魔拳のデイドリーマー

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第13章 コード・オブ・デイドリーマー

第247話 ずっと、一緒

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今回が第13章のラストになります。
次は引っ越しとか入ってくるので……ちょっとの間、閑話とか拠点フェイズになる……かも?

それと、あとがきでお知らせというか、報告というか……があります。
と言っても、すでにご存じいただけている方も多いようですが……よかったら見ていっていただければと。

では、第247話、どうぞ。
********************************************



予想できたことではある。
Sランクに上がった時が、そうだったから。

150年前、『女楼蜘蛛』という超ビッグネームの集団が拝命して以来となる、冒険者ランクの最高峰……『SS』。
現在、世界にそれを持っている者は、ただ1人。

すなわち、それは……その保持者こそが、最強の冒険者であることの証明となる。

……まあ、僕なんだけども。

世界最強だのなんだのってのは、周りが勝手に言ってることであるので、僕から何か言うことはない。そうありたい、って自負くらいはなくもないが。

それでも、母さん達『女楼蜘蛛』の皆さんに勝てる気はしないので、慢心したりもしない。

まあ……以前より差が少しは縮まってるかもな、とか思うことはあるけども。
こないだの母さんとの模擬戦、『ザ・デイドリーマー』なしでも結構持ちこたえられたし。

……強さ云々は置いておこう。
それよりも問題なのは……また周りが騒がしくなり始めた、ってことである。

AAAランクで一騎当千、Sランクで人間兵器とか一軍に匹敵とか呼ばれてるレベルなので、その上のSSランクともなれば……想像することすら簡単にはできないレベルの戦力である、というのは、ほぼ世間一般で共通の認識であると言える。

それに加えて、僕が打ち立てた数々の功績が、タイミングいいのか悪いのか……ここにきて表舞台に現れ始めていることも、噂の拡散に拍車をかけた。

様々な薬品――高級ポーションから不治の病の治療薬まで――の作成や、それにかかる研究論文の発表。それが各業界や学会で認められたことによる、有益性の証明。

新しい魔法理論の構築、それに伴う新魔法や新種のマジックアイテムの発明。

それらの一部の製造方法の公開、それに伴う特許的な契約の締結(ナナにほぼ一任……という名の丸投げ)、流通が始まることにより各所にもたらされる多大な影響。

さらに、国際外交上の『功績』とされているものもいくつか。
サンセスタ島やローザンパークにおける、外交上の問題行為多々のあの北の国に対する防衛業績。それによる被害拡大の阻止と、他国からあの国への糾弾材料の集積。

それに、『フロギュリア』公爵令嬢の救出。黒幕である国家反逆罪適用者の摘発・断罪による、大量虐殺および深刻な外交問題発生の事前阻止。これについては、フロギュリア政府から近々正式に感謝のメッセージ的なものが届くとか。事後処理どうなったのかって報告も一緒に。

そして今回の、『リアロストピア』における亜人の武装勢力の超大規模一斉蜂起の掃滅。

極め付けに……どうやら一部の大国の上層部には、その独自の情報網から、僕が今回のクーデターに際して、数万規模のリアロストピア軍を真正面から粉砕したってことや、僕の個人戦技で自然災害クラスの破壊や異常現象が起こった……ってことが知られているらしい。
こないだドレーク兄さんから届いた手紙に、そう書いてあった。

あと、第一王女様が、その事実にますますやる気出してる、とも。
もうホントにライフワークにしそうな勢いらしい。やめてくれマジで。

それと……第二王女様も喜んでる+会いたがってる、って書いてあったな……。
あの人はあの人で油断できないんだよな……姉みたく策略家じゃないけど、正面切って告られてるだけに、下手な対応できない+したくない人だし……。

ともあれ、そんな感じで僕は今、権力者・有力者の方々の注目の的になっている。

Sランクに上がった時は『すごい速さでランクを上げてる、将来有望な冒険者がいる』くらいの認識だったらしいが、SSになった今は『戦力的・文化的共に大陸全体のパワーバランスをも崩しかねない特一級重要人物』という認識になっている。

