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武田義信

林城攻防の終わり

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 7月12日『広沢寺 本陣』

 さてさて、小笠原長門も好くやってくれる、いや神田将監と言うべきか? だがどうする? 小笠原騎馬隊相手に鉄砲の一斉斉射を使うか? しかし鉄砲は切り札だ、こんな所では使いたくない、史実で信玄は小笠原攻略にどれくらい年月が掛かったのだろう? 出来れば史実と同じくらいで攻め落としたいのだが。まあ堅固な行軍陣を組めば、移動時でも付け入る隙は与えなかった、竹を束ねた盾をもっと作って最前列の兵に持たせる、同時に槍衾を作る。盾兵1人と槍兵1人を必ず組ませる、その中に弓隊と騎馬兵を包み込む、暫らくはそれで凌ぐしかないだろう。

 「若殿! 林城攻略を諦められるのですか!!」
 楠浦虎常は反対意見を言ってきた。

 「ああ、神田将監の騎馬隊が手強い、恐らく今夜も夜襲に参るだろう、闇夜の奇襲に工夫兵が動揺して、裏崩れや友崩れを起こせば大損害になるだろう、ここは一旦村井城(小屋館)まで引いて体勢を立て直す。」

 「まだ負けてはおりません、林城を力攻めで落とせば好いでは有りませんか、このままでは若殿の武名に傷が入ります!」

 「儂の武名などどうでも好い、一番損害の少ない戦いをする、今回は我攻めで林城を落とすより、誘い出した方が好い、それだけだ。」

 「しかし若殿、負けた噂が広がれば、去就定かでない信濃の国衆が小笠原に走りますぞ。」

 「林小城は落とした、勝鬨を挙げて林大城の籠城兵に圧迫を掛ける、林小城は全軍で強化修築して守備兵を入れ林大城の付城にする。ああ、林・林とややこしいな、林小城は福山城に呼び名を変えよう。」

 「呼び名は福山城で構いませんが、福山城の守備はかなりの危険を伴いますな。」

 「危険では有るが、その分守り切った時の功名も大きい、それに無駄な損害は出さないと言ったろ、充分な強化をするさ。」

 「承りました、では誰を城代になさりますか?」

 「ここはお主しかおるまい虎常、経験豊富なお主でなければ、このような大事な城は任せられんよ。」

 「煽てられますな、ですが喜んでお受けいたしましょう。」

 「儂も福山城の修築を検分する、付いて参れ。」

 『は!』
 近習衆が一斉についてくる。
 
 「そうだ善狼、あれを頼む!」

 狼を連れて歩いている俺の周りを、甲斐犬を連れて歩いていた狗賓善狼がさっと干肉を出してくれる、同時に俺の隠語を理解した素破が、伝言を伝えるべく目立たぬ様にいなくなる。秘策を使う羽目になるとは思わなかったが、合戦は思い通りにはいかないものだな。


7月12日深夜『広沢寺 参道下』

 「火矢!」

 神田将監指揮下の小笠原馬廻り衆300騎は、武田善信軍を夜襲すべく参上したが、急拵えとは言え、浅い空堀と藁俵の防壁、馬防柵で守られた陣が参道下には出来ていた。小笠原城からの出陣に備えていた、於曾信安指揮下の足軽部隊が移動していたのだ。

 「勝鬨を挙げよ! えい、えい、えい」

 「応おー」

 火矢を射かけて馬防柵を焼いただけとはいえ、我が馬廻り衆には1騎の損害も無かった。勝戦だと我が軍に印象付けさせねばならん、林小城を盗られたことは些細な事だと、思わせなばならん。武田軍が誘いに乗って、馬廻り衆だけで攻めて来れば目にもの見せてやるものを!

 「勝鬨を挙げよ! えい、えい、えい」

 「応おー」

 於曾信安は勝鬨を挙げさせた、馬防柵は少し焼かれたものの、1兵も失うことなく小笠原騎馬隊を撃退したのだ、我らの勝戦! 


