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第2章 地球活動編

第132話 妹の想い 遊馬壬 二節 聖者襲撃編

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「道夫、貴様何ちゅうことしてくれたんや!」

「すまん……」

 泣き叫ぶような村の役員から浴びせられる怒号に、道夫のおっちゃんは顎が胸につくほどうなだれていた。
 奴らはライト、じん真白ましろを封印系の魔術道具マジックアイテムで拘束すると、ライトを地下牢へぶち込み、ほたる以外のじん真白ましろを含めた重役達に村の寄合所で謹慎するよう指示してきた。
 反逆を企てたじん真白ましろを野放しにするのも、このいかれた腕輪のせいだ。
 現に今のじんの身体能力は子供程度に落ちている。さらに魔術も使用不可となっている。この魔術道具マジックアイテムからは審議会の任務で守護した神具クラスの圧迫感を感じる。じん達にこの腕輪を破壊する力などない。

「でもよぉ、道夫が知らせなきゃ、呪いとやらで俺の家内や餓鬼達も……」

 幹部の一人が苦悶の表情で口から言葉を絞り出す。

「だからと言って未来のある若い奴らに私達の業のつけを払わせる気ですか!?」

 普段穏やかな父が凄まじい憤怒を顔に張らしながらも、激高している。

「ふん、お前は娘のほたるちゃんを助けたいだけじゃろ」

「私も親、そんなの当たり前でしょう。だが、それとこれとはまた別の話だ。私は若者を死地に追いやることに貴方は耐えられるのかと聞いているのです」

「ぐっ! しかしっ!!」

「遊馬のいう通りだ。もう儂は若い衆が死んで行くのを見るのは嫌じゃ……」

「くく……もう手遅れだ! そこのボンクラが俺達を嵌めてくれたおかげでなぁ!」

「ならお前は家族を見殺しにしろというのか!?」

「致し方あるまい。おそらく、ライト殿が――彼が俺達を開放してくれる最後の希望だったのだぞっ!!」

 罵り合い、取っ組み合いなどの悶着を起す役員、項垂れて泣き出す役員、普段若いじん達の眼前では決してしないような醜態を見せている。
 そんな村の役員達の姿をじんはぼんやりと眺めていた。気持ちは恐ろしいほど空虚で、この結果を受け入れてしまっている。
 そうさ。負けた……じん達は完膚なきまでに負けたんだ。
 あのライトとの実習の一戦以来、じん真白ましろは【空月】の正体を徹底的に調査した。ぼんやりとだが、【空月】の存在が今の村の現状を打破する切っ掛けとなる。そう思えたから。
 審議会のデータベースに潜り込み、幾十もの厳重なプロテクトを突破した先で明神高校一年《殲滅戦域》所属――《ライト》の情報にぶち当たる。
 この《ライト》の情報を掴んだ際に審議会の情報管理部に勘づかれた恐れがあった。だから慎重を期して十分な期間を開けることにしていた。
 そんなとき事件が起きる。海底都市の拉致事件と闇帝国ダークエンパイアの崩壊だ。
 真白ましろの制止も聞かず、じんは審議会のデータベースに昨日の晩、潜り込むことを決意する。その理由は三つ。
 一つ目は、闇帝国ダークエンパイアの件で現在情報管理部が情報を徹夜でまとめている最中であり、目的となる情報のハッキングの難易度は普段と比較にならないほど容易になる可能性が高いこと。
 二つ目は、あれほどの大事件なら審議会には莫大な量の未整理の闇帝国ダークエンパイアの事件の情報が集められているはずであり、当然に本来A級以上の秘匿情報も、他の情報に埋もれて存在し、他のなんてことはない情報と同じ難易度で手に入れられる可能性があること。
 三つ目は、じんの勘だ。勘と言っても、根拠はちゃんとあるし、じんが踏み切った最も大きな理由でもある。
 それは偶然、廊下で《ブライ》と話す《崩壊王子》の口から《ライト》の名前を耳にしたことだ。《崩壊王子》や《ブライ》が東京支部に来ることなど重大事件が起きたときくらい。そして近時の東京付近での重大事件は件の海底都市の事件以外あり得ない。
 