それゆえに、前にもましてお偉いさん方は僕の勧誘に本気になっている様子。

ザリーにさっと調べてもらった情報や、オリビアちゃんからこっそり教えてもらった内部事情なんかを鑑みるに……ネスティアやフロギュリアを含めた『大国』上層部は、国家的なプロジェクトとして僕の取り込み、あるいは協力関係の締結を狙っているらしい。

そのために、国家間における重要事項に関わる交渉にでも使われるような、あるいはそれ以上の条件を持ち出す用意を進めているそうだ。国宝級のマジックアイテムとか、超法規的な行動すら可能になるような特権とか……まず間違いなく個人に授与されるようなものじゃないものを。

しまいにゃ、王族や大貴族との縁談を用意する動きも見られるそうだ。興味ないが。

そんな連中に囲まれ、対応に追われることになるのはごめん被る。
Sランクの時でもうんざりしたのに、アレ以上とか、ホントにやだ。

なので今回、僕らは……先手を打って、逃げることにした。

一足先に、イオ兄さんが居場所として提供してくれることになった……『ローザンパーク』に。

☆☆☆

「これで、よし……と。それじゃ、よろしくねー」

そんなことを言いながら、僕は手に持っていた便箋に組み込んである術式を発動させ、鳥に姿を変えさせ……夜空に放つ。
燕のような鳥に変身し、超音速で飛ぶそれは、すぐに見えなくなった。

数十分後にはイオ兄さんの家に到着し、手紙に戻ってこっちの用事を伝えてくれるだろう。

「何て書いたの?」

「明日中にそっちに着く、って。あと、今後の方針その他について色々」

ちなみに今、僕とエルクがいる場所は……夜間航行中の『オルトヘイム号』の甲板である。『リビングメール』を飛ばすために出てきた。
今、空を飛んで『ローザンパーク』に向かっている最中である。手紙に書いた通り、明日中には到着する見込みである。

そして、ほとぼりが冷めるまでは厄介になる予定だ。あそこなら、大国だろうが何だろうが簡単に訪問できる場所じゃないし……ご飯美味しいし。
シェーンも、味をモノにするためにもう少し修行したいって言ってたしね。ちょうどいい。

それに今回、宿だけでなく……思いがけず『遊び場』まで提供してもらえることになったのだ。

『リアロストピア』から割譲される形で『ローザンパーク』に組み込まれた、北部一帯。そのほとんどを、僕の好きなように使っていい、ってすでに許可が下りている。
そのへんを今後、どんなふうに有効活用していくか……そのあたりもイオ兄さんたちと話す必要があるだろう。その用意もしといてもらわないと。

「何あんた……今度は土地ごと『魔改造』でもしようってんじゃないでしょうね?」

「するかもね、ひょっとしたら。ちょうど今回の戦いで、おあつらえ向きの力も手に入ったし……それに、そのためのエネルギー源になりそうな発明も、完成したし」

言いながら、僕は……帯の中に収納していた、あるものを取り出し、掌の上で転がす。

それは、ピンポン玉くらいの大きさの……漆黒の球体。

透明な球形の外殻部分の内側が、螺旋状にうごめく黒い流体物質で満たされている。その中に、砂粒よりも小さな大きさの、キラキラ輝く粒が無数に散らばり、漂っている。
漆黒の中にきらめき、瞬くその様は夜空に輝く星々を思わせるものになっている。

掌に乗ってしまう大きさの、一見すると宝玉か何かにしか見えないコレこそが、僕が作り出した発明品のうち、最高傑作と呼べるものの1つ……『魔法式縮退炉』である。

そもそも『縮退炉』ってのは、別名を『ブラックホールエンジン』とも呼ばれる、ホーキング放射を利用した質量変換によりエネルギーを抽出する機関のことを指しており……まあ、簡単に言ってしまうと、内蔵したブラックホールからエネルギーを取り出す装置だ。

ブラックホールってのは、とんでもない重力によって何でもかんでも……それこそ、光すら吸い込んでしまう、っていうのは知られているだろう。そして、吸い込んだ『質量』によって成長し、どんどん大きくなっていく。