7月13日深夜『山家城』

 「嶽影様、山家氏館・宮原城も落城させたとの事です。」

 「好くやってくれた、これで若殿の信頼に御応え出来た!」

 善信の隠語による指示は、素早く花岡城の小人兵団に伝えられた。小人兵団3000兵を1000兵づつの3部隊に分けた。彼らは嶽影率いる城砦攻略素破を先頭に中山道を駆け上り、現代のビーナスラインの横道に入り、三峰山麓を抜け、よもごきこば林道を抜け長野県道283号から山家城に取り付く部隊1000兵。ビーナスラインから長野県道67号を通り山家氏館・宮原城に取り付く部隊2000兵。

 山家城は堅固な山城でだった、T字の尾根に伝いに、段郭も含めれば何十もの郭が続く、主郭部の間までに連続する堀切とそれに伴う連続竪堀が城攻めを困難にしている。だが、山家昌治は油断していたのだ、武田善信軍は小笠原馬廻り衆の夜襲に苦戦し、林城の攻略にも手古摺っている、林城が落ちない限り自分達は安全だと。武田善信に3000兵もの予備兵力が有るとは思いもしなかったのだ。平地の居館にいた山家昌治はあっさりと討たれてしまった。堅固なはずの山家城も、山を密かに攀じ登られ、城壁や柵を乗り越え侵入されてしまった。城代はあっさり城砦攻略素破に首を取られてしまった。その為、何時もの様に城攻め部隊の鬨の声と共に、「城代討ち取ったり」の声が山家城内から叫ばれ、守備兵の戦意を失わせ、あっさりと降伏に導くことになった。宮原城も同じだった。


7月14日払暁『福山城(林小城) 本陣』

 「皆の者、山家城・山家館・宮原城を落とした、本陣を移す付いて参れ!」

 昨夜も小笠原騎馬隊夜襲を撃退したが、その間密かに3城を落としたことは、素破衆と極一部の近習しか知らない事だった。

 『え?!』

 「虎常、守備は任せたぞ。」

 「え? は? 山家城・山家館・宮原城を落とした? 承りました。」
 楠浦虎常と扶持武士団500兵に、福山城を任せて俺は急いで山家館に向った。


7月14日『山家館』

 「嶽影、御苦労であった! 褒美として知行100石を加増の上、感状と褒賞銭500貫文を与える。」

 「有り難き幸せにございます!」

 「今回の城取に加わった小人衆は、全て足軽に格上げした上で夫々の功名に相応しい褒美を与える。」

 『有り難き幸せ!』
 城攻めに加わった小人衆で、組頭を務める者達が一斉に礼を言う。

 秘密にしていた小人衆を投入し世に出したのは痛かった。だが鉄砲衆の3段斉射や車撃ちを披露するよりはマシだ。後は落とした城を守り切るだけだ。

 「昌世、扶持武士団500を預け山家城代に任ずる。」
 加津野昌世に命じる。

 「有り難き幸せ、身命を賭して守り切って御見せします。」

 「うむ、期待しておる。」
 
 「重継、扶持武士団500を預け宮原城代に任ずる。」
 米倉重継に命ずる。

 「有り難き幸せ、身命を賭して守り切って御見せします。」

 「うむ、期待しておる。」

 「山家館は平地で小笠原騎馬隊の夜襲に弱い、よって放棄する。」

 『は!』

 「山家城と宮原城の修築に掛かれ!」

 『は!』

 小人兵団は来た道を戻っていった、安全な花岡城の工事に戻るのだ。今回はやむを得ず前線投入したが、彼らのは小笠原騎馬隊に匹敵する手練れに成って貰いたい、だからこそ普段は馬術・弓術・薙刀術・鉄砲術などを習練させているのだ。林城や桐原城・霜降城の前を通らすような危険は冒させられない。たとえ険しく遠い道でも、来た時と同じ山道を戻らせるしかない。


