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時の旅人 ⑥

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また何日かとんだらしい。爺さんは、高校を卒業して無事、「高橋モータース」に就職していた。
仕事に行き、家に帰る。この繰り返しの生活だ。安芸の家の近くに行っては会えずに戻ることもあった。

「勝也。お前に客だ。もうすぐ昼だから、休憩に入っていいぞ、」
そう言われて、爺さんが行ってみると見知らぬ女性が立っていた。

「はじめまして、、、。だよね?」
女性は、何も言わずうなずく。

「あの、私。阿部里美と言います。勝也さんにお話があって。」

「俺の名前知ってるってことは、俺の知り合いの、知り合いかなんか?」

里美がまたうなずく。ん?この子、里美って言ったよな?
この子が俺のばぁちゃん???

「ちょっと待ってて、俺、手洗ってくるから。飯でも食いに行こう。」
爺さんは、彼女の返事も聞かず、とっとと手を洗いに行く。

「おまたせ。何食べたい?俺奢るよ。」

「あの、あの、、。」

「あ、里美ちゃんだっけ?君、ナポリタン好き?この先の喫茶店のナポリタン、麺がちょっと伸び気味でうまいんだ。行こうよ。」

(じいさん。その説明、、、。なんかまずそうに聞こえるぞ。)

喫茶店に入ると二人は向かい合わせに座る。ナポリタンを二つと、コーヒー、レモンスカッシュを各々が頼んだ。

「それで、俺に話って何?」

「あの。私、安芸様の眷属なんです。」

「え?ごめん。俺頭悪くって。眷属って何?」

「ええと。眷属と言うのは、ヴァンパイア、つまり吸血鬼に使える人間の事です。ヴァンパイアは昼まで歩けないので、私が代わりに、、、。」

「じゃ、里美ちゃんは、ヴァンパイアの。つまり。安芸のお抱えのお手伝いさんみたいなもん?」

「そうです。」

「そうか。ありがとう。安芸にいつも良くしてくれて。」
そう言って、じいさんは、里美に頭を下げる。

「止めてください、勝也さん。私、安芸様には本当に良くしていただいてます。その恩返しがししたくて今日はここに来たんですから。」

「恩返し?安芸に?」

「そうです。」

「それじゃ、安芸は元気にしてるんだな。良かった。本当によかった。」

「勝也さんって、本当に安芸様の言う通り。」

「安芸が?俺の事なんて?」

「真っすぐで、前向きで、一緒にいて楽しい人だと。あ、それと。わらわの一番は、いつも勝也がくれると言ってました。」

見えないが、爺さんはデレデレしているに違いない。
まずいぞ。この里美って子もすごく良い子だ。爺さんが、里美を好きになったとしてもマズいし、安芸にフラれてこの子に乗り換えたにしても、それはそれでマズイよな。

「最近、安芸様はお仕事が忙しくて。それに、白神さまも安芸様の行動に常に注意を払っておいでで、安芸様も勝也さんに会えなくて寂し毎日を過ごされていますよ。」

「え?安芸って働いてるの。何の仕事?」

「安芸様からお聞きじゃないことは、私の口からはもうしあげられません。ごめんなさい。」

「こっちこそ、ごめん。言えないこともあるよな。言わなくっていいよ。次に安芸に会ったら聞いてみるよ。」

「そうなさってください。安芸様は、大変重要なお仕事をされておられます。」

ナポリタンと、飲み物が運ばれてくる。

「さぁ。のびないうちに食おうぜ。ここのナポリタンは、のびかけがうまいんだから。」

「本当に、のびかけてて、美味しいです。」

「だろ。」

二人はしばらく黙って食事をした。

「それで、これを勝也さんにお渡しするように安芸様から預かってきました。」

「これってポケベル?」

「そうです。簡単なメッセージやり取りもできるんですが、やり方ご存知ですか?」

「おれ、電子機器に疎くって、でも覚えるよ。安芸にもそう言っておいて。」

「わかりました。頑張ってください。安芸様に使い方の説明は私がしておきました。そろそろ、お時間ですよね。」

「あ、本当だ。里美ちゃん。今日は本当にありがとう。君は命の恩人だよ。」

「そんな、勝也さん。大げさですよ。」

「大げさじゃないよ。俺安芸の事が心配で生きた心地がしなかったんだから。」

「ふふふ。それなら。私も来た甲斐がありました。」

「安芸に、また会えるから元気にしてろって伝えてください。」

「わかりました。必ず伝えます。」

二人は、喫茶店の前で別れた。白神が安芸の行動に目を光らせていると、里美は言っていた。安芸と白神の関係ってなんなんだろう。安芸の仕事っていったい。それにあの里見と言う子は、自分を眷属だと言っていた。眷属なら、人間のはずだ。だったら俺はヴァンパイアのクォータじゃなくって、人間だろ?謎は深まるばかりだった。
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