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4巻

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 第1話 ナルガディア迷宮へ


 おれ――結城晴人ゆうきはるとは、ある日突然、クラス丸ごと異世界に勇者召喚された高校生。
 ところがステータスを確認してみると、『勇者』の称号はなく、勇者に与えられるはずの『ギフト』もないことが判明する。
 召喚しょうかんの主導者であるグリセント王国の王女マリアナに追い出され、騎士によって殺されかけた俺だったが、目の前に神様が現れた。
 そしてギフトを与え忘れたおびとして手に入れたのが、あらゆるスキルを作れるスキル万能創造ばんのうそうぞうや、すべてを見通すスキル神眼ゴッドアイなどのチートスキル。
 グリセント王国への復讐ふくしゅうちかい、ペルディス王国で冒険者となった俺は、数々の活躍が認められ、世界最高峰の冒険者ランク『EX』を授けられる。
 そうして、同じ冒険者のフィーネと、ペルディス王国の第一王女アイリス、そのお付きのアーシャ、エルフの元姫エフィルたち仲間と共に、グリセントへの復讐を果たすことに成功する。
 グリセントの内政も無事に立て直したところで、元クラスメイトの勇者、天堂てんどう鈴乃すずのたちが魔王に勝てるように鍛えることに。
 グリセント王国内にあるダンジョン、『ナルガディア迷宮』へと勇者一行を送り込んだ後、俺たちも一週間遅れて出発するのだった。


 今回ナルガディア迷宮に向かっているのは、俺、フィーネ、アイリス、アーシャ、エフィル。そしてグリセント襲撃の際に仲間になった元騎士、クゼルを加えた六人だ。

「天堂さんたち、大丈夫ですかね?」
「大丈夫なはずだが……少し不安なんだよな」

 その道の途中、フィーネが心配そうな表情でそう尋ねてきた。
 ナルガディア迷宮は、現在の天堂たちの実力であれば、ギリギリ中層をクリアできる程度の難易度。彼らの成長速度であれば、今頃もう少し先まで進んでいてもおかしくないが……少し嫌な予感がするのだ。

「不安? ハルトが行かせたんでしょ?」

 アイリスはそう言って首を傾げる。
 言うことはもっともだ。

「まぁな。ダンジョンの存在を確認した時に、魔物のレベルも見て、勇者なら問題なさそうなことも確認した……ただ、ボスの情報がなくてな。封印された邪竜がいるって話を聞いたが、だれか詳しく知っている奴はいないか?」

 邪竜の話は、出発の際に騎士団長のグリファスと筆頭宮廷魔法師のマルベルに聞いたものだ。
 そんな俺の質問に、クゼルが手を挙げた。おお、流石元騎士だな。

「知ってる。文献ぶんけんで見ただけだが」
「教えてくれ」
「分かった。ナルガディア迷宮は全三十階層とされているが、最高到達記録は二十階層。そして最下層に、最強のドラゴンがいると言われているんだ。文献自体が何百年も前のものだから、真偽のほどは分からないが」
「最強のドラゴン、ね……」

 おとぎ話のようなものだが、俺の神眼ゴッドアイで見た時に情報を確認できなかったとなるとあながちうそでもないかもしれない。
 俺は改めて、ナルガディア迷宮の最下層のボスを調べることにした。
 俺の神眼ゴッドアイ付随ふずいするマップ機能は、対象の情報を調べる能力もある。
 ボスの情報はプロテクトがかかっているように見えなかったわけだが……ドラゴンという情報のとっかかりを得た今なら、本気で探ろうとすれば何か分かるかもしれないな。

「それじゃあ皆、俺はちょっと集中して情報を探るから、馬車の方は頼むぞ」

 俺はそう言って目を閉じる。
 そして情報を集め始めて、約一時間後――

「おいおい、マジか……」

 俺は思わず、そう言葉を漏らした。

「どうしたのですか?」

 アーシャが聞いてくる。

「……天堂たちじゃ、ナルガディア迷宮の最下層にいるドラゴンには勝てない」
「――っ! ドラゴンがいるというのは本当だったのですか?」
「ではっ……!?」

 エフィルが目を見開き、御者台に座っていたフィーネがこちらに振り向いた。
 俺はうなずき、迷いながらも口にする。

「ああ。しかも……ボスのレベルは――300だ」

 レベルを聞いた全員が絶句する。
 今の俺のレベルが355であることは、皆知っている。
 しかし、勇者たちや騎士団副団長だったクゼルでも、俺の五分の一程度のレベルである。
 一番レベルが上がっているのは一ノ宮いちのみや鈴乃すずの天堂てんどう光司こうじ最上もがみ慎弥しんや東雲しののめあおい朝倉あさくら夏姫なつきの五人。しかしそれでも100にも届いていないので、300からすれば到底相手にならないだろう。
 するとフィーネが、真剣な面持ちで尋ねてくる。

