久罵倒……! ああ、レーズン、君はなんて慈悲深いんだ! 喜んで、その契約書に血でサインしよう!」
「血でサインしないで、気持ち悪い。……さあ、ガルフさん。聞こえていたわね? 今すぐ帝国の法務官を呼びなさい。私が納得するまで一字一句逃さず契約書を作り上げるから。……一分でも遅れたら、あなたも連帯責任で『庭の肥やし』になってもらうわよ」
「ハ、ハッ! ただいま! ただいま準備させます、レーズン様……いいえ、未来の皇妃殿下!」
ガルフが、嬉し泣きをしながら森の奥へと消えていった。
「……さて。そうと決まれば、まずは私の衣装を揃え直しなさい、ヴィンセント。帝国の宮廷へ乗り込むのに、こんな質素なドレスじゃ、毒のキレ味が鈍るわ」
「了解した、私の女王。……最高級の絹、最高級の宝石、そして最高級の『罵倒される場所』を用意しよう」
ヴィンセントが私の手に再びキスをする。
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