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ちょっと息抜き

番外編:ビーの休日

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幕間


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世界を統べる4大古代竜の一つ、『黒龍』レヴァナリア・ヴォルディアスの直系であるブラック・ノウビー・ヴォルディアス。
漆黒の肢体に黄金色の瞳、幼いながらも鋭い牙と爪、身体を包み込むほどの大きな翼を持った立派な竜。

成竜となればその雄々しき一息で国をも滅ぼす災厄となる。

「ピュヒー」

だがしかし、今はまだまだ成長途中。魂の片割れでもあり、魔力を共有する庇護者の力が無くては生きられぬ身。
魔素停滞により毒と化した大気のなかでひっそりと生きていた。誰かがきっと目覚めさせてくれると信じ続けて。

「ビー、いつまで寝るつもりだ?お陽さんは高く昇ったぞ?」
「ピュイヒ…プププ…」
「あーもー、俺の一張羅がヨダレまみれー」

古代竜の加護を受けし唯一の存在であるタケル・カミシロは、完全にノウビーの寝床と化したヨダレまみれのローブを諦め、肩を落とした。穏やかな顔をして大の字で眠り続けるノウビーを起こしたくは無かったのだ。しかし図書館で調べ物をする用事があり、時間厳守のクレイストンに殴られたくない為ノウビーを置いていくことにした。

「ピュヒィ…」
「俺は図書館にいるからな。お前も起きたら来いよ」

ノウビーは夢見心地で優しい声を聞いた。
分厚く冷たい卵の中で聞いた声。凍えるようなあの世界を灼熱の炎で溶かしてくれた。
大きくて、深くて、温かい存在。

「ピュヒー…ジュルッ…ピュ?………ピュッ?ピュイ?ピューイッ!ピュ〜?」

まどろみの柔らかな夢から目覚めると、落ち着く匂いと誰の気配もない部屋。
いつもなら流れまくったヨダレを拭いてくれる存在がいるはずなのだが、今朝は何処にもいない。

「ピュピュッ!」

ノウビーは焦った。古代竜の加護を受けし庇護者が傍にいなければ、己の流れ出続ける膨大な魔力を補うことが出来ない。魔力を流し続けなければ、魔素の薄いこの街では呼吸することすらままならない。

「ピューイーッ!ピューーーイーーーッ!」

ノウビーは親を見失った子供のように泣いた。生まれ出てから今まで加護を受けし者と片時も離れたことなど無かったのだ。
どうすればいい?どうすればこの落ち着かない気持ちを抑えることが出来る?

「ピュムムム…ッ」

悩んで迷って転がっているよりも行動あるのみだ。
いつまで大空を飛び続けられるかわからないが、何もしないまま行動不能になるよりずっといい。
ノウビーは翼をはためかせ、窓から空へと飛び出た。

ひとの世界は面白い。あの冷たく暗い卵の世界には無かった、様々な色、音、匂い。眩しい太陽に照らされた鮮やかな色彩はノウビーの心を躍らせる。
『黒龍』レヴァナリア・ヴォルディアスは告げた。世界を知れと。色を、音を、匂いを知れと。全てを知れとまでは言わない。ただ、あの加護を受けし者の観る者を、感じるものを、その肌その心で知れと。

「あっ、ビーちゃんが飛んでる!」
「おかあさん、ビーちゃんだよ」
「あら本当。タケルさんはどうしたのかしらね」

青く広い空を思うがまま滑空すると、地上の羽根の無い生き物たちは羨むようにノウビーを指さす。全てのしがらみから解放されているように思えるが、飛んでいるノウビーにとってそんな余裕はない。

「ピュイイィー!」

叫んでも叫んでも応えてくれないなど、有り得ないことだ。どうして置いていったのだ。そりゃ汚すなと言われていたローブは容赦なく汚してしまったが、それくらいで怒ることは無いだろう。いつものことなのだから。
ベルカイムの街の中央、様々な屋台や市場が並ぶ通称屋台村。恰幅の良い屋台村代表、ウェガ・マヨネが空を行くノウビーに声をかけた。

「おやあ、ビーじゃないか。新しい食いもんがあるけど、どうだい?」
「ピュッ?」
「こいつはタケルが言っていた…すいーたぽてたとかいう食いもんだぞ」
「ピュピュー…」

黄色く甘い匂いのする焼き菓子。
そういえば数日前、タケルは朝から屋台村で何かを作っていた。あの加護を受けし者は食べ物のこととなると人が変わったように熱心になるのだ。イモがハチミツがどうのこうのと試行錯誤していたようだが、どうやら成功したようだ。

