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「……ちょっと、ヴィンセント。あそこの茂みから、不格好な鉄のバケツみたいなものが三つほど突き出しているけれど。帝国の最新のガーデニングオブジェかしら? だとしたら、作者の正気を疑うほど醜悪だわ」
帝都へと向かう道中、豪華な天幕で休憩していた私は、優雅に紅茶を啜りながら森の縁を指差した。
隣で私の「毒舌の余韻」を噛み締めていたヴィンセントが、鋭い視線をそちらに向ける。
「……いや、あれは帝国の美意識ではないな。……ガルフ、あれをこちらへ引きずり出せ。君の訓練不足のせいで、私の視界に『不純物』が混じった責任を取るんだ」
「ハッ! 申し訳ございません、殿下! 今すぐ消毒して参ります!」
茂みの影に潜んでいたガルフが音もなく消えたかと思うと、次の瞬間には「ぎゃあぁっ!」という無様な悲鳴が三つ重なった。
引きずり出されてきたのは、王国の紋章を隠しきれていない、見るからに二流の暗殺者たちだった。
「ひ、ひぃっ……! 助けてくれ! 俺たちはただ、セドリック殿下に命じられて……!」
「……あら、やはりあの『種無しスイカ王子』の差し金ね。刺客を送るにしても、せめてもう少し知能指数の高そうな個体を選べなかったのかしら? あなたたちの隠密行動、音を立てて歩く象の方がまだマシだわ」
私は椅子に深く腰掛け、怯える男たちを冷淡な目で見下ろした。
男たちは、私の冷たい視線に射抜かれ、ガタガタと歯を鳴らしている。
「レ、レーズン様! お願いです、戻ってきてください! 殿下は、あなたがいないと書類の山に埋もれて死ぬと言って、毎日泣いているんです! 僕たちを殺さないで、一緒に帰ってくれたら、殿下が『許してやる』と……!」
「『許してやる』? ……まあ、驚いた。その言葉、そのまま熨斗をつけて、彼の空っぽな頭蓋骨の中に叩き込んでやりたいわね。……いい? 他人に頭を下げさせることすら満足にできない男に、私を呼び戻す資格なんて一ミクロンもないのよ」
私は扇子をパシャリと閉じ、男の一人の鼻先に突きつけた。
「まず、あなたたちの装備。安物の鉄に、手入れのされていない短剣。そんなもので私を脅そうなんて、一国の公爵令嬢を舐めているのかしら? それとも、王国にはもう、まともな武器を揃える予算すら残っていないの? ……ああ、そうね。私が全額回収したんだもの。納得だわ」
「そ、そんな……。殿下は、あなたが戻れば全て解決すると……」
「解決するのは彼の利便性だけでしょ? 私の人生にとって、彼はもはや『清算済みの負債』なの。負債が勝手に歩き回って、債権者の私に付きまとうなんて、法律以前に生物学的に不快だわ。……ガルフさん、この男たちの喉を潰す必要はないわよ。その代わり、全身の毛を剃って、王国の国境まで看板を持たせて走らせなさい」
「看板、ですか? 何と書けばよろしいでしょうか、レーズン様」
ガルフが楽しそうにメモ帳を取り出した。
「そうね……。『私は無能な王子の、さらに無能な使い走りです。見かけたら、哀れみのゴミを投げてください』でいいわ。あ、文字はなるべく大きく、読めない人のためにも図解を入れなさいな」
「かしこまりました! 最高のデザインに仕上げます!」
暗殺者たちは、死刑宣告を受けたような顔で連行されていった。
その様子を眺めていたヴィンセントが、満足げな溜息を漏らす。
「……素晴らしい。慈悲という名の絶望を与える。レーズン、君の『害虫駆除』は、もはや芸術の域だ。……どうしてそんなに、的確に相手の尊厳を粉砕できるんだ?」
「……尊厳なんて、元から持っていない人たちに言っても無駄よ。……ヴィンセント、あなたもあんな無様な姿になりたくなければ、せいぜい私の機嫌を損ねないことね。今のあなたの評価は、辛うじて『喋る家具』レベルなんだから」
「『喋る家具』……! ああ、光栄だ。君が座る椅子になれるなら、私はこれ以上の幸せはないよ」
「……家具以下の扱いになりたいのかしら。さっさと準備しなさい。こんな場所で時間を浪費している間に、帝国の腐敗がまた一ミリ進行してしまうわ。私のスケジュールを狂わせた罪、高くつくわよ?」
「ああ、もちろん。帝都に着いたら、君が満足するまで私の全財産と……私の尊厳を、君の足元に差し出そう」
ヴィンセントはいつものように跪き、私の手を取った。
この男、暗殺者を見ている時よりも、私に罵られている時の方が生き生きとしている。
……アストラ帝国も、王国とは別の意味で「末期的」かもしれないわね。
私は再び馬車に乗り込み、窓の外へと視線を向けた。
これから向かう帝都。そこには、もっと手強い「害虫」たちがうごめいているはず。
……いいわ、まとめて私の毒舌で、綺麗さっぱり「掃除」してあげる。
「……ふふ。種無しスイカ王子の泣きっ面を想像しながら進む道中も、悪くないわね」
私の呟きは、馬車の車輪の音にかき消されていったが、ヴィンセントの耳にはしっかりと届いていた。
