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一日目 2030年 12月25日
冬の日 運命の朝
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”ピッピピッピピピピピピッ”
目覚ましのアラーム音が鳴って俺は目を覚ました。
俺、《守谷(もりや)悠希(ゆうき)》の寝覚めは非常に良い。起き上がり、ベッドから降りると身体大きく伸ばし、大きな欠伸をした。
「さて…」
何気なく声に出し、今日やることを思い出す。と言っても、いつもと全く変わらない。リクライニングチェアの背もたれに掛けたパーカーを羽織って自室を出た。
寒さに耐えながら階段を降りて、一階のリビングへ。ドアを開けて、照明と暖房のスイッチを速攻でオンにする。それから、テレビの電源を入れてカーテンを開けた。すると、優しい日が差した。どうやら今日は晴れているようだ。鳥の囀りも聞こえてくる。こういう日は気分が良い。
俺は窓から離れると、隣の和室に入った。それから、仏壇の写真と位牌に線香を上げる。そして、「おはよう」とだけ言って和室を出た。
トーストを焼き、ココアを淹れる。それをテーブルに運び、椅子に座った。
熱々のココアを口に運ぶ。普段ならこんなにのんびりとは出来ない。これも、高校が冬休みに入ってくれているおかげだ。
ふと、テレビに目を向ける。丁度九時を迎えたらしく、画面左斜め上の時計の表示が変わった。
「今日はクリスマスですね」と、キャスターが言ったのを聞き、そう言えばと、思い出す。ここ五年は一人なので、特に気にすることもないのだが。
その後は、当たり障りのない話題が話されていたので聴き流し、食べ終えたので、お皿とマグカップを下げた。
洗い物をしようと、水道のレバーを上げようとした。その時。
「守谷悠希様、ですね?」
静かな、落ち着いた口調の中性的な声が聞こえた。
「は?え?」
気の所為かと思う。空耳かと思う。『有り得ない』その言葉が心を渦巻く。そう、有り得るはずがない。この家に、俺以外の人間がいるはずがないのだから。
俺は恐る恐る声の方。つまりは、入り口の方に振り返った。
そこに居たのは、大柄な、男?だった。二メートルはあろうかと言う身長を執事服で包み込んでいる。それだけなら男性的だ。しかし、その身体つきはスラッとしていて女性的だ。顔は、目と口の部分に穴が空いた真っ白な仮面で覆われていて、素顔が分からない。
「守谷悠希様ですね?」
再び口を開いた。瞬間、その声で身体が震えた。
何故?何?疑問が浮かぶ。
どうやって入って来た?音はしなかった。何で俺の名前を知ってるんだ?友人?親戚の誰か?
そこまで考えて首を振る。いない。こんな事をする人物も、こんな人も。だって俺はあの日から一人なのだから。
「…誰だ…答えろ」
なんとか言葉を搾り出す。すると、仮面の人型は申し訳無さそうに答えた。
「これは失礼しました。わたくし、《案内人》と申します。ところで、守谷悠希様でお間違いありませんね?」
案内人と名乗った仮面の人型の再三の問いに、俺は答える。
「…ああ…そうだ」
「よかった…そうでなければ、あなたを殺さなくてはならないところでした」
安心したようにそう言うと、案内人はゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
俺は、流しの下の棚から包丁を取り出して、案内人に向けて叫んだ。
「来るな!それ以上近づいたら刺すぞ!」
そう言いながら、俺はポケットから携帯端末を取り出し、110番をしようと指を動かした。直後、俺の身体を風が叩いた。
「へ?」
何が起きたか分からず、顔を上げる。が、目の前は一面真っ黒だ。そのまま、顔を上げる。一面が白くなる。ふと、その中の黒点に視線が吸い込まれた。
「刃物は危ないですね。それと、無駄ですよ」
その声が聞こえたと同時に、両腕から、フッと力が抜けた。手指から、包丁と携帯の感覚が消える。
「あ…」
その時、俺は理解した。俺が一瞬だけ目を離した隙に、案内人は俺が視線を戻すまでの僅かな一瞬で距離を詰めたのだ。そして、俺から携帯端末と包丁を取り上げたのだ。
「なんなんだよ…お前」
「わたくしは案内人です」
案内人が落ち着いた口調で答える。
「何が…目的なんだよ。この家には何も…」
「わたくしの目的は、あなたです。守谷悠希様」
再び、案内人と目が合った。真っ直ぐに俺を見つめる、悪意を携えた目と。
「どう言う意味だ」