 こうして意を決してハッキングを決行したわけであるが、案の定、情報部の機能の大部分が情報の編集に集中していたせいか、審議会のデータベースのプロテクトはザルだった。
 そして、データベースにハッキングした結果、じんは最も得たい情報を獲得する。
 それは海底都市で吸血種が起こしたあの拉致事件を処理したのが《ライト》である事実。
 ライトが《ブライ》と互角の戦闘を演じた吸血種を楽々悶絶させ、《ブライ》を超える白髪の吸血種を圧倒した事実。さらに、ライトの性格等も詳細に記載されていた。
 ライトならじん達の置かれた状況を知れば、自身で適当な理由をつけて救ってくれる。じんの本能が全力でそう確信していた。
 だから審議会に気付かれるのを覚悟で、一世一代の賭けにでた。計画は途中まですこぶる順調だった。
 ライトはじんの予想通り、交渉のテーブルにつき、この村に足を運んでくれた。
 よそ者を招きいれる際に使われる豚女神共の監視用の部屋に、有りっ丈の感知阻害用の魔術道具マジックアイテムを設置した。
 順調に進んでいた計画は実にあっさりひっくり返される。それも助けを求めたはずのじん達、雨女河村の村民の手によって。もっと村の動向に目を向けるべきだった。そうすれば、家族を盾に脅されていた村民の存在に気付けたものを。
 しかし、愚かなじんは気付けず、ライトにこのクソッタレな腕輪がされてしまう。この腕輪は神具。神が造りしものを人間が破壊できるものか。それは例えライトでも変わりはしないだろう。最後の望みのライトが無力化された以上、もはやじんに打つ手はない。
 次期に、ライトとじん達は奴らの餌となる。もう勝敗は決したのだ。

「止めい!!」

 突如、部屋内に大婆様の声が雷鳴のごとく轟く。声を荒げる事など滅多にない大婆様の声に、皆争いを止めて大婆様に視線を向ける。

「少しも聞こえんわ! 静かにしていろ!」

 大婆様は天井を見上げ、両眼をカッと見開く。

『――――私はこの雨女河村で生まれました』

 放送事務から流れる声。その声には覚えがあった。それは、じんが今最も気かがりで愛する妹の声。
 以前の透き通るような綺麗な声は、今やすっかり変わりはてた嗄れ声になっている。それなのに、ほたるの声にはじんも生まれて初めて耳にするほどの力強さがあった。
 
『この村は怖い女の人達が我が物顔で威張り散らし、辛い事ばかりある、大好きな人達が次々といなくなる、そんな最低な場所。だから――私はこの村が大っ嫌いでした』

 じんほたるのこの気持ちにはずっと昔に気付いていた。
 女神共の気まぐれで幼い友達が目の前で殺される。隣の親切なおばさんが次の日にいなくなる。父と母が殴られ、蹴らる。それが日常化した空間。じんの記憶のほたるはいつも泣いていた。

『早くこの村を出たかった。何もかも忘れて、都会でくらして、一生涯の友達に会ってテレビドラマのようなワイワイガヤガヤ馬鹿やって、そして――そして、普通の恋をして、結婚して、子供を産む。子供は沢山がいいな、賑やかだし、何より幸せそう。
 そして、静かにおばあちゃんになって、沢山の子供や孫に囲まれて安らかに息を引き取る。これが私の夢』

ほたるちゃん……」

 盤井のおっさんが悲痛たっぷりの声を上げる。
 十五歳の少女としては平凡な夢だ。でもほたるにとってはあくまで夢。決して叶うことない蜃気楼。まるでマッチ売りの少女のマッチの炎に映しだされる幸せの光景にように、この村では歳が経つごとに煙のように消える。

『私が巫女に選ばれて、この私の夢が泡になったあの日、私はこの村を憎んだ。あの災いしか運んでこない女神たちを憎んだ。勝手な都合のために私の幸せを奪う和泉家を憎んだ。
そして誰も助けてくれない村の人達を憎んだ。何より、運命になすすべもない私の無力さを憎んだ』

 それは憎いだろう。憎いはずだ。女神共 がほたるにしたことは、女として価値そのものを否定する行為。そして、それは見て見ぬふりをしてきたじん達も同罪だ。
 
『でも駄目ね。結局憎み切れなかった。
 だってこの村には嫌な事以上に、楽しい事も沢山あったんだもの。
 ――家でお菓子をご馳走してくれたお爺さんとお婆さん。
 ――幼い迷子の私の手を引いて、家まで送り届けてくれたお兄さんたち。
 ――おばさん達と畑で食べたよく熟したトマトもとても美味しかった。
 全部私の大切な思い出』

