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永禄の変
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永禄八年(1565年)五月 桑名城
近江の支配と開発も順調に進み、長浜城はほぼ完成し、城下町と湊の整備もひと段落した。
当然、源太郎が自重せず魔法で開発したからこそのスピードだが、工兵部隊や近隣住民の働きも大きい。領民も街道が整備され、大規模な街と湊が出来、領内が豊かになっていく事が想像できるのか、喜んで工事に参加してくれた。勿論、日当が支払われることが大きいのだが。
源太郎自身が手を出す事も少なくなり、桑名城へ戻っていた。於市と自室でくつろぐ源太郎のもとに、伊賀崎道順が火急の知らせを持ってきた。
「殿!三好義継、三好三人衆と松永久通が、清水寺参詣を名目に軍を起こしました。その数約一万」
源太郎は直ぐに立ち上がる。
「旦那様!」
於市が心配そうな声で源太郎を呼ぶ。
「京へ行く!道順、準備を」
於市に、視線で大丈夫心配いらないと微笑む。
「忍び組は、某と神戸小南、高山太郎次朗、太郎左衛門の兄弟、あとは上月佐助で良いでしょう。その他の共は、どうされますか?」
「目立ちたくない、少数精鋭で行く。大之丞(大宮景練)、新左衛門(大嶋親崇)、慶次(前田利益)を連れて行く。左近(島清興)と小次郎(芝山秀時)は留守を頼む。何かあれば半兵衛と弥八郎に相談してくれ」
急ぐぞ!源太郎の声で慌しく動きだす。
伊賀崎道順を先頭に、源太郎、大之丞、新左衛門、慶次、小南、太郎次朗、太郎左衛門、佐助の駆る馬が風のように疾る。
認識阻害の魔法を使い街道をひた走る。風魔法で抵抗を減らし、回復魔法を馬達にかけながら、途中数度の休憩を挟み、午前中に京へ入る事が出来た。
源太郎達は、二条御所へ急ぐ。
京へ入り、二条御所へ向け駆ける源太郎達。
三好の軍勢を確認すると、源太郎は飛影から跳び降りると先頭切って飛び込む。
ブンッ! ブンッ! ブンッ!
バルデッィシュを縦横無尽に振りまわす。
その度、数人の三好兵の身体がずれるようにして滑り落ちる。
バスッ! ズバッ! ドスッ!
鎧を物ともせず、貫かれ、兜ごと叩き割られ、頸を刎ねられる。
その後を、大之丞、新左衛門、慶次の槍が唸る。
道順達は、女子供の救助に向かう。
義輝と近臣たちの奮闘も凄まじく、御所内は大乱戦になっていた。
源太郎が義輝のもとへたどり着いた時、義輝は既に満身創痍の状態だった。
「大樹!」
ズバッ! ドスッ! ズバッ!
源太郎達がその場に居る三好兵を殲滅し、源太郎は義輝の側に寄り、回復魔法をかけるが、既に血を失い過ぎている。
「……左中将か、さすが我の弟弟子じゃ。……左中将頼む……、我の集めた太刀を三好の奴等に渡さんでくれ。左中将頼む……」
そこまで言うと、義輝は意識を失う。
そこに、道順達が義輝の生母の慶寿院、義輝正室、側妾の小侍従達を保護して来た。
「道順、大樹の太刀を回収して引き上げる」
源太郎は、義輝を担ぎ上げると道順に指示を出す。
やがてその場から誰も居なくなる。それを目撃できた者は、全てその命を刈り取られ、三好の増援が部屋に雪崩れ込んだ時には、義輝近習の死体と、おびただしい数の三好兵の死体が、残されただけだった。
三好の本陣に、慌ただしく使番(連絡将校)が続けて入って来る。
「報告致します。公方様近従の討死を確認しましたが、公方様の亡骸が見つかりません」
「報告致します。公方様が所持されていた太刀が一振りも見つかりません」
次々と入って来る不可思議な情報。三好義継、三好三人衆(三好長逸・三好政康・岩成友通)と松永久通は、部下の報告を聞いて苛立ちを隠せなかった。
「どういう事だ!公方はおろか、慶寿院様や大樹の正室や側妾の小侍従まで見つからんとは!」
結局、二条御所からは義輝の遺体はおろか女子供の遺体も見つからず、義輝近従三十名程が討死にした事が分かっただけであった。
しかも二条御所へと攻めいった三好兵の死体の数が、異常に多い事が分かった。
誰かの介入があった事は確実だが、誰もその姿を見ていない。それを見ただろう者は全て等しく殺されていた。
