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織田信長の美濃攻め
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永禄七年(1564年)十月 桑名城
源太郎は、於市と水入らずでゆっくりしていた。
「義兄上は美濃攻めで大変そうだね」
「中々攻めきれないみたいですね。例えば旦那様ならどうなされますか?」
兄の事が心配なのだろう、於市が源太郎に意見を求める。
「う~ん、そうだね。今の斎藤氏なら、私は力業で強引に攻めるだろうけど、義兄上の見本にはならないね」
源太郎は於市の淹れてくれた、お茶を一口飲むと少し考える。
鉄砲の数も少なく、半兵衛のような警戒する武将もいない。今の斎藤家の軍相手なら、力業で蹴散らせば終わるだろう。
ただ尾張兵には当てはまらない。尾張兵は弱兵で知られているからだ。三河兵一人なら尾張兵三人と同じ。武田兵一人なら尾張兵は、五人居なければ釣り合わないと言われる。
だから信長は、美濃の兵を欲しがったのだろう。そうなると調略一択だろう。
「美濃三人衆の調略かな。稲葉伊予守良通殿、安藤日向守守就殿、氏家常陸介直元殿に、出来れば不破光治殿も調略出来れば良いと思う。
墨俣に拠点を築いたんだから、後は周りから崩していくのが、一番被害が少ないと思うよ」
於市は源太郎の意見を聞いて、兄信長へ文を書いて、それとなく話の内容を伝えようと決めた。
永禄七年(1564年)十月 小牧山城
信長が妹の於市から届いた手紙を読んでいた。ここのところ機嫌の悪かった、信長の顔が穏やかになり、周りにいる家臣も安堵する。
「殿、於市様はなんと?」
機嫌の良い信長に、森可成が聞く。
「うむ、三左衛門。於市がな、美濃三人衆を調略せよ、と言うて来おった。義弟殿が不破郡の菩提寺山城の竹中重矩と安藤伊賀守守就の調略を、引き受けてもいいと言うて来ておる」
「竹中重矩はあの竹中半兵衛の弟ですな。やはり竹中半兵衛が、左中将様のもとに仕官したという報告はまことでありましたか」
森可成が残念そうに呟く。
「猿! 稲葉良通、氏家直元、日根野弘就の調略を進めろ!」
「はっ、お任せください」
猿と呼ばれた小柄な男が、では早速と部屋を後にする。
「調略がある程度進んだ時点で、左中将殿に不破郡に軍を出して牽制してもらう。龍興の目が不破関に向かったら、我らも一気に攻勢に出る」
「では我等も稲葉山城を丸裸にしてみせましょう。それにしても墨俣の城の時といい、左中将様には感謝ですな」
「しかしおかしくはありませんか。積極的に我等に助力して、左中将殿に何の益があるのでしょう。何か裏があるのでは?」
森可成がそう言うと、佐々成政が左中将の行動を訝しむ。
「内蔵助、そんな事も分からんとは、猪武者ではいかんぞ。美濃が織田家のもとで落ち着く事は、左中将殿の利にもなるんじゃ」
信長の言葉に佐々成政は首をかしげる。
「内蔵助、分からんか。左中将様は疾風迅雷の勢いで、近江一国をほぼ手中にしたが、それにより北の朝倉と領を接することになった。しかも左中将様は大樹と剣術の兄弟弟子、大樹も左中将様を頼りにしよう。今頃、上洛を促す書状が山程届いていよう」
横で話を聞いていた、柴田勝家にそこまで言われて、やっと理解したようだ。
「権六の言うとおりよ。北に朝倉、上洛するとなれば西に三好、これで東の斎藤となれば、左中将殿も辛かろう。織田家のもとで美濃が落ち着く事は、左中将殿にとっても助けになるのじゃ」
「これで美濃を取れれば、美濃と近江、美濃から桑名と街道を整備すれば、織田領内は賑わいますな」
