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武田義信

攻防

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城の位置は「城郭放浪記」を主に参考にしております。
可能でしたら「城郭放浪記」を開いていただき、信濃をクリック、城郭分布図をクリック、拡大してみて抱けると城の配置と進軍経路が好くわかります。
村井城は地図では小屋館となっています。

 7月10日深夜『尾池城(尾池砦) 城外』

 神田将監は兵馬にばいふくませ 、私語やいななきを防いだ。兵は選び抜いた精鋭だから大丈夫だが、馬はそうはいかない。夜襲が終わる前に、気付かれる訳にはいかない。埴原城の放棄を提案した時から、くつわに布を付けて咥えさせる枚を兵馬の数だけ用意させていたのだ。今日なら戦勝祝いの宴の直後で、多くの兵が酔い潰れているはず、御屋形様の名誉に為、信濃武士の誇りの為、埴原城放棄の代償は払って貰う!

 「うぉ~~~~~ん、うぉ~~~~~ん、うぉ~~~~~ん」
 
 「駈足~~~~~~!」

 番犬が居たのか! 甲斐の鬼畜共は、犬を全て喰い尽したと聞いていたが、嘘だったのか? 善信は富裕で兵や人夫の待遇が好い言う噂が有ったが、嘘ではないのかもしれんな。相手にとって不足無し、何としても御屋形様に勝っていただく、そして我が武勇を天下にとどろかす!

 「火を用意せよ、放て~~~~~~!」

 あらかじめ用意していた火矢を、300騎の選び抜かれた騎馬武者が射かける、小笠原流弓馬術礼法宗家の誇りにかけて鍛え上げた弓術である、たがえる事無く狙った長屋に次々と刺さった。騎馬隊は、尾池城(尾池砦)三の丸外周を、火矢を射かけながら素早く一周、城兵が討って出ないのを確認して、更に三の丸外周を火矢を射かけながら周った。用意した全ての火矢を城内に射かけた後で、神田将監以下の300騎は悠々と林城に帰って行った。


 7月11日払暁『村井城(小屋館)』

 「若殿、尾池城が夜襲を受け、三の丸全ての長屋と小屋が焼き払われたそうでございます。」
 鮎川善繁が、顔色一つ変えず冷静に報告する。

 油断したな、まさか尾池城の方を狙ってくるはな、村井城(小屋館)を狙うと予想して、迎撃の準備をしていたが、最初から尾池城を狙っていたのかな? それとも、村井城の堅固な守備を見て、急遽狙いを尾池城に変えたのだろうか? いや、こちらの城砦群全てに密偵を放って置いて、一番油断している城を狙ったと見た方が、後々裏を書かれる恐れが減るな、相手が最強と想定して当たらないと此方が殺されてしまう!

 「敵の大将は判るか?」

 「まだ判明しておりません。」

 「軍議をする、皆を広間に集めよ。」

 「承りました。」
 鮎川善繁は、一度も顔色を変える事無く出て行った。


『村井城(小屋館) 大広間』

 「皆既に聞き及びのことでしょうが、尾池城が焼き討ちされ、三の丸全てを焼き払われたそうです、犬狼部隊が事前に敵を察知し、遠吠えで知らせたのも関わらず、戦勝の宴で酔い潰れた城兵は討って出る事も、消火することも出来なかったそうです。」

 今日の議長を任された、於曾信安が威厳のある姿と声色で話す、流石に板垣信方が娘婿に選んだ男、知勇兼備の出来る男だ、此奴に板垣家を任せるのが好いか?

 「若殿、城代を斬首して軍令を正さねばなりません、若殿が夜襲の恐れを繰り返し説き、油断無きように言い聞かせたにもかかわらず、酔い潰れて城を焼かれるなど言語道断、厳罰に処さねば諸将に示しがつきません。また、城兵全てにも処罰が必要ですが、愚かな雑兵の事です、次の戦で先方を任せ償わせましょう。」

 鮎川善繁が、顔色を変えずよどみなく自説を披露する。流石だね、俺が厳罰を言い渡すと、色々不都合が有る、信玄の対極に有るべき俺は、余りに厳しい処罰や、無慈悲さ戦術を自分からは言い出せない、善繁はそれを判ってくれているから、あえて厳しい処罰を主張してくれている。

