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武田義信

齟齬

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 11月『美濃・大桑城』

 大桑城で宴会の警備をしている間に織田信長が動いた、各遠山領の村々を襲ったのだ。俺に味方した遠山一族を動揺させ、民心を武田に向かわないようにする為だろう。当初から両属であった遠山家だが、俺は厳しい処置を取り一部の城砦を取り上げて扶持化している、ここで援軍を出さないと美濃国衆の信用信頼を失ってしまう。何よりもこれから侵攻する国々の国衆への調略が遣り難くなる。

 「一益、鉄砲騎馬4000騎を預ける、遠山家を助けよ。」

 「承りました。」

 「家財や兵糧を奪われた民には、福原城・小田子砦・下村砦の増改築に銭か玄米を与えて雇ってやれ、小田子砦から飯田街道を抜けて根羽城までの行く道普請、根羽城から三州街道を抜けて伊那まで行く道普請など、極力仕事を作って雇ってやれ。」

 「承りました。若殿の為、美濃の民草の暮らしを守るため誠心誠意奉公させて頂きます。」

 「任せたぞ。」


 11月『駿河・今川義元』

 「御屋形様、竹千代殿を元服させてはどうか?」

 「竹千代はまだ10歳であろう? 少し早くはないか雪斎殿?」

 「義信殿が美濃を切り取っておる、何時三河に攻め入るかもしれん、松平勢には働いて貰わねばならん、少しは希望を持たせねば。」

 「瀬名との縁組も早めると言う事か?」

 「松平の一族や譜代衆を切り崩されては困るのでは無いか、御屋形様?」

 「それはそうだな、ならば預かっている領地の一部を返さねばならぬな。」

 「義信は今川が預かっている領地を返す条件で調略するやもしれぬ、それに松平宗家の松平太郎左衛門家を担ぎ上げられたら、一族譜代の寝返る体裁が整ってしまう、此方も相応の対応を松平にせねばな。」

 「力ずくで松平に対していては、今川を離れて義信に走ると言いたいのか、雪斎殿。」

 「儂ならばそうするな。」

 「ふむ、ならば竹千代は駿河から一歩も外には出せぬな。」

 「左様、竹千代殿には駿河から松平を差配して貰う事に成る。」

 「直ぐに元服と婚儀の準備をさせよう。それと北条との縁組話はどうなっておる?」

 「北条新九郎殿を御屋形様が毒殺したとの噂が有るが、それでも纏めよと申すのか?」

 「あれは今川と北条を仲違させるために晴信が遣ったのよ。」

 「氏康殿がそのような話を信じると申されるのか?」

 「現に武田は三家の縁組を壊したでは無いか、余は纏める気で有ったぞ、それが証では無いのか? 何より今川に力が有れば氏康も余の話を信じるであろう?」

 「確かに力有る方の話が信じられるのが戦国の世だが、今の今川に鷹司を超える力が有るのかな?」

 「北条が武田と組んで今川を攻めてもどれほどの利が有るのかな? それよりも余と組んで武田を攻めれば甲斐一国に信濃佐久・越後と手に入るぞ。」

 「そうなれば御屋形様は伊那・諏訪・木曽・飛騨と義信殿が手塩にかけた地が手に入るか、その為には北条を助ける為に、佐竹と上杉を牽制せねばならぬな、伊達・結城・蘆名とは話をつけておるのか?」

 「義信は朝廷の和睦を受け入れたのだ、名目も無く伊達・結城・蘆名を攻め込むことは出来ぬ、伊達らも下手に境目に兵を置けまい、ならば佐竹・上杉に向けて兵を動かせさせればいい。」