ノウビーにとって人の食べ物を食べる意味はない。ただの娯楽だ。

「食ってみてくれ。ムグルの乳を入れてみたら、言う通り滑らかになった」
「ピュムググ…ムッ?ピュイッ!」
「そうかそうかうまいか!」

長い尻尾を左右に振り、嬉しそうに食べる小さなドラゴンの姿は誰をも魅了する。
この世界においてドラゴンという種は神にも等しい。世界を造りし四方の神は古代竜エンシェントドラゴンと呼ばれ、豊かな大地を育み見守り続けている創造神。都心部を守る竜騎士が魂の片割れと選ぶのも竜種であり、高潔な魂は何者をも魅了する。
しかしそんな近寄りがたく気高い存在のドラゴンが、ベルカイムでは日常的に見ることが出来るのだ。

「ビーちゃんいいこね、もっと食べる?」
「おう、ビーじゃねぇか。タケルはどうしたんだ?」
「ピュイィ…」

いくら美味い食べ物を摂取しても、己の熱量には変化しない。魔力を取り込まなければこの身体は温かさを持続させることが出来ないのだ。しかし、美味い。
口の周りを食べカスだらけにして貪り食うが、やはり心ここにあらず。食べ過ぎるなよとか、汚れたままで飛びつくなよとか、いちいち口うるさいが優しいあの温もりが傍にいないと不安になる。

「ピュイ…」
「うん?どうしたんだ。そういやおまえ、タケルは何処行ったんだ」
「ビーちゃん置いていかれちゃったの?ふふっ、タケルさんに叱られたのかしら?」
「ピューイィー!」
「違うみたいよ?ミュゼリったら、ビーちゃんに怒られた」
「ええー!」

この小さなドラゴンは不思議と人の話す言葉を理解する。
おまけに片時も傍を離れないはずの大柄な男とは意思の疎通すらやってのけるのだ。ドラゴンの生態に詳しいものが居たのなら、そんなことは有り得ないと胸を張って言うだろうが、そもそもドラゴンという種そのものが珍しい。
しかし、ベルカイムの人間にとってドラゴンと言えばブラック・ノウビーでしかない。黒い身体に大きな黄金色の瞳をした、愛らしい幼生。

「タケルは何処に行ったんだ?あのやろう、また職人街のほうを無駄にウロついてんじゃねぇか?」
「あははっ、あの子ったら短剣すら扱えないくせに鍛冶場を見るのは好きなのよ」
「いやあ、俺は気持ちがわかるぜ?」
「アタシはわかんなーい」

ノウビーはそう言えばと思いつき、職人街へと飛び去った。
あの場所は音が大きいから好んで行きたいとは思わないが、加護を受けし者がよく行く場所でもある。

がちーんがちーんがちーん
じゅわわわわ…
モタモタしてんじゃねぇぞこのやろー!

ドワーフ族が7割を占める職人街は今朝も勇ましい怒号が飛び交っていた。小柄だが力強いドワーフ族が精魂込めて作り出す武具は芸術にも等しい。数千レイブで購入できる武具はそれなりの消耗品に過ぎないが、数十万数百万レイブもする武具は生涯使うことが出来るとさえ言われている。

「ピュイ…ピュイ…」

加護を受けし者が好んで立ち寄るペンドラスス工房。
工房長であり武器鍛冶職人連合代表でもあるドワーフのグルサスは職人街でも一番仕事に厳しく、一番気難しく、一番声がでかい。

「なぁにやってやがんだあの野郎!!」
「ピッ」

古代竜(エンシェントドラゴン)の幼生であるノウビーを驚かせることが出来る唯一の存在でもあるグルサスは、相変わらずの大声で辺りを震わせた。通りを行き交うものたちは、またやっているよと慣れた顔で両耳を押さえている。
店先で不機嫌な顔をして仁王立ちするグルサスと、店番をしている獣人リブの姿は見慣れた光景。

「俺に特大の恩を売っておきながら、何をもたもたしていやがる!」
「タケルにだって都合ってもんがあるんだろ?アイツ、栄誉の竜王とチーム組んで更に忙しくなっているらしいからさ」
「ふんっ、そんなの俺の知ったこっちゃねぇ!栄誉の竜王だとぉ?…アイツの持っていた大槍、誰かが治しやがった。ヴォズラオの誰かだ。俺に頼みゃあんな出来よりもっとすげぇもんをこさえてやったのに!」
「それで機嫌が悪いのかよ」

アルツェリオの王都から帰還したグルサスは、いつまでたっても逢いに来ない男に苛立っていた。
想像以上の成果を見せつけてくれたあの素材採取専門家は、どういった経緯でイルドライトを手にしたのかはわからない。しかし、ギルドの受付担当は言っていた。

『タケルさんならしれっと持ってきそうですね。もう、驚くだけ疲れますよ?こんなこと当たり前になりつつあるんですから…ハハッ…』

ギルドの目の肥えた鑑定師を呆れさせる採取専門家などいるのだろうか。最低ランクだと聞いていたのに、仕事ぶりは高位ランク者そのもの。しかも膨大になるだろう報酬を一切せびらず、採取用の鋏を要求しただけ。
しかし、それが問題だった。

