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「……リコ。今すぐ、この国の地図を持ってきてくれないか。……できれば、我が国が隣国の一部として塗り潰されていないやつを」
執務室に戻るなり、シリウス様が氷点下を通り越して絶対零度の声を漏らした。
彼の手には、先ほどギルバート殿下が「手柄を立てたぞ!」と誇らしげに持ってきた一枚の羊皮紙――隣国ソルディア王国との『緊急親善通商条約』が握られている。
私は鎖をジャラリと鳴らし、彼の肩越しにその書類を覗き込んだ。
一読して、私のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……閣下。これ、条約ではなく『領土譲渡予約券』の間違いではありませんこと?」
「同感だ。これを書いた人間、あるいはこれに署名した人間は、脳の代わりにマシュマロでも詰まっているんじゃないかな」
「マシュマロに失礼ですわ。マシュマロは焼けば美味しいですが、この条約は焼いても灰にしかなりませんもの」
私はペンを取り上げ、条約の第五条を赤ペンで激しく囲った。
そこには、『ソルディア王国の商人は、我が国の主要魔導鉱山において、無償かつ無制限に採掘権を有するものとする。なお、その対価として我が国は、ソルディア特産の「愛の媚薬」を一年分受け取る』と書かれていた。
「……愛の媚薬。……媚薬。…………はぁぁぁ!?」
私の叫び声が執務室に響き渡る。
「殿下ぁぁ! どこにいらっしゃいますの!? 今すぐ出てきなさい! 貴方のそのマシュマロ脳を、私が直々に魔導プレス機で圧縮して差し上げますわ!」
「呼んでも無駄だよ、リコ。殿下は今、隣国から贈られた『絶世の美女(自称)』のスパイ……もとい、親善大使と一緒にお花摘みにでも行っているよ」
シリウス様が、持っていた羽ペンを指先でバキリと折った。
「……スパイ? 分かりやすすぎませんか?」
「ああ。ミナ嬢の情報によれば、その大使は『胸元から怪しい通信魔導具をチラつかせながら、殿下の耳元で国家機密を囁かせている』そうだ」
「ミナ様! 見ていないで止めなさいよ!」
私が叫ぶのと同時に、扉が勢いよく開いた。
「リコ様ぁぁぁ! 大変ですぅぅぅ! 殿下が、殿下が国の宝物庫の合鍵を、そのスパイの女にプレゼントしちゃいましたぁぁぁ!」
ミナ様が、鼻にインクをつけたまま(まだ仕事をしていたらしい)飛び込んできた。
「合鍵をプレゼント!? ネックレスか何かと間違えていませんこと!?」
「『君に、僕の心の扉を開けてほしいんだ』とか何とか言って渡してましたぁ! バカですぅ! あの王子、救いようのないバカですぅ!」
ミナ様が床を叩いて悔しがる。
「……リコ。どうやら、悠長に書類仕事をこなしている時間はなくなったようだね」
シリウス様が立ち上がり、私の腰を引き寄せた。
鎖が短く鳴り、彼の魔力が静かに、しかし荒々しく膨れ上がる。
「国境にはソルディアの軍勢が集結しつつあるという報告も入っている。……殿下の失態を利用して、一気に我が国を併呑するつもりだろう」
「……ふん。いい度胸ですわね」
私は、薬指に嵌められたダイヤモンドの指輪をキラリと光らせた。
「私の給料の源泉であるこの国を、そんな成金趣味の隣国に渡すわけにはいきませんわ。……シリウス様」
「なんだい?」
「これ、緊急事態ですよね? 残業代、五倍で請求してもよろしいかしら?」
「……ふっ。いいだろう。……その代わり、完遂したら君を私の『正妃』として、生涯私の隣で働いてもらうという契約書にサインしてもらうが?」
「それは後で検討しますわ! まずはそのスパイの女と、お花畑王子を捕獲しに行きますわよ!」
「ああ。……鎖をしっかり持っておいで、リコ。……私の怒りは、少しばかり派手になるからね」
私たちは、地獄のような事務作業を一時中断し、真の地獄を王子たちに見せつけるべく、執務室を後にした。
悪役令嬢と冷徹宰相。
この二人の『最強の利己主義者』を敵に回したことを、隣国ソルディアはすぐに後悔することになるだろう。
「……ミナ様! 貴女は宝物庫の警備員を全員叩き起こしなさい! 寝ている奴はクビよ!」
「はいっ! リコ様ぁぁ!」