しかもその殺された三好兵は、鎧ごと切り裂かれ、兜ごと頭を割られている。
その場にいる三好兵の中に恐怖が広がっていった。
源太郎は、慶寿院と正室を近衛家に送り届け、義輝と小侍従を連れ京を脱出した。
結局、義輝は目を開けることなく息をひきとった。
三好三人衆達に、義輝の死体を見せず、渡さなかった事だけは、良かったかもしれない。本当に義輝が死んだのか、疑心暗鬼になるだろう。
源太郎は、義輝を丁重に葬り、小侍従を連れて桑名へ帰った。
足利義輝が特に寵愛していただけあって、小侍従(進士晴舎の娘)は美しく、気品に満ち溢れていた。
源太郎より、五つ六つ上であろうか?しかし歳を感じさせない。さすがの源太郎も懐妊している小侍従が、三好の勢力圏に居るのは危険だと考え、保護する事に決めたのだが……。
(産まれてくる子が男だったら、ややこしくなるよな……)
桑名城にたどり着いた源太郎達は、それぞれをねぎらい褒美の金子を渡した。
源太郎は、義輝が収集していた太刀や源氏に伝わる太刀を確認する。
(回収した太刀や脇差は、大般若長光、大典太光世・大包平・九字兼定・朝嵐勝光・綾小路定利・二つ銘則宗・三日月宗近・童子切安綱・篠造則宗・不動国行・豊後行平・骨喰藤四郎か、うん?大般若長光は、三好長慶の手に渡ったんじゃなかったのか?まあ、どうせ暫く表には出せないだろうな)
小侍従はこの時懐妊していて、三好家に知られると命が危ない、暫くは危険がなくなるまで、源太郎が桑名か安濃津で預かる事にする。
ただ、北畠家か織田家が天下を統一しない限り、小侍従とその子に平穏な生活は難しいだろう事は、源太郎にも分かっていた。
三好三人衆らによる将軍御所襲撃は、世間の動揺を誘う。しかし三好家も三好三人衆と松永久秀と対立する。
松永久秀は、義輝の弟の鹿苑院院主周暠を殺害すると、もう一人の弟、大和興福寺一乗院の門跡覚慶を幽閉する。
だが、幕臣の一色藤長・細川藤孝達の手で脱出する。覚慶は脱出後、足利義秋と名乗り還俗。
細川藤孝は、北畠左中将を頼るべきと、足利義秋に説いたが、義秋は越前守護朝倉義景を頼り身を寄せた。
三好三人衆は義輝兄弟の従弟で、かつての堺公方の血統にあたる足利義親(義栄)擁立した。
畿内を支配する三好・松永両氏と朝倉氏が別々の後継将軍候補を擁して対立する状況になった。
永禄八年(1565年)七月 桑名城
「だいぶお腹が大きくなってきましたね。何か不足する物があれば、何なりとおっしゃって下さい」
源太郎は於市と小侍従を招き、お茶を飲んでいた。お茶と言っても煎茶で、源太郎は気軽に楽しめる煎茶の方が好みにあった。
「ありがとうございます左中将様。何一つ不足はございません」
「何か困った事があれば、遠慮なく言って下さいね」
於市も優しく小侍従に言う。
「奥方様、ありがとうございます」
「公方様がお亡くなりになって未だ二月ですが、小侍従殿は、旦那様の側室に、入る気はごさいませんか」
唐突な於市の申し出に、小侍従は戸惑い、源太郎も驚いていた。
「お腹の子が男の子であれ、女子であれ、有象無象に担ぎ出されるのは、亡くなった公方様も哀しみましょう。それであれば、旦那様の側室に入れば親子共々護って頂けます」
於市は何時から考えていたのか、少なくとも思いつきで話しているのではなさそうだった。
ただ百パーセント善意でもなく、義輝の子供を手元に置く事に、打算もあるのだろう。その辺は武家の娘だと思う。何せ於市は、織田信長の妹なのだから。
「小夜と申します。左中将様のお世話になります。末長くよろしくお願いします」
小侍従改め、小夜が源太郎に頭を下げる。
何か於市に嵌められた感じがしない訳でもないが、さすがにここまで来て拒絶出来る筈もなく。
「こちらこそよろしく。お腹の子には、進士の家を継がせれば良いでしょう。お父上は、二条御所に三好軍の侵入を許した責で切腹されたとか。小夜殿が心安らかに暮らせば、お父上も安心するでしょう」
「何時から考えていたの?」
於市と二人きりになって、小夜の事を聞いてみる。
「小夜殿を保護した時からですわ。私も武家の娘ですから、公方様の子供を手の内に入れれば、将来的に北畠家の駒に出来るかもしれませんし」
涼しい顔で、於市はそう言った。
