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「……あー。最高。この、太陽が真南に来るまで枕から頭を離さないという背徳感。これぞ人生の完成形ね」
北の最果て、ノーザランド公爵領の別荘。
シェリルは、特注のシルクパジャマに身を包み、ベッドの上でだらしなく手足を伸ばして宣言した。
窓の外からは、鳥のさえずりと、規則正しい「薪を割る音」が聞こえてくる。
王都の喧騒も、山積みの書類も、無能な王子の泣き言も、ここには届かない。
「お嬢様、いつまで寝ておいでですか。もう正午を五分も過ぎておりますわよ。……あ、今はもう『お嬢様』ではなく『奥様』でしたわね」
マーサが、温かい紅茶の香りと共に部屋に入ってきた。
シェリルはのろのろと起き上がり、不満げに口を尖らせる。
「マーサ。その呼び方は禁止と言ったはずよ。今の私は、この屋敷に生息する『高密度の怠惰』という名の現象に過ぎないの。身分も肩書きも、すべて王都のゴミ捨て場に置いてきたわ」
「はいはい。その『現象』さん、玄関にまた王都からの早馬が届いていますよ。ライラ様からですわ」
マーサが差し出したのは、かつてのヒロイン、今は「王宮の鉄血事務官」として恐れられるライラからの定期報告書だった。
「……ふん。なになに? 『殿下が私の大切にしていた限定ケーキを勝手に食べたので、一週間の断食と公文書千枚の写経を命じました。現在の王宮の経済効率は過去最高を更新中です。先生、いつ戻ってこられますか?』……。……相変わらず、私の教育が効きすぎているわね」
シェリルは手紙をパタンと閉じ、窓の外へ放り投げた。
「戻るわけないでしょう。今の私の時給は、ライラ様の年収よりも高いのよ。……おーい、ウォルフ! そこにいるのは分かっているわよ。私の『資産管理』はどうなっているの?」
庭で薪を割っていたウォルフが、斧を置いて窓辺に歩み寄ってきた。
以前よりも少しだけ表情が柔らかくなり、その瞳には穏やかな幸福感が宿っている。
「……問題ない。お前が王都で作った『自動資産運用システム』は順調だ。……お前が一生、昼寝をして暮らしても、この国が三回滅びて再建できるくらいの金は貯まり続けている」
「素晴らしいわ! これよ、これが私の求めていた『全自動人生』よ!」
シェリルはベッドから飛び降り、ウォルフの首に抱きついた。
ウォルフは苦笑しながら、その華奢な体をしっかりと受け止める。
「……なあ、シェリル。本当にお前は、これで満足なのか? ……あんなに王宮でバリバリと働いていたお前が、毎日、畑のジャガイモの成長を見守るだけの生活で」
「ウォルフ。あなた、また非効率な質問をしているわね」
シェリルは彼の胸に顔を埋め、くぐもった声で笑った。
「……いい? 私が全力で働いたのは、この『無駄な時間』を誰にも邪魔されずに手に入れるためよ。……あなたと一緒に、何の意味もない会話をして、美味しいものを食べて、飽きるまで寝る。……この『極上の非効率』こそが、私の人生における最大のリターンなのよ」
「…………」
ウォルフは何も言わず、シェリルの髪を優しく撫でた。
最強の騎士と、最恐の悪役令嬢。
二人が選んだのは、栄光の玉座ではなく、泥臭くて温かい、この小さな楽園だった。
「……ところで、ウォルフ。今日の午後のスケジュールは?」
「……特になし、と言いたいところだが。……お前の要望通り、裏庭に『最新式の全自動散水システム』を設置する作業がある。……俺の筋力を貸してほしいんだろう?」
「察しがいいわね! 流石は私の専属秘書よ。……さあ、行きましょう! 一分でも早く終わらせて、三時のおやつには昨日村で買った新作のチーズを食べるわよ。……カロリー計算は済ませてあるわ!」
シェリルはパジャマのまま、ウォルフの手を引いて部屋を飛び出した。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれ、婚約破棄された少女。
彼女は今、自分自身の力で、世界で最も「効率的」で「幸せ」な、最高の暇を手に入れていた。
王都では今も、彼女の伝説が語り継がれている。
「彼女がいれば、国は一日で変わる」と。
だが、当の本人は、今日も元気に暇を乞い、愛する夫と共にジャガイモの苗を数えているのであった。
「……ねえ、ウォルフ。愛しているわ。……あ、今の言葉の糖度は計算外だったかしら?」
「……いいや。……俺の計算では、今の言葉で俺の寿命が十年は延びたぞ」
「……あら。……じゃあ、もう一回言ってあげるわ。……最高の効率でね!」
