悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「アクア・ラズライト! 出てこい! そしてその野蛮な騎士から君を解放し、私の愛の檻(牢獄ではありませんよ!)へと連れ戻してやろう!」

朝の静かな公爵邸の門前で、またしてもジュリアス殿下が絶叫していました。
しかも今回は、どこから調達したのか、白馬に跨り、後ろには「王子の愛を取り戻す親衛隊」と書かれた旗を持った数人の取り巻きまで連れています。
近所迷惑という概念を、彼は母親のお腹の中に置いてきてしまったのかしら。

「……お姉様。あのお方、ついに公序良俗という名の最終ラインを越えましたわね。今すぐボブたちを投入して、あの白馬を馬刺しにして差し上げましょうか?」

隣でリルさんが、殺気立った手つきで特大の魔導拡声器(メガホン)を磨き上げています。
私は窓からその光景を見下ろし、優雅に……いえ、冷徹に計算機を叩きました。

「いいえ、リルさん。暴力はコストがかかりますわ。ここは社会的制裁という名の、最も安価で効果的な『デバフ』を与えて差し上げましょう。……ゼノ、準備はいいかしら?」

部屋の隅で「あのアホ、本当にしつこいな」と呆れていたゼノが、苦笑いしながら立ち上がりました。

「ああ。近衛騎士団の公務としてじゃなく、一人の『アクアの婚約者候補(暫定一位)』として、しっかり引導を渡してやるよ」

私はリルさんから魔導メガホンを受け取り、バルコニーの最前線へと進み出ました。
そして、魔力を最大出力に設定し、王都の三つ隣の街まで届くような音量で口を開きました。

「――聞こえますか、王都の皆様! および、そこに立ち往生している不法侵入者の殿下!」

私の声が、物理的な衝撃波となって門前の王子を直撃しました。
殿下は白馬から転げ落ちそうになりながら、耳を押さえて見上げます。

「あ、アクア!? なんだその下品な道具は! 淑女なら愛のポエムで応じるべきだろう!」

「ポエム? そんな生産性のない文字列に割く時間は一秒もありませんわ! 皆様、お聞きなさい! 今、目の前で騒いでいるこの男は、国民の血税を自分の全裸像に変えようとした挙句、婚約破棄した元婚約者の家に早朝からストーキング行為を繰り返している、歩く国家予算の無駄遣い機ですわよ!」

『無駄遣い機ですわよー……わよー……』と、王都中に私の声が反響します。
街ゆく人々が足を止め、「また王子か」「全裸像の人だろ?」と指を差し始めました。

「な、何を言い出すんだ! これは純愛だ! 私は君を救いに――」

「救う? 笑わせないでくださいな。あなたが門の前で騒ぐたびに、我が家の警備コストは通常の二割増し、さらに私の精神的ストレスによる作業効率低下は金貨五十枚分に相当します。……殿下、今この瞬間のあなたの価値は、市場に出回っている『期限切れの腐った卵』以下ですわ!」

「腐った卵以下!? この私の美貌がか!?」

「ええ! 卵は肥料になりますが、あなたはただの騒音源ですもの! ……ゼノ、トドメをお願いしますわ」

私はメガホンをゼノに手渡しました。
ゼノはそれを受け取ると、低く、しかし有無を言わせぬ威圧感のある声で告げました。

「……殿下。近衛騎士団長として、およびアクアのパートナーとして警告します。これ以上の接近は、公爵家への宣戦布告と見なし、物理的に排除します。……それと、お前のその『愛』。アクアの帳簿には、一円の利益も記されてない。……お前はもう、彼女の人生から完全に『損切り』されたんだよ」

損切り。
そのあまりに冷酷で的確な経済用語が、殿下の胸に突き刺さりました。
殿下はガタガタと震え、周囲の民衆からの「帰れー!」「税金泥棒ー!」という合唱に包まれ、ついに白馬に飛び乗って逃げ出していきました。

「お、覚えておけぇぇ! 私は……私はまだ、倒産したわけではないぞぉぉ!!」

虚しい叫びと共に、王子の姿が砂埃の中に消えていきました。
私はふぅ、と溜息をつき、メガホンの電源を切りました。

「……やれやれ。これでしばらくは静かになるかしらね。リルさん、今の放送内容を号外にして、一部銅貨一枚で売り出しなさい。スキャンダルは鮮度が命ですわよ」

「さすがはお姉様! あのアホ面を挿絵にして、王都中の笑い種にして差し上げますわ!」

リルが意気揚々と部屋を飛び出していきました。
バルコニーには、私とゼノの二人だけが残されました。

「……アクア。お前、本当に情け容赦ないな」

「失礼ね。私はただ、彼の『市場価値』を正当に評価しただけですわ。……それに」

私は、ゼノの隣に並び、彼の手をそっと握りました。

「……私の隣という一等地に、あのような不良在庫を置くわけにはいきませんもの。……ねえ、ゼノ。今の私の評価、上がりましたかしら?」

「ああ。……ストップ高どころか、俺の全財産を注ぎ込んでも足りないくらいにな」

ゼノが私の腰を引き寄せ、優しく微笑みました。
朝日に照らされた彼の顔を見て、私は心の中で、今日一番の「黒字」を確信しました。

……ふふ。悪役令嬢の断罪劇は、これにて閉幕。
次は、この最高のパートナーと共に、世界一効率的で幸せな「家族経営」を始める準備をいたしましょうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...