この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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「――以上をもって、レオナルド・アークライトの王位継承権を剥奪し、辺境伯領『ド田舎(ド・イナカ)』への下向を命じる!」


王宮の審問の間。


国王陛下が重々しく読み上げた判決文に、木槌の音が「ダンッ!」と重なった。


静まり返る広間。


中央で跪いているレオナルド殿下……いや、元殿下は、憑き物が落ちたような顔で、深く頭を垂れた。


「……謹んで、お受けいたします」


その声には、かつてのような傲慢さも、癇癪持ちの幼稚さもなかった。


あるのは、自分の愚かさを認め、全てを受け入れた敗者の静けさだけだ。


私は傍聴席の最前列で、その様子を腕を組んで見守っていた。


隣に座るクラウスが、小さく耳打ちしてくる。


「『ド・イナカ』とは、また随分な僻地を選んだものだな」


「ええ。地図にも載っていない未開の地です。主な産業は『キノコ狩り』と『クマとの格闘』だそうですわ」


「彼に生き延びられるかな?」


「五分五分……いえ、三割でしょうね」


私は冷静にリスク計算をした。


温室育ちの王子が、いきなりサバイバル生活。普通なら三日で逃げ出すか、野垂れ死ぬかだ。


だが。


「異議ありーっ!!」


突然、広間の扉がバーンと開かれた。


全員がギョッとして振り返る。


そこには、冒険者のようなリュックを背負い、腰に鍋をぶら下げ、手には虫取り網を持ったミナ様が立っていた。


「ミ、ミナ!? ここは神聖な審問の場だぞ!」


陛下が慌てて叫ぶ。


ミナ様はズカズカとレオナルドの隣まで歩み寄ると、仁王立ちした。


「陛下! その判決、不服です!」


「な、何が不服なのだ! これはレオナルドが犯した罪への……」


「レオナルド様一人に行かせるなんてズルいです! 私も行きます!」


「……は?」


全員がポカンとした。


ミナ様はリュックの紐を握りしめ、鼻息荒く宣言した。


「私、決めました! 王宮のお茶会も、ドレスも、宝石もいりません! レオナルド様がいる場所が、私の王宮なんです!」


「ミナ……」


レオナルドが驚いて顔を上げる。


「君……正気か? ド・イナカだぞ? おしゃれなカフェもなければ、ドレスを着ていく場所もないんだぞ?」


「平気です! カフェがないなら作ります! ドレスの代わりにクマの毛皮を着ます!」


「クマ……」


「それに、マグナお姉様が言ってました! 『人間、極限状態になればなんとかなる』って!」


(……私のセリフ、都合よく解釈されてるわね)


私は額を押さえた。


「だから、私も連れて行ってください! レオナルド様を立派な『森の王者』に育て上げてみせますから!」


ミナ様の熱意に、会場がざわめく。


「なんて健気な……」


「あれが真実の愛か……」


「いや、方向性がおかしくないか?」


陛下はしばらく呆気にとられていたが、やがて「ふっ」と笑みをこぼした。


「……よかろう。ミナ・ピーチ。そなたの同行を許可する。二人で力を合わせ、ド・イナカを開拓せよ」


「はいっ! ありがとうございます!」


「ミナ……ありがとう……!」


レオナルドとミナが抱き合って泣いている。


感動的なシーン……なのかもしれないが、私には「遭難決定フラグ」にしか見えなかった。


          ◇


数時間後。


王宮の裏門には、一台の粗末な馬車が用意されていた。


レオナルドとミナ様を乗せ、辺境へと向かう旅立ちの時だ。


見送りは少ない。


陛下と、数人の近衛兵、そして私とクラウスだけだ。


「マグナ……」


旅装束に着替えたレオナルドが、私に近づいてきた。


その表情は、どこか晴れやかだ。


「世話になったな。……そして、本当にすまなかった」


「謝罪はもう結構です。慰謝料も(父上の財布から)全額回収済みですので」


私は事務的に答えた。


「君は最後まで厳しいな。……でも、君のおかげで目が覚めたよ。僕は王には向いていなかった。これからは、一人の人間として生きてみるつもりだ」


「ええ。それがよろしいかと。……貴方は計算や政治よりも、何かを作ったり育てたりする方が、向いているかもしれません」


私が言うと、レオナルドは驚いた顔をした。


「なぜわかる?」


「昔、私の書類仕事を手伝おうとして、折り紙で完璧なドラゴンを作っていたでしょう? あの手先の器用さは、職人向きです」


「……覚えていてくれたのか」


レオナルドは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。ド・イナカに行ったら、木彫りの熊でも作って売るよ」


