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時の旅人 ⑤
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あのデートの後。爺さんは抜け殻のようになった。あの夜以降、安芸からの連絡はない。
リーゼントもセットせず。部屋でぼんやり考え事をしたり。妙なため息をついたり。見ているのが可哀そうになるほどだった。
(まあ、憑依している俺からは実際には見えないけど、、、。)
でも、ぼんやりとばかりもしていられない。卒業式が終わったら、すぐに「高橋モータース」で仕事が始まる。爺さんは歩いて、高橋モータースに遊びに行く。
「勝也。久しぶりじゃねぇか。デートで忙しかったのか?」
「デートなんかあの1回こっきりだよ。」
「なんだ?もうフラれたのか?」
パーツ屋のおやじが驚いて尋ねる。
「フラれてねぇよ。彼女の家、金持ちのうえ、由緒正しい家柄らしくって、俺みたいな貧乏人とは釣り合わないかもしれない。」
「そうか、身分の違う恋愛はうまくいかないって言うもんな。」
「いや。俺はあきらめないぞ!安芸ちゃんともう、一回デートする。諦めたら、そこで終わりだ!」
パーツ屋のおやじの慰めの一言がおやじの負けん気に火をつけた。
その時、爺さんの視界に1台のバイクが飛び込む。
(あ、これ。俺のバイク。まだ新しくってキレイだけど、間違いない。俺のベスパだ。)
爺ちゃんもベスパが気になったらしい。
「おやっさん。このバイクどうしたの?」
「1951年式、Vespa125。フェンダーライト。有名な映画で使われたのと同じモデルらしいぞ。」
「ローマの休日?」
「おおそうだ。その映画と同じモデルだよ。」
「これどうしたの?」
「うちのお得意さんから、下取りしたんだよ。」
「じゃあ。売りもんだよな?いくら?」
「そのベスパは、映画の影響で高いんだよな。」
「だから、いくらだよ。」
「お前に売るなら下取りした価格でいいよ。50万だ。」
「50万か、たけぇな。」
「どうした、勝也。お前の好きなレーサーレプリカじゃないだろ。お前が好きそうなバイクも探してるぞ。それなら50万もしないし。」
「いや、俺。このバイク買う。頼むこれを俺に売ってくれ。」
「別にいいけど、顧客サービスで引き取っただけで、うちの店の客層が好むバイクとは違うからな。売れるか心配してたところだし。」
「俺のバイク貯金いくらある?」
爺さんは、バイトの稼ぎを次のバイク購入費用にためていたらしい。
「待ってろ、ええと、38万円だな。」
「わかった。あと12万円だな。ありがとう、おやっさん。また来るわ。」
爺さんはそう言って店を飛び出す。
爺さんの考えていることは、わかった。あれで安芸とデートしようと考えているんだ。
爺さんは、家にすっ飛んで帰ると、届いたばかりの地方新聞の夕刊を広げる。
「なんだい、勝也。いきなり帰って来たと思ったら。新聞なんか見て。雨でも降るんじゃないかしら。」
母親が妙な顔をしてみているが爺さんは気にしない。見ているのは、求人欄だ。
そのまま新聞を持って家を飛び出す。
爺さんが選んだ職種は、期間限定の工事現場の作業員だった。
日給1万円。夜間なら1万5千円もらえる。
飛び込みで面接に行くと、その場ですぐ採用になり、早速今夜から働くことになった。
高校は、卒業前の休みが始まっていたのでがっつり働ける。
爺さんは昼寝して、夜働いた。
若くて、体力のある爺さんは、現場でも、重宝され、みんなにもかわいがられた。あっという間に10日間が過ぎ、爺さんは、15万を握りしめて、高橋モータースへ急ぐ。
「おう。待ってたぞ。お前がすぐに乗れるように名義変更もしておいたよ。」
「サンキュー。じゃこれで。」爺さんは15万円を机の上に置く。
「勝也、多いよ。残金は12万だ。」
「手続きもやってもらって、その手間賃っす。」
「お前。そのバイク。彼女と乗るつもりなんだろ?じゃ、彼女のヘルメットサービスするから、好きなの持っていけ。」
「ありがとう。おやっさん。」
爺さんは、女性用の可愛いピンクのカラーリングのヘルメットを持って、意気揚々と家に戻る。
