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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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 正直なところあなどっていた。尾崎がまさか、ここまでの行動力を見せるとは思っていなかったのである。被害者遺族に接触し、塾の人間にも裏付けをとり、共通点を見つけ出したのは大したものだ。しかしながら、捜査本部との折り合いというものがある。あくまでも尾崎と縁は非公式に動いているのであって、あまり大それたことをやられてしまうと、倉科の肩身が狭くなる。せめて動く前に相談して欲しかったものだ。

「そうっすか……。自分、結構頑張ったつもりだったんすが」

 倉科の言葉に自分を否定されてしまったように感じたのであろう。あからさまに落ち込んだ尾崎は、そっとマーカーペンを置いた。

「いや、お前さんの仕事を否定するわけじゃない。今後、気を付けてくれと言っているだけだ。やり方はなんにせよ、捜査本部でさえ掴めていなかった手掛かりを手に入れたんだ。お手柄だぞ」

 慌ててフォローに入ると、尾崎は「本当っすか?」と、倉科の様子を伺うかのように、俯いた顔を少しだけ上げた。

「あぁ、本当だ――。だから話を進めてくれ」

 今の世代というものは実に面倒だ。古い世代は怒鳴られて育っていくのが当たり前だったのだが、そんなことを今の時代にやってしまうと、若い連中は簡単に潰れてしまう。状況によっておだててやらねばならないのだから、気苦労が絶えない。

「了解っす!」

 ただ、尾崎は単純であるがゆえに、フォローを入れた後の反応があからさまに分かりやすい。敬礼をびしっと決めると、尾崎は自分の鞄の中から冊子を取り出した。世の中の若者全てが尾崎のように単純ならば、もう少し平穏な世の中になるのかもしれない。倉科は溜め息を飲み込んだ。

「これ、葛城進学塾のパンフレットっす。ざっと目を通して欲しいっす」

 尾崎から手渡されたパンフレットには、有名校の進学率が何パーセントだとか、どこでも見るようなうたい文句が並べられていた。ぱらぱらと冊子をめくり、目が痛くなるような小さい文字を読み進める。

「――そうか。だから同じ塾に通っていながら、犠牲者同士には直接的な接点がなかったのですね?」

 縁がパンフレットを眺めながら、確認をするかのように尾崎のほうへと視線を移す。それに対して尾崎は大きく頷いた。

 犠牲者達には同じ塾に通っていたという共通点があった。だが、それを前提に考えると、犠牲者同士の繋がりが一切なかったというのも考えにくい。しかしながら、犠牲者同士には人間関係の繋がりがなかったのも事実だ。同じ塾に通っていながら、犠牲者同士には直接的な接点がない。これは果たしてどういうことなのだろうか。
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