この最強悪役令嬢、実は平穏を愛する!

ちゃっぴー

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「……クラウス。話があります」


帰宅後。


山積みになった結婚式の招待状リストと、式次第のドラフト(厚さ5センチ)を前にして、私は静かに切り出した。


「なんだい? 招待客のリストなら、重要度ランクSの王族関係だけで150名だ。席次は私がドラフトを作っておいたが」


クラウスはジャケットを脱ぎながら、当然のように仕事モードに入っている。


私は深呼吸をして、爆弾を投下した。


「この結婚、一旦『保留(ペンディング)』にしませんか?」


「……はい?」


クラウスの手が止まった。


脱ぎかけたネクタイが、中途半端に首にぶら下がっている。


「ほ、保留……? どういうことだ? 君は先日のプロポーズで『永久就職』を受け入れてくれたはずじゃ……」


「ええ、言いました。ですが、労働条件の詳細(ディテール)については詰めていませんでした」


私は机の上の「式次第」を指差した。


「これを見てください。『宰相夫人としての公務一覧』。……週に三回の茶会主催、慈善事業への参加、王妃様との定例会議、そして他国要人の接待」


私は冷ややかに読み上げた。


「これ、王宮時代の私の業務内容と、何が違うのです?」


「それは……立場が『婚約者』から『夫人』に変わっただけで、やることは……似ているな」


「似ているどころじゃありません。むしろ増えています!」


私は机をバンッ!と叩いた。


「私が求めているのは『スローライフ』です。ジャガイモを育て、晴れた日に読書をし、美味しいご飯を食べる生活です。……こんな『キラキラした過労死予備軍』のような生活ではありません!」


「マ、マグナ……」


「『愛』があれば乗り越えられると思いましたか? 残念ながら、愛で疲労は回復しません。愛で時間は増えません!」


私は断言した。


「このままなし崩し的に結婚すれば、私は再び『社畜』に逆戻りです。……よって、労働環境が改善されない限り、入籍は無期限延期とさせていただきます!」


「な、なんだってぇぇぇ!?」


クラウスが絶叫した。


「む、無期限……!? そんな……君と離れるなんて嫌だ!」


「離れはしません。同居は続けます。ただし、『妻』としての業務は行いません。あくまで『同居人(シェアメイト)』です」


「そんな生殺しな……!」


クラウスは頭を抱えてうずくまった。


「どうすればいい……。どうすれば君は納得してくれるんだ……」


「考えてください。貴方はこの国の宰相でしょう? 難題を解決するのが仕事のはずです」


私は腕を組み、彼を見下ろした。


「私を納得させる『プラン』を持ってきてください。期限は明日の朝までです」


「明日の朝!?」


「徹夜はお得意でしょう? 期待していますわ」


私はそう言い残し、自分の寝室へと引き上げた。


パタン、と扉を閉める。


(……少し厳しかったかしら)


扉の向こうで、クラウスが「うおおおおお!」と唸り声を上げているのが聞こえる。


でも、これは譲れない戦いだ。


ここで妥協すれば、死ぬまで働かされる。私の「自由」を守るための、最後の防衛戦なのだ。


          ◇


翌朝。


私がリビングに行くと、そこには目の下に濃いクマを作ったクラウスが、鬼気迫る表情で立っていた。


テーブルの上には、一夜にして書き上げられたと思われる、分厚い羊皮紙の束が置かれている。


「……おはよう、マグナ」


声が枯れている。


「おはようございます。……できましたか?」


「ああ。完璧だ。……座ってくれ」


私はソファに座った。


クラウスは咳払いをし、まるで国王陛下への奏上のように、書類を読み上げ始めた。


「題して、『マグナ・ヴァイオレット氏との婚姻における特別協定書(ドラフト版)』」


「……タイトルが硬いですね」


「中身はもっと硬いぞ。心して聞いてくれ」


クラウスは一枚目をめくった。


「第一条:【公務の選択権】。妻・マグナは、宰相夫人として求められる全ての公務に対し、『拒否権』を持つものとする」


「ほう」


「つまり、行きたくない茶会、会いたくない人間、やりたくない慈善事業は、すべて『NO』と言っていい。その際の対外的な言い訳(体調不良、遠方への視察等)は、全て夫・クラウスが作成し、責任を持って処理する」