家に戻ると、安芸から電話が来ない現実にぶち当たり、また爺さんは落ち込む。
そのあと、爺さんはピンクのヘルメットを持って、外に出た。
古いバイクだがエンジン音は快調だ。
あの日、初めて会った山道を走る。もしかすると安芸が散歩に来ているかもしれないと考えているんだろうか。
安芸が飛び出してきて、バイクで転んだ林道でエンジンを止める。
安芸はいない。じいさんの寂しい気持ちが俺にも伝わった。
「見つけたぞ。勝也。」
「安芸ちゃん。」
「わらわは、お前が来るような気がして。度々、ここまで散歩に出ておったが、やっと来おったな。」
「ああ、ごめん。俺、バイトが忙しくって。あ、俺。バイトして、新しいバイク買ったんだぜ。」
「まぁ、ちょうど良かったわ。あの後、散歩に出るたび、白神の奴がしつこくついて来ての。お前が来なかったお陰で、あいつも油断したのか今日は一人で抜け出せたわ。」
安芸がバイクを見る。
「おお、この乗り物は、あの映画で王女がのっていたものだの。」
「そうさ。Vespa125って言うんだぜ。」
「お前が前に乗って居た乗り物とは、だいぶ形が違うが。」
「お、俺。安芸ちゃんが喜ぶと思って、」
「なに、わらわのためにこれを。もちろん、うれしいぞ。一番じゃ。」
安芸の髪には、梅の花の髪飾りが着けられていた。
「安芸ちゃんそれ。」
「お前がくれたプレゼントじゃ。似合ってるかの?」
「すごく似合うよ。」
「これから、これに乗って、ドライブにでも行かないか?」
「乗ってもいいのか?」
「安芸ちゃんのために買った、バイクだもの。乗ってもらわなきゃ。これ、安芸ちゃんのヘルメット。」
「ちょっと待っておれ。」
安芸が髪飾りを外すと、夜風に髪の毛がなびく。きれいだ。
お、俺は爺さんの彼女に何考えてんだ。爺さんに憑依してるからって、それはマズイ。
安芸は、髪飾りを大事そうに肩から下げたポシェットの中に仕舞いこんだ。そして、ヘルメットをかぶり、映画の中で女優がそう座ったように、横向きにバイクに座った。
「ようし。安全運転で行くぜ!」
「どこに行くのじゃ?勝也。」
「俺にいい考えがある。」
そう言って行先を告げずにバイクは走り出した。
バイクを走らせるには、気持ちの良い夜だと思うが、憑依している俺には良く分からなかった。ヴァーチャルのカメラで映像を見ている感じとでも言うのか、俺が今の時点でわかるのは、自分自身の考えと、実際に目に映っている映像だけ。爺さんや安芸の感情も分かっているつもりで、実は全く分かっていないのかもしれない。
バイクは夜の市街地を抜け走る。そして、たどり着いたのは夜の公園だった。仙台市西公園。そこは桜の名所で、満開の桜が咲いていた。
時間は、11時。桜の時期だけ開店する屋台は、すでに閉店していたが、まだあちこちに人の姿がある。
安芸は、バイクを降りるてすぐ、髪留めをつける。
「これは、いつでも着けていたいのじゃ。」
可愛いことを言う娘だ。俺はマジで感動した。もう、俺なんか生まれなくってもいい。この二人の恋を応援したい。そんな気持ちになる。
「こんなにたくさんの桜を見たの初めてじゃ。わらわの家の庭にも桜の木があるがの。1本だけじゃ。桜とは、たくさんあると圧巻じゃの。」
安芸はひらひらと舞い散る桜の花びらの下で、桜の精のようだ。
俺はそう思う。爺さんもそう思っているに違いない。
「俺、安芸に見せたいもんがたくさんある。」
「わらわに見せたいもんとはなんじゃ?」
「仙台の七夕も。光のページェントも。松島の海岸も、、、。安芸といると、どこにいても、何をしても楽しい。」
「わらわもじゃ。勝也。勝也といると楽しい。このような気持ちは初めてじゃ。」
「さて、帰るか。家抜け出してきたんだろ?あんまり、遅くなると家族が心配する。」
「もう帰るのか?残念じゃ。」
「安芸、また会えるよ。指切りだ。」
「げんまんじゃ。」
安芸を乗せて、バイクは走る。元来た道を。安芸の家に到着する。
「勝也、お前はもう帰れ。白神に見つかると面倒じゃ。」
「わかった。また会えるよな。」
「もちろん。わらわに考えがある。任せておけ。」
安芸が門の中に消えても、爺さんはしばらくそこに立ち尽くしていた。
安芸の考えってなんだろう?
