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武田義信

生まれ変わりました、武田太郎義信です。

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 どうやら、生まれ変わってしまったようだ。普通は未来に生まれ変わると思うんだが、目に映るのはどう考えても過去だ。有り難いことに、結構裕福な家庭に生まれたようなんで一安心。前世では、努力することの無い恥多き一生だった気がする。だが何故か死んだ原因だけが思い出せない。第二の人生では、精進して生きよう。この恵まれているような家庭を守らなければならない。だが新生児の俺は四六時中眠い、1日20時間は寝ている、だから努力は明日からにしよう。

 なんと! 俺は武田信玄の長男に生まれたようだ。しかも俺は神童と思われているらしい。次々と書物を望み読破する俺に、信玄は狂喜しているようだ。自分の嫡男は天才だと! 4歳児に50歳の初老が潜んでいるんだから当然なのだが。

 現代人の記憶がある俺には、我慢できないことが有った。トイレが汲み取り式であるのは、田舎育ちの俺には耐えられた。食生活が貧しく、マヨネーズが無いのも辛抱できた。だが、甲斐が余りに貧しく、毎年大量の人が餓死するのは許せない。秋に100人いたのに、春には70人になってる。食料が乏しく、30人は冬を越せずに餓死してしまう。そこで神童と一門家臣に称えられるのを利用して、改善に動くことにした。

「御屋形様、御願いがございます。」

「おうおう、太郎か、又書物が欲しいのか?」

「いえ、御屋形様、今日は小者が欲しくて参りました。」

「小者? 今の乳母や女中では不足があるのか。」

「沢山欲しいのです。」

「沢山? 何人必要なのだ?」

「1000人は欲しいです。」

「1000人じゃと! 何故それほどの人数が欲しいのじゃ?」

「川狩りと山狩りがしたいのです。」

「何故川狩りと山狩りをするんだ?」

「民が餓死しないように、魚と獣を狩ろうと思います。」

「だが、1000人の小者を雇う扶持はどうする?」

「餓死しそうな、山窩さんか河原者かわらもの・貧民を喰い扶持だけで集めます。」

「それでも1人1日5合の雑穀がいるのは判っているのか? それをどうする。」

「川で篝火かがりび漁をして食事の足しにします。」

「篝火漁とは何だ?」

「夜に火で魚を脅かし、網に追い込む漁でございます。」

「1000人も養えるほど魚が取れるのか?」

「魚だけでは無理ですが、獣も狩ります。」

「小者共に獣が狩れるのか?」

「国衆や地侍に仕留めてもらいます、小者は勢子として使います。」

「国衆や地侍は知行地を荒らされタダ働きか?」

「獲物は折半で、戦の訓練になります。」

「それでも養え切れんだろう?」

「新田開拓も行わせます、炭も焼かせます、堤も築かせます。」

「太郎よ領民を思う気持ちは好いが、兵糧を無駄には出来んのだ。」

「農繁期でも兵として動員できます。」

「う~む、1年だけ試してよいが、利が無ければ奴隷として売るぞ。」

「はい、ありがとうございます。」

翌日集まった民は100程度だった、それでも1日でよく集まったものだ。ほとんどが、貧農の口減らし浮民だった。厳しい冬を乏しい食糧で生き延びた者たち。だが明日の命をつなぐ食料を確保できる保証は無い。全ての田野は、国衆・地侍・百姓の物。勝手に分け入り、狩猟採取をすれば殺されても仕方が無い。だから、信玄に奴隷として売られる危険を冒して集まった者たちだ。

 父信玄には俺が幼児の情けで助けると思わせたい、農繁期に兵に使えると言ったのは、父を説得する言い訳と思わせたい。実際は将来の親衛隊候補なのだ、国衆の兵でも、甲斐の兵でも、武田の兵でもない、この俺、太郎の親衛隊に育て上げる。

 今後のこともあるから威厳を保たねばならないが、俺は4歳の幼児だ、父に請い傅役につけて貰った飯富虎昌の左肩に座り高さを稼いだ。赤の陣羽織を幼児用に仕立て直し、目立つようにもした。俺の言葉を虎昌が大音声で復唱してくれる。4歳児の小さな声量を補ってもらうのだ。

 「武田の民よ、その方どもが飢えることに心が痛む。」

 「。。。。。。。。。。。。」
 集まった民からは何の反応も無い、俺の言う事を全く信じてないな、仕方ないことだが。

「今から君らは僕の家臣だ、忠義を尽くしてくれる限り、食べ物を与える」

 「。。。。。。。。。。。。」
 言葉をどれだけ重ねても信用も信頼も得られはしないな、まずは飯を与える事だ、実行あるのみ! 事前に用意させておいた、雑穀雑炊を運ばせた。だが貴重な米は1粒も入っていない、味噌に加工できる麦すら入っていない、稗・粟・黍だけの雑炊。そんな物でも、彼らは貪るようにとても美味しそうに食べている。