 「細川管領を使うか?」

 「将軍家は愚かにも主殺しに討ち取られたからな、細川に御教書を出させるしかあるまいな。後は信長に頑張って貰わねばならんから、尾張に同盟の使者を出す。」

 「御屋形様は上洛を諦めるのか?」

 「伊那を取るまではな。」

 「全ては伊那を取ってからか、で、北条氏政には誰を嫁がすのだ?」

 「義信に嫁ぐはずだった定でよかろう、北条には氏綱の娘を氏真の正室を寄越させよう。」

 今川家の人質兼政務見習いと駿河に送られた松平竹千代に付き従うのは、酒井忠次・鳥居元忠・松平忠正・高力清長・石川家成・石川與七郎数正・天野三之助康景・上田萬五郎元次入道慶宗・金田與三右衛門正房・平岩七之助親吉・榊原平七郎忠正・江原孫三郎利全ら二十八人、雑兵五十余、。阿部甚五郎正宣の息子徳千代( 阿部伊予守正勝)六歳の遊び友達だった。


 11月『尾張・木下藤吉郎』

 こんな大切な御役目を与えてくださった鷹司卿の御期待に堪えなきゃならね! 川筋の土豪たちを何としても調略せねばならね! 後見人として立派な武士も付けて頂いた、おっとうやおっかあの縁をたどって何としても役目をはたさなきゃならね! 鷹司卿から御指示の有ったのは、亘利城主・松原内匠(まつばらたくみ)は道三の命で、主筋の土岐八郎頼香様を暗殺しているから絶対許しちゃいけないこと! 松倉城の坪内勝定・坪内光景(前野長康)親子、宮後八幡社社家・三輪吉高(みわよしたか)、織田信安の家臣・稲田大炊助貞祐を調略する事!

 
 11月『近江・四本商人しほんしょうにん・保内商人』

 「さて今回の御屋形様からの通達の事じゃが、皆の者はどう思うか?」

 「どうもこうもあるまい、我らは御屋形様や延暦寺の庇護の御陰で、五箇商人を押しのけて繁栄しておるのじゃ、下知に従い武田との商いを行わないことじゃ。」

 『そうじゃ、そうじゃ。』

 「うむ、それが基本じゃ、それに間違いはない。特にそなたらは六角家の被官にもなっておる、御屋形様の下知に従うが道理じゃ。」

 「ならばもうこれでよいな?」

 「だがな、保内商人としてそれでいいのかな?」

 「何を言っておるのじゃ? 御屋形様を裏切って武田と商いせよと言うのか? それこそ保内郷が御屋形様に攻められ、五箇商人に取って代わられてしまうぞ!」

 「そのような事を言っておるのではない、よく天下を見て見よ。将軍家が近江国中で三好の客将に討ち取られている。御屋形様は義信を武田と言うが、朝廷は鷹司と認めておる。甲斐・飛騨・信濃・越中・越後・出羽を支配し、今また美濃の半分を瞬く間に切り取っておる。御屋形様が勝たれればよい、されどもしもの場合はどうする? 鷹司は日本海交易で若狭商人と昵懇だ、御屋形様の裁定で我らに負けた五箇商人がこのまま黙っていると思うか? 鷹司の産物は日本海を通り若狭に入り京を目指すぞ。尾張の津島湊・熱田湊が鷹司の手に落ち、鷹司が安宅水軍を擁して堺商人を抑えている三好と結べば、鷹司の産物は津島湊・熱田湊を出て、伊勢・紀伊の海を越えて堺に入るぞ。その時には我ら保内商人に生きる道は無くなるぞ。」

 「おいおい随分と可笑しな事を言う。確かに将軍家は近江で亡くなられたが、それは一向宗が守り切れなかったのであって、御屋形様の所為ではあるまい。甲斐武田の精強は認めるが、若狭武田の嫡男は六角の姫を正室に迎えているではないか。この度も御屋形様の味方をしているではないか。五箇商人の動きは確かに心配じゃな、お主の言う通り気をつけようではないか。尾張の織田がそう易々と負けるとも思えんし、我らが六角家と織田・斎藤の間で荷を運べば戦も有利になり、我らも随分と利が出るのではないか? 合戦ほど儲かる物は無かろう。武田と三好が手を組むなど噂にも聞いたことが無い、想像だけで値も葉も無い事を言うのは止めたほうがよいのではないか。」