「ハルトさん。それは間に合うのですか?」

 天堂たちがボスと対峙たいじする前に、俺たちが追い付けるのかという意味だろう。

「……ギリギリとしか言いようがないな。あいつらのレベルだと、あと数日もあれば最下層のボスに辿たどり着くかもしれないが……もし対峙したとしても、すぐに殺されるなんてことはないはずだ」
「そう、ですよね」

 俺はあいつらを信じている。
 なんて言ったって勇者だし、即死級の魔法攻撃を一度だけ防げる俺特製のアイテムも持たせているからな。
 かといって、のんびりしていいわけじゃない。
 ダンジョンに到着しても、最下層に着くまでそれなりの時間がかかるはずだ。
 ダンジョン内の魔物が俺にとって雑魚で、マップで最短ルートが分かるとはいえ、フィーネたちがいる以上、全力疾走するわけにもいかないしな。
 最下層まで、だいたい一日はかかるだろう。

「急ごうか」

 俺は御者台に戻ると、馬車を引いてくれている愛馬のマグロを走らせる。
 そうして回復魔法を使用しつつ、走らせること一日半。
 俺たちはナルガディア迷宮の入り口へと到着していた。
 マグロにとってはかなり大変な道だったと思うが、ほんとに頼もしい相棒だ。
 そんなマグロには、俺が作り出した別の空間、亜空間へと移ってもらった。流石にダンジョン内を連れ回すわけにはいかない。
 馬車も亜空間に入れ、簡単に準備を済ませたところで、迷宮に足を踏み入れた。

「さて、行くか」
「はい」

 気合い十分な仲間と共に、順調に進んでいく。
 今の勇者で中層までは辿り着けるレベル……となると、俺にとっては雑魚でしかない。
 フィーネたちは勇者よりも少しレベルが高いので、下層までは難なく進めたが、そこから先は多少苦戦するようになっていた。
 訓練にはちょうどよさそうだが……今は急いでるし、今度改めて来てみるかな。
 マップを見ながら最短ルートで進んでいると、二十階層を越えたあたりで何組かのクラスメイトのパーティと遭遇した。
 どうやらここに到達する程度には成長してるみたいだな。
 二十五階層を越えると、クラスメイトたちと遭遇することはなくなったが、ここまでで天堂、鈴乃、最上、東雲、朝倉とは未だに会えていない。
 マップで改めて確認してみると、既に二十九階層の出口付近にいるようだった。

「……まずいな。あいつら、三十階層に辿り着きそうだ」
「本当ですか!?」
「ああ。中の様子はなぜか俺の能力でも探れない……少し急ぐぞ」

 俺は驚くフィーネに頷いて見せ、皆がついてこられるギリギリまでスピードを上げる。
 そうして天堂たちが三十階層に突入ししばらくした頃、俺たちは二十九階層に辿り着いた。
 三十階層の扉への道のりの中盤に差し掛かった頃、下の方からとてつもない魔力がふくらむのが感じられた。

「なに、この魔力は!?」

 アイリスが驚きの声を上げる。
 これは……

「天堂の魔力だな。だがあいつには、ここまでの魔力も魔力を増幅させるようなスキルもなかったはず……何か新しいスキルでも獲得したのか?」

 俺はそうつぶやいたが、直後、その天堂の魔力よりもはるかに大きな魔力が膨れ上がる。

「え、な、なんですか、この魔力量は」
「信じられん……」

 アーシャとクゼルが、おそらく邪竜らしき魔力に驚き、その場で立ち止まってしまう。

「――先に行く! 皆はそのままついてきてくれ!」

 俺はそう言い残すと、威圧のスキルで二十九階層の敵すべてを無力化し、下層へと続く階段へ向かう。
 階段を一気に駆け下り扉をり破ると、巨大なドラゴンが、口にめた魔力を天堂たちへ放とうとしていた。