しかしその一方で、ブラックホールは、同時にエネルギーを放出もしているのである。

吸い込んだ『質量』を、純粋なエネルギーとして吐き出し、蒸発していっているため、その分少しずつブラックホールは小さくなっていく。

つまり、放出するエネルギーと吸収する『質量』を同じに保つことで、ブラックホールを一定の大きさに維持できる。

その状態で、ブラックホールから放出されるエネルギーを回収して利用する、というのが『縮退炉』の大まかな仕組みである。

理論的には、核融合や核分裂と違って廃棄物が一切出ない上、放り込んだ質量を100%エネルギーに変換することも可能なので、効率がすさまじくいい。加えて、質量さえあれば何でも燃料にできる上、その回収がごく短時間でできるというすぐれものである。

もっとも、あくまでSFやロボットアニメの中の存在だったはずなんだけども。

この『魔法式縮退炉』は、僕の持てる魔法技術の全てを注ぎ、魔法的にそれを再現したもの。
いくつもの超激レア素材と、200を超える複雑な魔法術式を組み込んで作り上げたものであり、『荷電粒子砲』すら吹けば飛ぶレベルの、ぶっ壊れ性能を持つマジックアイテムだ。

仕組みとしては、魔力を注ぎ込むと、それを内部にある光の粒……魔法物質『コズミウム』の過純化結晶により、組み込んだ重力魔法を応用した術式によって『質量』を生み出し、さらにそれを物質化させ、極小の体積で巨大な質量を持つ疑似物質『重魔粒子』を作り出す。

コレを、内部に発生させている疑似ブラックホールに吸収させ、それをエネルギー……魔力に変えて取り出し、回収して利用する、というのがこのアイテムの使い方。

ポイントになるのは、こいつがエネルギー生成の過程で、完全にエネルギー保存則を無視した現象を引き起こしている点。

繰り返しになるが、もう1度振り返ってみよう。
こいつがブラックホールに取り込む『質量』は、『重魔粒子』。
その『重魔粒子』は、術式によって『質量』そのものが物質化したもの。
その『質量』は、術式によって『重力』が変質したもの。
その『重力』は、重力魔法を骨子にした術式によって、僕の魔力から生じたもの。

つまり、僕の魔力→重力→質量→重魔粒子→エネルギーの順で変わるわけなんだけど……この過程で、とんでもないことが起こっている。

最初の過程である、魔力で重力を生み出す部分。僕はここの術式を徹底的に効率化し、かつ素材を厳選することで、変換効率を極めて大きなものにしている。

数字に例えるとよくわかる。例えば、1の魔力から20の重力を発生させられるとする。
これは、エネルギーが20倍になってるわけじゃなく、自然界に作用して自称を引き起こす効率がそのくらい大きい、って意味なんだけど……詳しくは省く。

しかし、その後……重力20は、そのまま質量20に変わる。そしてそれが、重魔粒子20に変わり、それがブラックホール吸収・放出を経て……20のエネルギーになる。

もうお分かりいただけただろう……投入したエネルギーを、錬金術ばりに増幅させて取り出すことができるのだ、この『魔法式縮退炉』は。
しかも、過程の随所に増幅系統の術式を織り込んでいるので、実際はもっと大きい。

コレはもう、ほぼ無限に魔力を使えると言っても決して言い過ぎではない領域。
まさにぶっ壊れアイテム。そう言わずして何と呼ぼう。

まあ弱点として、作成段階で細かい調整が必要になる上、実際に使う際にも術式の駆動等の都合から、僕にしか使えないっていう点はあるけど……誰にでも使えていいものじゃないっていう側面の方が大きいので、むしろ好都合である。

……ってな感じのことを、エルクにもだいぶかみ砕いて説明した。

全部は理解できなかったようだけど、重要なところはわかったらしい。
これ1つが、大陸全体のパワーバランスを滅茶苦茶にしうるほど危険なものだってことは。

「そういや……あの夜の戦いの時、変身したあんたの胸元にそれ、埋まってたわね」

「うん。そだね」

胸のプロテクター部分の真ん中にね。

「あの時の鎧って……いつの間に作ってたの?」

「いや、アレどうも……僕が『ザ・デイドリーマー』を発動させた時に、着てた鎧が変化というか、変容してその場でできたみたいなんだよね……ついでに言えば、戦いが終わったら元に戻った」

