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第2章 地球活動編

第133話 怪物の片鱗 遊馬壬 二節 聖者襲撃編

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「今、雨女河村のほぼ全村民が放送事務所へ集まっているとの報告があった」

 盤井のおっさんがグルリと一同を見渡し、噛みしめるように言葉を発すると、歓声が複数の村役員達から上がる。

「儂らも合流し、村民を連れて近くの小学校の校舎へ向かう。あの場所なら籠城にはもってこいだ」

「し、しかし籠城に意味などあるんか?」

「信じるしかあるまいて。所詮、儂らにできる事は時間稼ぎ。あの子はそれに賭けたんじゃ。大人の儂らが信じられんでどうする」

 道夫のおっちゃんの言葉に大婆様がその右肩に手を置き、諭すように語りかける。

「そうは言っても、人質に取られた家内は?」

「おとん! いい加減にせ――」

「は~い、残念っ!!」

 真白ましろ嚇怒かくどの声は甘ったるい声に遮られる。
 天井には豚女神のしもべの三つ編みの天族が不潔な笑顔を顔一面に漲らせながらも浮遊していた。

「おとん、またあんた?」

 真白ましろが殺気った声を上げ、射殺すような視線を道夫のおっちゃんに向ける。その瞳には肉親に向けるには暖かさが明らかに欠落していた。

「ち、ちゃう、知らへん。わいじゃない!」

「う~ん、あたし達も暇じゃないしぃ、もめるならあとで勝手にやってねぇ~。
 今すぐ、武装を解きなさい。ママが新たな生贄の追加で手を打つってさ」

 三つ編み天族の凍りつくような声に身体をカタカタと小刻みに震え出す役員達。
 この四十年という月日、この村に君臨してきた存在だ。そう簡単に恐怖をぬぐい切れれば世話はない。審議会の一級のエージェントとしていくつかの死地をくぐっているじんとて、此奴らを視界に入れてから鳥肌が止まらないのだ。魔術師の系譜に生まれたとは言え、役員達は戦闘など碌にしたことがない素人ばかり。抗えという方に無理がある。それなのに、誰の瞳の中には恐怖はあっても、今まで常にあった絶望だけはなかった。
 そして――。

「断る!」

 大婆様の割れ鐘をつくような大声が部屋中に鳴り響く。
 不快そうに顔をしかめると、刹那三つ編み天族の姿が霞み、大婆様の背後で天に掲げた右手を振り下ろす。
 ボキンッ、肉と骨が拉げる音。大婆様の右腕は根元から捻じれ、あらぬ方向へと向いていた。

「クズ蟲共が、五月蠅いなぁ~、面倒ぃなぁ~」

 右腕が根元から捻じれているのだ。七転八倒の痛みのはずだ。なのに大婆様は悲鳴どころか、眉ひとつ動かさず、三つ編みの天族を睥睨する。

「ふん、そのクズ蟲に寄生している寄生虫に過ぎない貴様らが大層な口を利くな」

「寄生虫? 私達がぁ? ママどうするの? こいつらこんなことを言ってるよ?」

 天を仰ぎ見てボソボソと呟いていたが、ニタァと目尻を下げる三つ編み天族。

「了解。御愁傷様、クズ蟲共は生贄候補以外、すべて駆除しろ。だってぇ~」

 気が付くと三つ編み天族の右手には煌びやかな装飾がなされた長剣が握られていた。

「来るぞ! じん真白ましろだけでも――」

「だ~め!」

 三つ編み天族の姿が霞むと、一瞬でそこは阿鼻叫喚の戦場と化していた。
 利き腕を失ったもの、壁に叩きつけられ呻き声を上げている者、頭から多量の血を流しているもの。
 しかし、不自然なくらい一人も死んではいない。じん真白ましろも手足の腱でも切られたのか、ピクリとも動かないが、命には全くの別状はなかった。
 理由は見下ろしているクソ天族の快楽に歪んだ顔を見れば明らかだ。

「醜い人間のしかも、クソ婆が、私達天族に対してはいた暴言、今からたっぷりと味わわせてあ・げ・る」

 壁に寄りかかっている大婆様に近づくと、その足に長剣を突き立てる。

「天族? ほほ……初めて知った。天族とは人間に首を垂れる寄生虫のことをいうのか?」

 血を吐き出しながらも、三つ編み天族を見て嘲笑する大婆様。

「な~んですてぇ~?」

 眉をピクピクと痙攣させる三つ編み天族。

「ほっほほ、天族きせいちゅうには人間様の高尚な言葉は到底理解できないか。致し方あるまいな。なら貴様ら寄生虫にも通じる言語で宣言してやる。耳の穴かっぽじって聞くがよい」

「ババア!!」

 額に太い青筋を張らせながら長剣で大婆様を何度もザクザクと突き刺す三つ編み天族。

「貴様らは……もう破滅だ。じきにライト殿が……貴様らを……地獄に導く」

「はぁ? ライトってあの《殲滅戦域》の間抜けの事ぉ?
 無理、無理、無理よぉ、だってあいつには神具による拘束が――」

「神具による拘束ねぇ~」

 自然に部屋中の視線は声のする入口付近へと移動する。そこには右手に嵌められている神具を摩りながら、扉の傍の壁に寄りかかるライトがいた。
                ◆
                ◆
                ◆

