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彼女の行方 ①

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翌日から、俺とアヤメは斎藤さんの彼女の捜索を始めることになった。

「彼女の失踪には何かある」野生の感が働く、、。と全く変な理由で、半沢主任と高木班長を説得したアヤメ。とりあえず俺とアヤメの二人なら調べてみてもよいとOKをもらった。
それと、アヤメのすることに真っ先に異議を唱える杉山さんが、異議を唱えなかったのも不思議だ。
ただ、「連絡はマメにお願いします。糸の切れた凧では困りますよ。」と言っただけだった。

俺たちは、昨日、斎藤さんが言っていた石野美幸が働いていたキャバクラに向かう。そこは、ヴァンパイア向けのキャバクラだった。

まずは、店の店長の男から話を聞く。はじめ、店長は俺たちが店の違法営業を調べに来たと勘違いしたらしく「うちは健全な店で、人血とか違法なものは提供してないですよ。」などと、トンチンカンな事を言っていたが、石野美幸さんの事を調べに来たと話すと、安心したのか協力的だった。

「あの子ねぇ。最初は真面目ないい子だったんですよ。彼氏がいるとかで結婚費用を貯めてるとか言ってね。そんなんだったから、客ともトラブルもなかったし。あの子、聞き上手でね。お店にもファンが多かったんですよ。」

「彼女が変わったのはいつ頃からか覚えてます?」

「いつ頃かなぁ。年末には、仕事を無断で休んだり、店の娘と喧嘩したり。おかしくなってたと思いますけど。直接、彼女たちから話を聞いてみたらいかがですか?」
そう言って女の子を二人呼んだ。

「こっちが、ユリちゃん。もう一人の娘がヒミカちゃんです。」

「ユリでーす。」
「ヒミカでーす。」
二人が、営業スマイルで挨拶する。

「それで、ケンカしたのはどっち?」

「私で~す。」ユリと名乗った娘が手を上げる。

「ケンカの原因は何?」

「ケンカって言うかぁ。桜子が悪いんだよ。あ、桜子って言うのはあの子がここで使ってた源氏名げんじなね。桜子がヘルプでアタシについたときに、アタシの客に、まぁ、ちょっと違うんだけど、客と一緒に来た女の子にしつこく話しかけたりして、なんか感じ悪かったから文句言ったら。あんたの客なんかに興味はない!ってキレはじめて、それでケンカに。」

「その、客と一緒に来た女の子とどんな話をしてたの?」

「なんか、いいバイトがあるとか。簡単で高収入だよ、なんて話をしてた。」

「そのお客さんの連絡先ってわかる?」

「わかるよ~。ちょっと待ってて。」
ユリが、ピンクと紫のラインストーンでデコされた名刺入れの中から、一枚の名刺を抜き取る。

「この人だよ。その名刺2枚あるから1枚さしあげま~す。」

俺は名刺を受け取り、手帳のポケットに差し込む。

「じゃ、桜子さんの親友は、あなたね。」

「親友って言うか、ここでは気が合ったって感じ。でも、ご飯一緒に食べに行ったり、桜子の彼氏も知ってるよ。仕事終わった後、車で送ってもらったりしたから。」

(斎藤さんの事だ。)

「その彼氏ってどんな人?」

「なんか。オジサン。35歳くらいかな。スーツをビシッと決めてて、金持ちって感じの人。車も高級車だった。」

(斎藤さんじゃない。彼はどう見ても20代にしか見えないし、見た目も金持ちには見えない。本人から聞いたわけではないが、高級車も持ってないだろう。)

「桜子さんは、その男をなんて呼んでたか覚えてる?」

「トベ、トバ、ちがうな、、あっ。トダ。トダさんって呼んでました。」

トダ。俺は急いでメモを取る。最近、俺はアヤメのメモ係に昇格していた。

「最近、桜子さんが変わったって、店長が言ってたけど、あなたもそう思う?」

「うん。なんか副業の方が儲かるから、この仕事はやめるみたいなこと言ってました。私も誘ってよ~って言ったんだけど、危ない仕事だから、ヒミカには紹介できないって言って。ご飯おごるから、ここ辞めても友達でいようねって言われて。」

「辞めた後、連絡は取ってたの?」

「2,3回ご飯に行ったけど。1ヶ月くらい前から急に連絡が取れなくなって。」

1ケ月前から連絡が取れなくなったというのは、斎藤さんとケンカをして家を飛び出した時期とも一致する。ヒミカの言っていた金持ちの彼氏と暮らしてるのかもしれない。

「ただ、最後に会った時、気になること言ってたんですよ。」

「気になることって?」

「ご飯食べてたら、私、なんかヤバいことに首突っ込んじゃったみたいだって言い始めて。ヒミカちゃんに仕事紹介しなくて本当に良かったって言ったんです。わたし、ヤバいなら辞めちゃえばって言ったんです。そしたら、うん辞めるって。またご飯に付き合ってねって。でも、その後連絡が無くなって、心配してたんだよね。」

