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仕官希望

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 永禄四年(1562年)六月 桑名城

 源太郎と於市は、数え歳で十六歳になり、源太郎の背丈は、六尺に届くまでになった。

 そしてこの春、於市が懐妊した。
 源太郎もやる事はやっていたのだが、於市の身体の成熟を待っていた為に、このタイミングだった。於市は、この時代の女性では珍しく五尺二寸(約157.5cm)あり、大柄な方だ。胸の発育も素晴らしい。源太郎が既に六尺を超える体格だから気にならないが。

「旦那様、また仕官希望者が来てたのですか?」

 少し膨らみ始めたお腹を、慈しむように撫でながら、源太郎が先程面会していた、仕官希望者の事を聞く。

「あゝ、大和の生まれだそうだが、河内守護、畠山高政殿が、教興寺の戦いで敗れて、紀伊に逃げたのを機会に出奔したらしい」

「大和から伊賀経由で、来られた訳ですね」

 源太郎が頷く。


 北畠家に仕官を希望して来たのは、「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われるほどの武将だった、島清興。通称、島左近だった。

 河内の守護で、大和国にも勢力を持つ畠山氏に仕えていた。今年の五月、畠山高政が三好長慶と戦った教興寺の戦いに参加したが、高政は敗北し、清興も敗走したらしい。
 畠山高政が紀伊に逃げたのを機に、畠山氏を見限り、妻と小さな子供を連れて、北畠家に仕官を希望した。

「武将としての能力は問題ないし、何より小さな乳飲子を連れて、ここまで来てくれたんだから、侍大将として受け入れたよ。今小平太に色々案内させている」

 そう於市に言いながら、有名な武将を家臣に出来て、心の中では小躍りする源太郎だった。

 因みに小平太とは、榊原亀丸の事だ。
 小平太は、源太郎の一歳下の数え年で十五歳。
 そろそろ元服だが、史実通りに榊原康政とはし辛い。家康の康の字は流石に使えない。

(榊原具政で良いか?)


 他にも有名どころを配下に加えたいが、流石に生まれ年など覚えている筈もなし、どこに居るかもしれない人物を、貴重な忍びを動かすのも忍びない。


「さて、小平太。馬術訓練に行くか!」

「うっ……、馬術ですか」

「なんだよ小平太、馬術苦手か?」

 馬術と聞いてひるんだ小平太を、佐助がニヤニヤしながらからかう。

「苦手じゃない!……ただ、あの馬が大き過ぎるんだ」

 小平太は、源太郎よりひとつ年下で、栄養状態も良い為、比較的体格も立派だが、まだ他の馬廻り衆達程、身体が大きくないせいで、デストリアの様な重種に、馴れていないようだ。

「小平太、私の側に居るなら馬術は必須ですよ」

 源太郎に、そう言われると小平太も従うしかない。
 横で笑う佐助を睨むが、佐助には堪えない。


 伊勢を統一した後、領内の整備や農政改革、産業振興以外、目立って動いていない様に見える。
 ただ、この数年は、伊賀忍軍と甲賀忍軍は、各国の情報収集に忙しく働き、源太郎の父具教は、隠居したものの、重臣と六角家の調略に動いていた。


 源太郎が、小平太と佐助を連れて、馬術訓練の為、馬場へ行くと島左近が、重種の馬に苦戦していた。

「ゆっくりと馴れれば良いぞ、左近」

「あっ!これは殿、お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたか」

 源太郎が左近に声を掛けると、左近が恥ずかしそうに照れる。

「なに、今まで乗ってきた馬とは、大きさが違うのだから、手足の様に操れるよう訓練すればいい」

 左近は、重種騎馬部隊の指揮官候補なので、馬に馴れて貰わないといけない。

 左近や小平太の馬術訓練に付き合い、訓練後左近の鎧の意匠を決める打ち合わせもある。
 指揮官の装備する鎧は、基本的なデザインと機能は統一されているが、前立てや細かな意匠、ショルダーアーマーの色など、個性を出すことができる。
 戦国武将にとって、戦場で目立つのは当然の事で、味方も総大将や指揮官を見て直ぐにわかるという事は、士気を上げる役目もある。
 北畠家、重種騎馬部隊については、その姿を見れば敵が恐れるという効果もある。
 源太郎としては、戦場で指揮官が目立つと、狙いうちされる危険があると思うのだが、自分達を見た敵を恐怖で士気を下げ、逃げだす雑兵も多数いるのを見ている為、効果があるのだろう。




