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第36話 大団円??
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それから一ヶ月後。
若葉苑では美桜の送別会が開かれていた。
予想通り、母親は猶予付きとはいえ実刑判決が降り、美桜の親権は父親に変更された。父親と祖父母の元で暮らすことになったため、転校と引越しが決まり、仮滞在していた若葉苑から出ることが決まったからである。
「美桜ちゃん、お父さんとおじいちゃんおばあちゃんの元で暮らせるの良かったわね」
千沙子がトライフルのケーキを出しながら労る。
「あ! これ、『ミス・マープル』に出てきたお菓子だね!」
「まあ、私の棚のミステリも読んでたのね。ちょっと趣向をこらしたの。もちろん毒はないから安心して食べてね」
「これはホームズの「青い宝玉」に出てきたガチョウの丸焼きに見立てたローストチキンだ! すげー、ミステリ作品の料理ばっかりだ」
優太も負けじと声を上げるのを健三はニヤニヤと冷やかす。
「ほう、お前、本が嫌いだったのにな」
「み、ミステリにもミリタリーのヒントがあるかもしれないと思ったからだよっ」
「ムキになるなよ、美桜ちゃんと話が通じるようにしたかったんだろ?」
「じいちゃん! ちょっと黙っててよ!」
優太が真っ赤になってムキになって反論する。
「美桜のことがずっと心配だったのですが、良い友達に恵まれていたようですね。少し安心しました。本当にありがとうございました」
美桜の父親である隆彦が深々と頭を下げる。
「京子……美桜の母親ですが、美桜への連絡手段を電話を解約されたりなどして、全部潰されてしまいまして。手紙も捨てられていたようです。美桜に送っていた養育費まで使い込まれていて……だから、恥ずかしながら父親として何も出来なかった。もっと強く親権を主張すれば良かった」
卑下するように悔やむ隆彦に総一郎達が慌てて止める。
「そこまで自分を責めないでください。そんな事情なら仕方ないですよ」
「そうですよ。私達も孫がいるようで楽しく過ごさせていただきました」
千沙子がフォローすると、すみれもうんうんと頷き、同意した。
「うむ、未来のなでしこを指導することもできたしね。スジがいいから転校先でもサッカー続けるといいよ」
「でも、イニアスタにさせるほど、あんなに強いキック出せるようになるかな?」
「大丈夫さ! ただ、蹴る時の足の角度に気をつけなさいね。子どもは骨が大事だから正しくしないと痛めるからね」
美桜はすみれに褒められたことにちょっと照れながら笑う。
「元なでしこの方にまでサッカー指導してもらっていたなんて……。良かった、少なくとも美桜にはちゃんと居場所あったんだな」
隆彦は感無量になって男泣きする。
(じいちゃん、イニアスタの本当の意味は言わない方がいいよね)
(優太も空気が読めるようになったな。黙っておけ)
「美桜ちゃん明日、出発だったね。最後の練習していくかい?」
すみれの提案に美桜が乗った。
「うん!」
「俺も付き合う! だって、最後の練習だもんな……」
「おや、優太君には引き続き……」
「大叔母様、美桜ちゃんとギリギリまで一緒にいたいのですよ。野暮なことは言わずにそっとしましょう」
見ると優太は泣きそうな顔をしている。最初はいじめていたはずなのに、ここまで人は変わるのだな。
「俺、サッカー含めて基礎体力付けるよ。そして、ミリオタじゃなくて本物の自衛隊目指す。美桜も含めて皆を守るんだ。本当に美桜がいなくなるのは寂しいな。何時でもここへ遊びに来いよ」
「うん、遠くなるけど夏休みにはここに来るよ」
「その時は若葉苑に滞在すればいいさ。部屋はどうせ夏になってもガラガラだろうし、あたしもサッカー指導してあげるよ」
すみれは嬉しそうに提案するのを総一郎は聞き逃さなかった。
「大叔母様、夏休みもサッカー指導って。短期滞在だから、そろそろ退所の時期ですよ」
「いやあ、やっぱり故郷の町が一番だわ。帰ったらまた鬼嫁にサッカーグッズ売り飛ばされかねないし、その時は彼女にGKになってもらってシュート練習に付き合わせそうだしね。それにおじいさんからは手紙が来てね、ブラジル人と意気投合してブラジルへ行くと言うからまだまだ帰ってこないし、義雄も快諾したし、信次郎兄さんには許可貰ったからここに正式に入所するよ」
「そ、そんな……」
この疲れる大叔母がやっと帰ると思ってたのに正式に入所。祖父の許可まで取っているということは町への手続きも済ませているのだろう。なんせ浅葱一族だ。役場もスピーディに処理したに違いない。
総一郎は目眩を覚え始めていた。
「おお! すみれさんはずっとここにいるのかい。楽しくなりそうだ」
「小学校のサッカー指導も好評でしたからね。町も活気づきますね」
「ならば、小学校の噂もいっぱい聞けそうですわ、うふふ」
老人達が嬉しそうにわいわいと話す横で総一郎は頭を抱えていた。
松郎と徳次郎はそんな総一郎をわかっていたようで、彼を労う。
「まあ、気の毒だが、この町なら新聞沙汰になる前になんとかなるだろ。田舎だし、浅葱一族だしな」
「そうだな。河田へのシュート練習も二人の救出のためのやむを得ない手段としてギリギリセーフだったしな」
「いえ、理解してくれる人がいるだけでもいいです」
総一郎はうなだれて力なく返事した。これからも何かトラブルが起きて火消しに走るのか、義雄叔父さんも信次郎おじい様も自分に押し付けたな。