「……悪くないわね。続けて」


「第二条:【農業優先の原則】。天候が晴れの場合、マグナはいかなる予定よりも『農作業』を優先することができる。夫はこれを妨げてはならない」


「素晴らしいわ」


「第三条:【完全週休二日制の導入】。週に二日は、夫婦ともに王宮及び対外的な業務を一切行わない『完全オフ日』を設定する。この日に仕事を持ち込んだ者は、罰金として金貨100枚を家計に納めるものとする」


「金貨100枚……! それは抑止力が高いわね」


クラウスは次々と条文を読み上げていく。


「第四条:【家事分担の明確化】。料理はマグナ、掃除・洗濯・皿洗いはクラウスが担当する。ただし、マグナの機嫌が悪い時は、クラウスが外食を手配する」


「第五条:【ジャガイモへの不可侵条約】。夫は、妻が育てたジャガイモに対し、許可なく調理・加工してはならない。また、『芋くさい』などの暴言を吐いた場合は、即刻離婚事由に該当する」


「……そこまで?」


「君にとってジャガイモは家族だろう? 当然の配慮だ」


全50条にも及ぶその契約書は、私の懸念事項をすべて網羅し、さらに斜め上の配慮まで行き届いていた。


「……そして、第五十条」


クラウスが最後のページを開いた。


そこだけ、手書きの文字が少し震えている。


「【愛の誓い】。夫・クラウスは、妻・マグナの『笑顔』を最大の成果指標(KPI)と定め、その最大化のために生涯を捧げることを誓う。……なお、本契約は終身有効とし、一方的な破棄は認めない」


読み終えたクラウスは、祈るような目で私を見た。


「……どうだ? これなら、君の『自由』は守られるはずだ」


私はしばらく沈黙した。


そして、書類を手に取り、パラパラと見返した。


完璧だ。


隙がない。


私のワガママをすべて「権利」として明文化し、それを守る義務を自分に課している。


ここまで私のことを理解し(ある意味、甘やかし)、論理的に解決策を提示できる男が、他にいるだろうか?


「……合格です」


私は小さく呟いた。


「本当か!?」


「ええ。ただし、修正が一箇所あります」


私は赤ペンを取り出し、第五十条に書き込みをした。


「『一方的な破棄は認めない』……ここを削除」


「なっ!? 離婚するつもりか!?」


「違います。こう書き直してください。『本契約は、双方の合意と愛がある限り、永遠に更新され続ける』と」


「……!」


クラウスの顔がパァッと輝いた。


「更新制か! なるほど、常に努力を怠るなということだな!」


「そういうことです。釣った魚に餌をやらない男になったら、契約解除ですからね」


「望むところだ! 毎日君を口説き落として、更新し続けてみせる!」


クラウスはテーブル越しに身を乗り出し、私を抱きしめた。


「ありがとう、マグナ! 君は最高のクライアントであり、最愛の妻だ!」


「苦しいわよ、クラウス。……あと、徹夜明けでちょっと臭いわ」


「うっ……すまない、すぐにシャワーを……」


「その前に、サインをしましょう」


私はペンを取り、契約書の末尾にサラサラと署名をした。


『マグナ・ヴァイオレット(合意)』


続いて、クラウスも署名する。


『クラウス・ノワール(合意)』


二つの名前が並んだ瞬間、契約書が淡い光を放ち、魔法的な拘束力が発動した(ような気がした)。


「これで、私たちは共犯者ね」


「ああ。世界一効率的で、世界一自由な夫婦の誕生だ」


私たちは笑い合った。


保留は解除された。


結婚式の準備は大変だろうけれど、この「契約書」という最強の盾があれば、なんとかなる気がした。


「さて、クラウス。契約締結の祝杯といきましょうか」


「朝から飲むのか?」


「今日は『完全オフ』の前倒しよ。……ジャガイモのパンケーキを焼くわ」


「最高だ。私は皿洗いの準備をしておくよ」


こうして、私たちの結婚生活における「憲法」が制定された。


これで平和が訪れる……はずだった。


だが。


結婚式を目前に控えたある日。


私たちの前に、最後の試練――「ライバル(?)」が出現する。


それは、クラウスを狙う「完璧な淑女」を装った、とんでもない刺客だった。
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