願いの為の終末聖戦

無銘

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一日目 2030年 12月25日

神の世界

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穴を抜けるのは一瞬だった。それこそ、ドアをくぐるぐらい一瞬だった。

抜けると同時に、俺の視界を白い光が包んだ。その眩しさに、思わず、目を覆った。それから数秒して、目が慣れたので手をどかした。

まず、目に入ったのは、茶色い樹皮だった。そして、辺りが薄暗い。おそらくは、木の影に居るのだろう。確認するために、顔を上げた。
すると、当然のようにそこには緑色の葉と、太さがバラバラの茶色い枝が広がっていた。隙間から、僅かに光が見える。枝葉はかなりの範囲で伸びていた。普通の木では無いと分かるほどに。
ある程度目で追って、背後を見た。枝葉には当然、終わりがあった。そこから先は、こちらとは対照的にとても明るい。見える範囲全てが平地らしく、そこを大小、色とりどりの花々が咲き誇って埋め尽くしていた。ここがもしファンタジーありありの異世界なら妖精でも居そうなほどに幻想的だ。
俺はその光景にしばらく見とれてから、顔を前へと戻し、ふと地面を見た。地面は、樹皮と同じぐらい茶色い土が剥き出しになっていた。草など一本も生えていないその地面は、枝葉の範囲と同じ位置まで続き、そこから途切れるので、おそらくは円形になっているのだろう。

「ここが…」
神の世界か…。と、言い切る前に、隣から、落ち着いた口調の中性的な声がそれを遮った。

「神の世界でございます」

「案内人…」

「はい。美しいでしょう?」

「あぁ…そうだな」
俺が答えると、案内人は話を変えた。

「それはそうと、もう皆さん、お揃いのようですよ」

皆さん、お揃い…?一瞬だけ意味が分からなかったが、案内人との会話を思い出して、はっとする。皆さんというのは、おそらく…
ふと、視線を感じて、左側を見た。

一歩、後ずさりした。
そこには、枝葉が作り出した影に紛れて、全身を黒く塗り潰された人間が六人いた。
新しい奴が来た。とでも思ったのだろう。俺を見つめているのが、嫌でも分かる。

そんな俺の態度を見てか、案内人が口を開いた。

「失礼。説明不足でしたね。彼ら及びあなたを含めた計七名が、此度の候補者です。人相がまだ分からないようにする為に、《影》で覆っています。ご理解ください」

「な、なるほど…」
と言って、ふと疑問に思う。

「神を決めるのに七人だけって…いくらなんでも少なく無いか?」

「いいえ。適当な人数ですよ」

「そ、そうなのか」
なんとも腑に落ちないが、いくら聞いたところでキリがなさそうだ。それに、おそらくはその辺りの事は、神様とやらが説明でもしてくれるのだろう。

「で、神様は?」

「もうすぐお見えになりますよ。詳しい事は彼から聞いてください」
案内人がそう言った瞬間、一陣の風が吹き抜け、花びらを散らし、枝葉を揺らした。
案内人は、まるで風に運ばれる塵であるかの様に、光の粒となって、風に運ばれていった。

何でもありなんだな…少し苦笑しながら、目の前の超常現象を受け入れた。

突然、リンッと鈴の音がした。そして、また風が吹いた。その風は、落ち葉を巻き上げ、俺たち七人の真ん中に、ゆっくりと小さな竜巻を作り…
また突然、竜巻が消えた。そして、その中から、人が現れた。

「やぁ君たち、良く来てくれたね。僕が、神だ」
神の一言目は、妙に俗世的だった。

思わず、俺はその姿に目を疑った。なにせ、その神の姿は、俺の予想とは大きく異なっていたからだ。
俺が想像していた神像は、ギリシア神話のゼウス神辺りみたいに、筋骨隆々のひげもじゃ爺さんだとか、露出度高めの絶世の美女辺りを想像していた… (いや、それ自体、人間の作り出した偶像だから、俺が悪いのだが…)
だが、目の前の神様は、そんな者では無かった。所々が避けてしまった白のTシャツに、黒のジーパンと白のスニーカー。肌は病的なまでに青白い。身体中が木の枝のように痩せ細り、長い黒髪を伸び生やし、顔の殆どが隠れている。唯一覗かせている左眼は、《虹色》の輝きを放っているが、その点だけ除けば、その姿はまるで、貧乏神だ。

俺がまじまじと見つめていると、神は口を開いた。

「案内人から事情は聞いているだろうから、単刀直入に言おう…君達には、《殺し合い》をしてもらう」

一瞬、空気が凍った…ような気がした。咄嗟には、その言葉の意味を理解できなかった。多分、この場にいる全員も。そんな俺の心中を察してか、神は話を続ける。

「今、君たちは、何故?どうして?と混乱している筈だ。だが、君たちに拒否権は無い。君たちは、私の与えた《能力の種》から芽吹いた《能力》を使い、七日間の戦争をしてもらう」

いよいよ、理解が出来なかった。話している言葉は勿論分かる。だが、それを現実と、本気であると受け止める事が出来なかった。仮に、もし神の言うことが本気ならば、俺は今から人を殺すことになる。そんなこと、出来るわけない。

「勿論、生き残った者には報酬を用意している。それは…」

次の言葉は、何よりも、この世の何よりも魅力的な物だった。人の理性を簡単に惑わしてしまえるぐらいに…

「…《願いの成就》と《次の神の座》だ」

「話は以上だ。君たちの健闘を祈っている」

その言葉を訊いた直後、俺の身体は不快な浮遊感に包まれた。何にが起こったかと、周りを見ると、足下に暗い穴がぽっかりと口を開けていた。

あっ…落ちる。そう思った時には、もう、俺の身体はその穴に吸い込まれていた…そして、俺の意識はぷつりと、テレビの電源を消すようにして途切れた。

*******

「本当に良かったのですか?」

「ん?何が?」

「能力の事ですよ」

「?」

「少々言葉足らずだったのでは?これでは、あの惨劇と…」

「…あーそれなら問題ないよ。《限界点(リミッター)》は設定してある。それに…」

「それに?」

「彼等が仮にそれを超えたとしても、あの日と同じ事は起きないよ…いや、起こさせない」
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