村井貞勝の言葉に信長も頷く。
どちらの領内も楽市楽座を実施しているので、街道を整備して関を廃するだけで、経済が活性化するだろう。
「時期を見て左中将殿に繋ぎを入れよ」
「「「はっ!」」」
永禄七年(1564年)十二月 桑名城
「はぁ~~」
源太郎が大きな溜め息をついて、手に持つ書状を投げ捨てた。
「また公方様ですか?」
書状を拾い、源太郎の態度で大体の事を察した半兵衛が聞く。
「あぁ、やっと上総介殿が美濃をあと一歩というところまで来ているのに……」
「織田と斎藤の和睦を画策されていますか?」
半兵衛の言葉に源太郎が顔をしかめる。
「今更、和睦など有り得ん。和睦がなれば公方様の権威の証明になると、思われているのだろう」
「朝倉、北畠、織田、斎藤と結んで上洛して、三好を討ち砕けと?」
半兵衛がおかしそうに言う。
「有り得ん話だろう?」
「今しばらくは、近江の一向宗を抑える必要もありますし、開発はこれ以上ない程順調ですが、新規の兵達の訓練と教育が、追いついていませんから」
北畠家の兵は専業兵士だが、新兵訓練と規律を守るための道徳教育が必要で、それが一朝一夕にはいかない。
「工兵部隊と兵站部隊の増員も急務だからな」
「殿のお陰で北の砦郡は完成しましたし、これで朝倉であろうが、一向宗であろうが、何万で攻め込んでも抜く事叶いますまい」
「あぁ、後は朝廷工作で延暦寺を糾弾する世情を煽り、延暦寺の力を根こそぎ削がねばならないな」
「坂本は一度更地にする位でも良いと思います」
半兵衛が過激な発言をするが、それほどこの時期の延暦寺の僧は、坂本に住み好き勝手、やりたい放題で、朝廷をも恫喝する有様だった。
北畠領内では、宗教勢力の動きは活発ではない。民は飢える事なく暮らせ、寒さに凍える事もなく、豊かに暮らせる北畠領内では、一向宗を始めとする宗教にすがる理由がない。
近江でも、先の心配が無くなれば、一揆に走る者も少なくなるだろう。
「若狭も酷い有様ですから。お家騒動と内乱で何時までも落ち着きません」
「駿河湾は欲しいが、武田治部少輔義統の室は、大樹の妹、母御は私の叔母上だからな。
駿河湾を取れば内乱に首を突っ込む事になる。それ以前に、攻めるという事だからな」
「織田殿が美濃を取った後が望ましいですね」
北畠家にとっても駿河湾は、日本海側での交易基地のために、是非とも欲しい地だった。
金ヶ崎城を落とせば駿河湾が手に入る。
木ノ芽峠に砦か城を築いて防御を固めれば、越前から何万の兵で攻めて来ても、援軍が来るまで持ち堪えることは容易いだろう。
どちらにしても来年以降だろうと、考えを頭から追い出す。
北畠軍が不破関を抜け、菩提寺山城付近に陣を敷く。既に、菩提寺山城の竹中重矩は北畠家に下っている。
美濃三人衆を調略で崩した信長は、斎藤龍興が不破郡の北畠軍に向け兵を動かした。
信長は稲葉山城を出た斎藤軍を、一軍を派遣して北畠軍と挟み込むと、これを撃破。機を見て稲葉山城を包囲し一気に攻め立て、とうとう稲葉山城を陥落させた。
信長は、稲葉山城に移り、この地を岐阜と改め、稲葉山城も岐阜城とした。
ここに史実よりも早く美濃を手に入れた信長だが、史実と違い伊勢から近江は、北畠家の支配領域になっていた。
尾張と美濃を合わせるとおよそ百万石。それに対して、伊勢志摩から伊賀と近江を加えた北畠家は、約百五十万石。
さらに源太郎の農政改革により、実際の石高はその数倍になる。
今後、信長がどう出るのか?それは源太郎にも分からない。既に信長は、天下布武の印を使用していない。