「そうですねえ、どこから話すべきか分かりませんが…まぁ、手短に話しましょう」
案内人はそう言うと、咳払いをして、ゆっくりと話始めた。
「今日から六日後の一月一日を迎えた時。世界が終わります。そこで、二代目の神、《アルストロメリア》様は、新たな神を七人の《候補者》から選定することに決めました。守谷悠希様。あなたは、その候補者の一人に選ばれたのです。ですので、わたくしについて来てください」
「はい?」
呆けた声を漏らし、呆然とする。理解が出来ない。正確には、言葉と意味は理解できる。だが、内容があまりに飛躍し過ぎている。世界が終わる?新たな神を選ぶ?その中の一人?馬鹿げている。そんな話しが有る訳無い。
だが、そう一蹴して笑える訳でも無い。そんな事をすれば、俺は殺されてしまうだろう。
ーーそんな事は赦されない。今死ぬ訳には行かない。あの日死んでいったみんなの為にも。
「分かった。行くよ」
俺がそう言うと、案内人は、意外。と言ったような態度を取る。
「それは良かった。それにしても、やけにあっさりですね?」
「ああ。今死ぬ訳には行かないんでね」
「そうですか。では、参りましょう」
案内人はそう言って、後ろを向いた。
「行くって、どこに?」
たまらず聞くと、案内人はさも当然で有るかのように言った。
「神の世界です」
「え?神の…世界?」
「はい」
案内人は、頷いて答えると、指を"パチンッ"と、鳴らした。直後、案内人が一歩前に進み、案内人の目の前に出現した、何かの中に消えた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、直ぐに理解した。案内人の巨体に隠れて見えなかったが、今はその全容が良く分かる。
それは巨大な穴だった。案内人の一回り以上はあるのではなかろうか。まるで、その空間だけをスッパリと切り取ったかのように、黒い穴がポッカリと口を開けている。
「マジかよ…」
こんな現象を目の当たりにしては、案内人の言葉を信じるしか無い。だとしたら、俺は…相当まずい事に巻き込まれたのかも知れない。
だが、今更後には引けない。俺は死ぬ訳には行かないのだから。
夢であれ。そう願いながら、俺はその穴に足を踏み入れた。
目覚ましのアラーム音が鳴って俺は目を覚ました。
俺、《守谷(もりや)悠希(ゆうき)》の寝覚めは非常に良い。起き上がり、ベッドから降りると身体大きく伸ばし、大きな欠伸をした。
「さて…」
何気なく声に出し、今日やることを思い出す。と言っても、いつもと全く変わらない。リクライニングチェアの背もたれに掛けたパーカーを羽織って自室を出た。
寒さに耐えながら階段を降りて、一階のリビングへ。ドアを開けて、照明と暖房のスイッチを速攻でオンにする。それから、テレビの電源を入れてカーテンを開けた。すると、優しい日が差した。どうやら今日は晴れているようだ。鳥の囀りも聞こえてくる。こういう日は気分が良い。
俺は窓から離れると、隣の和室に入った。それから、仏壇の写真と位牌に線香を上げる。そして、「おはよう」とだけ言って和室を出た。
トーストを焼き、ココアを淹れる。それをテーブルに運び、椅子に座った。
熱々のココアを口に運ぶ。普段ならこんなにのんびりとは出来ない。これも、高校が冬休みに入ってくれているおかげだ。
ふと、テレビに目を向ける。丁度九時を迎えたらしく、画面左斜め上の時計の表示が変わった。
「今日はクリスマスですね」と、キャスターが言ったのを聞き、そう言えばと、思い出す。ここ五年は一人なので、特に気にすることもないのだが。
その後は、当たり障りのない話題が話されていたので聴き流し、食べ終えたので、お皿とマグカップを下げた。
洗い物をしようと、水道のレバーを上げようとした。その時。
「守谷悠希様、ですね?」
静かな、落ち着いた口調の中性的な声が聞こえた。
「は?え?」
気の所為かと思う。空耳かと思う。『有り得ない』その言葉が心を渦巻く。そう、有り得るはずがない。この家に、俺以外の人間がいるはずがないのだから。
俺は恐る恐る声の方。つまりは、入り口の方に振り返った。
そこに居たのは、大柄な、男?だった。二メートルはあろうかと言う身長を執事服で包み込んでいる。それだけなら男性的だ。しかし、その身体つきはスラッとしていて女性的だ。顔は、目と口の部分に穴が空いた真っ白な仮面で覆われていて、素顔が分からない。
「守谷悠希様ですね?」
再び口を開いた。瞬間、その声で身体が震えた。
何故?何?疑問が浮かぶ。
どうやって入って来た?音はしなかった。何で俺の名前を知ってるんだ?友人?親戚の誰か?