私たちは嵐のように廊下を駆け抜けていった。
平穏な(?)内政コメディは終わりを告げ、物語は国家を揺るがす大騒動へと突入していく。
執務室に戻るなり、シリウス様が氷点下を通り越して絶対零度の声を漏らした。
彼の手には、先ほどギルバート殿下が「手柄を立てたぞ!」と誇らしげに持ってきた一枚の羊皮紙――隣国ソルディア王国との『緊急親善通商条約』が握られている。
私は鎖をジャラリと鳴らし、彼の肩越しにその書類を覗き込んだ。
一読して、私のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……閣下。これ、条約ではなく『領土譲渡予約券』の間違いではありませんこと?」
「同感だ。これを書いた人間、あるいはこれに署名した人間は、脳の代わりにマシュマロでも詰まっているんじゃないかな」
「マシュマロに失礼ですわ。マシュマロは焼けば美味しいですが、この条約は焼いても灰にしかなりませんもの」
私はペンを取り上げ、条約の第五条を赤ペンで激しく囲った。
そこには、『ソルディア王国の商人は、我が国の主要魔導鉱山において、無償かつ無制限に採掘権を有するものとする。なお、その対価として我が国は、ソルディア特産の「愛の媚薬」を一年分受け取る』と書かれていた。
「……愛の媚薬。……媚薬。…………はぁぁぁ!?」
私の叫び声が執務室に響き渡る。
「殿下ぁぁ! どこにいらっしゃいますの!? 今すぐ出てきなさい! 貴方のそのマシュマロ脳を、私が直々に魔導プレス機で圧縮して差し上げますわ!」
「呼んでも無駄だよ、リコ。殿下は今、隣国から贈られた『絶世の美女(自称)』のスパイ……もとい、親善大使と一緒にお花摘みにでも行っているよ」
シリウス様が、持っていた羽ペンを指先でバキリと折った。
「……スパイ? 分かりやすすぎませんか?」
「ああ。ミナ嬢の情報によれば、その大使は『胸元から怪しい通信魔導具をチラつかせながら、殿下の耳元で国家機密を囁かせている』そうだ」
「ミナ様! 見ていないで止めなさいよ!」
私が叫ぶのと同時に、扉が勢いよく開いた。
「リコ様ぁぁぁ! 大変ですぅぅぅ! 殿下が、殿下が国の宝物庫の合鍵を、そのスパイの女にプレゼントしちゃいましたぁぁぁ!」
ミナ様が、鼻にインクをつけたまま(まだ仕事をしていたらしい)飛び込んできた。
「合鍵をプレゼント!? ネックレスか何かと間違えていませんこと!?」
「『君に、僕の心の扉を開けてほしいんだ』とか何とか言って渡してましたぁ! バカですぅ! あの王子、救いようのないバカですぅ!」
ミナ様が床を叩いて悔しがる。
「……リコ。どうやら、悠長に書類仕事をこなしている時間はなくなったようだね」
シリウス様が立ち上がり、私の腰を引き寄せた。
鎖が短く鳴り、彼の魔力が静かに、しかし荒々しく膨れ上がる。
「国境にはソルディアの軍勢が集結しつつあるという報告も入っている。……殿下の失態を利用して、一気に我が国を併呑するつもりだろう」
「……ふん。いい度胸ですわね」
私は、薬指に嵌められたダイヤモンドの指輪をキラリと光らせた。
「私の給料の源泉であるこの国を、そんな成金趣味の隣国に渡すわけにはいきませんわ。……シリウス様」
「なんだい?」
「これ、緊急事態ですよね? 残業代、五倍で請求してもよろしいかしら?」
「……ふっ。いいだろう。……その代わり、完遂したら君を私の『正妃』として、生涯私の隣で働いてもらうという契約書にサインしてもらうが?」
「それは後で検討しますわ! まずはそのスパイの女と、お花畑王子を捕獲しに行きますわよ!」
「ああ。……鎖をしっかり持っておいで、リコ。……私の怒りは、少しばかり派手になるからね」
私たちは、地獄のような事務作業を一時中断し、真の地獄を王子たちに見せつけるべく、執務室を後にした。
悪役令嬢と冷徹宰相。
この二人の『最強の利己主義者』を敵に回したことを、隣国ソルディアはすぐに後悔することになるだろう。
「……ミナ様! 貴女は宝物庫の警備員を全員叩き起こしなさい! 寝ている奴はクビよ!」
「はいっ! リコ様ぁぁ!」
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