当然、於市が既に、嫡男を産んでいたのも大きいのかもしれなかった。
近江の支配と開発も順調に進み、長浜城はほぼ完成し、城下町と湊の整備もひと段落した。
当然、源太郎が自重せず魔法で開発したからこそのスピードだが、工兵部隊や近隣住民の働きも大きい。領民も街道が整備され、大規模な街と湊が出来、領内が豊かになっていく事が想像できるのか、喜んで工事に参加してくれた。勿論、日当が支払われることが大きいのだが。
源太郎自身が手を出す事も少なくなり、桑名城へ戻っていた。於市と自室でくつろぐ源太郎のもとに、伊賀崎道順が火急の知らせを持ってきた。
「殿!三好義継、三好三人衆と松永久通が、清水寺参詣を名目に軍を起こしました。その数約一万」
源太郎は直ぐに立ち上がる。
「旦那様!」
於市が心配そうな声で源太郎を呼ぶ。
「京へ行く!道順、準備を」
於市に、視線で大丈夫心配いらないと微笑む。
「忍び組は、某と神戸小南、高山太郎次朗、太郎左衛門の兄弟、あとは上月佐助で良いでしょう。その他の共は、どうされますか?」
「目立ちたくない、少数精鋭で行く。大之丞(大宮景練)、新左衛門(大嶋親崇)、慶次(前田利益)を連れて行く。左近(島清興)と小次郎(芝山秀時)は留守を頼む。何かあれば半兵衛と弥八郎に相談してくれ」
急ぐぞ!源太郎の声で慌しく動きだす。
伊賀崎道順を先頭に、源太郎、大之丞、新左衛門、慶次、小南、太郎次朗、太郎左衛門、佐助の駆る馬が風のように疾る。
認識阻害の魔法を使い街道をひた走る。風魔法で抵抗を減らし、回復魔法を馬達にかけながら、途中数度の休憩を挟み、午前中に京へ入る事が出来た。
源太郎達は、二条御所へ急ぐ。
京へ入り、二条御所へ向け駆ける源太郎達。
三好の軍勢を確認すると、源太郎は飛影から跳び降りると先頭切って飛び込む。
ブンッ! ブンッ! ブンッ!
バルデッィシュを縦横無尽に振りまわす。
その度、数人の三好兵の身体がずれるようにして滑り落ちる。
バスッ! ズバッ! ドスッ!
鎧を物ともせず、貫かれ、兜ごと叩き割られ、頸を刎ねられる。
その後を、大之丞、新左衛門、慶次の槍が唸る。
道順達は、女子供の救助に向かう。
義輝と近臣たちの奮闘も凄まじく、御所内は大乱戦になっていた。
源太郎が義輝のもとへたどり着いた時、義輝は既に満身創痍の状態だった。
「大樹!」
ズバッ! ドスッ! ズバッ!
源太郎達がその場に居る三好兵を殲滅し、源太郎は義輝の側に寄り、回復魔法をかけるが、既に血を失い過ぎている。
「……左中将か、さすが我の弟弟子じゃ。……左中将頼む……、我の集めた太刀を三好の奴等に渡さんでくれ。左中将頼む……」
そこまで言うと、義輝は意識を失う。
そこに、道順達が義輝の生母の慶寿院、義輝正室、側妾の小侍従達を保護して来た。
「道順、大樹の太刀を回収して引き上げる」
源太郎は、義輝を担ぎ上げると道順に指示を出す。
やがてその場から誰も居なくなる。それを目撃できた者は、全てその命を刈り取られ、三好の増援が部屋に雪崩れ込んだ時には、義輝近習の死体と、おびただしい数の三好兵の死体が、残されただけだった。
三好の本陣に、慌ただしく使番(連絡将校)が続けて入って来る。
「報告致します。公方様近従の討死を確認しましたが、公方様の亡骸が見つかりません」
「報告致します。公方様が所持されていた太刀が一振りも見つかりません」
次々と入って来る不可思議な情報。三好義継、三好三人衆(三好長逸・三好政康・岩成友通)と松永久通は、部下の報告を聞いて苛立ちを隠せなかった。
「どういう事だ!公方はおろか、慶寿院様や大樹の正室や側妾の小侍従まで見つからんとは!」
結局、二条御所からは義輝の遺体はおろか女子供の遺体も見つからず、義輝近従三十名程が討死にした事が分かっただけであった。
しかも二条御所へと攻めいった三好兵の死体の数が、異常に多い事が分かった。
誰かの介入があった事は確実だが、誰もその姿を見ていない。それを見ただろう者は全て等しく殺されていた。
しかもその殺された三好兵は、鎧ごと切り裂かれ、兜ごと頭を割られている。
その場にいる三好兵の中に恐怖が広がっていった。
源太郎は、慶寿院と正室を近衛家に送り届け、義輝と小侍従を連れ京を脱出した。