 「若殿、それが宜しいと思いますが、我が犬狼部隊の見張りは、襲撃前に敵勢を発見しております、処罰からは除外していただきとうございます。また、今後は警備だけではなく、逆撃が可能なように増員と役目変えを御願い申し上げます。」

 狗賓善狼が、日頃の人好きのする笑顔の片鱗すら伺わせぬ、実直な顔付で提案して来た、確かにこれも俺の能力の限界だろう、犬狼部隊を警備だけに使い、逆撃に活用する事など思いもしなかった。だが少しは言い訳させてもらうと、忍者に暗殺されるのが怖かったのだ、自分が何人もの敵将を素破で暗殺させているのだ、やり返される恐怖は尋常ではないのだ。それに食料問題も大きかった、今までは犬狼に喰わせるだけの余裕が無かったのも本当だ。 

 「好き提案である、犬狼に迎撃されては、敵の兵馬も火矢を射かける余裕は無くなるだろう、里で修練する者を増やす為、犬狼部隊の学校を作り、そこで修練する者に衣食住を保証いたす。善狼、其方の父に使者を出し、高遠城と花岡城に拠点を作らせよう。」

 「献策を採用していただき、感謝の言葉もございません、今後も若様の為、身命を賭して御仕え申し上げます。」

 「うむ、よくぞ申した。そなたに扶持10貫文を増額する、今後も励めよ。」

 「過分な褒美、有り難き幸せ!」

 「さて、尾池城代の斬首について御意見はありませんか?」

 俺と善狼の会話の終わりを上手くとらえて、議長の於曾信安が厳罰を確定しようとした、信安も、俺が厳罰を指示したのではないと言う体裁を整える意味を理解しているのか? そうなら此奴も軍師として使えるかもしれない、今後も能力を見極める為に注意して見ていこう。

 「斬首やむなし」
 「斬首で当然だ!」
 「晒首さらしくびに致せ!!」
 「いやそれだけでは甘い、一族一門を処罰すべし!」
 「そうじゃ、子弟も斬首じゃ!」
 「妻女は奴隷にすれば好い。」

 あぁあぁあぁ、暴走してるよ、好いタイミングだな、善繁と信安が折角御膳立てしてくれた好機だ、俺の印象が好くなるように活用させてもらおう。

 「まあ待て、城代の油断は斬首で仕方なかろう、三の丸を全焼させられ、武田の武勇に傷を付けてしまったのだから、だが今まで武田の為に戦ってきたことも事実として有る、子弟を共に斬首したり妻女を奴隷に落とすは忍びない、旧功に免じて本人のみ斬首といたす!」

 『はっは~~~』

 「次に今後の対応ですが、何かご意見は有りますか?」

 於曾信安が議論を進めようとする、小笠原長時が次にどう出るかを読み、我ら武田がどう対応すべきかを諸将に考えさせるべく、議論を誘導してくれているのだ。諸将の能力を底上げさせようとする、俺の考えを理解してくれている。それが判ると沈着冷静で威厳のある姿が、更に大きく見えるな。

 「小笠原長時が次に打つ手ですが、恐らく兵の薄い城砦に夜襲を繰り返すものと思われます。場所は、大軍が詰めている村井城から離れたところ、殿館・淡路城・櫛木城・波多山城が危険と考えられますが、最悪複数同時に夜襲される恐れが有ります。」
 鮎川善繁が、顔色一つ変えず冷静に淡々と説明する。

 「地図を持て。」

 俺は脳筋の、戦馬鹿にも少しは理解してもらえるように、事前に用意しておいた大地図を持って来させた、やはり絵図が有ると理解しやすくなる。村井城(小屋館)を中心にした地形と各城砦の位置、村井城(小屋館)からの距離と移動時間も書き記させている。各城砦には何時でも活用できるように、予備も含めて最低3枚は用意させている。

