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「ごめんくださいませ! クラウス様はいらっしゃいますか!」
ある日の午後。
私とクラウスが、結婚式の引き出物(ジャガイモを練り込んだクッキーにするか、ジャガイモそのものにするか)で揉めていると、屋敷の玄関ホールに甲高い声が響き渡った。
「……誰かしら?」
「アポイントはないな。……だが、この声には聞き覚えがある」
クラウスが眉をひそめる。
私たちが玄関へ向かうと、そこにはフリフリのドレスを着飾った、金髪の美少女が立っていた。
セバスが困った顔で対応している。
「おや、ステラ嬢ではないか」
クラウスが声をかけると、少女――ステラ・ローズ伯爵令嬢は、パァッと顔を輝かせた。
「クラウス様! お久しぶりですわ! ご結婚されると聞いて、居ても立ってもいられず駆けつけましたの!」
彼女はクラウスに駆け寄り、その腕にギュッと抱きついた。
「……」
私は無言でその光景を見つめた。
ステラ・ローズ。
名門伯爵家の娘で、かつて「次期宰相夫人候補」として名を馳せたご令嬢だ。
淑やかで、教養があり、見た目は可憐な白百合のよう。
……中身は「選民意識の塊」だと噂に聞いているが。
「離れてくれないか、ステラ嬢。暑苦しい」
クラウスが冷たく引き剥がそうとするが、ステラはヒル(蛭)のように吸い付いて離れない。
「嫌です! クラウス様、どうしてですか!? なぜ、あのような『傷物の女』を選ばれたのですか!?」
ステラが私をビシッと指差した。
「『婚約破棄された元公爵令嬢』で、『畑仕事に夢中な芋女』で、『王宮を恐怖に陥れた魔女』……。そんな女、クラウス様には釣り合いませんわ!」
「……ほう」
私はピクリと眉を動かした。
芋女は事実だが、魔女というのは風評被害だ。
「私なら! クラウス様を完璧にサポートできます! 刺繍も得意ですし、詩も詠めます! それに、毎日『おかえりなさいのキス』だってして差し上げますわ!」
ステラは上目遣いでクラウスに迫る。
「だから、その女を捨てて、私と結婚してください! 今ならまだ間に合います!」
自信満々の宣言。
彼女の中では「野暮ったいマグナより、可憐な私の方が上」という計算が成り立っているのだろう。
クラウスがため息をつき、口を開こうとした。
「ステラ嬢、君は大きな勘違いを……」
「待って、クラウス」
私は彼を手で制し、一歩前に進み出た。
カツン。
ヒールの音が響く。
「……あら、マグナ様。何か言い訳でも?」
ステラが勝ち誇ったように笑う。
私は扇子をゆっくりと閉じた。
パチン。
そして、ステラに向かって、極上の「営業スマイル」を向けた。
……いいえ。
それは、王宮で数々の古狸(老害貴族)たちを黙らせ、レオナルド殿下を震え上がらせてきた、私の最大奥義。
慈愛に満ちているようで、その奥に「絶対零度の殺気」と「地獄の底まで追い詰める執念」を秘めた――通称『般若スマイル』である。
「……ふふふ」
私は何も言わなかった。
ただ、口角を限界まで吊り上げ、目は笑わずに見開いたまま、彼女の瞳の奥を覗き込んだだけだ。
(あら、ステラ様? 喧嘩を売る相手をお間違えではありませんこと? 私からクラウスを奪う? それはつまり、私が構築した『最強の労働環境(ライフスタイル)』を破壊するという宣戦布告と受け取ってよろしいのかしら? よろしいですわね? でしたら、こちらも相応の対応(物理・社会的抹殺)をさせていただきますけれど、覚悟はおありで? ……あ、ちなみに逃げても無駄ですよ? 私の情報網は大陸全土をカバーしておりますから、貴女がどこで何をしようと、一生逃がしませんわよ? おーっほっほっほ!)
……というニュアンスを、無言の笑顔(圧力)だけで伝えた。
ドォォォォォォン……!!
