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「……ふぅ。やっと静かになったわね」
王宮の裏庭にある、飛空艇の発着ポート。
喧騒の舞踏会場を抜け出し、私たちは夜風に当たっていた。
月明かりの下、これから辺境へ帰るための準備が進められている。
「ああ。だが、少し静かすぎるな」
クラウスが夜空を見上げて呟く。
「嵐の前の静けさ……というよりは、祭りの後の寂しさか」
「感傷に浸るのは後にして。早くここを離れましょう。陛下がまた『追加契約』とか言い出す前に」
私がタラップに足をかけようとした、その時だった。
「待ってくれ、マグナ!」
背後から、大勢の足音が聞こえた。
振り返ると、そこには息を切らせた国王陛下、包帯だらけのレオナルド殿下、そしてミナ様をはじめとする、会場にいた貴族たちがズラリと並んでいた。
「……何ですの? まだ何か?」
私は警戒して身構えた。
「まさか、残業代の値切り交渉なら受け付けませんわよ?」
「違う! 礼を……言いに来たのだ」
陛下が一歩進み出て、深く頭を下げた。
「マグナよ。そなたには苦労をかけた。……そして、我が国の膿(うみ)を出してくれたこと、心より感謝する」
「……仕事をしただけです」
「レオナルドも、反省しておる」
殿下がミナ様に背中を押されて出てきた。
彼はボロボロの姿で、涙目で私を見た。
「……マグナ。すまなかった。君の言う通りだ。僕は君に甘えていた。……これからは、ミナと共に一からやり直すよ」
「そうです! 私がスパルタで教育しますから!」
ミナ様がガッツポーズをする。
(……まあ、あの子が監視役なら、殿下も悪いことはできないでしょうね)
私は少しだけ肩の力を抜いた。
「わかりました。その言葉、信じさせていただきます。……では、これにて失礼を」
私が再び背を向けた瞬間。
グイッ。
腕を引かれた。
「え?」
振り返ると、クラウスだった。
彼は真剣な眼差しで私を見つめ、その手を離さない。
「クラウス? どうしたの? 早く乗らないと……」
「いや。乗る前に、済ませておかなければならないことがある」
「済ませる?」
クラウスは私の方に向き直ると、その場に片膝をついた。
王族や貴族たちが見守る中での、騎士の礼。
いや、これは――。
「マグナ・ヴァイオレット」
クラウスの声が、夜のポートに朗々と響いた。
「私は今まで、数々の難題を処理し、あらゆる交渉を成功させてきた。……だが、この『案件』だけは、どうしても一人では解決できない」
「な、何の話です? 新しい条約?」
「違う。……私の『人生』という名のプロジェクトだ」
クラウスは私の右手を両手で包み込んだ。
その手は微かに震えているようにも見えた。
「私は仕事人間だ。君が言う通り、生活能力はないし、デリカシーも足りないかもしれない。……だが、君を想う気持ちだけは、誰にも負けない自信がある」
「……っ」
周囲から「おおぉ……!」というどよめきが漏れる。
ミナ様が「キャーッ!」と叫んで口を押さえている。
私は顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ちょ、ちょっとクラウス! 場所! ギャラリーが多いわよ!」
「構わない。証人は多い方がいい」
クラウスは私を真っ直ぐに見上げた。
その瞳には、星空よりも美しい光が宿っていた。
「マグナ。君は言ったな。『誰かの尻拭いをする人生は嫌だ』と」
「え、ええ……」
「ならば、約束しよう」
彼は宣言した。
「私が、君を一生『書類仕事』から守る」
「……へ?」
予想外の言葉に、私はきょとんとした。
「王宮の激務からも、理不尽な要求からも、そして山積みの未決裁箱からも、私が盾となって君を守る。……まあ、たまに手伝ってもらうかもしれないが、基本的には定時退社を保証する!」
「……くっ」
私は思わず笑ってしまいそうになった。
なんて色気のない、けれど私にとっては最高に甘美な愛の言葉だろう。
「君には、太陽の下で土をいじり、美味しい料理を食べ、自由に笑っていてほしいんだ。……その隣に、私がいてもいいだろうか?」
クラウスは懐から、小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、宝石ではなく――美しく加工された『魔石』の指輪だった。
「これは?」
「通信機能付きの魔石だ。……私が寂しくなった時、いつでも君の声が聞けるように」
「……束縛用じゃない」
「違う。愛のホットラインだ」
彼は悪戯っぽく笑った。
「マグナ。……私と結婚してくれないか?」
静寂。
風の音だけが聞こえる。
全員の視線が私に注がれている。
断る理由は……論理的に考えて、見当たらなかった。
資産価値? 高い。
顔面偏差値? 最高。
性格? 難ありだが、改善の見込みあり。
何より――私の心拍数が、異常値を叩き出していることが、最大の証拠だ。
「……はぁ」
私はため息をつき、呆れたように、でも口元を緩めて言った。
「……仕方ありませんね」
「!」
「貴方のようなポンコツ、私が管理してあげないと、すぐに野垂れ死にしてしまいますから。……『永久就職』、受け入れてあげます」
「マグナ……!」
クラウスが立ち上がり、私を抱きしめようとする。
「待った!」
私は手で制した。
「ただし! 条件があります!」
「なんだ! 何でも言え!」
「一つ! 私のジャガイモ畑を最優先すること!」
「承知した!」
「二つ! 休日は仕事を家に持ち込まないこと!」
「努力する!」
「三つ! ……毎日、ちゃんと『愛してる』と言うこと!」
私は最後の言葉を、蚊の鳴くような声で言った。
恥ずかしくて死にそうだ。
クラウスは一瞬目を見開き、そして破顔した。
「……御意!!」
彼は私を抱き上げ、くるりと回転させた。
「愛している! マグナ! 世界で一番、君を愛しているぞーーー!!」
「ちょ、うるさい! 叫ばないで! バカ!」
「おめでとうーー!!」
パンパンパンパンッ!
