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ちょっと息抜き

番外編:スッスの日記

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こちらの話は書籍第1巻に入っていません。
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○月×日

ギルドエウロパ事務主任のウェイドさんに命令されてこれを書くっす。
ウェイドさんは新しく登録した冒険者のことを調べろと言ってきたんす。そんなこと言われたのはじめてだったので驚いたっす。おいらには隠密(ハイズ)技能(スキル)があるから頼まれたんだと思うんすけど、なんでそんなこと頼むのかわからないっす。

対象者はタケルっていう冒険者っす。えっらくでかい男で、なんかもっさりしているっす。ベルカイムはでかい町っすけど、タケルのようなでかい人間は目立つんす。巨人(タイタン)族やリザードマンよりはちっこいけど、人間の中ではでかいんす。

ギルドを出たタケルは街中を見物しつつ宿に向かったっす。ランクF冒険者のくせに海翁亭に泊まりやがったんすよ。これには流石のおいらもびっくりだ。海翁亭はベルカイムでも高級志向の宿なんす。ランクF冒険者じゃ高嶺の花なんす。なのにアイツ、1ヶ月連泊するんすよ。鞄から白銀貨を取り出したときはもっと驚いたっす。金持ちなんすかね。

海葉亭で夕飯を食ったみたいんす。アイツ、ドラゴンを連れているんすよね。冒険者の憧れ、ドラゴン。おいらもその存在には憧れているんす。だってかっこいいじゃないすか。そのちっこいドラゴンにしきりに話しかけていたっす。怪しいヤツだと思ったんすけど、ドラゴンはアイツと普通に会話が出来ているんすよ。どうなっているんすか?

○月△日

ベルカイム一の湯屋、虎流牙亭(こりゅうがてい)が一日で綺麗になったと評判なんす。何でこんなこと書くんすかって?余計だろうって思うんすよね。でも余計なことじゃないんすよ。実は昨日の夜、対象者が湯屋に行ったんす。高級な宿に泊まっている上、湯屋にも行くなんてアイツだいぶおかしいっす。冒険者としての自覚はあるんすかね?変わっているっす。

で、アイツが湯屋に入って暫くすると悲鳴が聞こえてきたんす。おいらは湯屋に入れるほど金持ってないんで外で覗き、いや待機してたんす。そしたら湯屋の主人の悲鳴も聞こえてきたっす。アイツが何かやらかしたんだと慌てたんすけど、湯屋の従業員は揃ってアイツに感謝してたんすよ。

後から聞いたんすけど、アイツ、綺麗な湯に浸かりたいからって湯屋を魔法で綺麗にしちまったらしいんす。それこそ掃除屋の仕事よりも綺麗にしたんす。湯屋の主人は感動してアイツに感謝しまくっていたらしいんすよね。魔法で綺麗にするって意味がわからないんすけど。変わっているっすよねえ。

○月□日

雨。
昨日の夜から降っている雨が朝になっても止まないんす。こんな日でも対象者を調べろって言うんすから、ウェイドさん鬼っす。熊っすけど。

アイツはいつもより遅く宿を出て行政区に向かったんす。そんなところで何をするのかと思ったんすけど、図書館に入ったんすよ!図書館すよ?冒険者が、図書館!字ばっか書いてある本が大量に置いてある家っすよね?おいら、入ったことないっすよ!そんなところでアイツ何をしたと思うっすか?本を読んでたんすよ!信じられないっすよね?本を読んだらしいんすよ!しかも、いろんな国のいろんな言葉で書かれている本をたくさん読んだらしいんす!アイツ何なんすか?!本を読む冒険者なんているんすか??変人っすよ!

○月◆日

午前中に幾つか依頼を受けて外に行っていたらしいっす。アリアンナちゃんに聞いたらベルカイム郊外の森にある薬草の採取依頼を受けたらしいっす。何だ地味依頼じゃないすか、って思ったら間違いだったっす。採取対象はどれもランクCなんすよ。ランクF冒険者でも受けられる採取依頼は、対象素材のランクが高くてもランクFに登録されるんす。しょせん採取依頼って感じなんすけど、実はすげぇ難しい依頼だったりするんすよね。それこそ採取を専門にしているヤツしか受けることは出来ないっす。

普通は何日も、時には何週間もかける依頼なんすけど、アイツ、数時間で終えてきやがったんす。ランクCの薬草っすよ?何でそんなもん数時間で見つけられるんすか?相当腕がいいってことなんすか?あんなにぬぼっとしているのに。