私の背後に、幻影の黒龍か、あるいは修羅が見えたのだろう。
「ひっ……!?」
ステラの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「あ……あ……あ……」
彼女の膝がガクガクと震え始める。
生物としての本能が警鐘を鳴らしたのだ。「この女に関わったら死ぬ(捕食される)」と。
1秒。
ステラの目が泳ぐ。
2秒。
ステラが泡を吹きそうになる。
3秒。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ごめんなさぁぁぁぁい!!」
ステラはクラウスから飛び退き、脱兎のごとく玄関へと駆け出した。
「お、お母様ぁぁぁ! 悪魔が! 本物の悪魔がいましたぁぁぁ!」
バタンッ!!
扉が閉まる音と共に、彼女の姿は消え失せた。
嵐のような来訪から、わずか数分。
撤退(逃走)時間は、宣言通り3秒だった。
「……あらあら」
私はスッと真顔に戻り、扇子を開いた。
「元気な方ですこと。お茶もお出しできませんでしたわ」
「……マグナ」
クラウスが引きつった顔で私を見ている。
「今、何をしたんだ? 覇王色の覇気か?」
「いいえ。ただ『微笑んだ』だけです」
「微笑みで人はあんなに怯えないぞ……」
クラウスはやれやれと首を振り、そして嬉しそうに笑った。
「だが、助かった。あのような手合いは、私が論理で説得しても聞く耳を持たないからな」
「ええ。時には『言葉なき圧力』の方が雄弁なこともありますの」
私は髪をかき上げた。
「それに……」
「それに?」
「私の『所有物(夫)』に手を出す泥棒猫には、少しばかりお灸を据えておかないと、ね?」
私はクラウスの胸板をトン、と指で突いた。
「……所有物か。悪くない響きだ」
クラウスは満足げに私の手を握った。
「安心してくれ、マグナ。私にとっての『完璧な淑女』は、世界で君一人だ。……般若のような笑顔も含めてな」
「一言余計ですわ」
私たちは笑い合った。
ライバル(?)は秒殺された。
私たちの絆は、そんな生半可な「可愛さ」では揺るがない。
私たちは「戦友」であり、「共犯者」であり、そして互いの「猛獣使い」なのだから。
「さて、邪魔者は消えました。引き出物の会議の続きをしましょう」
「ああ。ジャガイモクッキーにするなら、パッケージデザインは私が監修する」
「コスト計算は私がやります」
平和な(?)午後は続く。
結婚式まで、あと少し。
次なる課題は、マグナ史上最大の難関――「ウェディングドレス選び」である。
ある日の午後。
私とクラウスが、結婚式の引き出物(ジャガイモを練り込んだクッキーにするか、ジャガイモそのものにするか)で揉めていると、屋敷の玄関ホールに甲高い声が響き渡った。
「……誰かしら?」
「アポイントはないな。……だが、この声には聞き覚えがある」
クラウスが眉をひそめる。
私たちが玄関へ向かうと、そこにはフリフリのドレスを着飾った、金髪の美少女が立っていた。
セバスが困った顔で対応している。
「おや、ステラ嬢ではないか」
クラウスが声をかけると、少女――ステラ・ローズ伯爵令嬢は、パァッと顔を輝かせた。
「クラウス様! お久しぶりですわ! ご結婚されると聞いて、居ても立ってもいられず駆けつけましたの!」
彼女はクラウスに駆け寄り、その腕にギュッと抱きついた。
「……」
私は無言でその光景を見つめた。
ステラ・ローズ。
名門伯爵家の娘で、かつて「次期宰相夫人候補」として名を馳せたご令嬢だ。
淑やかで、教養があり、見た目は可憐な白百合のよう。
……中身は「選民意識の塊」だと噂に聞いているが。
「離れてくれないか、ステラ嬢。暑苦しい」
クラウスが冷たく引き剥がそうとするが、ステラはヒル(蛭)のように吸い付いて離れない。
「嫌です! クラウス様、どうしてですか!? なぜ、あのような『傷物の女』を選ばれたのですか!?」
ステラが私をビシッと指差した。
「『婚約破棄された元公爵令嬢』で、『畑仕事に夢中な芋女』で、『王宮を恐怖に陥れた魔女』……。そんな女、クラウス様には釣り合いませんわ!」
「……ほう」
私はピクリと眉を動かした。
芋女は事実だが、魔女というのは風評被害だ。
「私なら! クラウス様を完璧にサポートできます! 刺繍も得意ですし、詩も詠めます! それに、毎日『おかえりなさいのキス』だってして差し上げますわ!」
