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344 誰がために鐘は鳴る⑨

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「クゥゥゥァァァアア!」

ティアマットが大きく息を吸い、炎を吐き出した。
迫る炎。ワシは動けなくなったクロードとメアを抱えたまま、テレポートで飛ぶ。
先刻までワシらがいた場所を、ティアマットの炎が焼き払う。

「くそっ! いくらなんでもこの状況はマズイぞ!」

動けない二人を抱えていては、ろくに戦闘も行えない。
アインベルには悪いが、ここは一旦引かせて貰うか。

「ゼフ!!」

頭上から聞こえる声の方角を見やると、空に翼を広げた一角馬が見えた。
あれはウルク!? ミリィが復活したのだろうか。
いや、ウルクに乗っているのはミリィではなく、アインベルとベルだ。

「こちらです! 早く!」
「む……」

何故あの二人がウルクに……いや、今はそんな場合ではない。
ともあれワシはテレポートでウルクの降り立とうとしている場所へと、飛ぶ。

「ゼフ、無事で何よりです!」
「そっちの二人は……あんま大丈夫じゃなさそうねぇ」

ぐったりとしたクロードとメアを見て、ベルが呟く。

「それ程の激戦だったのだ。まぁ戦闘は以前続行中だがな。それよりその馬はもしかしてウルクなのか」
「ヴィルクです。まぁミリィさまはウルクとお呼びになられていましたが」

おいおいまさかと思ったが、本当にそうなのかよ。
あの馬鹿馬の本体がメイドのヴィルクとは……ミリィが呼び出した時はアレな性格なのに、信じられんくらいまともである。
呼び出された使い魔は、術者の性格が交じるとはいえ……まぁ混じったのがミリィだからかもしれない。

「それよりアインベル、何をしにここへ来た? まさか応援しに来たというわけではあるまい」
「……もちろんです、とっておきの手を持ってきました」
「ほう、ならば期待させて貰おうではないか」
「えぇ、これを見てください」

そう言って、アインベルは肩にかけていたケープをするりと地面に落とした。
胸元のボタンを外し、服をはだけさせていく。それを見て慌てるベル。

「な、何やってんのよっ! アインベル!?」
「私は異界を渡り、その身を剣と化する神剣アインベルという力を得ました。それでティアマットを――――倒します」

本体であるアインベルの神剣化……か。
だがアレが相手では、それでも厳しいかもしれない。
何しろ以前首都にあらわれたティアマットの分体ですら、五天魔の力を集結してやっと倒せたのだ。
いくら神剣アインベルがあろうと……

「大丈夫です」

ワシの考えに気づいたのか、アインベルは言った。
その目は自身に満ち溢れている。

「私はベルと別れた時、その力の半分をベルに渡しました。元通り一つになり、その上で神剣化すれば、その力は今までの神剣アインベルとは比べ物になりません」

だが慌てたのはベルである。

「ちょ! 元通り一つにって……もしそうなったら、どうなるのよ?」
「同じ身体に二つの魂は存在できません。……片方の人格のみが残る事になるでしょう」

アインベルの言葉に、ベルが慌てて首を振る。

「いやよそんなの! それって私が消えちゃうってことでしょ!? 絶対ヤダ!」 
「その心配はありません」

そう言って、今度はアインベルが首を振る。

「……今回の件でよくわかりました。私のような弱王では、有事の際に何も出来ずただ慌てるだけ……その点ベル、あなたはこのような状況になっても立派に民を導き、救い出しました」
「はぁ? ……いきなり何を言って……」
「ベル、貴方こそが王にふさわしい」
「……っ! あんた、何考えてるのよっ!」

ベルは差し伸べる手を払う。
アインベルが何を考えているのか、察したのだろう。
だが拒絶されようとも、アインベルの目は決意に満ちていた。

「……自分が、いなくなっちゃうのよ……!」
「いなくなるわけではありません。私はベルの中にいますから」
「そういうことじゃなくって!」

ベルの叫び声に呼応するように、遠くでティアマットが土を踏む音が聞こえる。

「……時間がないのです。こんな言い方は卑怯でしょうが、ティアマットが来ればこの国の全てが塵と化すでしょう。あなたが守っていた子供らも」
「ひ、卑怯よっ! 本当にっ!」
「卑怯……ですか。ふふ、確かにこういうところは、王に向いているのかもしれませんね」
「ふざけないでっ!」

――――ぱしん、と。
自嘲気味に笑うアインベルの頬を、ベルが平手で叩いた。
だがアインベルは、ベルを優しく見つめるのみだ。

「お願い、します……!」
「……っ!」

アインベルの迫力に飲まれたのか、ベルはごくりと息を飲む。
答えを急かすかのように、ティアマットの足音がずしんと辺りに響いた。
ベルは目を瞑り考え込んだ後、大きなため息を一つ吐いた。

「はぁ……わかった、わかったわよ。やればいんでしょやれば」
「ベル……! ありがとうございます!」
「言っとくけど、私がベースだからね! もしあんたがしゃしゃり出てきたら、噛みついてでも奪い返してやるんだから!」
「ふふ、その心配はいりませんよ……では、時間もありません。ベル」
「……ん」

言葉と共にアインベルが服を脱ぐと、その身体が眩い光に包まれた。
アインベルがベルの手を取ると、光は更に強くなっていく。
光はベルに重なっていき、そして徐々に収まっていった。

「……………………」

光が収まり、ベルが無言で立っていた
確かめるように、自分の手のひらを見つめている。
見た目はベルのままだが、どこか雰囲気が違うように感じられる。
一体化とやらには成功したのだろうか。

「ベル……なのか?」
「うーん……あー、うん、ベル……って言っていいのかな」

何やらぶつぶつと呟きながら、ベル(?)は頭をわしわしと掻いた。
確かに姿や口調はベル(?)のモノだが、彼女が今まで持ち合わせていなかった雰囲気を感じる。
なるほど、これが一体化というわけか。
ベル(?)はワシを見て、悪戯っぽく笑う。

「アインベルでもなく、ベルでもなく……そうね、私の事はアインとでも呼んでもらおうかしら?」
「アイン……か」
「ふふ、よろしくね、おじい?」

……なるほど。アインベルでもなく、ベルでもなく、か。
苦笑するワシの手を取ると、眩い光と共に剣の形を成す。
神剣アインベル――――いや、これは違う。

「真なる王の剣――――アインヴェルクとでも呼んでもらおうかしら」

アインの言葉と共に、真なる王の剣アインヴェルクが静かに鳴りだした。
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