職場の関係者から聞けたのは、そんなところだった。

「思ったより、斎藤の彼女はヤバい事になっているかもしれないわね。」
アヤメがそんな不吉な事を言った。

次に俺たちは、ヴァンパイアの住民登録から調べた、彼女の実家に行ってみることにした。彼女の実家は、戦争後に建てられたヴァンパイア専用の公営団地だった。
電話であらかじめ連絡をしていたからか、彼女の心配をしていた母親が団地の階段の前で待っていた。

俺たちは、家に案内され、すぐに話を聞くことが出来た。
母親は、仕事を休めなかった父親の不在を詫びる。

「父親も娘の事は心配してるんです。でも今日は、どうしても仕事を休めなくって。それで、娘に何かあったんでしょうか?だって、ヴァンパイアポリスだなんて。」

母親は今にも泣きだしそうな顔でアヤメに尋ねる。

「まだ、事件と決まったわけではないんですよ。」
アヤメが慰めるようにそう言った。

「もう1か月も連絡がないんです。1か月前に突然、ふらっと帰って来て。彼とケンカしたって言ってました。」

「あの彼と言うのは、斎藤さんですよね。」

「そうです。その後連絡が取れなくなって、翌日、斎藤君から電話があって、「ケンカした」って斎藤君も言ってたし。あの子の事だから、ほとぼりが冷めたら帰るだろうから心配しないようにって、斎藤君にも言ったんですけど、それから1か月でしょ。あの子どこに行ったんだか。」

「ああ、それと。あの子、最後に帰って来た時ハンドバック忘れて帰って。携帯と財布は入ってなかったんだけど、手帳とか化粧ポーチは入ってたから、直ぐに取りに来るだろうと思ってたんですけど、それもそのままで。」

「もし良かったら、見せていただけますか?」

「はい。今、持ってきます。」
母親は、隣の部屋に行くと、フェイクファーのピンク色のハンドバックを持って戻って来た。

「これです。」

アヤメは「確認させていただきます」と言ってハンドバックを開ける。
母親の言った通り、バッグの中には、小銭入れと化粧ポーチ。それとキャッティーちゃんのキャラクターが描かれた手帳が入っていた。
アヤメは、化粧ポーチを小銭入れを見てカバンに戻すと、手帳を開く。中には小さな字で、びっしりと文字や記号、それと数字が書かれてあった。
「変でしょ、今どきの若い子なのに、あの子メモ魔で、なんでも手帳に書く癖があったんですよ。書くと忘れないから、なんて言ってね。」
アヤメは手帳を手に取り、
「石野さん。これ、お借りできますか?」と言った。

母親は、もちろん。と言って手帳を貸してくれた。

俺たちは、石野家を後にする。車に戻ったアヤメは車のルームライトを点けて手帳を読みだした。

「この奇妙な記号と数字を彼女が手帳に書きだしたのは、去年の4月からだわ。最初はそれほど多くないのよ。記号も数字もね。この数字と、記号に何か関連があるのかしら?」

「ちょっと見せて。」
俺は、手帳を受け取りみる。

「記号と数字に関連性あるじゃん。」

「え、一宇分かったの?」

「簡単だよ。この星のマークが60000。このハートのマークが90000だね。だから、この4月23日は、星が二つで12万、ハートが一つで9万あわせて、21万。ほかの日もこの公式に当てはめたら成り立つと思うよ。」

「げっ。一宇のくせに数字に強いなんて。」

「一宇のくせにってなんだよ。この数字ってお金かな?」

「お金でしょ。だって、この子金回りが良くなったって、みんな証言してたし。」

「でも、この手帳、数字と記号しか書かれてないのよね。」

「じゃ、名刺の吉井さんって人に連絡とってみようよ。」

「じゃ、一宇。電話してみてよ。」

「もしもし。私、本田と申しますが、製造課長の吉井さんはいらっしゃいますでしょうか?はい、お願いします。」

「あ、もしもし。吉井さんですか?私、ヴァンパイアポリスの本田と申します。え、はい。ヴァンパイアポリスです。あの、お伺いしたいことがあるんです。逮捕されるのかって?違いますよ。今からそちらにお伺いしたいんですけど。用件は何かって?国分町のキャバクラ「シュガームーン」ご存知ですよね?ええ、別にキャバクラに行くのは犯罪じゃないですよ。一度女性とシュガームーンに行ってますよね?ええ、はい。浮気は倫理的にはいけないことですが、犯罪ではありません。奥様には言いませんから。同伴された女性のお名前と連絡先をお聞きしたいんだけなんですよ!」

「奥さんが怖いなら浮気するなってんだよ。吉井のつれの名前と住所がわかった。ここからそう遠くないところだけど、明日にする?」

「善は急げよ。」

俺たちは、最後の頼みの綱の吉井の彼女の元へ急いだ。

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