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「……リコ、見てごらん。あそこのベンチで、国の存亡を賭けた『おままごと』が開催されているよ」
シリウス様が、並木道の陰から冷ややかな指差し確認を行った。
視線の先には、バラの生垣に囲まれた東屋で、見るからに露出度の高いドレスを纏った美女と、鼻の下を限界まで伸ばしたギルバート殿下が睦まじく座っていた。
「……殿下、貴方という人は。国家予算の半分を握る宝物庫の鍵を渡しておきながら、次は軍の『最新魔導砲の配置図』をピクニックの敷物代わりに差し出そうとしているのですか?」
私は鎖をジャラリと鳴らし、怒りを通り越して乾いた笑い声を漏らした。
美女――ソルディア王国の自称・親善大使、ルル女史は、殿下の腕に豊満な胸を押し当て、甘ったるい声を上げている。
「ギルバート様ぁ、この図面、とっても綺麗ですねぇ。これを私に預けてくだされば、我が国との友情の証として、私の寝室の壁紙にしますわぁ」
「ああ、ルル! 君のためなら壁紙でも絨毯でも何でもしよう! 君の瞳は、我が国の軍事機密よりも輝いている!」
「……死ねばいいのに、あの王子」
私がボソリと呟くと、隣のシリウス様が「同感だね。……許可するよ」と、物騒な魔力を指先に集め始めた。
「待ってください、閣下。そんな汚物(王子)を処分しても、あちらの女に『悲劇のヒロイン』という付加価値を与えるだけですわ。……ここは私が、彼女のメッキを剥がして差し上げます」
私は扇をバサリと閉じ、茂みから悠然と姿を現した。
「――お楽しみのところ失礼いたしますわ、お花畑……失礼、殿下」
「リ、リコ!? 貴様、なぜここに! それにシリウスまで……!」
ギルバート殿下は、私と繋がれた鎖を見て、一瞬で顔を強張らせた。
ルル女史は、獲物を見定めるような鋭い視線を私に向けたが、すぐに「あら、可哀想な元婚約者の方ねぇ」と、小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「お聞きなさい、ルル女史。……貴女が殿下から受け取ったその『宝物庫の合鍵』。……実はそれ、先週の予算削減の折に、私が中身を全て『別室』に移し、鍵穴ごと魔法で封印したものなんですのよ」
「……は?」
ルル女史の笑顔が、一瞬で固まった。
「さらに言えば、今貴女が欲しがっているその配置図。……それは、来月の王城の『トイレ設置計画案』の古い下書きですわ。魔導砲のマークに見えるのは、単なる大便器の位置指定です」
「な、何だと……!?」
殿下が驚愕の声を上げ、ルル女史が慌てて図面を凝視する。
「……え、これ、砲座じゃなくて、配水管の分岐点なの……?」
「ええ。その付近を占領されても、我が国の下水道が一時的に詰まるだけですわね。……隣国の王は、下水道の支配者になりたいのかしら?」
私は一歩、ルル女史に歩み寄った。
鎖がチャリ、と鳴り、ダイヤモンドの指輪が日の光を反射する。
「ルル・フォン・ソルディア。……いいえ、本名はただの『ルル』。ソルディアの貧民街出身で、その美貌と演技力で成り上がった二重スパイ。……貴女がこれまでに騙してきた男たちのリスト、私の手帳に五十人分は載っていますわよ?」
私は懐から『閻魔帳』を取り出し、特定のページを開いて見せた。
「三年前にはエスタ帝国の侯爵を、去年は北の公国の騎士団長を破滅させている。……手法は常に同じ。『愛』を囁きながら、相手の最も大切な機密を奪う。……残念ですが、この国の機密は私の管理下にあるんです。貴女のようなアマチュアに触らせるほど、私は甘くありませんわ」
「……っ、この、クソ女が……!」
ルル女史の淑女の仮面が剥がれ落ち、ドスの利いた声が漏れた。
彼女は懐から、隠し持っていた毒塗りの短剣を取り出そうとした。
しかし。
「――動くなと言ったはずだよ」
シリウス様が、私を庇うように一歩前に出た。
彼の周囲に展開された重圧(プレッシャー)だけで、東屋のガラスがピシリと音を立てて割れる。