ステラは上目遣いでクラウスに迫る。
「だから、その女を捨てて、私と結婚してください! 今ならまだ間に合います!」
自信満々の宣言。
彼女の中では「野暮ったいマグナより、可憐な私の方が上」という計算が成り立っているのだろう。
クラウスがため息をつき、口を開こうとした。
「ステラ嬢、君は大きな勘違いを……」
「待って、クラウス」
私は彼を手で制し、一歩前に進み出た。
カツン。
ヒールの音が響く。
「……あら、マグナ様。何か言い訳でも?」
ステラが勝ち誇ったように笑う。
私は扇子をゆっくりと閉じた。
パチン。
そして、ステラに向かって、極上の「営業スマイル」を向けた。
……いいえ。
それは、王宮で数々の古狸(老害貴族)たちを黙らせ、レオナルド殿下を震え上がらせてきた、私の最大奥義。
慈愛に満ちているようで、その奥に「絶対零度の殺気」と「地獄の底まで追い詰める執念」を秘めた――通称『般若スマイル』である。
「……ふふふ」
私は何も言わなかった。
ただ、口角を限界まで吊り上げ、目は笑わずに見開いたまま、彼女の瞳の奥を覗き込んだだけだ。
(あら、ステラ様? 喧嘩を売る相手をお間違えではありませんこと? 私からクラウスを奪う? それはつまり、私が構築した『最強の労働環境(ライフスタイル)』を破壊するという宣戦布告と受け取ってよろしいのかしら? よろしいですわね? でしたら、こちらも相応の対応(物理・社会的抹殺)をさせていただきますけれど、覚悟はおありで? ……あ、ちなみに逃げても無駄ですよ? 私の情報網は大陸全土をカバーしておりますから、貴女がどこで何をしようと、一生逃がしませんわよ? おーっほっほっほ!)
……というニュアンスを、無言の笑顔(圧力)だけで伝えた。
ドォォォォォォン……!!
私の背後に、幻影の黒龍か、あるいは修羅が見えたのだろう。
「ひっ……!?」
ステラの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「あ……あ……あ……」
彼女の膝がガクガクと震え始める。
生物としての本能が警鐘を鳴らしたのだ。「この女に関わったら死ぬ(捕食される)」と。
1秒。
ステラの目が泳ぐ。
2秒。
ステラが泡を吹きそうになる。
3秒。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ごめんなさぁぁぁぁい!!」
ステラはクラウスから飛び退き、脱兎のごとく玄関へと駆け出した。
「お、お母様ぁぁぁ! 悪魔が! 本物の悪魔がいましたぁぁぁ!」
バタンッ!!
扉が閉まる音と共に、彼女の姿は消え失せた。
嵐のような来訪から、わずか数分。
撤退(逃走)時間は、宣言通り3秒だった。
「……あらあら」
私はスッと真顔に戻り、扇子を開いた。
「元気な方ですこと。お茶もお出しできませんでしたわ」
「……マグナ」
クラウスが引きつった顔で私を見ている。
「今、何をしたんだ? 覇王色の覇気か?」
「いいえ。ただ『微笑んだ』だけです」
「微笑みで人はあんなに怯えないぞ……」
クラウスはやれやれと首を振り、そして嬉しそうに笑った。
「だが、助かった。あのような手合いは、私が論理で説得しても聞く耳を持たないからな」
「ええ。時には『言葉なき圧力』の方が雄弁なこともありますの」
私は髪をかき上げた。
「それに……」
「それに?」
「私の『所有物(夫)』に手を出す泥棒猫には、少しばかりお灸を据えておかないと、ね?」
私はクラウスの胸板をトン、と指で突いた。
「……所有物か。悪くない響きだ」
クラウスは満足げに私の手を握った。
「安心してくれ、マグナ。私にとっての『完璧な淑女』は、世界で君一人だ。……般若のような笑顔も含めてな」
「一言余計ですわ」
私たちは笑い合った。
ライバル(?)は秒殺された。
私たちの絆は、そんな生半可な「可愛さ」では揺るがない。
私たちは「戦友」であり、「共犯者」であり、そして互いの「猛獣使い」なのだから。
「さて、邪魔者は消えました。引き出物の会議の続きをしましょう」
「ああ。ジャガイモクッキーにするなら、パッケージデザインは私が監修する」
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