「どうやってこの部屋に入った? 隠密系のスキル?」

 大婆様から長剣を引き抜くと、顎を引き、身体を屈め、ライトに向けて警戒態勢に入る三つ編み天族。

「いや、僕に隠密系のスキルなんてないよ。まあ作ろうと思えばいつでも作れるけど、害虫駆除にそんな大層なもの必要ない。作る気は毛頭ないね」

「ならどうやって?」

「決まってんだろ。入口からだよ」

「あの子達が正面玄関に五人、裏口に三人いる。突破は不可能だ」

「ああ、確かにいたね。適当にボコっといた。でも、心配いらないよ。多分、殺しちゃいない。
(まあ君らの処理は思金神おもいかねに全部任せるつもりだから、ここで僕に殺された方がよほど幸せかもしれないけどね)」

「出鱈目を! 神具の拘束下にあるお前にあの子達を倒すなど無理に決まってる」

 その通りだ。あれは神具。ライトでもそうやすやすと破壊など不可能。何より腕輪はまだ両手首に嵌められたままであり、効果は持続しているはず。

「そんな事言われてもね。真実だし」

「そんなの信じられるか!」

「ウザい」

 瞬き一つしていないのに、まるで湧き出たように三つ編み天族の背後に出現するライト。ライトの裏拳が爆風を巻き起こし、三つ編み天族の頭部に妙にゆっくりと吸い込まれる。   
 ドンッと爆撃機のミサイルが着弾したような轟音を上げて、三つ編み天族は一直線で壁に叩きつけられる。その衝撃で建物全体が大地震でもあったかのように振動し、三つ編み天族の身体は壁に深くめり込み、その周囲には小規模なクレーターを形成していた。

「アが……」

 頭が状況を把握することを否定する。
 ライトには依然としてあの拘束系の神具の腕輪がはめられているが、効き目があるようにはお世辞にも見えない。

「少し、そこで大人しくしてな。君には少々聞きたいことがある」

 ライトは壁にめり込んでいる三つ編み天族を一瞥もせずに、大婆様に近づくと、身体を起し、いつの間にか右手に持っていた透明の瓶の中の赤色の液体を飲ませる。
 それは数秒。刹那のようなときで瀕死の大婆様の全ての傷が消失していた。

「ば、馬鹿な……」

 絶句する大婆様を尻目に、ライトは次々と赤色の液体を部屋中にいる村人たちに呑ませていく。回復した役員達は大婆様のもとへよろめきながらも集まっていく。
 最後のじんも赤色の液体を口にする。喉に通しただけで、痛みが嘘のように引いていく。これはHP回復薬ポーションなんだろうか? だが瀕死の重傷者を一瞬で癒すHP回復薬ポーションなどいくらするのか見当もつかない。それをこの部屋の役員に人数分使う? 少なくとも円で数億に達するのは間違いない。
 審議会の資料には赤色の雨により、負傷者達、千切られた《ブライ》の腕までも一瞬で再生したと記載されていた。赤色の雨の正体がこのHP回復薬ポーションなのだろうか? 
審議会もHP回復薬ポーションの可能性についての指摘もあった。だが《ブライ》すら癒すHP回復薬ポーションなど伝説級の代物。仮にライトが伝説級のHP回復薬ポーションを所持していたとしても、雨として降らせるなど非効率的にすぎるし、天文学的な金額となる。だから、明確に否定されていた。
 だが、今の液体はHP回復薬ポーションとしかじんには思えない。
だとしたら、ライトは――。

じん、お婆さん達と一緒に隣の部屋へ移動しろ」

 ボソリとじんの耳付近で呟くと三つ編み天族に振り向くライト。
 
「ひっ!?」

 傍を通り過ぎるとき、ライトの顔を網膜に映しだし口から悲鳴が漏れる。口端がつり上がった顔はまさに悪鬼。人が浮かべてよい表情では決してない。じんにはこれからなされる行為がぼんやりではあるが予想がついた。
 大婆様の元へ走り、直ちに隣に移動するように指示する。皆、傷が瞬く間に治るという非常識な経験からか、抵抗する余裕すら消失しており、真白ましろを含め、すんなりその指示に従った。
 部屋を出ようとするそのとき、ライトの右手に透き通るような紅の刀剣が握られているのが視界に入る。多分、あの刀剣は一部の生徒で噂になっている実習でじん真白ましろの気絶後、ライトが顕現させたものだろう。
 その紅の刀身には紅のオーラが蛇のように纏わりつき、その圧により、窓硝子をビリビリと震わせている。

(はは……ありゃあ、桁が違う)

 あの刀剣、じんが今の今まで絶望していたこの拘束型の神具など比較にならないほどの禍々しさを放っている。
 じんはこのとき豚女神達が何の尾を踏んだのかを明確なものとして理解した。
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