爺さんは、諦めて家に向かってバイクを走らせた。
リーゼントもセットせず。部屋でぼんやり考え事をしたり。妙なため息をついたり。見ているのが可哀そうになるほどだった。
(まあ、憑依している俺からは実際には見えないけど、、、。)
でも、ぼんやりとばかりもしていられない。卒業式が終わったら、すぐに「高橋モータース」で仕事が始まる。爺さんは歩いて、高橋モータースに遊びに行く。
「勝也。久しぶりじゃねぇか。デートで忙しかったのか?」
「デートなんかあの1回こっきりだよ。」
「なんだ?もうフラれたのか?」
パーツ屋のおやじが驚いて尋ねる。
「フラれてねぇよ。彼女の家、金持ちのうえ、由緒正しい家柄らしくって、俺みたいな貧乏人とは釣り合わないかもしれない。」
「そうか、身分の違う恋愛はうまくいかないって言うもんな。」
「いや。俺はあきらめないぞ!安芸ちゃんともう、一回デートする。諦めたら、そこで終わりだ!」
パーツ屋のおやじの慰めの一言がおやじの負けん気に火をつけた。
その時、爺さんの視界に1台のバイクが飛び込む。
(あ、これ。俺のバイク。まだ新しくってキレイだけど、間違いない。俺のベスパだ。)
爺ちゃんもベスパが気になったらしい。
「おやっさん。このバイクどうしたの?」
「1951年式、Vespa125。フェンダーライト。有名な映画で使われたのと同じモデルらしいぞ。」
「ローマの休日?」
「おおそうだ。その映画と同じモデルだよ。」
「これどうしたの?」
「うちのお得意さんから、下取りしたんだよ。」
「じゃあ。売りもんだよな?いくら?」
「そのベスパは、映画の影響で高いんだよな。」
「だから、いくらだよ。」
「お前に売るなら下取りした価格でいいよ。50万だ。」
「50万か、たけぇな。」
「どうした、勝也。お前の好きなレーサーレプリカじゃないだろ。お前が好きそうなバイクも探してるぞ。それなら50万もしないし。」
「いや、俺。このバイク買う。頼むこれを俺に売ってくれ。」
「別にいいけど、顧客サービスで引き取っただけで、うちの店の客層が好むバイクとは違うからな。売れるか心配してたところだし。」
「俺のバイク貯金いくらある?」
爺さんは、バイトの稼ぎを次のバイク購入費用にためていたらしい。
「待ってろ、ええと、38万円だな。」
「わかった。あと12万円だな。ありがとう、おやっさん。また来るわ。」
爺さんはそう言って店を飛び出す。
爺さんの考えていることは、わかった。あれで安芸とデートしようと考えているんだ。
爺さんは、家にすっ飛んで帰ると、届いたばかりの地方新聞の夕刊を広げる。
「なんだい、勝也。いきなり帰って来たと思ったら。新聞なんか見て。雨でも降るんじゃないかしら。」
母親が妙な顔をしてみているが爺さんは気にしない。見ているのは、求人欄だ。
そのまま新聞を持って家を飛び出す。
爺さんが選んだ職種は、期間限定の工事現場の作業員だった。
日給1万円。夜間なら1万5千円もらえる。
飛び込みで面接に行くと、その場ですぐ採用になり、早速今夜から働くことになった。
高校は、卒業前の休みが始まっていたのでがっつり働ける。
爺さんは昼寝して、夜働いた。
若くて、体力のある爺さんは、現場でも、重宝され、みんなにもかわいがられた。あっという間に10日間が過ぎ、爺さんは、15万を握りしめて、高橋モータースへ急ぐ。
「おう。待ってたぞ。お前がすぐに乗れるように名義変更もしておいたよ。」
「サンキュー。じゃこれで。」爺さんは15万円を机の上に置く。
「勝也、多いよ。残金は12万だ。」
「手続きもやってもらって、その手間賃っす。」
「お前。そのバイク。彼女と乗るつもりなんだろ?じゃ、彼女のヘルメットサービスするから、好きなの持っていけ。」
「ありがとう。おやっさん。」