 「敵が林城から出陣するかの、枝城から出陣するのかの判断はつきません、密偵に探らせるのが一番ですが、裏を書かれる恐れもありますし、全ての城砦が常に警戒している必要が有ります。若殿! 全ての将兵を土地から切り離し、農繁期でも戦える軍にする事、凶作時でも決まった米麦を配下に与えてやりたいと言う、慈愛の御心は十分理解しておりますが、ここは櫛置殿を始めとする元々の城主を、各城砦の城代に任命していただけませんか?」

 城を取り上げた諸将が驚きの目で俺を見ている、まあ斬新な考え方では有るよな、兵農分離と言う戦略的な面と同時に、凶作での飢饉が多いこの時代は、年貢免除を領主に命じても必ず守ってくれるわけではない、守ってくれたらくれたで、収入不足で領主の戦闘力は激減する。ならば米の実りに関係なく、一定量の扶持を与える事で、戦闘力の平準化をするしかない

 「不作凶作で苦しむ民を放置することは出来ん、だが年貢減免を強制すれば、その方達国衆が困窮することになる、それ故に我が一定量の扶持を与える事にしたのじゃ、さすれば民に慈愛を与え、国衆の戦う力を保つことが出来よう。だが今回はやむを得ん、一時的にを城代に戻す、あくまでも城代ぞ! 小笠原を討伐致したら元に戻す。くれぐれも油断することなく、敵の夜襲に備えよ!」

 『御意!』

 「さて、話を戻していただく、元の領主殿が城代となることで、城の隅々まで知悉(ちしつ)しておるのですから、小笠原長時の夜襲を許し、尾池城代の様に斬首となるような事は有りますまい。では次に本隊をどう動かすかです、御意見のある方はおられますか?」

 「兵を分けて各城砦の守りを厚くする策も有りましょうが、それでは各個撃破されてしまう恐れが有りましょう、さてどうしたものか?」
 
 楠浦虎常が、各城代が援軍を望まないように予め釘を刺してくれる、斬首を恐れる城代が援軍を望むのは当たり前だが、俺がそれを拒否するのは不味い、好い事を言ってくれた、側近たちが順調に育っているな、喜ばしい事だ。

 「若殿、此方から討って出ましょう。絵図を見てください、この井川城を攻めましょう。以前若殿が説明して下さったように、井川城ならば、小笠原長時が林城から援軍に参っても、田川を堀代わりに迎え討つことが出来ます、荒井城や平瀬城からの援軍は奈良井川を堀代わりに迎え討つ事が出来ます、万が一渡河されても敵は背水の陣となります、何よりも井川城に援軍を出さねば、国衆の信頼を失いますので、我が武田の城砦に夜襲を仕掛ける余裕は無くなりましょう。」

 鮎川善繁が理路整然を説く、確かにその通りだ、しかし敵に我ら以上の策師が居たらどうだろう? 何か対応策を取ってくるのではないか?

 「諸将に訊ねる、我らが井川城を攻めた時に諸将ならどう対応いたす、皆が小笠原長時に成った心算で考えて見よ、もう二度と裏を書かれるわけには参らぬ。」

 「敵が川を渡って攻め掛かるのが不利と言う事は、我らが小笠原勢に攻め掛かるのも不利と言う事ですね、ならば兵数に劣る小笠原でも兵を分けて夜襲を続けられるのではありませんか? 我ら武田の城攻めに対応した上で、武田の城砦を夜襲できれば小笠原の武名が上がり、未だ去就を鮮明にしていない信濃国衆が小笠原に傾くやもしれません。」

 狗賓善狼が鮎川善繁の上を行く洞察力を示す、驚いたね! 何時の間にかこれほど成長しているとは、俺もそこまでは考えてなかったよ。以前に侵攻策を練ってから時間が立っている、敵の夜襲と言う新たな条件も加わってるんだ、もう一度一から策を練り直すべきだったんだが、油断大敵だね、ならばどうするべきか?

 
 「ではどうすべきかな?」

 「尾池城・埴原城を落とし、背後に敵を受ける恐れが無くなった今こそ林城を直接討ちましょう!」

 ほう、確かにな、慎重居士の俺だが、ここは討って出るのが最善だな、林城を囲まれては城を出て夜襲など出来るはずも無し。

 
 「その策を取ろう!明日林城を攻める、皆準備を怠らぬように!!」

 『おぅ~~~~!』
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