「私のリコを『クソ女』と呼んだ罪、そして我が国の王子の知能指数をさらに下げるという人道に反する罪。……万死に値するね」
「ひっ……!」
ルル女史は、蛇に睨まれた蛙のように、その場に崩れ落ちた。
「ミナ様! 出番ですわよ!」
私が合図を送ると、後方の茂みから「御意にございますぅぅ!」と、巨大な網を担いだミナ様が飛び出してきた。
「スパイ捕獲完了ですぅ! リコ様、これ、地下牢に入れていいですか!? 私、彼女から『男を騙すメイク術』を自白させたいですぅ!」
「それは尋問のついでにやりなさい」
ミナ様の手慣れた手つき(?)で、ルル女史はミノムシのように網に包まれ、衛兵たちに連行されていった。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くすギルバート殿下だけだ。
「……リコ。君は、私を助けてくれたのか……?」
「勘違いしないでください、殿下」
私は冷淡に言い放った。
「私は、この国の『資産』を守っただけです。貴方がスパイに騙されて国が傾けば、私の今後のボーナス交渉が難航しますからね」
「……そ、そんな……。私は、純粋に彼女に愛されていると……」
「殿下、鏡を見てください。……愛されているのは、貴方の顔でも性格でもなく、貴方が持っている『印鑑』と『権限』だけですわよ」
私の追い打ちに、殿下は膝から崩れ落ちた。
「……さて。シリウス様。事後処理をお願いしますわ。……ソルディア王国への抗議文の草案、私が今夜中に書き上げます」
「ああ、頼むよ。……だが、その前に」
シリウス様が、私の腰をグイと引き寄せた。
鎖が短く鳴り、彼の顔が近づく。
「……君の活躍に、私からも特別な報酬をあげないといけないね。……そうだ、今夜はベッドを二つ用意するのではなく、私と同じ毛布の中で『暖』を取る権利を与えよう」
「……それは報酬ではなく、ただの罰ゲームですわ!」
「ふふ、照れなくていい。……さあ、仕事(残業)の時間だ、私の有能な婚約者どの」
私たちは、泣きじゃくる王子を放置して、足並みを揃えて執務室へと戻っていった。
国家存亡の危機は回避されたが、私の『貞操とプライバシーの危機』は、ますます深まっていくばかりだった。
シリウス様が、並木道の陰から冷ややかな指差し確認を行った。
視線の先には、バラの生垣に囲まれた東屋で、見るからに露出度の高いドレスを纏った美女と、鼻の下を限界まで伸ばしたギルバート殿下が睦まじく座っていた。
「……殿下、貴方という人は。国家予算の半分を握る宝物庫の鍵を渡しておきながら、次は軍の『最新魔導砲の配置図』をピクニックの敷物代わりに差し出そうとしているのですか?」
私は鎖をジャラリと鳴らし、怒りを通り越して乾いた笑い声を漏らした。
美女――ソルディア王国の自称・親善大使、ルル女史は、殿下の腕に豊満な胸を押し当て、甘ったるい声を上げている。
「ギルバート様ぁ、この図面、とっても綺麗ですねぇ。これを私に預けてくだされば、我が国との友情の証として、私の寝室の壁紙にしますわぁ」
「ああ、ルル! 君のためなら壁紙でも絨毯でも何でもしよう! 君の瞳は、我が国の軍事機密よりも輝いている!」
「……死ねばいいのに、あの王子」
私がボソリと呟くと、隣のシリウス様が「同感だね。……許可するよ」と、物騒な魔力を指先に集め始めた。
「待ってください、閣下。そんな汚物(王子)を処分しても、あちらの女に『悲劇のヒロイン』という付加価値を与えるだけですわ。……ここは私が、彼女のメッキを剥がして差し上げます」
私は扇をバサリと閉じ、茂みから悠然と姿を現した。
「――お楽しみのところ失礼いたしますわ、お花畑……失礼、殿下」
「リ、リコ!? 貴様、なぜここに! それにシリウスまで……!」
ギルバート殿下は、私と繋がれた鎖を見て、一瞬で顔を強張らせた。
ルル女史は、獲物を見定めるような鋭い視線を私に向けたが、すぐに「あら、可哀想な元婚約者の方ねぇ」と、小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「お聞きなさい、ルル女史。……貴女が殿下から受け取ったその『宝物庫の合鍵』。……実はそれ、先週の予算削減の折に、私が中身を全て『別室』に移し、鍵穴ごと魔法で封印したものなんですのよ」