結局、義輝は目を開けることなく息をひきとった。
三好三人衆達に、義輝の死体を見せず、渡さなかった事だけは、良かったかもしれない。本当に義輝が死んだのか、疑心暗鬼になるだろう。
源太郎は、義輝を丁重に葬り、小侍従を連れて桑名へ帰った。
足利義輝が特に寵愛していただけあって、小侍従(進士晴舎の娘)は美しく、気品に満ち溢れていた。
源太郎より、五つ六つ上であろうか?しかし歳を感じさせない。さすがの源太郎も懐妊している小侍従が、三好の勢力圏に居るのは危険だと考え、保護する事に決めたのだが……。
(産まれてくる子が男だったら、ややこしくなるよな……)
桑名城にたどり着いた源太郎達は、それぞれをねぎらい褒美の金子を渡した。
源太郎は、義輝が収集していた太刀や源氏に伝わる太刀を確認する。
(回収した太刀や脇差は、大般若長光、大典太光世・大包平・九字兼定・朝嵐勝光・綾小路定利・二つ銘則宗・三日月宗近・童子切安綱・篠造則宗・不動国行・豊後行平・骨喰藤四郎か、うん?大般若長光は、三好長慶の手に渡ったんじゃなかったのか?まあ、どうせ暫く表には出せないだろうな)
小侍従はこの時懐妊していて、三好家に知られると命が危ない、暫くは危険がなくなるまで、源太郎が桑名か安濃津で預かる事にする。
ただ、北畠家か織田家が天下を統一しない限り、小侍従とその子に平穏な生活は難しいだろう事は、源太郎にも分かっていた。
三好三人衆らによる将軍御所襲撃は、世間の動揺を誘う。しかし三好家も三好三人衆と松永久秀と対立する。
松永久秀は、義輝の弟の鹿苑院院主周暠を殺害すると、もう一人の弟、大和興福寺一乗院の門跡覚慶を幽閉する。
だが、幕臣の一色藤長・細川藤孝達の手で脱出する。覚慶は脱出後、足利義秋と名乗り還俗。
細川藤孝は、北畠左中将を頼るべきと、足利義秋に説いたが、義秋は越前守護朝倉義景を頼り身を寄せた。
三好三人衆は義輝兄弟の従弟で、かつての堺公方の血統にあたる足利義親(義栄)擁立した。
畿内を支配する三好・松永両氏と朝倉氏が別々の後継将軍候補を擁して対立する状況になった。
永禄八年(1565年)七月 桑名城
「だいぶお腹が大きくなってきましたね。何か不足する物があれば、何なりとおっしゃって下さい」
源太郎は於市と小侍従を招き、お茶を飲んでいた。お茶と言っても煎茶で、源太郎は気軽に楽しめる煎茶の方が好みにあった。
「ありがとうございます左中将様。何一つ不足はございません」
「何か困った事があれば、遠慮なく言って下さいね」
於市も優しく小侍従に言う。
「奥方様、ありがとうございます」
「公方様がお亡くなりになって未だ二月ですが、小侍従殿は、旦那様の側室に、入る気はごさいませんか」
唐突な於市の申し出に、小侍従は戸惑い、源太郎も驚いていた。
「お腹の子が男の子であれ、女子であれ、有象無象に担ぎ出されるのは、亡くなった公方様も哀しみましょう。それであれば、旦那様の側室に入れば親子共々護って頂けます」
於市は何時から考えていたのか、少なくとも思いつきで話しているのではなさそうだった。
ただ百パーセント善意でもなく、義輝の子供を手元に置く事に、打算もあるのだろう。その辺は武家の娘だと思う。何せ於市は、織田信長の妹なのだから。
「小夜と申します。左中将様のお世話になります。末長くよろしくお願いします」
小侍従改め、小夜が源太郎に頭を下げる。
何か於市に嵌められた感じがしない訳でもないが、さすがにここまで来て拒絶出来る筈もなく。
「こちらこそよろしく。お腹の子には、進士の家を継がせれば良いでしょう。お父上は、二条御所に三好軍の侵入を許した責で切腹されたとか。小夜殿が心安らかに暮らせば、お父上も安心するでしょう」
「何時から考えていたの?」
於市と二人きりになって、小夜の事を聞いてみる。
「小夜殿を保護した時からですわ。私も武家の娘ですから、公方様の子供を手の内に入れれば、将来的に北畠家の駒に出来るかもしれませんし」
涼しい顔で、於市はそう言った。
当然、於市が既に、嫡男を産んでいたのも大きいのかもしれなかった。
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