「ただ、当面は胃薬が手放せなくなりそうです」
総一郎は深く深くため息をつくのであった。
若葉苑では美桜の送別会が開かれていた。
予想通り、母親は猶予付きとはいえ実刑判決が降り、美桜の親権は父親に変更された。父親と祖父母の元で暮らすことになったため、転校と引越しが決まり、仮滞在していた若葉苑から出ることが決まったからである。
「美桜ちゃん、お父さんとおじいちゃんおばあちゃんの元で暮らせるの良かったわね」
千沙子がトライフルのケーキを出しながら労る。
「あ! これ、『ミス・マープル』に出てきたお菓子だね!」
「まあ、私の棚のミステリも読んでたのね。ちょっと趣向をこらしたの。もちろん毒はないから安心して食べてね」
「これはホームズの「青い宝玉」に出てきたガチョウの丸焼きに見立てたローストチキンだ! すげー、ミステリ作品の料理ばっかりだ」
優太も負けじと声を上げるのを健三はニヤニヤと冷やかす。
「ほう、お前、本が嫌いだったのにな」
「み、ミステリにもミリタリーのヒントがあるかもしれないと思ったからだよっ」
「ムキになるなよ、美桜ちゃんと話が通じるようにしたかったんだろ?」
「じいちゃん! ちょっと黙っててよ!」
優太が真っ赤になってムキになって反論する。
「美桜のことがずっと心配だったのですが、良い友達に恵まれていたようですね。少し安心しました。本当にありがとうございました」
美桜の父親である隆彦が深々と頭を下げる。
「京子……美桜の母親ですが、美桜への連絡手段を電話を解約されたりなどして、全部潰されてしまいまして。手紙も捨てられていたようです。美桜に送っていた養育費まで使い込まれていて……だから、恥ずかしながら父親として何も出来なかった。もっと強く親権を主張すれば良かった」
卑下するように悔やむ隆彦に総一郎達が慌てて止める。
「そこまで自分を責めないでください。そんな事情なら仕方ないですよ」
「そうですよ。私達も孫がいるようで楽しく過ごさせていただきました」
千沙子がフォローすると、すみれもうんうんと頷き、同意した。
「うむ、未来のなでしこを指導することもできたしね。スジがいいから転校先でもサッカー続けるといいよ」
「でも、イニアスタにさせるほど、あんなに強いキック出せるようになるかな?」
「大丈夫さ! ただ、蹴る時の足の角度に気をつけなさいね。子どもは骨が大事だから正しくしないと痛めるからね」
美桜はすみれに褒められたことにちょっと照れながら笑う。
「元なでしこの方にまでサッカー指導してもらっていたなんて……。良かった、少なくとも美桜にはちゃんと居場所あったんだな」
隆彦は感無量になって男泣きする。
(じいちゃん、イニアスタの本当の意味は言わない方がいいよね)
(優太も空気が読めるようになったな。黙っておけ)
「美桜ちゃん明日、出発だったね。最後の練習していくかい?」
すみれの提案に美桜が乗った。
「うん!」
「俺も付き合う! だって、最後の練習だもんな……」
「おや、優太君には引き続き……」
「大叔母様、美桜ちゃんとギリギリまで一緒にいたいのですよ。野暮なことは言わずにそっとしましょう」
見ると優太は泣きそうな顔をしている。最初はいじめていたはずなのに、ここまで人は変わるのだな。
「俺、サッカー含めて基礎体力付けるよ。そして、ミリオタじゃなくて本物の自衛隊目指す。美桜も含めて皆を守るんだ。本当に美桜がいなくなるのは寂しいな。何時でもここへ遊びに来いよ」
「うん、遠くなるけど夏休みにはここに来るよ」
「その時は若葉苑に滞在すればいいさ。部屋はどうせ夏になってもガラガラだろうし、あたしもサッカー指導してあげるよ」
すみれは嬉しそうに提案するのを総一郎は聞き逃さなかった。
「大叔母様、夏休みもサッカー指導って。短期滞在だから、そろそろ退所の時期ですよ」
「いやあ、やっぱり故郷の町が一番だわ。帰ったらまた鬼嫁にサッカーグッズ売り飛ばされかねないし、その時は彼女にGKになってもらってシュート練習に付き合わせそうだしね。それにおじいさんからは手紙が来てね、ブラジル人と意気投合してブラジルへ行くと言うからまだまだ帰ってこないし、義雄も快諾したし、信次郎兄さんには許可貰ったからここに正式に入所するよ」
「そ、そんな……」
この疲れる大叔母がやっと帰ると思ってたのに正式に入所。祖父の許可まで取っているということは町への手続きも済ませているのだろう。なんせ浅葱一族だ。役場もスピーディに処理したに違いない。
総一郎は目眩を覚え始めていた。
「おお! すみれさんはずっとここにいるのかい。楽しくなりそうだ」
「小学校のサッカー指導も好評でしたからね。町も活気づきますね」
「ならば、小学校の噂もいっぱい聞けそうですわ、うふふ」
老人達が嬉しそうにわいわいと話す横で総一郎は頭を抱えていた。
松郎と徳次郎はそんな総一郎をわかっていたようで、彼を労う。
「まあ、気の毒だが、この町なら新聞沙汰になる前になんとかなるだろ。田舎だし、浅葱一族だしな」
「そうだな。河田へのシュート練習も二人の救出のためのやむを得ない手段としてギリギリセーフだったしな」
「いえ、理解してくれる人がいるだけでもいいです」
総一郎はうなだれて力なく返事した。これからも何かトラブルが起きて火消しに走るのか、義雄叔父さんも信次郎おじい様も自分に押し付けたな。
「ただ、当面は胃薬が手放せなくなりそうです」
総一郎は深く深くため息をつくのであった。
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