 何度もほたるを泣かせ、裏切ってばかりの村を、お前はそう思ってくれるのか。

『私は普段は穏やかだけど怒ると怖いお父さんが大好きだし、とっても、とっても優しいお母さんも大好き。過保護すぎるくらい心配性な兄さんが大好きだし、病気になっても何度も励ましてくれた真白ましろお姉ちゃんが大好き。
 厳しいけど親切な盤井の叔父様も大好きだし、身体を心配してくれる大婆様も大好き。いつもに気にかけてくれるキミコさんも大好きだし、お隣のよっちゃんも大好き。パン屋の叔父さんおばさんも大好き。皆、皆大好き!』

ほたるぅ!!」

 父の号泣を契機に至るところからすすり泣く声が聞こえる。
 真白ましろも蹲って声を凝らして泣き出す。
 大婆様も天に顔を上げつつ身体を震わせている。その目頭には僅かに涙が滲んでいた。

『だから私は止める。諦めるのを止める。
 もう奪われるだけなんてまっぴらだ。村の皆の泣き顔を見るだけなんてまっぴらだ。
 私の力はちっぽけだけど、でも守って見せる。大好きな人を守って見せる。もう二度とあんな奴らに奪わせはしない! もう二度と誰も泣かせやしない!』

 そのほたるの声は奇妙なほど力強く、そして強烈な熱を持っていた。
 ――顎を胸につけていた役員が顔を上げる。
 ――力なく床に崩れて落ちていた役員の拳に力が籠る。
 ――死んだような老婆の目に光が灯る。

『あの人は言いました。君らの悪夢は今日で終わると! 僕が保障すると! 
 私には魔術の事はほとんどわかりません。
 でも、あの人は神童と呼ばれた兄さんが連れて来てくれた魔術師です。雨女河村最高の魔術師と称された真白ましろお姉ちゃんが連れて来てくれた人です。その人ができると言ったんです。できないはずがありません。何より――私はあの人を信じています』

 ほたるは言葉を切る。
 
 じんも立ち上がる。胸の芯がポカポカと熱く、右拳に力を籠める。
 気が付くと部屋の全員が立ち上がっていた。その顔には悲壮でもなく、絶望でもない。ただ激烈な決意に溢れていた。

『私達の悪夢も絶望も今日で終わりです』

 突如、鬼も裸足で逃げ出すような大声が天に放たれる。

                ◆
                ◆
                ◆

「婆さんや」

 民家の縁側で浴衣姿で腰を降ろしていた老夫婦の老夫が声をかける。

「ええ、わかっていますよ」

 老婆が立ち上がり、奥から二つの杖と鉢巻きを持ってくる。
 老夫はすくと立ち上がり、頭に鉢巻きを巻くと、袖をまくり上げる。そして、老婆から杖を受け取る。

「行きましょう」

 老婆の言葉に、無言で老夫は頷くと玄関口へ向かった。

                ◆
                ◆
                ◆

ほたるちゃん……」

 茶髪の坊主の青年の呟く声は震えていた。

「迷子の私の手を引いて、家まで送り届けてくれたお兄さん達だってよ?
あんな昔のこと、まだ覚えてたんだな……」

 ニット帽を被った黒髪の青年が頭を掻くと、右手の木刀を握り締め、神社を睨みつける。

「終わらせるぞ」

「んなことはわかってる! 命令すんじゃねぇよ!」

 服の裾で目をこすると、茶髪の坊主の青年が両手に布を固く巻き、二人は放送事務所へ向けて歩き出す。

                ◆
                ◆
                ◆

ほたるちゃん、立派になったなぁ~、そう思わんか?」

 畑仕事をしていた中年の男性が鍬を持つ手を止め、脇の恰幅のいい女性に声をかける。

「そうですねぇ、昔はこんなに小っちゃかったのに……」

 目を潤ませながら、腰に右手の掌を固定する女性。

「ときが流れるのは早いもんだ。このままじゃ、俺達も直ぐに爺だな」

「ほんとに……」

「餓鬼共にこれ以上、俺達のつけを払わせるわけにもいかんよなぁ」

「ですね」

「行くか」

「はい」

 中年夫婦は鍬と鉈を片手に放送事務所へ向かう

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