 「若狭武田は元々甲斐武田の分家であろう、鷹司が美濃・尾張を切り取れば、長男を廃嫡して次男と鷹司の縁を結ぶ事が無いとは言えぬぞ、今は御屋形様の下知に従い、織田・斉藤との商いで利を得るのも当然じゃ、だが義信は既に左近衛大将じゃ、三好の担ぐ平島公方を西の将軍と認める代わりに、京を境に日ノ本を2つに割り、東の将軍を目指す事も有り得るのではないか? 」

 「東の将軍? 関東公方のようなものか?」

 「名などどうでもよいが、どのような場合でも商いが出来るように、手を打っておけと言う事じゃ。」

 「え~い、具体的のどうしろと言うのじゃ!」

 「一族の誰かを分家させて、甲斐・信濃に店を出させろと言っておるのじゃ、六角の被官に成っておるお主らだけでは無い、我らも保内郷に住む以上御屋形様の下知に逆らう訳にはいかん。だが鷹司領内は楽市楽座で誰でも商いが出来る、危険な美濃や尾張に店を構えなくても、鷹司領奥深く諏訪にでも店を構えればよかろう。」

 「それは我ら保内商人が、若狭近江の産物を八風街道・千種街道を使って尾張に持ち込み、分家の諏訪商人に尾張で売り渡し、飛騨・信濃・甲斐に持ち込むと言う事か?」

 「その逆も有るが、この事を保内商人の掟として秘し、御屋形様にも漏らさぬよう誓うと言う事じゃ。」

 「随分と回りくどく言っておるが、要は御屋形様の下知に従ったうえで商いを広げると言う事だな? 」

 「左様、我もお主も御屋形様の下知には従っておる、保内郷を出た分家が勝手にやることじゃ。」

 「なら何の問題も無いの、のう皆の衆?」

 『おうよ!』


 11月『京・近衛邸・近衛稙家』

 御労おいたわしい事ながら永高内親王様が薨去こうきょなされた、だがこれで三条公之の正室の座が空いた。これで娘を武田家に嫁がせ縁を結ぶことが出来る、帝に願い出る前に方仁親王・伏見宮・一条卿・二条卿に話して置かねばならんな。一条卿には大内家養子を認めることを条件に、三条家との婚儀と覚慶殿の将軍就任を後押しして貰わねばならぬな。鷹司・九条・三条・二条に対してはどうするべきか? 伏見宮貞敦親王殿下の妻は鷹司公頼(三条公頼)の妹姫、その間に出来た姫が二条卿の正室の嫁いでおる。僧になられた弟君達の還俗宮家創設に協力すると言えば取引材料となるか? それとも方仁親王と椿姫との間に男子が産まれたら宮家創設に協力すると約束する方がよいか?

 
 11月『美濃・大桑城』

 そろそろ大桑城を出て、味方の揖斐城・相羽城に入って稲葉山城を包囲する体制を築きつつ、西美濃四人衆に圧力を掛けるか? それに西美濃に入るなら竹中半兵衛を調略したいのだが、以前から影衆に調べさせていたが、竹中半兵衛が存在しないどころか竹中家が無い、手掛かりの菩提山城も存在しない。

 現実と記憶の齟齬は多いし、城に複数の名が有ったり武士の苗字や名が変わっている事も多い、そこで菩提山と竹中半兵衛重治に少しでも重なる物を探させたら、菩提山には岩手城主・岩手弾正忠誠と言う者が勢力を張り、その一族に大御堂城主・岩手重元と言う者がいることが判った。この者の「重」の字が気になるのだがどうにも確証がもてない。岩手重元が半兵衛のことなのか? それも子供や一門から現れるのか?
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