 第2話 勇者たちの迷宮攻略


 ――時は少々さかのぼり、晴人たち一行が王都を出発した日。
 天堂、一ノ宮、最上、朝倉、東雲の五人はダンジョンの中層、十九階層にいた。
 事前の情報によれば、ダンジョンは全三十階層の予想。途中、十五階層からは魔物が強くなり、一流の冒険者でも先に進むのは難しい。
 しかし勇者たちは、苦戦しつつもそこまでは無事に到達していた。
 そしてその中でも、天堂たちのパーティは、攻略の先頭に立っている。

「はぁぁぁっ!!」
「どりゃっ」
「まだよっ」

 天堂、最上、東雲の前衛三人の攻撃によって、レベル60の魔物二体が倒れる。
 後衛に回復役の一ノ宮と魔法攻撃役の朝倉を配置した連携によって、五人は難なく攻略を進めていた。
 グリセントの王都を出てナルガディア迷宮に着くまで三日、十九階層に来るまで四日。
 普通ならあり得ない攻略スピードである。

「下へ向かう階段はありそうかな?」

 朝倉の言葉に天堂が答えた。

「まだ見つからないね。ここまでは運で見つけていたっていうのもあるし、ゆっくり探すしかないな……」
「そっかぁ……」

 朝倉は残念そうにそう言うが、一ノ宮が首を傾げた。

「夏姫ちゃん、残念そうには見えないけど?」
「バレた? 実はこういうのもゲームみたいで楽しいから好きなんだよね」

 自らをオタクだと言ってはばからない朝倉が笑いながらそう言うと、天堂が注意を呼びかける。

「夏姫。この迷宮では何人もの冒険者たちが亡くなってる。僕たちも気を引き締めていかないと」
「もぉー、それくらい分かってるってば!」

 朝倉は子供のようにほおを膨らませてから舌を出し、それを見た一行は笑い声を上げた。
 朗らかな雰囲気だが、彼らは警戒を緩めてはいない。
 一行の現在のレベルは、おおよそ70。晴人が出会った当初のクゼルのレベルが64だったことを考えると、人間としてはかなりの高レベルである。
 加えて、聖剣ミスティルテインを持つ天堂以外の四人は、晴人から試作品だといって武器を与えられている。
 その武器は試作品とは名ばかりの、この世界の職人が見たら卒倒するほどの一級品だ。
 この階層に出てきた敵のレベルは60。
 ダンジョンには五階層おきに中ボスが、十階層ごとにボスとなる強力な魔物がいる。
 次の階層でのボス戦は、先ほど以上の強敵が現れるはずなのだ。
 そして五人ともそれを分かっているため、警戒と緊張は緩めないでいた。
 それからしばらく階段を探し続け、ついに朝倉が声を上げた。

「あったーーーーっ!!」

 天堂たちが集合すると、物陰に隠れるようにして穴が開いており、地下へと続く階段があった。

「やっと見つかった……もう少し分かりやすくしてほしいな」
「だよね……」

 天堂がうんざりしたように言うと、一ノ宮をはじめとして全員が頷くのだった。


 階段を下りた一行は、ボス部屋の前で座り込む。

「とりあえず、ボス戦に備えて一度休もうか。どうかな?」

 天堂の提案に、反対する者はいなかった。
 この階層はボス部屋しか存在せず、他の魔物が出てくることはない。
 他の階層ではそうもいかないため、交代して休息を取ってはいたが、一行の疲労はピークに達していた。
 テントを張り、食事を済ませ、体を綺麗きれいにした天堂たちは、久しぶりにゆっくりと体を休める。
 そして目覚めると、作戦会議を始めた。

「それじゃあいつも通り、僕と慎弥、葵が前衛。夏姫と鈴乃は後衛での援護。これでいこう。何があるか分からないから、後衛の二人はよろしく頼むよ」
「分かったよ」
「任せて!」

 二人の返事に頷いて、天堂はさらに作戦の説明を続ける。
 こちらもいつも通り、最上と東雲が近接で敵の注意を引きつつ、後衛の一ノ宮と朝倉が回復と遊撃を担当。敵のすきを突いて天堂が持つ高威力の攻撃を撃ち込む、というものだ。