「へー……それも『ザ・デイドリーマー』とやらの影響、ってわけ? また不思議な現象が起こったもんね……何でかしらね?」

「……多分だけど、僕の頭の中に、それに合った考え方があるせい、かな」

「考え方……って、どんな?」

「ヒーローとは、変身して強くなるもの……って考え」

「………………」

視線で『何じゃそら』と雄弁に語っているエルク。

しかたないじゃん、特撮ヒーロー大好きなんだもの。
最近のアレの醍醐味は、パワーアップ要素である多段変身。そういう考え方にもなる。

「……ま、いいわ。じゃあもしかして、今後もあの……『アルティメットジョーカー』とかいうのを使うたびに、あんたの鎧がアレに変化するわけ?」

「仮に使えばそうなる可能性が高いと思う。けど……この際だし、最初からアレへの変形機構を機見込んだ装備作っとこうと思ってね。その方が性能の把握とか、有効利用もしやすいし」

引っ越しして落ち着いたら、作成に取り掛かろうと思う。
普段は普通の装備や、『パワードアームズ』的な装備になっておいて……僕の『アルティメット』ないし『ザ・デイドリーマー』を感知して変容し、あの形態になる装備の作成に。

そしてもちろん、その際にはあの3つの武器や、その他の武器色々、そしてこの『魔法式縮退炉』も使えるように組み込んでおかないとだな。

多分、『縮退炉』の力も相まって、とんでもない性能の装備が出来上がることだろう。僕の戦闘能力を限界以上に引き出し、あの戦い以上の破壊を振りまくことすら可能になる傑作が。

……ああ、『傑作』で思い出した。

「そうそう、エルク。はい、これ」

「? これ、って何……っ!?」

つい昨日、完成させたばかりのそれを、帯から取り出し……エルクに渡す。

この間から仕上げに入っていて、それよりもずっと前から作成自体は始めていたマジックアイテム……を流用し、ほぼ全取っ換えではあるものの、『修理』する形でくみ上げたそれ。

預かっていた、エルクの『ダガー』。その、魔改造版だ。

細部が若干異なるものの、デザインはエルクが使っていたものとほぼ変わらないように作ってある。太さなんかはもちろん、重心まで全部同じになっているはずだ。

ただまあ、材質や、それに伴う性能はこっちの方が大幅に上だし、色々と役に立つ魔法術式も組み込ませてもらってる。そのため、武器の性能としては、以前の『クリスタルダガー』とは比べ物にならない、完全に上位互換たる代物になっている。

なお、刀身だけは元のままのものを使っている。材質も状態も良かったので。
ただ……少し手は入れさせてもらったけどね。性能のさらなる向上のために。

それらも含めての詳しい説明は……まあ、また今度丁寧にすることにしよう。

ダガーを受け取ったエルクは、少し離れたところで……感触を確かめるために、数度、虚空に向けて薙ぎ払いや刺突を繰り出す。
同時に、魔力を流したりして、発動体としての機能もチェックしていた。