『林城(林大城) 大広間』

 「山家城と宮原城が落ちただと!」

 「は! 夜陰密かに裏山から襲撃したそうでございます。」

 「鬼畜の軍は、将監が小城に閉じ込めていたのではないか?!」

 「は! 善信軍は確かに小城に籠っておりました、落城の知らせを受けて、全軍小城から山家城に移動しましたから間違いございません。」

 「ならば別働部隊がいたのか? 鬼畜めの軍は8000もの大軍であったのではないのか!」

 「は! 移動する善信軍を確かめましたが、8000兵に違いありませんでした、恐らく甲斐から援軍を呼んだものと思われます。」

 「え~~い! 糞!! 井川城の将監に伝令を送れ!」

 「は!」


『井川城 大広間』

 「注進! 山家城・山家館・宮原城が武田善信に落とされました!」
 林大城からの伝令が駆け込んで来た。

 「なんと! 将監殿いかがいたそう?」
 城代が狼狽して神田将監に今後の方針を訊ねる。

 「善信もやりますな、いや、信玄が甲斐から援軍に来たのかもしれませんな。」

 「信玄が甲斐から援軍に来たと申されるのか?」

 「大丈夫ですよ、甲斐を長く留守にすれば村上義清が黙っておりますまい、直ぐに援軍は甲斐に戻りましょう、それに城を落とせばそれだけ守備に兵を割かねばなりません、ならば善信の直卒軍は減り、我らの野戦での勝目が高くなります。」

 「なるほど!」

 「これまで通り敵の城に夜襲を掛け続ければ、善信も音を上げましょう、御屋形様が林大城で善信を引き付けていて下されば、我らは自由に動けます、御屋形様にこの事を文で御知らせすれば好い事です、何の心配も有りませんよ。」

 「しかし将監殿、直接御屋形様に報告しなくて宜しいのか?」

 「善信は素破を好く使い、夜討ち朝駆けを好むと聞いております、もし我が林大城に戻れば、城を囲み2度と夜襲を出られぬようにするでしょう、それでは我らの負けです。我が小笠原馬廻り衆は決して居所を知られず、自由自在に動き回らねばなりません。」

 「なるほど。」


7月21日『花岡城 大広間』

 「若殿、連日の小笠原騎馬隊の夜襲、無視して宜しいのですか?」
 議長の狗賓善狼が居並ぶ諸所を代表して確認して来る。

 「被害は平城の、長屋と小屋が焼かれる程度なのであろう?」

 「左様でございます。」

 「ならば大丈夫だ、守備兵も慣れて来たであろう。」

 「それはそうでございますが、若殿の威信に係わりませんか?」

 「無駄な損害は出したくない、動くときは必ず城を落とす、今までそうであったろ。」

 「確かにそうでございますが、我ら犬狼部隊に迎撃を御命じ下されば、必ず小笠原騎馬隊に勝って見せますが。」

 「確かに犬狼部隊なら勝つだろう、だが相手は日頃から犬追物で鍛えた小笠原騎馬隊だ、損害も大きくなるだろう、そうなれば儂の身辺警護や夜襲警戒が疎かになる、敵は小笠原だけではないのだぞ。」

 「は! 愚かなことを申しました」

 「鍛え抜かれた犬狼予備部隊が600組を超えたら許可しよう。」

 「は! 有り難き幸せ、1日でも早く1人前の犬狼部隊を育てるよう里に伝えます。」

 「では骨休めは終わりだ、明日村井城に戻る!」

 『は! 承りました!』

 


現在の武田善信軍布陣

総大将 武田義信 
副将 松尾信是
軍師 鮎川善繁
相談役 漆戸虎光
侍大将 於曾信安 板垣信憲 
足軽大将 狗賓善狼 市川昌房  
武将 酒依昌光 板垣信廣 花岡善秋 有賀善内 武居善種 金刺善悦 矢崎善且 小坂善蔵 田上善親  田村善忠 三村長親 守矢頼真

花岡城で休憩中の部隊
諏訪扶持武士団 600兵
伊那扶持武士団 800兵
弓組足軽    800兵
槍組足軽    500兵
工夫兵     4000兵

福山城 楠浦虎常  扶持武士団500兵
山家城 加津野昌世 扶持武士団500兵
宮原城 米倉重継  扶持武士団500兵

埴原城 三村長親勢
尾池城 諏訪満隆勢
福応館 福山善沖勢
丸山館 丸山善知勢
村井城(小屋館) 諏訪満隣勢
殿館 殿勢
浅田城 千野靭負尉勢
淡路城 櫛置勢城代
櫛木城 櫛置当主
波多山城 櫛置勢城代

花岡城 小人兵団改め 特別足軽兵団 3000兵

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