周囲から爆発的な拍手と歓声が上がった。
ミナ様がクラッカー(魔法)を鳴らし、陛下が涙を拭い、殿下が「負けたよ……」と苦笑している。
空からは花火まで上がり始めた。
(……なんて騒がしいプロポーズなの)
私はクラウスの腕の中で、赤くなった顔を彼の胸に埋めた。
でも、悪くない。
書類の山に埋もれるより、この温かい腕の中にいる方が、ずっとずっと幸せだ。
「……契約成立ね、クラウス」
「ああ。更新なしの、終身契約だ」
私たちは月明かりの下、大勢の祝福(と冷やかし)に包まれながら、初めての口づけを交わした。
こうして、悪役令嬢マグナの「王宮脱出劇」は、最強のパートナーを得て、ハッピーエンド……いや、「新章」へと突入したのである。
だが。
結婚とは「生活」である。
感動のプロポーズの翌日から、さっそく私たちは「結婚式の準備」という名の、新たな『激務』に直面することになるのだが……。
それはまた、帰ってからのお話。
王宮の裏庭にある、飛空艇の発着ポート。
喧騒の舞踏会場を抜け出し、私たちは夜風に当たっていた。
月明かりの下、これから辺境へ帰るための準備が進められている。
「ああ。だが、少し静かすぎるな」
クラウスが夜空を見上げて呟く。
「嵐の前の静けさ……というよりは、祭りの後の寂しさか」
「感傷に浸るのは後にして。早くここを離れましょう。陛下がまた『追加契約』とか言い出す前に」
私がタラップに足をかけようとした、その時だった。
「待ってくれ、マグナ!」
背後から、大勢の足音が聞こえた。
振り返ると、そこには息を切らせた国王陛下、包帯だらけのレオナルド殿下、そしてミナ様をはじめとする、会場にいた貴族たちがズラリと並んでいた。
「……何ですの? まだ何か?」
私は警戒して身構えた。
「まさか、残業代の値切り交渉なら受け付けませんわよ?」
「違う! 礼を……言いに来たのだ」
陛下が一歩進み出て、深く頭を下げた。
「マグナよ。そなたには苦労をかけた。……そして、我が国の膿(うみ)を出してくれたこと、心より感謝する」
「……仕事をしただけです」
「レオナルドも、反省しておる」
殿下がミナ様に背中を押されて出てきた。
彼はボロボロの姿で、涙目で私を見た。
「……マグナ。すまなかった。君の言う通りだ。僕は君に甘えていた。……これからは、ミナと共に一からやり直すよ」
「そうです! 私がスパルタで教育しますから!」
ミナ様がガッツポーズをする。
(……まあ、あの子が監視役なら、殿下も悪いことはできないでしょうね)
私は少しだけ肩の力を抜いた。
「わかりました。その言葉、信じさせていただきます。……では、これにて失礼を」
私が再び背を向けた瞬間。
グイッ。
腕を引かれた。
「え?」
振り返ると、クラウスだった。
彼は真剣な眼差しで私を見つめ、その手を離さない。
「クラウス? どうしたの? 早く乗らないと……」
「いや。乗る前に、済ませておかなければならないことがある」
「済ませる?」
クラウスは私の方に向き直ると、その場に片膝をついた。
王族や貴族たちが見守る中での、騎士の礼。
いや、これは――。
「マグナ・ヴァイオレット」
クラウスの声が、夜のポートに朗々と響いた。
「私は今まで、数々の難題を処理し、あらゆる交渉を成功させてきた。……だが、この『案件』だけは、どうしても一人では解決できない」
「な、何の話です? 新しい条約?」
「違う。……私の『人生』という名のプロジェクトだ」
クラウスは私の右手を両手で包み込んだ。
その手は微かに震えているようにも見えた。
「私は仕事人間だ。君が言う通り、生活能力はないし、デリカシーも足りないかもしれない。……だが、君を想う気持ちだけは、誰にも負けない自信がある」
「……っ」
周囲から「おおぉ……!」というどよめきが漏れる。
ミナ様が「キャーッ!」と叫んで口を押さえている。