最初、腕……肩から先だけで行っていたけど、次第に体全体で動いて感触を確かめていた。

たっぷり1分ほどもかけて、一通りの動きと魔力運用をチェックしたらしいエルクは、ふぅ、と息をついて……満足そうな笑みをこちらに返してくれた。

「文句なし、最高の出来だわ……ありがとう、ミナト」

「どういたしまして。ああ、色々と追加で機能組み込んであるから、後で説明するよ。取り合えず今日はもう……中入ろ、冷えてきたし」

「そうね」

「先に入ってて、僕はちょっと、見る……っていうか、点検するところがあるから」

「? まあ、いいけど……あ、そうだミナト。アレは? まだできないの?」

「えっ? あー、アレね……うん、ごめん。色々難しくて……まだ」

「そっか。なるべく急いでね。アレ、いざという時にあった方がいいからさ。今回は特に、アレのおかげで助かった的な部分もあるし」

そんな会話の後、エルクは一足先に船の中に戻っていった。

その背中が、木造……に見えるけど当然違う扉の向こうに消えたのを見計らって……

「……はぁ……」

僕は溜息をつき、その場に……ちょうど差し掛かっていた階段のところに座り込んだ。

「……とか言って、実はもうできてるんだけどね……コレ。でも……」

言いながら……僕は、帯からもう1つ、エルクに渡すつもりで作っていた『アレ』――とあるマジックアイテムを取り出した。

手に収まるのは、文庫本くらいの大きさの箱。
それを開くと……中には、指輪が2つ入っている。

デザインは2つとも同じ。一見すると、あまり飾り気のない感じに見える。
何せ、金色のリングってだけで……大粒の宝石がついているわけでも、複雑な彫刻が施されてついているわけでもない。ホントに、タダの輪っかって感じだ。

ただ、表面には結構複雑な紋様が刻まれており、さらに宝石が1つついている。1つには黒の、もう1つには緑色の宝石が。ただし、指輪からはみ出して凹凸ができないように、埋め込まれる形で。表面はなめらかで、触っても、見なきゃそこにあるとはわからないだろう。
そのあたりが、飾り気と言えば飾り気だろう。

こいつは、僕とエルクがペアで持っていたあの指輪……魔力を流すことでペアリング2つの間に赤い光の道を作り出すマジックアイテム、『エンゲージリング』を基盤に作られている。
こないだエルクに頼んで借り受け、2つとも強化改造した。

ただの改造ではない。ただの魔改造でもない。
とある思惑を胸に、僕が今持てる力の全てを注ぎ込んで作り上げた、秘宝級の逸品だ。

その結果、このペアリング、完成度で言えば……おそらくは、『浮遊戦艦・オルトヘイム号』や『魔法式縮退炉』すら超える……正真正銘の最高傑作となっていると思う。

素材が一級品なのはもちろん、組み込んである術式や魔法回路は100や200ではなく、さらに発動可能な能力は多彩な上、どれも強力無比。

これ一個の装備で、古代文明の出土品級のマジックアイテムが数百あるに等しい。
使い方次第で、いくらでも強い武器にも防具にもなる。仮に値段をつけるとしたら、大国の国家予算数年分は確実だろうし……持つ者が持てば国家間のパワーバランスすら覆る。

もっとも……僕と、渡す相手であるエルク以外には使えないようになってるんだけどね。

もう完成してるから、後は渡すだけでいいんだけど……

「さすがに……『はいコレ』ってサッと渡せるようなもんでもないよなあ……。マジックアイテムとして強力だから、って以上に……結婚指輪のつもりで作ったわけだし……」

「結婚指輪って?」

「ほら、結婚を誓った相手に指輪……っていうか、アクセサリーを送ったりする風習あるじゃん? あれの類形。夫婦でペアの指輪を、左手の薬指につけるっていう」

この異世界には、元の世界に会った『結婚指輪』っていう風習はない。
でも、似たような風習ならある。一部で、だけど。

というより……地球でもそうではあるんだけど、結婚に際してどういう習わしがあるか、っていうのが、国、あるいは地域によって大きく違うのだ。

地球と同じように、夫婦でお揃いのアクセサリー――指輪に限らず、ブレスレットだったりネックレスだったりもする――を身に着ける風習もあれば、花婿が花婿の家に、牛などの家畜や金品を贈る家もある。夫婦そろってタトゥーを入れたり、結婚したら2人で引っ越して、それまでの家族とは別の家で暮らさなければならない、なんて習わしもある。中には、花婿は花嫁の父親に素手で決闘を挑んで勝たないと結婚できない、なんてすごい風習もあるそうだ。