北の空に、二人の明るい笑い声が響き渡った。
それは、どんな数式でも解き明かせない、完璧なハッピーエンドの音だった。
北の最果て、ノーザランド公爵領の別荘。
シェリルは、特注のシルクパジャマに身を包み、ベッドの上でだらしなく手足を伸ばして宣言した。
窓の外からは、鳥のさえずりと、規則正しい「薪を割る音」が聞こえてくる。
王都の喧騒も、山積みの書類も、無能な王子の泣き言も、ここには届かない。
「お嬢様、いつまで寝ておいでですか。もう正午を五分も過ぎておりますわよ。……あ、今はもう『お嬢様』ではなく『奥様』でしたわね」
マーサが、温かい紅茶の香りと共に部屋に入ってきた。
シェリルはのろのろと起き上がり、不満げに口を尖らせる。
「マーサ。その呼び方は禁止と言ったはずよ。今の私は、この屋敷に生息する『高密度の怠惰』という名の現象に過ぎないの。身分も肩書きも、すべて王都のゴミ捨て場に置いてきたわ」
「はいはい。その『現象』さん、玄関にまた王都からの早馬が届いていますよ。ライラ様からですわ」
マーサが差し出したのは、かつてのヒロイン、今は「王宮の鉄血事務官」として恐れられるライラからの定期報告書だった。
「……ふん。なになに? 『殿下が私の大切にしていた限定ケーキを勝手に食べたので、一週間の断食と公文書千枚の写経を命じました。現在の王宮の経済効率は過去最高を更新中です。先生、いつ戻ってこられますか?』……。……相変わらず、私の教育が効きすぎているわね」
シェリルは手紙をパタンと閉じ、窓の外へ放り投げた。
「戻るわけないでしょう。今の私の時給は、ライラ様の年収よりも高いのよ。……おーい、ウォルフ! そこにいるのは分かっているわよ。私の『資産管理』はどうなっているの?」
庭で薪を割っていたウォルフが、斧を置いて窓辺に歩み寄ってきた。
以前よりも少しだけ表情が柔らかくなり、その瞳には穏やかな幸福感が宿っている。
「……問題ない。お前が王都で作った『自動資産運用システム』は順調だ。……お前が一生、昼寝をして暮らしても、この国が三回滅びて再建できるくらいの金は貯まり続けている」
「素晴らしいわ! これよ、これが私の求めていた『全自動人生』よ!」
シェリルはベッドから飛び降り、ウォルフの首に抱きついた。
ウォルフは苦笑しながら、その華奢な体をしっかりと受け止める。
「……なあ、シェリル。本当にお前は、これで満足なのか? ……あんなに王宮でバリバリと働いていたお前が、毎日、畑のジャガイモの成長を見守るだけの生活で」
「ウォルフ。あなた、また非効率な質問をしているわね」
シェリルは彼の胸に顔を埋め、くぐもった声で笑った。
「……いい? 私が全力で働いたのは、この『無駄な時間』を誰にも邪魔されずに手に入れるためよ。……あなたと一緒に、何の意味もない会話をして、美味しいものを食べて、飽きるまで寝る。……この『極上の非効率』こそが、私の人生における最大のリターンなのよ」
「…………」
ウォルフは何も言わず、シェリルの髪を優しく撫でた。
最強の騎士と、最恐の悪役令嬢。
二人が選んだのは、栄光の玉座ではなく、泥臭くて温かい、この小さな楽園だった。
「……ところで、ウォルフ。今日の午後のスケジュールは?」
「……特になし、と言いたいところだが。……お前の要望通り、裏庭に『最新式の全自動散水システム』を設置する作業がある。……俺の筋力を貸してほしいんだろう?」
「察しがいいわね! 流石は私の専属秘書よ。……さあ、行きましょう! 一分でも早く終わらせて、三時のおやつには昨日村で買った新作のチーズを食べるわよ。……カロリー計算は済ませてあるわ!」
シェリルはパジャマのまま、ウォルフの手を引いて部屋を飛び出した。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれ、婚約破棄された少女。
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だが、当の本人は、今日も元気に暇を乞い、愛する夫と共にジャガイモの苗を数えているのであった。
「……ねえ、ウォルフ。愛しているわ。……あ、今の言葉の糖度は計算外だったかしら?」
「……いいや。……俺の計算では、今の言葉で俺の寿命が十年は延びたぞ」
「……あら。……じゃあ、もう一回言ってあげるわ。……最高の効率でね!」
北の空に、二人の明るい笑い声が響き渡った。
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