 永禄四年(1562年)六月 清洲城

「どうだ彦右衛門」

 信長は一言だけ、滝川一益に聞く。
 何が、とは聞いてはいけない。それを察する事が出来る家臣が重宝される。
 滝川一益は、織田家の諜報部門を統括する責任者である。滝川一族は、甲賀で修行した事もあり、忍びの運用に長けている。

「先ず、同盟を結んだ松平ですが、独力では厳しいかもしれません。今川が力を落としましたが、三河では一向宗に手を焼いているようです」

 一向宗と聞いた信長の顔が苦いものになる。
 信長の膝下にも長島がある。
 長島はもともと「七島」であり、尾張国と伊勢国の国境にある木曽川、揖斐川、長良川の河口付近の輪中地帯。幾筋にも枝分かれした木曽川の流れによって陸地から隔絶された地域である。

 文亀元年、杉江の地に願証寺が創建され、蓮如の六男・蓮淳が住職となる。以後、本願寺門徒は地元の国人領主層を取り込み、地域を完全に支配し、後に長島の周りに防衛のため中江砦・大鳥居砦などを徐々に増設し武装化した。
 この地は地形的に、大軍で攻めるに向かず、美濃を抑えた後の懸案事項だったが、北畠家と同盟を結べたのは、信長にとって有り難い事だった。

「美濃は義龍の死で、大分揺らいでいる様です。跡を継いだ龍興が若年の事もあり、また器量も殿の義弟殿と違い、家臣団に器に非ずと見られておるようです」

「それでも稲葉山を攻めるには、時間がかかるであろうな」

「次に、六角ですが、左京大夫が嫡男義治に家督を譲りましたが、野良田の戦で浅井に敗戦してから、義治よりも、弟の義定を当主に押す国人も出る始末です。北畠家の調略も進んでいるようです」

「ふむ、それで浅井はどうだ」

「野良田の戦以降、六角に佐和山城を落とされるなど、中々に厳しい状況ではあります」

 信長が考え込む。

「浅井との同盟、どう考える」

 側で信長と滝川一益の話を聞いていた、村井貞勝に話を振る。

「緩やかな不戦の同盟で良いでしょう。隠居した父の下野守殿も影響力を保っていますし、下野守殿は、父の代より朝倉との関係に固執しているようで、織田との同盟を快く思わないでしょう」

「うむ、そんな場所にお犬を嫁がせるのは、かわいそうか……」

 この後、信長は美濃攻略に本腰を入れる。翌年には、小牧山城に居城を移し、美濃攻略の拠点とする。



 永禄四年(1562年)六月 観音寺城

「クソッ!」

 観音寺城の一室で、六角義治が一人苛立っていた。
 浅井家との野良田での戦いで、二倍以上の兵を擁しながら、敗戦して以降、義治への風当たりは強くなっている。
 六角家の当主となったが、未だに婚姻が決まらない事も、義治を苛立たせる一因になっていた。
 対して、北伊勢を統一した北畠家の若き当主。自分より二歳年下でありながら、戦をすれば連戦連勝、伊勢志摩を纏め上げ、官位も高く婚姻もしている。
 自分との余りの違いに、苛立ちしかない。

「皆んなして馬鹿にしやがって!」

 父六角承禎から、家督を継いだものの、重臣や国人達は、承禎が完全に隠居する事を拒んだ。

 義治の心の中に、苛立ちと焦りが凝り固まっていく。
 宇多源氏佐々木氏の流れを汲む名門六角家に、滅びへの道を歩み始めていた。

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