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虎松丸大地に立つ

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 天文十八年(1549年)三月

 虎松丸は、今年数え三歳になった。
 満年齢で二歳を迎えたばかりなので、余り無茶は出来ないが、自分が家督を継ぐ迄に、出来ることは全てしておきたいと思っていた。

 虎松丸としては、伊勢街道の関所を廃止したいと先ず考えた。この時代、伊勢街道には数えるのも嫌になる位の関所が設けられていた。それが地方豪族の収入だった訳だが、伊勢街道の関所を廃止する事による、経済的発展を促すことの方が利がある事を理解してもらう必要がある。完全に効果を上げるには、中伊勢、北伊勢までを含め、関所を廃止しないと効果は限定的になるが、織田信長の侵略に対抗するなら、早い段階で中伊勢から北伊勢を呑み込む必要がある。


「虎松丸様、角屋が参りました」

 虎松丸の守役の井上専正、通称味兵衛が松坂の廻船問屋、角屋秀持の来訪を告げる。
 多気御所の一室で、手習いをしていた虎松丸は、角屋を部屋に通すように告げる。

「虎松丸様においてはご機嫌麗しく「七郎次朗、前置きは良い。頼みがある」」

 (七郎次朗は、角屋秀持の通称)角屋の挨拶をさえぎり、要件を切り出す。

「私共にお役に立てるならば何なりと」

 ドンッ!

 虎松丸が、金の小粒が詰まった袋を角屋の前に置く。

「七郎次朗、南蛮より去勢されていない馬を仕入れて貰いたい。金に糸目はつけん」

「……南蛮から馬をですか?」

 角屋が目を見開いて驚いている。

「出来るか?」

 角屋は目を瞑り、暫く考え込むと頷き袋を受け取る。 

「受け賜わりました。ただ、時間がかかると思われます」

「構わん。そう思って早めに依頼したんだ」

「どんな手を使っても手に入れてみせましょう」

 角屋が退出したあと、井上専正が虎松丸に疑問に思った事を聞いてきた。
 井上専正は、虎松丸の異常性に気付いているが、この時代ここまで飛び抜けて優秀だと、神仏の生まれ変わりだとか、変に納得してしまうものらしい。既に井上専正は、父の具教より虎松丸を主と仰いでいる為、虎松丸が出自の定かでない金を出しても、具教に報告する事はない。

「虎松丸様、南蛮の馬なのですか?馬なら木曽が産地だと思うのですが。何も大金を払って南蛮の馬を求めなくともいいのでは」

「日の本の馬では、五尺を超える馬は滅多にいないが、南蛮には五尺を超える軍馬も居るからな。日の本の馬の良い所と、南蛮の馬の良い所を掛け合わせることで、より良い馬が出来れば良いと思ってな」

「なるほど、馬が大きく力強ければ荷もたくさん運べますからな」

 虎松丸は、今回駄目元で何種類かの馬の輸入を依頼した。そのうち一種類でも手に入れば御の字だろう。

「安濃津が欲しいな、味兵衛」

「長野氏とは永く争ってますからな」

 中伊勢の長野氏とは、南北朝時代からの因縁である。虎松丸は、今は大地震で湊が壊滅的打撃を受けているが、以前は栄えていた安濃津湊を再建して水軍の拠点にしたかった。ただ、安濃津は長野氏の領地である。虎松丸は安濃津を是が非でも欲しかったのだ。

「味兵衛、例の物を含め、諸々順調に進んでいるか?」

 虎松丸が声を潜め井上専正に、頼んである事柄の進捗状況を確認する。

「全て順調に推移しております。出来れば某の知行地以外でも進めたいですが、信頼できる人物を慎重に選ばねばなりませんな」

 現在、虎松丸に与えられた知行地と、井上専正の知行地で、幾つもの政策が進められている。

 ・育苗からの正条植え
 ・稲の品種改良
 ・椎茸栽培
 ・酒造り
 ・醤油造り
 ・硝石製造
 ・鍛治職人の招へい
 ・鋳物職人の招へい
 ・石鹸の製造

 特に硝石製造については、特に極秘で進められている。

「角屋に唐芋も手に入れるよう依頼してある。伊勢は比較的食うに困ることは無いが、転ばぬ先の杖だな」

 虎松丸は、飢饉対策にサツマイモの輸入を依頼したいる。栽培が容易で成長も早く、使用用途も食用からアルコール醸造用にと、角屋に逸早く依頼した。その取引に、角屋には粗銅から銀や金を取り出す南蛮吹きを教えた。

