黒の転生騎士

sierra

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第五章

プロポーズ?   

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 正装用の夏の紺色の軍服に身を包んだカイトは、国王陛下の前に進み出ると跪き誓いの言葉を述べた。剣の平で両肩を軽く叩かれ最後に騎士の礼をする。この儀式によりナイトの称号がカイトに授与された。

「サー・カイト・フォン・デア・ゴルツ。カミラの魔の手から命の源となる井戸を救った功績は高い。よってそなたの望みの褒美を与えよう。何を望むのか申すがよい」
 カイトは背筋を正すと、口を開いた。
「リリアーナ様に求婚する許可を頂きたいのです」
 授与式に出席していた貴族の面々、並びに騎士団の者達からも驚きの声が漏れた。一番驚いたのはリリアーナである。カイトはそんな素振りを見せていなかったので思い掛けない言葉であった。しかし嬉しさで胸が一杯になり、それが表情にも表れている。

「リリアーナを望むのではなく、求婚する許可・・・?」
「はい、まだリリアーナ様には何も申し上げておりません。なのでもし許可が下りましたら、きちんと求婚させて頂きたいと思っております。」
「そなたはリリアーナを愛していると申すのか?」
「はい。心の底から」
 カイトはヴィルヘルムの視線を真っ直ぐに捉えると答えた。
「リリアーナが断ったらどうするつもりだ?」
「その時はリリアーナ様付きの騎士を辞して、騎士団を去るつもりです」
「身分の違いを考えなかったのか?」
「もちろん、考えました・・・一時は諦めようとも思いました。しかし、どうしても諦めきれず処罰も覚悟の上で申し上げました」
「イフリートは国の英雄であり、身分の件を差し引いても余りあるものをこの国に与えてくれる。カイト、お前には何がある?」
「私はイフリート団長には及びませんが、リリアーナ様を一生お守りし、同じくリーフシュタイン王国にも一生の忠誠を誓います」
「お前の忠誠にはリリアーナを与えるだけの価値があるとでも・・・?」
 カイトは顔を更に上げて堂々と答えた。
「はい! 私にはその価値があると自負しております!」
 騎士団の仲間達からは歓声が上がった。『よくぞ言った!』『あの謙虚の塊が!』という言葉が飛び交っている。

 ヴィルヘルムが右手を上げると、歓声が治まった。
「一介の騎士の身でありながら、立場をわきまえずリリアーナへの求婚の権利を求めるなど、身の程知らずも甚だしい・・・と言いたい所だが、身を呈して井戸を守った功績は大きく、自身が能力、人格ともに備わった人物である事などを考え合わせ・・・」
 ヴィルヘルムは一呼吸置いて、ホール全体を見回した。
「国王の名に於いてここに求婚する許可を与える!」
 周りから一斉に拍手と歓声が沸き起こった。
「ありがたき幸せに存じます」
「但し! リリアーナから承諾を得た暁には、最低二年間は婚約期間と定める」
「かしこまりました」
 カイトは胸に手を当て礼をするとリリアーナと一瞬視線を合わせ、身体の向きを変えて出口に向かった。周りからはまた拍手が沸き起こる。リリアーナは喜びで顔が輝き、胸から幸せが溢れそうだ。そしてその笑顔によって周りの空気も華やいだ。

 カイトは後から追ってきた騎士団の仲間達に取り囲まれた。
「やったな!」
「おめでとう!」
「じゃあ、行こうか!」
「え・・・?」
 いきなり先輩を中心とした仲間たちに拉致された。
「待って下さい!! 一体どこに行くんですか!?」
 皆に囲まれ、押されるようにして誘導されるカイトに向かって答える。
「お祝いに決まってるじゃないか!! 町で朝まで飲み明かすんだ!」
「・・・まだ昼だし。邪魔しようとしてませんか・・・?」
「何の?」
「・・・プロポーズの」
「だって!! リリアーナ様となんて羨ましすぎる!!」
「それをやっかみと言うんです!!」 
 カイトは溜息をついた。ちょうど城門を出た辺りである。
「分かりました――」
「え・・・? 分かったのか?」
 いやに素直だと思っていると。
「デニスはいるか!?」
「はい! カイト先輩!」
 皆の中からカイトを慕う騎士見習いのデニスが走り出てきた。
「上着を持っていてくれないか?」
「はい! 分かりました!」
 カイトはデニスに脱いだ上着を渡すと、白いシャツの両袖をまくり、きつい喉元のボタンもいくつか外した。
 そして構える――
「さあ、最初の相手は誰ですか?」

 いきなり、ズザーッと道が開けた。
「え!? 皆!!ってか先輩方も! もう降参!?」
 スティーブが喚いている。
「なら、お前が行け!」
「・・・・・・カイト、リリアーナ様がお待ちだぞ」
「・・・俺のこの時間は一体何だったんだ?」

 カイトは上着をまた着ると、踵(きびす)を返して城内に戻った。

「リリアーナ様、どうぞお座りになって下さい。紅茶が冷めてしまいますよ?」
「だってフラン・・・もうすぐカイトが来るのに、私、どうしよう、胸の動悸が治まらないの」
「やはり紅茶を飲んで落ち着きましょう・・・それにしても、カイト遅いですね。ホールも先に出たはずだし、ここまでそう遠くないのに」 

