婚約破棄? もちろん悲しみません。悪役令嬢ですもの。

ちゃっぴー

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「……閣下。あちらで鼻息を荒くしている赤い鎧の集団は、闘牛の練習でもされているのでしょうか?」

「いいや、リコ。あれはソルディア王国の『鉄壁騎士団』だ。……どうやらスパイを捕らえられたことに逆ギレして、国境を越えて抗議に来たらしい」

王城の第一応接室。

窓の下にある中庭には、ソルディア王国の精鋭を自称する騎士たちが、剣をガシャガシャと鳴らして威圧感を与えようとしていた。

「逆ギレ、ね。……自分たちが不法侵入とスパイ行為を働いておいて、よくもまあそんなに厚顔無恥になれるものですわ」

私は手首の鎖をジャラリと鳴らし、手元の計算書を睨みつけた。

今朝から届いている被害報告。

王子の乱心による扉の破壊、庭園の荒廃、そしてスパイ捕獲にかかった人件費およびミナ様の残業代。

「……シリウス様。合計が出ましたわ。金貨二万枚です」

「ほう、随分と積んだね。その内訳は?」

「私の精神的苦痛が八割ですわ。……さあ、彼らを黙らせに行きましょう。……ああ、その前に、地下牢のルル女史から『お土産』は受け取っていますわね?」

「ああ。ミナ嬢が完徹で聞き出した、ソルディア王国の『魔導通信の暗号表』だね。……彼女、本当にいい仕事をする」

「ふふ。私の教育の賜物ですわ」

シリウス様が私の腰を引き寄せ、私たちは「繋がれたまま」で応接室の扉を開いた。

          ◇ ◇ ◇

「待たせたな、アルベルト将軍。……我が国の庭で騒ぐのは、近所迷惑だということをご存知かな?」

シリウス様の低く冷たい声が、広間に響く。

そこには、筋骨隆々のソルディア王国の将軍が、怒りに顔を真っ赤にして立っていた。

「シリウス宰相! よくもぬけぬけと! 我が国の親善大使を不当に拘束し、さらには暴行を加えたとはどういうことだ! これは宣戦布告とみなすぞ!」

「暴行? 失礼ね」

私は扇をバサリと広げ、将軍の前に進み出た。

「彼女を捕獲したのは、ただの網ですわ。……それとも、ソルディア王国のエリートは、魚のように網にかかるのが趣味なのですか?」

「き、貴様は……婚約破棄された公爵令嬢のリコか! 女が口を挟むな!」

「あら、口を挟むなと言われて黙るような、殊勝な性格はしておりませんの。……将軍、貴方が宣戦布告という言葉を口にする前に、こちらの資料に目を通していただけます?」

私は一枚の羊皮紙を彼の鼻先に突きつけた。

「これは……我が国の軍事予算の……?」

「いいえ。貴国の『軍事予算の、不適切な流用記録』です。……貴方の部下の副将軍が、軍の食料を横流しして私腹を肥やしていた証拠。……そして、その金の一部が、貴方の奥様の豪華な別荘の建築費に消えているという事実ですわ」

将軍の顔から、一瞬で血の気が引いた。

「な、何を……そんなデタラメを……!」

「デタラメかどうかは、貴国にいる私の『情報員(帳簿)』に聞いてみてはいかが? ……さらに、ソルディア国王陛下は、今回のスパイ作戦の失敗を将軍の『無能』のせいにしようとしている……という通信も傍受済みです」

私は鎖をチャリと鳴らし、トドメの一言を放った。

「今すぐ撤退し、我が国への損害賠償として金貨四万枚を支払うか。……それとも、この資料を今すぐ貴国の野党にバラまいて、貴方の一族郎党を断頭台へ送るか。……どちらが『合理的』かしら?」

「…………っ!!」

将軍は、カチカチと歯を鳴らして震え出した。

「わ、分かった……。撤退だ! 全軍、撤退せよぉぉぉ!」

将軍は、転がるようにして広間を駆け出していった。

あとに残されたのは、静寂と、シリウス様の満足げな笑い声だけだ。

「……ふう。交渉成立。金貨四万枚、確保ですわ」

「流石だね、リコ。……冤罪をなすりつけようとした相手を、逆に恐喝……もとい、正当な交渉で追い詰めるとは」

「恐喝だなんて人聞きが悪いですわ。私はただ、事実を突きつけて『適切な対価』を求めただけです」

私は溜息をつき、シリウス様の胸板に寄りかかった。

「……疲れましたわ。これでようやく、平和な事務作業に戻れますわね」

「ああ。……だがその前に、リコ」

シリウス様が私の頬をそっとなぞった。

「金貨四万枚のうち、半分を君の『結納金』の上乗せ分として計上しておいたよ」

「……は?」

「これで、君はもう私の元から逃げる資金も、理由もなくなった。……ねえ、嬉しいだろう?」

「…………閣下。貴方が一番、この国で最も邪悪な存在だと、今確信しましたわ」

「光栄だよ。……さあ、祝杯を挙げよう。……今夜は、君の好きな最高級の赤ワインを、私の寝室で開けようか」

「……仕事が残っています! 残業代、さらに倍で請求しますわよ!」

「いくらでも払おう。……私の人生、君に全て投資すると決めているからね」

鎖が、夕暮れの広間に甘く、そして不穏な音を立てて響いた。

悪役令嬢リコの逆襲は、国を救いつつ、自らの「逃げ場」をさらに無くしていくという、皮肉な結果を招いていた。
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