そこまで考えて首を振る。いない。こんな事をする人物も、こんな人も。だって俺はあの日から一人なのだから。
「…誰だ…答えろ」
なんとか言葉を搾り出す。すると、仮面の人型は申し訳無さそうに答えた。
「これは失礼しました。わたくし、《案内人》と申します。ところで、守谷悠希様でお間違いありませんね?」
案内人と名乗った仮面の人型の再三の問いに、俺は答える。
「…ああ…そうだ」
「よかった…そうでなければ、あなたを殺さなくてはならないところでした」
安心したようにそう言うと、案内人はゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
俺は、流しの下の棚から包丁を取り出して、案内人に向けて叫んだ。
「来るな!それ以上近づいたら刺すぞ!」
そう言いながら、俺はポケットから携帯端末を取り出し、110番をしようと指を動かした。直後、俺の身体を風が叩いた。
「へ?」
何が起きたか分からず、顔を上げる。が、目の前は一面真っ黒だ。そのまま、顔を上げる。一面が白くなる。ふと、その中の黒点に視線が吸い込まれた。
「刃物は危ないですね。それと、無駄ですよ」
その声が聞こえたと同時に、両腕から、フッと力が抜けた。手指から、包丁と携帯の感覚が消える。
「あ…」
その時、俺は理解した。俺が一瞬だけ目を離した隙に、案内人は俺が視線を戻すまでの僅かな一瞬で距離を詰めたのだ。そして、俺から携帯端末と包丁を取り上げたのだ。
「なんなんだよ…お前」
「わたくしは案内人です」
案内人が落ち着いた口調で答える。
「何が…目的なんだよ。この家には何も…」
「わたくしの目的は、あなたです。守谷悠希様」
再び、案内人と目が合った。真っ直ぐに俺を見つめる、悪意を携えた目と。
「どう言う意味だ」
「そうですねえ、どこから話すべきか分かりませんが…まぁ、手短に話しましょう」
案内人はそう言うと、咳払いをして、ゆっくりと話始めた。
「今日から六日後の一月一日を迎えた時。世界が終わります。そこで、二代目の神、《アルストロメリア》様は、新たな神を七人の《候補者》から選定することに決めました。守谷悠希様。あなたは、その候補者の一人に選ばれたのです。ですので、わたくしについて来てください」
「はい?」
呆けた声を漏らし、呆然とする。理解が出来ない。正確には、言葉と意味は理解できる。だが、内容があまりに飛躍し過ぎている。世界が終わる?新たな神を選ぶ?その中の一人?馬鹿げている。そんな話しが有る訳無い。
だが、そう一蹴して笑える訳でも無い。そんな事をすれば、俺は殺されてしまうだろう。
ーーそんな事は赦されない。今死ぬ訳には行かない。あの日死んでいったみんなの為にも。
「分かった。行くよ」
俺がそう言うと、案内人は、意外。と言ったような態度を取る。
「それは良かった。それにしても、やけにあっさりですね?」
「ああ。今死ぬ訳には行かないんでね」
「そうですか。では、参りましょう」
案内人はそう言って、後ろを向いた。
「行くって、どこに?」
たまらず聞くと、案内人はさも当然で有るかのように言った。
「神の世界です」
「え?神の…世界?」
「はい」
案内人は、頷いて答えると、指を"パチンッ"と、鳴らした。直後、案内人が一歩前に進み、案内人の目の前に出現した、何かの中に消えた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、直ぐに理解した。案内人の巨体に隠れて見えなかったが、今はその全容が良く分かる。
それは巨大な穴だった。案内人の一回り以上はあるのではなかろうか。まるで、その空間だけをスッパリと切り取ったかのように、黒い穴がポッカリと口を開けている。
「マジかよ…」
こんな現象を目の当たりにしては、案内人の言葉を信じるしか無い。だとしたら、俺は…相当まずい事に巻き込まれたのかも知れない。
だが、今更後には引けない。俺は死ぬ訳には行かないのだから。
夢であれ。そう願いながら、俺はその穴に足を踏み入れた。
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