北畠と協力して三好を討ち払い、西を目指すのか、どちらにしても織田家と協力して、宗教勢力の力を削がなければならないと源太郎は思っていた。
源太郎は、於市と水入らずでゆっくりしていた。
「義兄上は美濃攻めで大変そうだね」
「中々攻めきれないみたいですね。例えば旦那様ならどうなされますか?」
兄の事が心配なのだろう、於市が源太郎に意見を求める。
「う~ん、そうだね。今の斎藤氏なら、私は力業で強引に攻めるだろうけど、義兄上の見本にはならないね」
源太郎は於市の淹れてくれた、お茶を一口飲むと少し考える。
鉄砲の数も少なく、半兵衛のような警戒する武将もいない。今の斎藤家の軍相手なら、力業で蹴散らせば終わるだろう。
ただ尾張兵には当てはまらない。尾張兵は弱兵で知られているからだ。三河兵一人なら尾張兵三人と同じ。武田兵一人なら尾張兵は、五人居なければ釣り合わないと言われる。
だから信長は、美濃の兵を欲しがったのだろう。そうなると調略一択だろう。
「美濃三人衆の調略かな。稲葉伊予守良通殿、安藤日向守守就殿、氏家常陸介直元殿に、出来れば不破光治殿も調略出来れば良いと思う。
墨俣に拠点を築いたんだから、後は周りから崩していくのが、一番被害が少ないと思うよ」
於市は源太郎の意見を聞いて、兄信長へ文を書いて、それとなく話の内容を伝えようと決めた。
永禄七年(1564年)十月 小牧山城
信長が妹の於市から届いた手紙を読んでいた。ここのところ機嫌の悪かった、信長の顔が穏やかになり、周りにいる家臣も安堵する。
「殿、於市様はなんと?」
機嫌の良い信長に、森可成が聞く。
「うむ、三左衛門。於市がな、美濃三人衆を調略せよ、と言うて来おった。義弟殿が不破郡の菩提寺山城の竹中重矩と安藤伊賀守守就の調略を、引き受けてもいいと言うて来ておる」
「竹中重矩はあの竹中半兵衛の弟ですな。やはり竹中半兵衛が、左中将様のもとに仕官したという報告はまことでありましたか」
森可成が残念そうに呟く。
「猿! 稲葉良通、氏家直元、日根野弘就の調略を進めろ!」
「はっ、お任せください」
猿と呼ばれた小柄な男が、では早速と部屋を後にする。
「調略がある程度進んだ時点で、左中将殿に不破郡に軍を出して牽制してもらう。龍興の目が不破関に向かったら、我らも一気に攻勢に出る」
「では我等も稲葉山城を丸裸にしてみせましょう。それにしても墨俣の城の時といい、左中将様には感謝ですな」
「しかしおかしくはありませんか。積極的に我等に助力して、左中将殿に何の益があるのでしょう。何か裏があるのでは?」
森可成がそう言うと、佐々成政が左中将の行動を訝しむ。
「内蔵助、そんな事も分からんとは、猪武者ではいかんぞ。美濃が織田家のもとで落ち着く事は、左中将殿の利にもなるんじゃ」
信長の言葉に佐々成政は首をかしげる。
「内蔵助、分からんか。左中将様は疾風迅雷の勢いで、近江一国をほぼ手中にしたが、それにより北の朝倉と領を接することになった。しかも左中将様は大樹と剣術の兄弟弟子、大樹も左中将様を頼りにしよう。今頃、上洛を促す書状が山程届いていよう」
横で話を聞いていた、柴田勝家にそこまで言われて、やっと理解したようだ。
「権六の言うとおりよ。北に朝倉、上洛するとなれば西に三好、これで東の斎藤となれば、左中将殿も辛かろう。織田家のもとで美濃が落ち着く事は、左中将殿にとっても助けになるのじゃ」
「これで美濃を取れれば、美濃と近江、美濃から桑名と街道を整備すれば、織田領内は賑わいますな」
村井貞勝の言葉に信長も頷く。
どちらの領内も楽市楽座を実施しているので、街道を整備して関を廃するだけで、経済が活性化するだろう。
「時期を見て左中将殿に繋ぎを入れよ」