『スティーブ、先輩方も今回ばかりは後で締めてやる!』 
 カイトはあの後に城門から引き返す間、知り合いや、貴族や、色々な人達に呼び止められ、その度に許可を頂いたお祝いを言われ、求婚がうまくいく事を祈られ、世間話をし、無下にする事もできずに時間ばかりが過ぎていった。そしてやっとリリアーナの部屋の前に到着した。警護はビアンカとアビゲイルで、なぜかアビゲイルは涙ぐんでいる。
「やあ、ビアンカ、アビゲイル・・・アビゲイル、どうしたんだ?」
 それに対してビアンカが返事をする。
「カイト! 何でもないのよ、気にしないで。姫様がお待ちよ、カイトはすぐ通すように言われてるから」
 ビアンカはノックをして、カイトが来た旨を告げ、扉を開けた。カイトがハンカチをアビゲイルに差し出した。
「アビゲイル、良かったら使ってくれ」
 アビゲイルが本格的に泣き出す。
「お願い、こんな事しないで~~~」
「え!? 俺、何か悪いを事した!?」
 カイトが慌てている。
「カイト、大丈夫だから、ほら、もう入って!」
 戸惑い気味のカイトを半ば強引に部屋の中に押し込んだ。

「カイト遅いわよ」
 小さい声でフランチェスカに言われた。
「悪い。これには訳があって・・・リリアーナ様は?」
「待っている間ずっと緊張していて、ほら、疲れて寝てしまわれたの」
 フランチェスカが指し示す先を見ると、ソファの上でクッションに埋もれて眠るリリアーナがいた。
「そうか・・・」
「カイト、上着を脱ぎなさいよ。まだしばらくお起きにならないと思うし、ハンガーに掛けとくわ」
「ありがとう」
「・・・喉元のボタンが外れているのはまだいいとして、何で袖までまくっているの?」
 上着を渡した時、フランチェスカがシャツについて質問した。カイトはスティーブ達に拉致された事と、そのお陰でたくさんの人と挨拶しなければいけなくなって遅れた事を説明した。
「早く来たくて慌てていたから、シャツを直さないでそのまま上着を着てしまったんだ」
「そうだったの・・・分かったわ。後でスティーブと騎士団の皆様は私がきっちり締めとくから」
 自分が締めるより効果がありそうだ――
「リリアーナ様の隣に座っても?」
「許可しましょう」
 カイトはリリアーナを起こさないようにそっと腰を掛ける。
「この後にプロポーズするんでしょう?」
「できれば・・・でもまだ自分の気持ちをちゃんと伝えていないから、それが先だと思うんだ」
「え!? 嘘でしょう!? だって医務室であんな事したのにまだ言ってないの!?」
「俺は最近、犯罪者扱いだな」
 フランチェスカは廊下へ続く扉へと足を運んだ。
「私、他の仕事してくるから、何かあったら呼び鈴の紐を引っ張って」
「分かった。ありがとう」
 
 リリアーナは気持ち良さそうにすやすや眠っている。
このままで暫くいよう――
カイトは求婚の許可が下りた事に感謝しながらソファの背にもたれて目を閉じた。

 リリアーナが目覚めると、もう随分と日が陰っていた。フランチェスカが声を掛けてこない。珍しい事があるものだと周りを見回すと、同じソファの反対側でカイトが眠っていた。

 思い出した――
カイトがなかなか来ないので、うとうとして眠ってしまったのだ。ソファに座り直してカイトを起こすべきか迷いながら目を向けると何だかいつもと雰囲気が違う。少し近付いて観察してみる。
 いつもはきちんとしているカイトが、白いシャツの前を少しはだけて、袖をまくり上げている。前髪もまるで目を隠すように無造作に落ちている。
 好奇心に負けて、そっと指を伸ばして腕に触れてみた。
『固い――』鍛えられた筋肉を感じさせる感触だ。はだけたシャツから覗く身体も引き締まっているのが分かる。自分と全然違う事に、なぜか胸がキュッとなった。無防備なカイトを見るのも初めてだし、こんな至近距離でじっと見るのも初めてだ。そっと顔を近づけて眠っているカイトにキスしようとしたが、いけない事をしているような気持ちになり、少し紅くなって離れようとした。
「――やめるのですか?」
 咄嗟のことに息を呑むと、前髪で隠れた目が細く開けられていることに気付いた。
 見られていた――!
恥かしくて真っ赤になり、急いで離れようとしたところをカイトの両手に捕まってしまった。
「カイト、離して」
「――離さない」
 いつもと違うカイトに驚き、思わず視線を合わせると、少しずつ引き寄せられている。もがいてみたが、びくともしない。高鳴る鼓動にどうしていいか分からず、戸惑った視線を向けるとカイトが苦笑した。 

 軽くくちづけた後に身体を少し離して伝える。
「リリアーナ様、愛しています」
 リリアーナの目が見開かれた。何かを言おうと開いた唇をカイトが引き寄せて塞いでしまう。震える身体を抱きしめて尚も深く、激しくくちづけた。ふと気付くとリリアーナの身体から力が抜けてしまっている。ちょうどそこにフランチェスカが入って来た。カイトの腕の中でぐったりしているリリアーナを見て驚きの声をあげる。
「カイト! あんた姫様に何したの!?」
「いや、加減するのを忘れて・・・」
「何の!?」
「キスだよ!」
「・・・・・・あんたのキスが凄いって噂、本当だったのね・・・それでプロポーズはできたの?」
「気持ちを伝えたところまで・・・かな」
「一体何をやってるの・・・?」
 半ば飽きれられたフランチェスカの視線を感じながら、寝室にリリアーナを運ぶ事となった。
 

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