「鋏が欲しいって言っていたんだから、きっとそのうち来るさ」
「悠長に言ってんじゃねぇよ!恐ろしく切れやすく、それでいて頑丈で、さびにくく、手入れしなくても切れ味を保てるような鋏を造れだなんて、最高に腕がなるじゃねぇか!」
「……アイツも面倒な注文をしてくれたもんだ」

武器鍛冶職人グルサスは経験豊富な職人であるが、あくまでも根っからの職人。未知の鉱石には子供のように目を輝かせるし、難問には喜んで取り組む。

「ピュイ」

加護を受けし者が何気なく注文した採取用の鋏。それがどれだけ職人泣かせだったのか彼は到底理解していない。メンテナンスが面倒だから手入れしなくても使える鋏があれば便利なのにな、と考えただけだ。
それをグルサスは試練と受け取った。切り、貫き、叩き潰すことを目的とした剣とは違う。時に繊細さを伴う採取用の鋏。扱いやすいよう軽く、強度が高く、鋭く鋭利に切れる上に錆びにくいのが理想的。そんな鋏を注文されたのだ。グルサスが燃えないわけがない。

「よおし!シルヴェスターのヤツに頭下げてやるか!」
「はぁ?なんで生活用品屋のおっさんに…。親方、鋏の作り方を忘れたのかよ」
「うるせぇ!!」

グルサスは顔を真っ赤にしながら行ってしまった。
どうやらここにも加護を受けし者はいないらしい。気配が感じられない。ノウビーは翼を大きくはためかせ、高く高く飛び立った。

人が集う場所の魔素はとても少ない。個人差はあれど、魔道具(マジックアイテム)を扱うさい微量な魔素を使用する。そのため、都心部に行くにつれ魔素濃度は薄くなる。
ベルカイムは地方都市ではあるが、人口密度は都心部のそれと変わりがないほど多い。よって、使用される魔素も膨大だ。

「ピュィ…」

息苦しくなってきた。
ほんのわずかな間離れていただけでこれだ。魔力の多い者の傍に行けば魔力を補うことも出来るが、加護を受けし者ほどの魔力を有する者は滅多にいない。足元にすら及ばない。あの馬の神獣に頼るくらいならば、深い眠りを選ぶ。
何故あの大男でなければならなかったのか、理由はどうでもいい。ノウビーにとっては消えゆく運命だった命を救ってくれた恩人。

「ピューイーッ!」

これだけ呼んでいるのに返事をしないとは何事だ。大体、勝手に部屋を出て行ってしまったのが悪いのだ。何故こんな朝早くに。

彼は知らない。
ある程度力をつけるまで彼の溢れる魔力を糧にしていることを。
傍にいなければ直ぐに力を失い眠ってしまうことを。
しかし自分の存在を枷にするわけにはいかない。彼は広い世界を旅し、世界に大きな波紋を広げなくてはならないのだ。

冷たい暗黒の世界で聞こえた『声』。


大丈夫
君なら大丈夫


あの声を聞いてからずっとずっと待っていた。


そうして、応えてくれた。


世界に色を付けてくれた。


それが、タケル・カミシロという世界で唯一の存在―――。



「なんだよ。結局眠ったままだったのか」
「うむ。穏やかな顔をして眠っておるな」
「ドラゴンというものはこうも寝汚い生き物なのですか?」

図書館で目的の資料を読み、さて明日から採取と討伐に行こうと宿に戻ると、タケルのベッドで不貞寝をしている黒い幼竜。
柔らかなローブを握りしめ、これ以上ないほどにしわくちゃヨダレまみれにして。

「…ほんともうやだ。俺の一張羅」
「お前には便利な魔法があるだろうが。些細なことで叱るでない」
「ピュヒー…ププププ…」

ホーヴヴァルプニルに頬を激しくつつかれながらもノウビーは惰眠を貪った。
失われた魔力を補うように、暖かなその力を吸い込む。
タケルが知らず知らずのうちに身から溢れ出している魔力は純粋であり、膨大。失われそうだった古代竜の命の灯を再び燃やし…どころではなくなんだかだいぶ元気になっちゃったんだけど。

崩壊の道を歩もうとしていた世界に落とされた小さな雫。
雫は波紋となり、大波と変わる。


「ププププ…」


世界を変え行く命運を握りし理の呪縛

幼い竜は夢を見る


雄々しき姿に変貌した己の背に乗る魂の片割れ




ブラック・ノウビー・ヴォルディアスは、未だ見ぬ世界を夢見るのだ。





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次も息抜きです。

領主から貰ったアレについて。


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