「ただ、さっきも言ったけど何があるか分からない。気合いを入れていくぞ」
「「「「おおっ!」」」」

 その声と共に、天堂たちはボス部屋へと足を踏み入れた。
 ボス部屋にいたのは、一行が五階層の中ボス戦で撃破したミノタウロスだった。

「ここでミノタウロス?」

 首を傾げた最上の言葉に一ノ宮が答えた。

「何かが違うよ。色も青紫っぽいし、それに……」

 一ノ宮の言葉の続きを天堂が口にする。

「あぁ、あの武器もただのおのじゃなくて、魔剣のたぐいみたいだ。しかも、鑑定しても不明としか出ない。何か不穏な気配がするし、強さも段違いなはずだ」

 天堂の言葉に、最上たち四人がつばむ。
 ミノタウロスが天堂たちを見据えると同時に、彼らの背後で扉が勢いよく閉じた。
 ――グオォォォォッ!
 ミノタウロスが咆哮ほうこうを上げた。
 常人ならば腰を抜かすほどの、威圧がこもった咆哮である。
 ところがミノタウロスの予想に反して、天堂たちは平然としていた。

「威圧か、晴人君のに比べればなんてことはないな」
「まあ、晴人君は色々とすごいからね……」

 天堂と一ノ宮が苦笑して言うと、最上、朝倉、東雲も頷く。
 しかし五人とも、油断はしていない。
 晴人ほどではなくとも、ミノタウロスが強敵であることは伝わってきたからだ。
 それも、これまでの魔物とは次元が違う。
 一瞬ひるみかけた天堂だったが、奴を倒さないとこの先に進めないと思い直す。

「――行くぞっ!」

 天堂の言葉に、四人が表情を引き締め頷く。
 それと同時に、ミノタウロスが角を突き出し突進を仕掛けた。
 一瞬で距離を詰められるが、それでも天堂たちは危なげなく回避し、そのまま攻撃の構えを取る。
 ――ブモォォォォォッ!
 しかしミノタウロスは急ブレーキを掛け、攻撃しようとしてきた最上へと、手に持っている戦斧を振るった。
 そのまま直撃するかと最上が身構えるも、朝倉が放った魔法が顔に当たり、ミノタウロスは慌てて距離を取る。

「ちょっと、全然傷ついてないじゃない! このミノさん防御が固いよ!」
「ミノさんって……」
「ミノタウロスって名前が長いんだもんっ」

 不満げな朝倉と何か言いたげな一ノ宮のやり取りを聞きながら、前衛の天堂、最上、東雲は武器を構え直す。
 そんな三人に、攻撃力と素早さが増加する支援魔法を朝倉がかける。

「助かる!」
「夏姫サンキュ!」
「夏姫ありがとう!」

 三人は朝倉に礼を告げつつ、ミノタウロスへと向かっていく。
 ミノタウロスも戦斧を振って応戦するが、三人同時の攻撃はさばききれず、徐々に体に傷が刻まれていく。
 そしてかなり体力を削られたところで、唐突にその雰囲気が変わった。
 天堂たちは一度距離を取って身構える。
 ミノタウロスの一挙一動を見逃すまいと目を凝らし――その時は来た。
 ミノタウロスが戦斧を地面へと思いっきりたたきつけ、それによって飛び散った床の破片や石などを、戦斧によって弾き飛ばしてきたのだ。

「皆、私の後ろへ!」

 一ノ宮の指示で四人は咄嗟とっさに彼女の後ろへと移動する。

「――聖なる障壁セイクリッドウォール!」

 聖なる障壁は、半径二メトルの半球状の防御障壁を生み出す光魔法だ。
 その展開と同時に、複数の破片が障壁へと当たる。


 障壁は飛来する攻撃を弾き、一ノ宮が安堵あんどの息を吐こうとしたところで――障壁に亀裂きれつが入った。

「「「「「なっ!?」」」」」

 天堂たちはそろって驚きの声を上げる。
 破片と土煙で見えていなかったが、いつの間にか接近していたミノタウロスが、その斧を振るっていたのだ。
 戦斧を叩きつけられた障壁は、さらにミノタウロスが強い力を加えているせいか、ミシミシッという嫌な音と共に亀裂を徐々に広げていく。
 自身が使える最強の障壁が破られ内心動揺する一ノ宮だが、すぐに声を上げる。

「三つカウントするから後退して!」

 その声に、天堂たちは身構える。

「3、2、1――今だよっ」

 カウントが終わると同時に、一ノ宮が魔法を解き、天堂たちはその場から飛び退く。
 一方のミノタウロスは、力を込めて前傾姿勢になっていたため、急に障壁が消えたことでバランスを崩し、戦斧を地面へと突き刺してしまう。
 その隙に、天堂、最上、東雲がミノタウロスに近づき、一ノ宮が魔法を放った。


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