僕は地球・日本ではおなじみの風習である『結婚指輪』に気持ち的に親しみがあるし、エルクとは将来結婚するつもりである。てか、今すでにもう嫁って公言してるし。

それでも、目に見える形でそれを示すものとなると、すぐに浮かんだのは指輪だった。

丁度、今回僕らを結び付けてくれた立役者であるマジックアイテムが指輪型なので、それをベースにしつつ、改めてエルクに送るプレゼントとして用意したのが、コレなのだ。

それに、前々からエルクに、今後何があっても彼女を守れるように、強力な防御の要になるマジックアイテムを作ろうと思ってたところだったし、ちょうどよかったってのもある。

が、張り切って作ったはいいものの……これが『結婚指輪』だと意識すると……何というか、渡すのに躊躇するというか、簡単には渡せないというか……

「何で? あんだけ普段から嫁嫁言っといて、今更心変わりした……なんてこともないんでしょ?」

「それは天地がひっくり返ってもない。ただほら、心の準備っていうか……仮にも結婚の申し込みとか、夫婦の証になる指輪だから、送るにしても相応の雰囲気とかシチュエーションとか、その時に言うセリフとか色々準備したいわけで……あと単純に度胸足りてないし」

「いや、だから普段から嫁嫁言ってんじゃん。今更『結婚してください』って言うくらい、何でそんな恥ずかしがるのよ。ってか、わざわざ改まって言う必要あんの?」

「そりゃあるでしょ、人生で一度、一世一代の大仕事なんだから……ていうか、こういうのってむしろ女の子の方が気にするもんなんじゃないの? ムードとか、そのへん」

「見た目より実用性、高級料亭より大衆食堂、化粧品=無駄、宝石=石ころの認識で、資産価値としては見ても装飾品としてはほぼ興味ない私に向かって無用な問いだと思わない?」

「……こうして考えると、エルクも対外否常識な世界に生き……て……」

…………あれ、ちょっと待て?
僕、さっきから普通に話してるけど……一体今誰と話してるんだ?

ぎぎぎぎ……と音がしそうな感じの動きで、後ろを振り向くと……僕の肩越しに、後ろから僕の手元を覗き込んでいる、緑色のきれいな瞳と目が合った。

「……あの、エルク……いつから、そこに?」

「『とか言って、実はもう(略)』のあたりから」

うん、最初からだね。全然気づかなかったよコンチクショー!
てかそれって、行ってなかったってことだよね? 船入ってすぐ出てきてるよね? 何で!?

「何でってそりゃ……あんたがコレの鞘くれなかったからでしょ。抜身で持たせる気?」

言いながら、さっき僕が渡した『ダガー』を見せるエルク。
あ、そっか……鞘渡すの忘れてた。そりゃ戻ってくるわ、うん。危ないし。

完全なる自業自得である。お約束的に気づかなかったのも含めて……僕が全部悪いじゃん。

てか……今の全部聞かれたってことになるんだけど(自分からしゃべってるし)、どうしようコレ……とか考えてたら、階段を下りて僕の真ん前に回り込んできたエルクが、箱の中を覗き込んで、緑の宝石がついてる方を指さし……。

「こっち私の?」

「あ、うん」

「もらっていい? てか、触って大丈夫?」

「大丈夫だけど……ってちょっと待ってエルク! 何さらっと持ってこうとしてんの?」

僕が驚いている間に、エルクは箱からひょいと取り出してそれを指にはめようと……してるところを慌てて止める。
ちょっと!? そんなあなた、デパートの試供品取るみたいに軽く……仮にも結婚指輪だよ!?

「いや、そりゃわかってるし、あんたの気持ちもわかるけど……じゃ、いつまで待てばいいの?」

「え? えっと、それは、その……」

「てか、成功するってわかってるプロポーズにそんな心の準備いるの? 何で?」

たまに思う。うちの嫁は、かわいくて気立てが良くて頭もよくて前途有望で女子力も高くて、容姿から性格まで文句ないくらいに僕好みで、僕の趣味嗜好についても理解が深い最高の女性である代わりに……普通の女の子には標準装備なはずの色々なものを捨ててるな、と。