私は顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ちょ、ちょっとクラウス! 場所! ギャラリーが多いわよ!」
「構わない。証人は多い方がいい」
クラウスは私を真っ直ぐに見上げた。
その瞳には、星空よりも美しい光が宿っていた。
「マグナ。君は言ったな。『誰かの尻拭いをする人生は嫌だ』と」
「え、ええ……」
「ならば、約束しよう」
彼は宣言した。
「私が、君を一生『書類仕事』から守る」
「……へ?」
予想外の言葉に、私はきょとんとした。
「王宮の激務からも、理不尽な要求からも、そして山積みの未決裁箱からも、私が盾となって君を守る。……まあ、たまに手伝ってもらうかもしれないが、基本的には定時退社を保証する!」
「……くっ」
私は思わず笑ってしまいそうになった。
なんて色気のない、けれど私にとっては最高に甘美な愛の言葉だろう。
「君には、太陽の下で土をいじり、美味しい料理を食べ、自由に笑っていてほしいんだ。……その隣に、私がいてもいいだろうか?」
クラウスは懐から、小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、宝石ではなく――美しく加工された『魔石』の指輪だった。
「これは?」
「通信機能付きの魔石だ。……私が寂しくなった時、いつでも君の声が聞けるように」
「……束縛用じゃない」
「違う。愛のホットラインだ」
彼は悪戯っぽく笑った。
「マグナ。……私と結婚してくれないか?」
静寂。
風の音だけが聞こえる。
全員の視線が私に注がれている。
断る理由は……論理的に考えて、見当たらなかった。
資産価値? 高い。
顔面偏差値? 最高。
性格? 難ありだが、改善の見込みあり。
何より――私の心拍数が、異常値を叩き出していることが、最大の証拠だ。
「……はぁ」
私はため息をつき、呆れたように、でも口元を緩めて言った。
「……仕方ありませんね」
「!」
「貴方のようなポンコツ、私が管理してあげないと、すぐに野垂れ死にしてしまいますから。……『永久就職』、受け入れてあげます」
「マグナ……!」
クラウスが立ち上がり、私を抱きしめようとする。
「待った!」
私は手で制した。
「ただし! 条件があります!」
「なんだ! 何でも言え!」
「一つ! 私のジャガイモ畑を最優先すること!」
「承知した!」
「二つ! 休日は仕事を家に持ち込まないこと!」
「努力する!」
「三つ! ……毎日、ちゃんと『愛してる』と言うこと!」
私は最後の言葉を、蚊の鳴くような声で言った。
恥ずかしくて死にそうだ。
クラウスは一瞬目を見開き、そして破顔した。
「……御意!!」
彼は私を抱き上げ、くるりと回転させた。
「愛している! マグナ! 世界で一番、君を愛しているぞーーー!!」
「ちょ、うるさい! 叫ばないで! バカ!」
「おめでとうーー!!」
パンパンパンパンッ!
周囲から爆発的な拍手と歓声が上がった。
ミナ様がクラッカー(魔法)を鳴らし、陛下が涙を拭い、殿下が「負けたよ……」と苦笑している。
空からは花火まで上がり始めた。
(……なんて騒がしいプロポーズなの)
私はクラウスの腕の中で、赤くなった顔を彼の胸に埋めた。
でも、悪くない。
書類の山に埋もれるより、この温かい腕の中にいる方が、ずっとずっと幸せだ。
「……契約成立ね、クラウス」
「ああ。更新なしの、終身契約だ」
私たちは月明かりの下、大勢の祝福(と冷やかし)に包まれながら、初めての口づけを交わした。
こうして、悪役令嬢マグナの「王宮脱出劇」は、最強のパートナーを得て、ハッピーエンド……いや、「新章」へと突入したのである。
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