「……は?」
ルル女史の笑顔が、一瞬で固まった。
「さらに言えば、今貴女が欲しがっているその配置図。……それは、来月の王城の『トイレ設置計画案』の古い下書きですわ。魔導砲のマークに見えるのは、単なる大便器の位置指定です」
「な、何だと……!?」
殿下が驚愕の声を上げ、ルル女史が慌てて図面を凝視する。
「……え、これ、砲座じゃなくて、配水管の分岐点なの……?」
「ええ。その付近を占領されても、我が国の下水道が一時的に詰まるだけですわね。……隣国の王は、下水道の支配者になりたいのかしら?」
私は一歩、ルル女史に歩み寄った。
鎖がチャリ、と鳴り、ダイヤモンドの指輪が日の光を反射する。
「ルル・フォン・ソルディア。……いいえ、本名はただの『ルル』。ソルディアの貧民街出身で、その美貌と演技力で成り上がった二重スパイ。……貴女がこれまでに騙してきた男たちのリスト、私の手帳に五十人分は載っていますわよ?」
私は懐から『閻魔帳』を取り出し、特定のページを開いて見せた。
「三年前にはエスタ帝国の侯爵を、去年は北の公国の騎士団長を破滅させている。……手法は常に同じ。『愛』を囁きながら、相手の最も大切な機密を奪う。……残念ですが、この国の機密は私の管理下にあるんです。貴女のようなアマチュアに触らせるほど、私は甘くありませんわ」
「……っ、この、クソ女が……!」
ルル女史の淑女の仮面が剥がれ落ち、ドスの利いた声が漏れた。
彼女は懐から、隠し持っていた毒塗りの短剣を取り出そうとした。
しかし。
「――動くなと言ったはずだよ」
シリウス様が、私を庇うように一歩前に出た。
彼の周囲に展開された重圧(プレッシャー)だけで、東屋のガラスがピシリと音を立てて割れる。
「私のリコを『クソ女』と呼んだ罪、そして我が国の王子の知能指数をさらに下げるという人道に反する罪。……万死に値するね」
「ひっ……!」
ルル女史は、蛇に睨まれた蛙のように、その場に崩れ落ちた。
「ミナ様! 出番ですわよ!」
私が合図を送ると、後方の茂みから「御意にございますぅぅ!」と、巨大な網を担いだミナ様が飛び出してきた。
「スパイ捕獲完了ですぅ! リコ様、これ、地下牢に入れていいですか!? 私、彼女から『男を騙すメイク術』を自白させたいですぅ!」
「それは尋問のついでにやりなさい」
ミナ様の手慣れた手つき(?)で、ルル女史はミノムシのように網に包まれ、衛兵たちに連行されていった。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くすギルバート殿下だけだ。
「……リコ。君は、私を助けてくれたのか……?」
「勘違いしないでください、殿下」
私は冷淡に言い放った。
「私は、この国の『資産』を守っただけです。貴方がスパイに騙されて国が傾けば、私の今後のボーナス交渉が難航しますからね」
「……そ、そんな……。私は、純粋に彼女に愛されていると……」
「殿下、鏡を見てください。……愛されているのは、貴方の顔でも性格でもなく、貴方が持っている『印鑑』と『権限』だけですわよ」
私の追い打ちに、殿下は膝から崩れ落ちた。
「……さて。シリウス様。事後処理をお願いしますわ。……ソルディア王国への抗議文の草案、私が今夜中に書き上げます」
「ああ、頼むよ。……だが、その前に」
シリウス様が、私の腰をグイと引き寄せた。
鎖が短く鳴り、彼の顔が近づく。
「……君の活躍に、私からも特別な報酬をあげないといけないね。……そうだ、今夜はベッドを二つ用意するのではなく、私と同じ毛布の中で『暖』を取る権利を与えよう」
「……それは報酬ではなく、ただの罰ゲームですわ!」
「ふふ、照れなくていい。……さあ、仕事(残業)の時間だ、私の有能な婚約者どの」
私たちは、泣きじゃくる王子を放置して、足並みを揃えて執務室へと戻っていった。
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