さっき自分でも言ってたけど、『宝石なんてもんには資産価値以上の興味・認識はない』と真顔で言い切る女の子ってなかなかいないと思うし……今回みたいに、そりゃそうだとは思えるけど感情とか雰囲気的に大事じゃないかな、っていう面をばっさり切って捨てるし。

と、思ったら……何もその辺に興味も理解もない、ってわけじゃなく……エルクはエルクで、別に思うことがある感じらしい。

「ほら、あれでしょ? 結婚式の口上とかでよくある……『病める時も健やかな時も云々』って奴。あれ、聞くたびに思うんだけど……何を今更、って感じなのよね」

すごいことを言い出したな、また。

「格式ばった場には必要なもんだろうし、女の子がそういうことを言ってもらえてうれしい、って思う気持ちはわかる。私だって、実際に言われたらうれしいとは思う。けど……」

「……けど?」

「ぶっちゃけ、あんたが言っても多分似合わない気がするのよね。あんた、ガキだし」

「ぐはっ!?」

思いもかけない辛辣な言葉は、物理的なダメージすら伴う勢いで僕の胸に突き刺さった。
そ、そこまで言わんでも……僕なりに真剣に考えてたのに……。

「全く……んなことせんでも、私ゃ十分わかってるっちゅーのに。自分が、あんたに好かれてる、ってことくらいさあ。いつもあんた、その前提で話してくるじゃないの」

「そうだけど……こういう時くらいはちゃんとしなきゃ、って思うじゃん。さっきも言ったけど、結婚なんて、一世一代、一生に一度の大勝負なんだから」

「一世一代はともかく、人生に一度かどうかは人によるだろうし……そもそもあんた、私の他にもいい仲の女性が3人ほどいた気がしますけどその辺いかがかしら?」

「……返す言葉もございません」

赤い戦闘狂娘と、藍色の秘書娘と、桃色の助手娘の存在を突き付けられ、逃げ道が潰える。

「まあでも、別にそれは気にしてないし、おいといて……私が言いたいのはね。今更そんな風にかしこまってもらわなくても、私はあんたの気持ちとか言いたいことくらい、わかるって話よ」

言いながら、指でつまんでいる指輪を興味深げに眺めるエルク。

「あんたが自分のポリシーとかで、そういうのを大事にしたいってんならわかるけど……そういうわけでもないでしょ? あんた確か、気障な貴族みたいに、仰々しく愛の言葉をやり取りするより、日常の何気ない会話ややり取りの中でイチャイチャしたりする方が好きよね?」

「うん。膝枕とか、よりかかって『こてん』とか、愛とキレのあるツッコミとか、大好物」

「それなら……格式ばった場とかでならともかく、私たち2人の間だけでのやり取りまで、そういうの持ち込まなくてもいいじゃない。今回の場合、聞く限りあんただって、『こういうもんだからこうしなきゃ』って感じでやろうとしてるようだし。無理して。ならその分は……」

一拍、

「思いつき次第、順次言ってよ。どうせ私たち、ずっと一緒にいるんだもの……今無理して考えたセリフでカッコつけないで、その時その時でいいから、あんたの素の声が聞きたいわ、私」

そんなことを言ってくれた。
それを聞いて、最初きょとんとさせられたものの……こっちも、笑ってしまった。

かなわないなあ……この娘は、ホントに僕のこと、よく見て、考えてくれてる。

「歯の浮くようなカッコつけたセリフは、結婚式とかの時だけで十分。それだって、何十年、何百年後になるかわからないしね。私もあんたも、種族柄寿命長いみたいだし……共働きの冒険者で、いつ引退するとも知れない身だもん」