 「皆の者、用意はいいか、昼飯の材料を取りに行くぞ!」
 奴隷も覚悟で集まっていた者達の顔も、満腹で明るくほころんでいる。彼らは次の食事の材料を取りに行くことに、何の疑問も心配もなくついてきた。

 飯富虎昌と信玄がつけてくれた小姓衆が民を指揮してくれた、わらびや#_薇_ぜんまい__#、野苺や草苺など食用に成るものを手当たり次第集めさせた。

 眠い! 四歳児の俺には睡魔は大敵だ、絶対に勝てぬ難敵だ!! 威厳無く民の前で寝落ちする前に撤退して部屋で寝よう。

「虎昌、吾は夜の漁に備えて寝る、後の指揮は任せる。」

「若君、承りました。」

 十分に昼寝した俺は民たちの夕飯を検分したが、稗・粟・黍の雑炊に朝昼に集めた野草を加えたものだった。粗末な食事だが、温かい雑炊に民は満足してくれている。

 「皆の者、日が完全に暮れたら漁に行くぞ。」

 俺の代わりに飯富虎昌が大声で指揮してくれた。俺の名で事前に漁師から網と川船を徴用していたのだ。川下に網を張り巡らせ、川上から船で赤々と焚いた篝火と、引っ切り無しで竹竿で叩くことで追い込むのだ。俺が想像していた以上に大漁の川魚が網にかかった。民も指揮した小姓衆も顔を輝かせて魚籠に魚を入れている。鯉・鮒・ウグイ・追河・ハス・鮠・脂魚など大漁だ。

 早速信玄の歓心を確保するために魚を献上する事にした、信玄は大きな鯉を所望した。そこで俺は眠気を我慢して新しい料理を提案した。

「御屋形様、鯉を油で揚げた後、葛餡を掛けた料理が有りますが。」

「ほう、そんな料理が有るのか、どこで知ったのだ?」

「御屋形様に喜んで貰いたくて考えました!」

「うむ、文献で読んだのではなく、自分で考えたのか?」

「はい、試しに作らせてみませんか。」

「そうだな、包丁人にやらせてみよう。」

出来上がった「鯉の唐揚げ」「鯉の甘酢餡かけ」に信玄は魅了された。
「美味い、太郎よ、ようやった。」

「お褒めに預かり、恐悦でございます。」

「うむ、これからも励むように。」

「御屋形様の為、人夫を使いこれからも励まして頂きます。」

「うむ、ほどほどにな。」

 よし、人夫として貧民を集めることの念押しは出来た。だが睡魔の攻勢が激しい、もはや一刻の猶予もない、寝落ちする前に寝所に撤退だ。

「御屋形様、寝所に戻らせていただきます。」

 コックリコックリ、眠気で倒れそうになってしまった、必死に許可をもらって御前を辞し、寝所に戻っり爆睡した。

翌日の朝食は貧民にとっては豪勢な物となった。稗・粟・黍の雑炊に野草と川魚を煮た汁が加わった。
塩も味噌も高価で、民に使うことは許されなかったが、野草と魚を茹でただけの汁でも、貧民には御馳走だ。朝食の香りに引き寄せられたのか、民は200人程度に増えていた。

 「者共、今日も昼食の材料を集めに行くぞ。」
 俺が飯富虎昌の左肩に座り叫んだ、だが幼児で音量が無いので、虎昌が大音声で復唱してくれる。

 「今日は2つに分ける、女子供は右に、男は左に。」
 民たちは急に脅えだした、逃げ出そうとしている者さえいる、奴隷として売り飛ばすために、分けていると思ったようだ。

 「女子供は昨日と同じように野草を集めてもらう。」
 俺の言葉に女子供は安心した様だ、逃げ出そうとしていた者も思いとどまっている。

 「男は山狩りの勢子をして貰う。」
 男達も安堵してる、笑顔さえ浮かべている者もいる、肉が喰えると内心小躍りしているのかもしれない。

 「上手くいけば、夕食に鹿肉が食べれるぞ、気合を入れて働け!」

 最初の狩場は武田の直轄地の山、要害山城で行った。飯富虎昌と、弓の名手の信玄小姓が討ち手に選ばれた、勢子に動員された人夫の男達は、竹で作った鳴子で動物を脅して歩いた、驚いた鹿が逃惑い、まんまと討ち手の待つ場所に追い込まれていく、鹿の多くの矢を射かけられ息絶えた。

 その内に月の輪熊が躍り出てきた、頑強な熊は矢を射かけるも仕留めきれず、虎昌が槍で心臓を突き破って何とか仕留めた。日が暮れる直前まで何度も狩りを行い獲物をしとめたが、もちろん俺はお昼寝の為途中で帰った。