 ゆくゆくは銭の私鋳を行う積もりだ。質の良い銭が大量に出回る事で、伊勢の経済活動を活発にする狙いだ。


 虎松丸は、現在船の図面を描いている。

 設計図を描いている船は二種類。伊勢湾や志摩の入り組んだ地形でも操舵性に優れ、縦帆船である三本マストのトップスルスクーナーと推進力を重視した横帆船で三本マストのシップを設計している。

 シップが大型の戦列艦、スクーナーが中型から小型のフリゲート艦。全ての船に、オーバーテクノロジーな高性能の大砲を搭載予定だ。

 水軍の強化の為に、フリゲート艦の数を確保したい。しかしそれには時間がかかる。船大工の技能向上、船員の訓練、今から準備しておかないと間に合わないかもしれない。北伊勢の横の長島には、願証寺があるのだから。長島の一向宗と対峙する時、水軍の力は重要になってくる。
 この時代、ある意味どの戦国大名より厄介な一向宗本願寺派。あの織田信長や徳川家康が、散々苦労した一向一揆は正に悪夢だろう。全てではないが彼等は死兵なのだ、死を恐れずただひたすら向かって来る。歴史上でも信長配下の武将が多数討ち死にしている。
 北勢を支配下に置くということは、一向宗と敵対する覚悟がいるという事だ。
 虎松丸も宗教組織が武力を持つ事を認めない。比叡山しかり高野山しかり熊野三山も例外ではない。



(領内の街道整備も進めたいけど、現状は無理だよな。せめて伊勢を統一出来ないと)

 中伊勢は、長野氏と関氏を倒せば良いから分かりやすいけど、北伊勢は、北勢四十八家があっちこっちに紐付きになっていて、ややこしい事このうえない。
 母上の実家である六角家とも、それ程関係が良い訳ではない。

(北勢四十八家は、織田信長がしたように、大戦力で各個撃破が間違いないか。何とか、信長より先に北伊勢を手中に収めないとな)


 虎松丸は成人して直ぐに行動に移せるよう、出来る準備は全てやる積もりである。しかも父、具教には内密にして。
 育苗や正条植えその他農具の改良については、いずれ知られる事となるだろうが、その他は出来るだけ秘密裏に行う必要がある。親子でも絶対的な味方ではないのが戦国の世なのだから。

「よし、こんなもんかな。後は秘密裏に造船出来る様になってからだな。さて、砂鉄でも集めに行くか」

 虎松丸は日課になっている、土魔法による金属集めに出かける。砂鉄を始め、銅や銀、少量だが金も取れる。ついでに硝石も魔法で合成してストックする。将来的に火薬は、幾らあっても困る事はないのだから。



 味兵衛を共に河原を歩く虎松丸が訪れたのは、河原に粗末な小屋が建ち並んでいる場所だった。

「与八郎~!牛と鹿の革は有るか~!」

 小屋に近づきながら、虎松丸が声をかける。

「若様、今回は牛はちぃと少ねえが、鹿の方はそこそこ量があるぞ」

 小屋から出て来て、虎松丸を応対する与八郎と呼ばれた男。彼は河原者と呼ばれる集落の革職人だ。
 河原者とは、文字通り河原近くに住み、屠畜や皮革加工、造園や井戸掘りを生業とする、中世日本の被差別民だが、虎松丸は同じ人間なのだからと気にしない。父や母に知られれば怒られるかもしれないが、現状、虎松丸が河原通いをしているのを知っているのは、味兵衛しか居ないので気にもしていない。

「じゃあ味兵衛、受け取っておいて。与八郎、お代はいつも通りで良いね」

 そう言って与八郎に代金を支払う。

「毎度あり。若様、気を付けてお帰りを」

「うん。またね与八郎」

 虎松丸は、ブーツを造る為に、時折与八郎から革を買いに訪れている。
 草鞋では、少し履けば履き潰してしまう。戦場で足を保護する為にもブーツは必須だと思っている。

 虎松丸は、味兵衛に荷物を任せて多気御所へ帰路につく。
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