お黙りなさい!婚約破棄された毒舌令嬢は甘くない毒を吐く

ちゃっぴー

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「……ちょっと、ヴィンセント。その格好は何かしら? 胸元のフリルが多すぎて、まるで自分が高級なカリフラワーにでもなったつもり? 視覚的な情報量が過多だわ。私の網膜を無駄遣いさせないでくださる?」


帝国の馬車が迎えに来た朝。私は、気合の入りすぎたヴィンセントを玄関先で一刀両断にした。
今日の彼は、白銀の刺繍が施された贅沢な礼装に身を包んでいるが、私に言わせれば「装飾過多の成金」でしかない。


「おはよう、レーズン。カリフラワーか、新しいな。……このフリルは帝国の流行なんだが、君にそう言われると、自分が無駄な肉芽をぶら下げた愚か者に思えてきたよ。……ああ、心地よい屈辱だ」


「流行? 自分の頭で思考することを放棄した人間が使う、最も安易な言い訳ね。……さあ、突っ立っていないでエスコートしなさい。今日の『デート』とやらのタイムスケジュール、一秒でも狂ったらそのフリルを全部むしり取って、道端の鳩にでも食べさせるわよ」


「了解した、私の女王。……さあ、まずは帝都で一番の景観を誇る、天空のレストランへ案内しよう」


ヴィンセントに導かれ、私たちは魔導馬車に乗り込んだ。
揺れが一切ない快適な車内。だが、私の口は休まない。


「この馬車のクッション、柔らかすぎるわ。座るたびに背骨の緊張感が失われて、知能まで退化しそうだわ。……ヴィンセント、あなたは普段からこんなふやけた椅子に座っているから、森で行き倒れるような事態になるのよ」


「……背骨の緊張感、か。確かに、君の隣に座っている今の私の背筋は、鋼鉄のように張り詰めているよ。……君の冷徹な横顔が、最高のスパイスだ」


レストランに到着すると、支配人以下、全従業員が二列に並んで深々と頭を下げた。
だが、私が席に着くまでの数秒間で、私のメモ帳には既に十箇所の「改善点」が書き込まれていた。


「……店主。その、右から三番目の給仕の歩き方。左足の重心がわずかに外側に逃げているわ。料理を運ぶ際にソースが0.3ミリほど波打つ原因になるわよ。即座に矯正させるか、さもなくば、その足を接収して義足にでも変えなさい」


「……えっ!? あ、は、はいっ!」


支配人が泡を食って震え出す。ヴィンセントはそれを見て、満足げにワイングラスを揺らした。


「……見事だ、レーズン。誰も気づかない微細な欠陥を突く。君の観察眼は、もはや神の領域だな」


「神ではなく、単なる効率の追求よ。……それで、このメニューは何? 『愛の囁きを添えた子羊のソテー』? 料理に感情的なゴミを混ぜないで。原材料と加熱時間、そして塩分濃度だけを正確に記しなさい。客はポエムを食べに来ているのではないのよ」


運ばれてきた料理に対しても、私の舌は容赦をしない。


「……このソース、バターの乳化が甘いわ。あと四十五秒、加熱と攪拌を徹底すべきだったわね。……ヴィンセント、あなた、これを『美味しい』と思って食べているの? あなたの味覚は、その辺の道端に落ちている石鹸と区別がつかないのかしら?」


「……石鹸、か。……そうかもしれない。君のその辛辣な言葉を聞いた後では、どんな美食も霞んでしまう。……レーズン、もっと私を教育してくれ。君の基準に届かない私を、徹底的に再編してほしいんだ」


ヴィンセントが、テーブル越しに私の手を握ろうとしてきた。
私は手に持っていたフォークの先を、彼の指の間、わずか数ミリのテーブルクロスに突き立てた。


「食事中に不必要な肉体接触を試みるなんて。……あなたの性欲は、空腹中枢と直結しているのかしら? まるで発情期の野良犬ね。……今度その不潔な指が私の領域に侵入したら、マナーの基本から叩き込んであげるわ。具体的には、その指を一本ずつ、正しい角度で……」


「……っ! 正しい角度で……! ああ、期待しているよ」


レストラン中の客と従業員が、顔を青くして私たちのテーブルを注視している。
帝国の皇子が、隣国の令嬢にボロクソに言われ、それに対して恍惚とした表情を浮かべているのだ。
明日の帝都の新聞の見出しは、間違いなく「帝国の太陽、ついに沈没」になるでしょうね。


食後の散歩。王宮の広大な庭園で、ヴィンセントが不意に足を止めた。


「……レーズン。今日は楽しかったよ。……君に罵られることで、私の心の中にある『澱』のようなものが、全て洗い流された気がする」


「楽しかった? ……私はあなたの無能さを指摘し続けて、ひどく疲労したわ。この疲労への対価は、帝国の宝石鉱山一つ分でも足りないくらいよ。……でも、まあ。……あなたのその、救いようのない『打たれ強さ』だけは、評価してあげてもいいわ」


私がわずかに目を細めてそう言うと、ヴィンセントは子供のように純粋な笑顔を見せた。


「……評価、か。……ありがとう、レーズン。君に少しでも認められたなら、私は今日、この命を捧げても後悔はない」


「命を捧げる前に、さっきのレストランの会計報告書を作成しなさい。……一円でも計算が合わなかったら、あなたのその命、私が一秒でシュレッダーにかけてあげるわ」


「……ああ。喜んで、徹夜で仕上げよう」


夕闇に染まる帝都の空。
私の「デート(という名の集中講義)」は、こうして一人の皇子をさらなる深みへと叩き落として幕を閉じた。
……次は、帝国の宮廷という名の、ゴミ溜めを掃除しに行く番ね。
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