 貧民たちの夕食は、雑穀雑炊・魚と山菜の汁・鹿の焼き物だった、塩も味噌も無いため、俺には味気無い不味いものだが、貧民たちは大御馳走なのだろう貪るように食べている。俺達は躑躅ヶ崎館戻り、手伝ってくれた虎昌と小姓たちに、味噌仕立ての熊鍋を振舞った。

 「太郎、熊を仕留めたそうだな!」
 予告も案内も無く信玄がやってきた。

 「御屋形様、このような場所に来られるなど、どうなされたのです?」
 食事を楽しんでいた虎昌と小姓が畏まっている。

 「お前が4歳にして熊狩りを見事に指揮したと聞いて、余りに嬉しくてな!」

 「それはありがたき事、あの熊を仕留めたのは虎昌です。」
 俺は、解体の為に庭に吊るしてある熊を指示さししめした。

 「おうおう、虎昌が止めを刺したのか、見事である。」

 「御屋形様、勿体無きお言葉、感謝に堪えません」
 虎昌が恐縮しながら答えている。

 「御屋形様、熊と鹿は解体して漢方薬を作ろうと思います」
 俺はここが好機と信玄に更なる提案をした。

 「そうかそうか、良きに計らえ、それでな、太郎よ。」

 「はい、御屋形様なんでしょうか?」

 「儂にもな、そなたの初獲物、振舞ってはくれぬか?」

 「父上! 喜んで!!」
 虎昌たちはそっと部屋を出て行ってくれた。

俺は軍資金を確保するため、鹿と熊から漢方薬を作り出すことにした。
1番は熊胆ゆうたん・熊の胆だ
2番は鹿茸ろくじょうと言われる鹿の角だ。
他にも鹿角・鹿角膠・鹿歯・鹿骨・鹿頭肉・鹿蹄肉・鹿脂・鹿髄・鹿脳・鹿精・鹿血・鹿腎 (鹿鞭)・鹿胆・鹿筋・鹿皮・鹿糞・鹿胎糞などを採取し作りだした。

 次の日に、500近い民が集まっていた。父上は俺に付ける小姓を50騎と5倍に増員してくれた、父上の期待にこたえなければならん! なんか家族愛が芽生えてきてる、これはマズイ! いざとなれば信玄を切り捨てる心算だったのに。

 今朝の朝食も、雑穀雑炊・川魚と野草の汁・焼き鹿だった、塩味も味噌味もしない不味いものだ。塩が欲しい! 海が欲しい!! 領内に海が有れば、もっと色々手が打てるのに。真珠の養殖や塩田、海軍設立による海賊行為や交易。本当に海が欲しい、だが今直ぐが無理なら次善の策を打たねばならない。

 今日も貧民と小姓を、採取班と狩猟班の2つに分け派遣した。

 今日は採取班を自分で指揮した、水田・小川に分け入り、どぶがい・からすがい・沢蟹・ミミズを集めさせた。ミミズと沢蟹は漢方薬の材料にする心算だ。医薬の知識のある者に材料として売り資金を集める、同時に自分でも試作する心算だ、自分で漢方薬を作る事が出来たら、材料として売るより高価に売ることが出来る。特にミミズは解熱剤として役立つと言う記憶がる。二枚貝は真珠養殖の母貝となるか試してみよう。

軍資金を捻出する為に出来る限りの方法を考えたのだ。

1、淡水真珠の養殖
 まずは琵琶湖に人をやり、池蝶貝を採取して来なければならない。
 次善の策として、集めさせた大型の二枚貝に核を入れてみた。
 躑躅が崎館の水堀を養殖場としてみよう。

2、茸養殖
 伐根栽培・長木栽培・普通原木栽培・短木栽培。
 胞子の粉末を水に混ぜ込みホダ汁として使用する方法。
 完熟したホダ木から得られた木片を原木に埋め込む方法。
 知識だけで自分ではやったことは無い。
 色々と試行錯誤してみよう。

3、生糸・絹織物
 洞窟を使って孵化管理をして通年で養蚕出来るか確認してみよう。

4、硝石製造
 古土法と培養法を試してみよう。

5、輸入
 落ち葉や雑草でも育てられる乳山羊や肉山羊
 さつまいも・じゃが芋・テンサイ・綿花

6、新田開発
踏車・激龍水を使って農業用溜池を作り、荒れ地の開墾だな。

7、三圃式農業と二期作、二毛作の研究
 その為にも山羊や羊は輸入しないとな。

だが、先ずは短期的な食料と軍資金の確保法だ。
優先順位は以下の通り。
狩猟・漁労・採取による食料確保・漢方薬の生産。
淡水真珠の生産。
椎茸・なめたけ・榎の人工栽培。
溜池を作り、荒れ地の開墾して新田開発。
通年養蚕技術の確立。
新種の農作物と牧畜動物の輸入。

そして、何より人材の確保だ。
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