素材鑑定士のグリットさんに聞いたっす。アイツは何十年に一度、いや何百年に一度の逸材、きっと何か特別な技能(スキル)、いや異能(ギフト)を持っているに違いないって興奮して言ってたっす。

何か見つける異能(ギフト)なんて聞いたことないんすけどね。この道30年のグリットさんが言うんすから、たぶん間違いないんす。だってランクCの薬草を数時間で見つけられるなんて、きっと特別な力があるに違いないっす。変人っすけど。

○月▽日

市場でアイツを見失ったっす。
ウェイドさんにどやされるってすげぇ慌てたんすけど、屋台村代表のウェガさんが経営する肉焼き屋の前でアイツを見つけたっす。ああ良かったって安心したんすけど、その時アイツがおいらのこと見て笑ったんす。バカにした笑いじゃないっすよ?なんか、「お疲れ様」って言われた気がするっす。

おいらの尾行、ばれてたっす…。
隠密(ハイズ)技能(スキル)には自信があったんすけどね。でもドラゴンは警戒心が強いって聞いたんすよ。だからアイツの連れているドラゴンのおかげかなーって思ったんすけど。

ウェガさんの店の前に来ると、ウェガさんから串焼き肉を貰ったっす。なんでくれるんすかって聞いたら、アイツが俺に渡すよう言付かったらしいんす。しかも
「明日も素材採取と図書館と湯屋に行きますよ」って伝言貰ったんす。やっぱりバレてたっす。

ウェガさんに叱られたっす。あんなバカ丁寧なイイヤツを隠れて付回すのはやめろって。
だからもうやめるっす。この半月、アイツは妙な真似一切しなかったっす。そりゃ行動は奇妙かもしれないんすけど、なんか悪いやつだとは思えないんすよ。串焼き肉くれたし。

対象者、ランクF冒険者タケルに怪しいところは無いっす。変わっているっすけど。


報告書作成者
スッス・ペンテーゼ



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「読み辛ぇわ!!」

バシンと机に叩きつけられる書類に、ウェイドは苦く笑った。
ギルドマスターが憤慨するのも無理は無い。箇条書きにして要点だけ纏めてくれれば良かったものの、スッスはまるで日記のようにして提出した。報告書など書かせたことの無い一事務員に頼んだ己の人選ミスだと悔やむ。

「アレでも隠密(ハイズ)技能(スキル)だけは一流なんですよ」
「あの喋り方で文字を書かせるんじゃねぇ。読んでいて苛々するわ」
「故郷の伝統的な喋り方らしいので、絶対に治さないでしょうね。郷の誇りだとかなんとか」

大分ヌケた小人族の職員だが、人柄は悪くないのだ。
それにしても、とギルドマスターはどかりと椅子に腰掛ける。半月ほど毎日尾行していたらしいスッスの報告書には怪しげな点は一つも無い。裏を取るために湯屋の主人リムレイに話を聞いたところ、スッスの報告書に書かれてあった通りだった。魔法で湯船を綺麗にしたのだと。

「何故そんな無駄なことに魔力を使うんだ」
「さあ…。従業員の話によると、泥水に入るのが習慣なのか、とてもじゃないがあんな湯には入れないと怒っていたと。確かに経費削減のため掃除屋に発注するのが遅れていたとはいえ、湯は比較的綺麗だったと証言しています」
「うむ」
「巨大な湯船と洗い場、脱衣所まで一気に綺麗になったと喜んでおります」
「それほどの魔力を無駄に使いやがって」
「魔力測定の水晶を壊したくらいですからね。それくらい大したことが無いのかもしれません」
「…むうう。そうか、水晶をブッ壊したのはアイツだったか」
「しかも無償だったらしいんです。高額な金銭を一切請求せず、何かお礼をと言ったら青銅貨5枚の使用料をタダにしてくれと言っただけとか」
「欲もねぇのか!掃除屋に頼めば銀貨数枚の仕事だってぇのによ!」
「ですからスッスの報告書にもしつこいほど変わっている、と」

確かに変わっている。何か裏があるに違いないと思ってしまう。
世の中は全て金だと豪語するものが多い冒険者のなかで、タケルはまさに変わり者。馬鹿丁寧な喋り方に謙虚な姿勢、それだけでかなり浮いた存在となる。