彼はその「悪役令嬢」らしい冷酷な微笑みに、再び深く酔いしれていた。
帝都へと向かう道中、豪華な天幕で休憩していた私は、優雅に紅茶を啜りながら森の縁を指差した。
隣で私の「毒舌の余韻」を噛み締めていたヴィンセントが、鋭い視線をそちらに向ける。
「……いや、あれは帝国の美意識ではないな。……ガルフ、あれをこちらへ引きずり出せ。君の訓練不足のせいで、私の視界に『不純物』が混じった責任を取るんだ」
「ハッ! 申し訳ございません、殿下! 今すぐ消毒して参ります!」
茂みの影に潜んでいたガルフが音もなく消えたかと思うと、次の瞬間には「ぎゃあぁっ!」という無様な悲鳴が三つ重なった。
引きずり出されてきたのは、王国の紋章を隠しきれていない、見るからに二流の暗殺者たちだった。
「ひ、ひぃっ……! 助けてくれ! 俺たちはただ、セドリック殿下に命じられて……!」
「……あら、やはりあの『種無しスイカ王子』の差し金ね。刺客を送るにしても、せめてもう少し知能指数の高そうな個体を選べなかったのかしら? あなたたちの隠密行動、音を立てて歩く象の方がまだマシだわ」
私は椅子に深く腰掛け、怯える男たちを冷淡な目で見下ろした。
男たちは、私の冷たい視線に射抜かれ、ガタガタと歯を鳴らしている。
「レ、レーズン様! お願いです、戻ってきてください! 殿下は、あなたがいないと書類の山に埋もれて死ぬと言って、毎日泣いているんです! 僕たちを殺さないで、一緒に帰ってくれたら、殿下が『許してやる』と……!」
「『許してやる』? ……まあ、驚いた。その言葉、そのまま熨斗をつけて、彼の空っぽな頭蓋骨の中に叩き込んでやりたいわね。……いい? 他人に頭を下げさせることすら満足にできない男に、私を呼び戻す資格なんて一ミクロンもないのよ」
私は扇子をパシャリと閉じ、男の一人の鼻先に突きつけた。
「まず、あなたたちの装備。安物の鉄に、手入れのされていない短剣。そんなもので私を脅そうなんて、一国の公爵令嬢を舐めているのかしら? それとも、王国にはもう、まともな武器を揃える予算すら残っていないの? ……ああ、そうね。私が全額回収したんだもの。納得だわ」
「そ、そんな……。殿下は、あなたが戻れば全て解決すると……」
「解決するのは彼の利便性だけでしょ? 私の人生にとって、彼はもはや『清算済みの負債』なの。負債が勝手に歩き回って、債権者の私に付きまとうなんて、法律以前に生物学的に不快だわ。……ガルフさん、この男たちの喉を潰す必要はないわよ。その代わり、全身の毛を剃って、王国の国境まで看板を持たせて走らせなさい」
「看板、ですか? 何と書けばよろしいでしょうか、レーズン様」
ガルフが楽しそうにメモ帳を取り出した。
「そうね……。『私は無能な王子の、さらに無能な使い走りです。見かけたら、哀れみのゴミを投げてください』でいいわ。あ、文字はなるべく大きく、読めない人のためにも図解を入れなさいな」
「かしこまりました! 最高のデザインに仕上げます!」
暗殺者たちは、死刑宣告を受けたような顔で連行されていった。
その様子を眺めていたヴィンセントが、満足げな溜息を漏らす。
「……素晴らしい。慈悲という名の絶望を与える。レーズン、君の『害虫駆除』は、もはや芸術の域だ。……どうしてそんなに、的確に相手の尊厳を粉砕できるんだ?」
「……尊厳なんて、元から持っていない人たちに言っても無駄よ。……ヴィンセント、あなたもあんな無様な姿になりたくなければ、せいぜい私の機嫌を損ねないことね。今のあなたの評価は、辛うじて『喋る家具』レベルなんだから」
「『喋る家具』……! ああ、光栄だ。君が座る椅子になれるなら、私はこれ以上の幸せはないよ」
「……家具以下の扱いになりたいのかしら。さっさと準備しなさい。こんな場所で時間を浪費している間に、帝国の腐敗がまた一ミリ進行してしまうわ。私のスケジュールを狂わせた罪、高くつくわよ?」
「ああ、もちろん。帝都に着いたら、君が満足するまで私の全財産と……私の尊厳を、君の足元に差し出そう」
ヴィンセントはいつものように跪き、私の手を取った。
この男、暗殺者を見ている時よりも、私に罵られている時の方が生き生きとしている。
……アストラ帝国も、王国とは別の意味で「末期的」かもしれないわね。
私は再び馬車に乗り込み、窓の外へと視線を向けた。
これから向かう帝都。そこには、もっと手強い「害虫」たちがうごめいているはず。
……いいわ、まとめて私の毒舌で、綺麗さっぱり「掃除」してあげる。
「……ふふ。種無しスイカ王子の泣きっ面を想像しながら進む道中も、悪くないわね」
私の呟きは、馬車の車輪の音にかき消されていったが、ヴィンセントの耳にはしっかりと届いていた。
彼はその「悪役令嬢」らしい冷酷な微笑みに、再び深く酔いしれていた。
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