捕獲されました。

ねがえり太郎

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捕獲されまして。<大谷視点>

3.別人ですか?

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 今日は無料で飲み食いできるらしい。

 正社員の人達が積み立てている親睦会費で行う飲み会なんだって。四月採用の社員の歓迎会……だそうだ。四月採用の社員は二人だけ。私ともう一人、ルーティン営業の契約社員の男性、橋本さん。そう、今日は何と私の歓迎会でもあるのだ。
 春先営業課はバタバタと忙しくしていた。飲み会はあったが皆の予定を合わせる事が難しかったので、それらは有志扱いだったらしい。今日は正式な歓迎会なので、歓迎会の主役は全く持ち出しナシで良いそうだ。ラッキーである。私以外の派遣女性二人は一応歓迎側と言う事で千円ずつ負担する事になっているらしい。昨今色々厳しいらしいのに、流石大手の正社員は余裕ですなぁ。彼女達は今年更新で契約二年目、ちなみに私の前任者は社内の男性社員と結婚秒読みとなり、契約更新は行わなかったそう。その補充として採用されたのがこの私なのだ。

 入社するまではお菓子会社って女の人が多いイメージがあったけど、企画開発の部署なんかは理系の人が多くて意外と男性社員ばかりだったりする。だから比較的若い女性が入れ替わり入って来る派遣社員は、仕事ばかりで職場を離れられない男性社員の花嫁候補と言う側面もあるらしい……というのは総務課の知合いに聞いた話だ。本当かどうか真偽のほどは分からないけれど、実際私の前任者はしっかりその王道ルートに乗ったようだ。

 営業課も三好さん以外の正社員は男性ばかりだ。本来なら課内で纏まるカップルが多くてもおかしくないのだろうけど……何となく私以外の女性の派遣社員も、課内で彼氏を作るのは諦めているような気がする。



 きっと亀田課長の威圧的で神経質な空気が課内を支配している所為だろう。



 何か具合の悪い事があれば全て課長が要因だろう……と結びつけるくらいには、私は入社して以来の課長の仕打ちを恨みに思っていた。確かに『仕事だから仕方ない』とも思う。『課長の言葉は正論なのだ』とも。しかし頭では理解できたとしても、感情はそう簡単に頷いてはくれない。実際、私はひどく狭量なのだった。



 見た目だけは、真面目で大人しそうなんだけどねって―――よく言われます。



 そんなワケで主役の私と橋本さんは上座に座らせられている。そして……そのすぐ右隣に―――亀田課長がいる。

 やだーやだー!何で課長の隣……?!

 橋本さんがこっち座ってくれればいいのにっ!「奥どうぞ」って勧められるまま座ったら、まんま課長の隣!橋本さん、絶対ワザとだ……!図られたあ!

 そんなワケで私は体を強張らせながら冷や汗を掻きつつ、身を縮めて掘り炬燵のその席にチョコンと収まっているのである。

 何を話せば良いのか分からず、ただ目の前の皿に集中する。どうせ口を開けば嫌味かお説教がその酷薄な唇から飛び出してくるのだろう……と戦々恐々として益々口が重くなる。
 そしてどうしようもなくなって―――チビチビと、ビールに口を付けた。お陰でいつもよりちょっとだけペースが速くなっているような気がする。

 すぐ酔っちゃう性質たちだからいつもはセーブしているんだけど……ああ……何だか酒が回ってきたよ。ほわーんとして、現実が膜一枚隔てて遠ざかっているような気分になる。
そうだ、この方が良いかもしれない。
 だってイイ感じに恐怖心が溶けて、ドロドロと足を伝って体から流れ出て行くようだ。



 しっかしこの人、三十八にもなって独身とはねぇ……顔が好くて、稼ぎが良い出世頭でもやっぱ『性格に問題アリ』って事なのかな?ウチの課の女性社員にはターゲットにされていないけど、他の課の女性社員には結構人気があるんだよな、全く理解出来んけど。
『フリーらしい』って噂がある一方で、二次会にはほとんど参加しないし休日出勤もしないから、外に彼女がいるって言う噂も根強く残っているらしい。

 でも普段のこの人の、男女関係ない容赦の無さを直接実感している身としては―――やっぱ彼女なんか、いないんじゃないの?って思っちゃう。あんなんされて、好きになる女の子なんかいないと思うけどっ!

 思わず勢いを付けて、グラスに入ったビールをグッと飲み干す。

「プハーっ」

 と勢いよくグラスを唇から離しテーブルに置くと、カツン!と思った以上に大きな音がして驚いた。
 ん!……ついつい力が入っちゃうなぁ。
 ほんのちょっと飲んだだけですぐ頭がクラクラしちゃう、燃費の良すぎる体が恨めしい……だから飲み会に参加すると、いっつもワリカン負けしちゃうんだ。

 クスリと隣で笑う気配がして、ギクリとする。

 え?
 まさかそんな。

 あの銀縁眼鏡が笑う……なんて、きっと幻聴に違いない。

「お疲れ様」

 そう言って、ヌッと目の前のグラスにビール瓶の注ぎ口が現れた。
 恐る恐る頭を上げると、瓶を傾けている銀縁眼鏡……いや亀田課長が。

「ん」

 と、促され―――慌てて私は目の前に置いてきぼりになっていたグラスを掴み、持ち上げる。

「あ、スイマセン……恐れ入ります」
「こちらこそ。いつもお世話になっています」

 な、なんだなんだ。
 少し笑みを含んだ返しに、思わず瞬きを繰り返してしまう。

「お前、根性あるよな」
「え?」

 ビールをぎながら、揶揄うでもなく心底感心した様子で課長は頷いた。

「どんなに俺が注文付けても、次にはちゃんと対応してくる。そこまで真剣に注意された事を吸収して頑張る奴って珍しいぞ、派遣社員じゃ」
「え……」
「正直、すごく助かってる―――だから今年一年、これからよろしくお願いします」



 そう言って―――ニコリと笑った。



「あ―――は、はい!こちらこそ……よろしくお願いします!」



 初めて見た亀田課長の笑顔は―――トンデモない破壊力があった。

 えええ!
 ひょっとして、この人、会社の亀田課長とは別人じゃないですか??

 これが所謂『ギャップ』ってヤツ??
 あれだけ罵倒しまくっていたと言うのに……私の胸は単純にもキューンと締め付けられてしまった。その事実にまた慌ててしまう。



 動揺した私はまたしても、一気にビールを煽ってしまい―――その日はスッカリ、フラフラになってしまったのであった。

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