「そうだね……じゃ、お言葉に甘えて、カッコつけはその時までとっとこうかな」

「そうしなさいな。で、コレはどうすんの? 渡すの、保留にする?」

指輪を見せながらそう尋ねてくるエルク。

「……いや、今渡しとく。実用性きちんと考えて作ったアイテムだし……迷子防止込みで」

「そっか。じゃ……」

「あ、でも待って」

さっそく装着しようとするエルクを止めて……ちょっとした考え、というか、希望を説明。
カッコつけるのは後にしたけど……このくらいは、せっかくだし、やりたい。

それを聞いたエルクは、『やれやれ』って感じの笑みを浮かべつつも、了承してくれた。

そして、僕はエルクから指輪をいったん受け取り、すっと差し出された彼女の左手を優しくとって……一回、深呼吸。やっぱコレ、緊張するわ。

落ち着いてから……そっと、彼女の左手薬指に……指輪をはめる。

大きめに作った指輪は、少し緩い感じでその指に収まったものの……付け根近くまで至った直後、あらかじめ組み込んでおいたサイズ調整の魔法術式が作動し、サイズがぴったりになった。

「……これからも、ずっと……よろしくね、エルク」

「こちらこそ、よろしく……ミナト」

言いながら、エルクは、箱に残った指輪――黒の宝石が埋め込まれた方のそれを手に取り、差し出した僕の指にはめてくれた。

……うん。やっぱ……カッコつけ云々とは別に……結婚指輪は相手の指にはめるもんだよね。

『カッコつけ』同様、通過儀礼的ではあるものの……それをやり終えた僕とエルクの間には……語彙が貧弱な僕ではちょっと表現に困る、しかし、どこかあったかい空気があった。
とりあえず……プロポーズの一環としては、成功裏に終わったと言っていいと思う。

……情けなくも、そのことが嬉しくて……さらに、エルクも嬉しそうにしてくれてるのがまた嬉しくて……顔がにやけてしまう。エルクの顔がまた、『やれやれ』になっていた。

満足して、エルクと一緒に船の中に戻ろうとした時……振り返る瞬間の僕の視界の端で、エルクがふと、何かを思い出したような表情になって、

「あ、そうだ……ミナト、コレなんだけど」

「? これって何……」


―――ちゅっ


振り向いた瞬間……口が、やわらかいものでふさがれた。

目の前……というか、僕の顔から10㎝と離れていないところに、エルクの閉じられた目が見えて……え、ちょっと待って? これってその……もしかして……
きょ、距離感から考えるに……今、僕……

テンパるどころかフリーズした僕の頭が再起動するより前に……小さく『……ぷは』という音を立てて、エルク……の唇が離れた。
同時に……すとん、とその顔、というか頭が下に下がった。

これって……えっと……

困惑する僕の目の前で……エルクは、顔を赤くして、ちょっと恥ずかしそうな様子で、

「……男の夢、の1つなんでしょ? 『背伸びしてちゅー』が」

………………あ、だめだ。

――ばたぁん!

「…………ちょ、え……マジで?」

「……うん……今の、タイミングは……無理(がくっ)」

エルクの持つ伝家の宝刀5つに加え……この、今まさに指輪を交換したばっかりっていう浮かれてるタイミングや、『上目遣い』に『背伸びしてちゅー』なんて隠し武器は……彼女との仲を以前よりはるかに親密なものにした僕をして……耐えきれるものではなかった。

あと、言い訳させてもらうなら……あの指輪作っててここ数日徹夜してるので、それもあるかも。

一度に数十個のマジックアイテムや魔法術式を制御しても、複雑な魔法術式の演算を解析しても、巨大な落石が高速で直撃しても、強力な精神系統の攻撃にさらされてもへっちゃらな僕の頭は……嫁の可愛さと、あまりの幸福感で見事にショート。

割と本気で思う。僕の最大の弱点は、このエルクの可愛さなのかもしれない、と。

「全く……どーしよーもないというか、世話の焼ける旦那様だこと」

僕を見下ろす、笑顔のエルクのそんな声を聴きながら……僕は、存外悪くない気分で、目を回して意識を手放すことになった。




************************************************
はい、平常運転。
では、お知らせの方を。

本日4月15日(金)より、アルファポリス様のサイトの方で、『魔拳のデイドリーマー』コミカライズ版の連載が開始されました!
ミナトが、リリンが、動いてます! いや動いてませんけど、でも絵で! セリフ! 躍動感! かわいくて!(錯乱)
もしお時間か興味がおありでしたら、見ていってください。小説版とはまた違ったミナト達に会うことができると思います。
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