「素材鑑定士のグリットによりますと、タケル氏が持ち込む素材はどれもこれも一流品だということです。グリットに盗難品の可能性を問うたら逆に叱られました。何処でこれだけの品を盗めるのか、盗んだとしても彼は多くを望まず、言われたままの金額で素直に応じるのだと」
「盗んだ品なら高く売りつけようと考えるからか」
「左様ですな。金額交渉は一切しないそうですよ。幾らになるのかわからないから全て任せる、と。グリットは逆に試されているのだと肝が冷えたそうです」

タケルの持ち込む品はギルド内でも既に有名だ。
ランクFの野草からランクCの貴重な薬草まで、全てにおいて色が良く葉も茎も大きく、市場に流通しているものより効能が多いのだとか。それを通常価格で構わないと言うのだから、これにはグリットが焦った。価値あるものには相応の値段を付けなければならないと熱弁し、タケルに無知で申し訳ないと頭を下げさせたのだ。

「欲が無ぇのか馬鹿なのか」
「あの方と話をしましたが、とても愚か者だとは思いませんでしたよ。高度な教育を受けられたような知性を感じます」
「田舎の出だと聞いてるぜ?学問を何処で習ったってんだ」
「わかりませんよ。あまり深く追及してしまうと、彼はふらっと居なくなってしまうのでは、とアリアンナが申しておりました」
「隠していることがあんのか?」
「私の鑑定眼には悪意など感じられませんでしたが、誰しも隠したいことの1つや2つ、あるでしょう」
「しかしなあ…むううう…」

丁寧なところが怪しい。欲が無いところも怪しい。多くを望まないところも怪しい。でかい図体にも拘らず一切の威圧を感じさせないところも怪しい。図書館に通うのも怪しい。無償で何かをするのも怪しい。何も企んでいないのすら怪しい。

「トバイロンの森にも採取に行っているのか?あそこはランクCモンスターが出るだろう」
「…毎回無傷で戻ってきているようです」
「無傷か」
「無傷です」
「怪しい」
「我々の見解はタケル氏にはモンスターに対してそこそこの腕がある、と見ております。ご存知ですよね、冒険者登録初日にモンブランクラブを持ち込まれたことを」
「アレもアイツだったか」
「サーペントウルフも難なく倒せるそうです。肉が美味い、とか」
「確かに」
「それからドラゴンの恩恵もあるのではないですか?」
「幼竜か…。あの竜は何処で拾ったと言ってやがんだ」
「卵から孵したと」
「竜騎士でもねぇのに?」
「はい」
「怪しい」
「キリがないですね」

怪しめばキリがない。その通りだ。
本人は目立たないようにコソコソと活動をしているつもりだが、素材採取専門家であるランクF冒険者は既に有名になりつつある。ドラゴンの幼竜を相棒に持ち、高級宿に連泊し、湯屋に日々通い詰め掃除をし、図書館で読書。ちなみに図書館で本を読むものは学のある証拠であり、時間と金に余裕がありますよ、と言っているようなものだ。

「マスター、タケル氏を怪しむのは宜しいのですが、彼は絶対他にやらないでくださいよ」
「むうう」
「もしダンゼライの『シリウス』なんぞに移ろうものなら、きっとグリットが激怒します。アリアンナも泣くでしょうね。湯屋の主には責められるでしょう」
「そこまで人望があるのか?」
「はい。私も彼はこのエウロパに必要な人材だと思っています」
「おめぇもかよ」
「面白いですよ、彼は」
「逢ってみてぇとは思うな」
「そうでしょう、そうでしょう」

ウェイドの口車にまんまと乗せられた気もするが、ギルドマスターは悪い気はしなかった。80と数年生きてきて、60と数年冒険者をやってきた。その野生の勘が言うのだ。タケルには何かがあると。
それが吉と出るか凶と出るかはわからない。しかし、信頼できる部下の言葉を無下にするわけにはいかない。
仕方なしに逢ってみようと思う反面、逢いたくてうずうずしているのも正直な気持ちである。

誰もが怯む威圧の中でケロリとしてみせた眠たげな眼の青年。



数々の伝説を残す青年との出会いまで、あと少し。







余談



「あのな、スッス」
「なんすか?」
「その喋り方だが…」
「!!絶対になおさないっすよ!これはおいらのぎょうずっす!」
「矜持だろう」
「絶対に無理っす無理っす!譲らないっす!小人族の誇りっす!」
「…わかったから落ち着け」
「イヤっす~~~!絶対に無理っす~~~!」
「………はあ」




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