「「「はっ!」」」
永禄七年(1564年)十二月 桑名城
「はぁ~~」
源太郎が大きな溜め息をついて、手に持つ書状を投げ捨てた。
「また公方様ですか?」
書状を拾い、源太郎の態度で大体の事を察した半兵衛が聞く。
「あぁ、やっと上総介殿が美濃をあと一歩というところまで来ているのに……」
「織田と斎藤の和睦を画策されていますか?」
半兵衛の言葉に源太郎が顔をしかめる。
「今更、和睦など有り得ん。和睦がなれば公方様の権威の証明になると、思われているのだろう」
「朝倉、北畠、織田、斎藤と結んで上洛して、三好を討ち砕けと?」
半兵衛がおかしそうに言う。
「有り得ん話だろう?」
「今しばらくは、近江の一向宗を抑える必要もありますし、開発はこれ以上ない程順調ですが、新規の兵達の訓練と教育が、追いついていませんから」
北畠家の兵は専業兵士だが、新兵訓練と規律を守るための道徳教育が必要で、それが一朝一夕にはいかない。
「工兵部隊と兵站部隊の増員も急務だからな」
「殿のお陰で北の砦郡は完成しましたし、これで朝倉であろうが、一向宗であろうが、何万で攻め込んでも抜く事叶いますまい」
「あぁ、後は朝廷工作で延暦寺を糾弾する世情を煽り、延暦寺の力を根こそぎ削がねばならないな」
「坂本は一度更地にする位でも良いと思います」
半兵衛が過激な発言をするが、それほどこの時期の延暦寺の僧は、坂本に住み好き勝手、やりたい放題で、朝廷をも恫喝する有様だった。
北畠領内では、宗教勢力の動きは活発ではない。民は飢える事なく暮らせ、寒さに凍える事もなく、豊かに暮らせる北畠領内では、一向宗を始めとする宗教にすがる理由がない。
近江でも、先の心配が無くなれば、一揆に走る者も少なくなるだろう。
「若狭も酷い有様ですから。お家騒動と内乱で何時までも落ち着きません」
「駿河湾は欲しいが、武田治部少輔義統の室は、大樹の妹、母御は私の叔母上だからな。
駿河湾を取れば内乱に首を突っ込む事になる。それ以前に、攻めるという事だからな」
「織田殿が美濃を取った後が望ましいですね」
北畠家にとっても駿河湾は、日本海側での交易基地のために、是非とも欲しい地だった。
金ヶ崎城を落とせば駿河湾が手に入る。
木ノ芽峠に砦か城を築いて防御を固めれば、越前から何万の兵で攻めて来ても、援軍が来るまで持ち堪えることは容易いだろう。
どちらにしても来年以降だろうと、考えを頭から追い出す。
北畠軍が不破関を抜け、菩提寺山城付近に陣を敷く。既に、菩提寺山城の竹中重矩は北畠家に下っている。
美濃三人衆を調略で崩した信長は、斎藤龍興が不破郡の北畠軍に向け兵を動かした。
信長は稲葉山城を出た斎藤軍を、一軍を派遣して北畠軍と挟み込むと、これを撃破。機を見て稲葉山城を包囲し一気に攻め立て、とうとう稲葉山城を陥落させた。
信長は、稲葉山城に移り、この地を岐阜と改め、稲葉山城も岐阜城とした。
ここに史実よりも早く美濃を手に入れた信長だが、史実と違い伊勢から近江は、北畠家の支配領域になっていた。
尾張と美濃を合わせるとおよそ百万石。それに対して、伊勢志摩から伊賀と近江を加えた北畠家は、約百五十万石。
さらに源太郎の農政改革により、実際の石高はその数倍になる。
今後、信長がどう出るのか?それは源太郎にも分からない。既に信長は、天下布武の印を使用していない。
北畠と協力して三好を討ち払い、西を目指すのか、どちらにしても織田家と協力して、宗教勢力の力を削がなければならないと源太郎は思っていた。
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