「ええ。売上が出たら、納税してくださいね」


「お手柔らかに頼むよ」


レオナルドは手を差し出した。


私は一瞬ためらったが、最後だと思い、その手を握り返した。


「お元気で、レオナルド様」


「君も、お幸せに。マグナ」


握手は短く、そして力強かった。


「お姉様ー!!」


馬車の窓から、ミナ様が身を乗り出している。


「私、頑張りますね! いつか立派なキノコを送ります!」


「毒キノコはやめてくださいね。図鑑をよく読んでから採るのですよ」


「はーい! あ、それとクラウス様によろしくお伝えください! 『お姉様を泣かせたら、クマをけしかけに行く』って!」


「……あのチビ、生意気なことを」


私の後ろで、クラウスが苦笑している。


「じゃあねー! バイバーイ!」


御者が鞭を振るい、馬車が動き出す。


ガタゴトと音を立てて、二人は王宮を去っていった。


かつて婚約破棄を突きつけられた広場とは逆の門から、ひっそりと、しかし賑やかに。


馬車が見えなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。


「……終わったな」


クラウスが隣に並ぶ。


「ええ。私の五年間の『お守り業務』が、今ここで完全に終了しました」


私は大きく息を吐き出した。


肩の荷が下りるとは、まさにこのことだ。


胸の中にあったモヤモヤとしたものが、すっきりと消え去っていた。


「寂しいか?」


「まさか。清々しい気分です」


私は空を見上げた。


今日も快晴だ。


「彼らが幸せになれるかどうかはわかりません。でも、少なくとも『自分たちの足』で歩き出しました。……それだけで十分です」


「君は優しいな」


クラウスが私の頭をポンポンと撫でる。


「子供扱いしないでください」


「さて、私たちも帰ろうか。……私たちの『楽園』へ」


「ええ。帰りましょう」


私たちは陛下に一礼し、用意されていた飛空艇(こっちは豪華仕様)へと向かった。


もう、王宮に未練はない。


私が帰るべき場所は、あのジャガイモ畑と、爆発するキッチンがある辺境の別荘だ。


          ◇


数時間後。


私たちは懐かしの別荘地に降り立った。


夕暮れの風が、土の匂いを運んでくる。


「ただいま」


「おかえり」


二人で言葉を交わす。


静かだ。


騒がしい王子も、トラブルメーカーの令嬢も、ここにはいない。


あるのは、虫の声と、風の音だけ。


「……平和ね」


私はテラスの椅子に深く腰掛けた。


「これよ。私が求めていたのは、この静寂よ」


「同感だ。やっと二人きりになれた」


クラウスがワインを用意し、隣に座る。


私たちはグラスを合わせた。


カチン。


「乾杯。……私たちの『本当の』新生活に」


「乾杯」


ワインを一口飲む。


ああ、美味しい。


これでやっと、邪魔されることなくスローライフが送れる。


農業をして、読書をして、たまにクラウスの家事指導をして。


そんな穏やかな日々が……。


「……ところで、マグナ」


クラウスがふと思い出したように言った。


「ん?」


「結婚式の準備だが」


「……あ」


「招待状のリストアップ、式場の選定、衣装の採寸、料理のメニュー決定、引き出物の発注……。これら全て、来月までに終わらせる必要があるのだが」


クラウスが分厚いファイルをテーブルに置いた。


ズシン。


その厚さは、王宮の予算書並みだった。


「……」


私の動きが固まる。


「それと、陛下から『王家の結婚式に準ずる規模で行うように』との勅命も届いている」


「……は?」


「つまり、国賓級のゲストを数百人招待し、パレードを行い、三日三晩の宴を開催するということだ」


「……」


私の目の前が暗くなった。


静寂? 平和?


そんなものは幻想だったのだ。


結婚とは、人生最大の「イベント運営(プロジェクト)」である。


しかも、相手は一国の宰相。規模が違う。


「……クラウス」


「なんだ」


「逃げてもいい?」


「ダメだ。契約書(婚姻届)にはサイン済みだ」


クラウスは楽しそうに笑い、私にペンを渡した。


「さあ、マグナ。残業の始まりだ。……愛の共同作業だぞ?」


「……鬼ぃぃぃぃ!!」


辺境の夕暮れに、私の悲鳴がこだました。


レオナルドたちが去っても、私の戦いは終わらない。


むしろ、ここからが「妻」としての、新たな激務の幕開けだったのだ。


(でもまあ……一人でやるわけじゃないから、いいか)


隣でペンを握るクラウスの横顔を見ながら、私は諦め混じりの笑みを浮かべ、書類の山へと飛び込んだ。
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