爺さんは、女性用の可愛いピンクのカラーリングのヘルメットを持って、意気揚々と家に戻る。
家に戻ると、安芸から電話が来ない現実にぶち当たり、また爺さんは落ち込む。
そのあと、爺さんはピンクのヘルメットを持って、外に出た。
古いバイクだがエンジン音は快調だ。
あの日、初めて会った山道を走る。もしかすると安芸が散歩に来ているかもしれないと考えているんだろうか。
安芸が飛び出してきて、バイクで転んだ林道でエンジンを止める。
安芸はいない。じいさんの寂しい気持ちが俺にも伝わった。
「見つけたぞ。勝也。」
「安芸ちゃん。」
「わらわは、お前が来るような気がして。度々、ここまで散歩に出ておったが、やっと来おったな。」
「ああ、ごめん。俺、バイトが忙しくって。あ、俺。バイトして、新しいバイク買ったんだぜ。」
「まぁ、ちょうど良かったわ。あの後、散歩に出るたび、白神の奴がしつこくついて来ての。お前が来なかったお陰で、あいつも油断したのか今日は一人で抜け出せたわ。」
安芸がバイクを見る。
「おお、この乗り物は、あの映画で王女がのっていたものだの。」
「そうさ。Vespa125って言うんだぜ。」
「お前が前に乗って居た乗り物とは、だいぶ形が違うが。」
「お、俺。安芸ちゃんが喜ぶと思って、」
「なに、わらわのためにこれを。もちろん、うれしいぞ。一番じゃ。」
安芸の髪には、梅の花の髪飾りが着けられていた。
「安芸ちゃんそれ。」
「お前がくれたプレゼントじゃ。似合ってるかの?」
「すごく似合うよ。」
「これから、これに乗って、ドライブにでも行かないか?」
「乗ってもいいのか?」
「安芸ちゃんのために買った、バイクだもの。乗ってもらわなきゃ。これ、安芸ちゃんのヘルメット。」
「ちょっと待っておれ。」
安芸が髪飾りを外すと、夜風に髪の毛がなびく。きれいだ。
お、俺は爺さんの彼女に何考えてんだ。爺さんに憑依してるからって、それはマズイ。
安芸は、髪飾りを大事そうに肩から下げたポシェットの中に仕舞いこんだ。そして、ヘルメットをかぶり、映画の中で女優がそう座ったように、横向きにバイクに座った。
「ようし。安全運転で行くぜ!」
「どこに行くのじゃ?勝也。」
「俺にいい考えがある。」
そう言って行先を告げずにバイクは走り出した。
バイクを走らせるには、気持ちの良い夜だと思うが、憑依している俺には良く分からなかった。ヴァーチャルのカメラで映像を見ている感じとでも言うのか、俺が今の時点でわかるのは、自分自身の考えと、実際に目に映っている映像だけ。爺さんや安芸の感情も分かっているつもりで、実は全く分かっていないのかもしれない。
バイクは夜の市街地を抜け走る。そして、たどり着いたのは夜の公園だった。仙台市西公園。そこは桜の名所で、満開の桜が咲いていた。
時間は、11時。桜の時期だけ開店する屋台は、すでに閉店していたが、まだあちこちに人の姿がある。
安芸は、バイクを降りるてすぐ、髪留めをつける。
「これは、いつでも着けていたいのじゃ。」
可愛いことを言う娘だ。俺はマジで感動した。もう、俺なんか生まれなくってもいい。この二人の恋を応援したい。そんな気持ちになる。
「こんなにたくさんの桜を見たの初めてじゃ。わらわの家の庭にも桜の木があるがの。1本だけじゃ。桜とは、たくさんあると圧巻じゃの。」
安芸はひらひらと舞い散る桜の花びらの下で、桜の精のようだ。
俺はそう思う。爺さんもそう思っているに違いない。
「俺、安芸に見せたいもんがたくさんある。」
「わらわに見せたいもんとはなんじゃ?」
「仙台の七夕も。光のページェントも。松島の海岸も、、、。安芸といると、どこにいても、何をしても楽しい。」
「わらわもじゃ。勝也。勝也といると楽しい。このような気持ちは初めてじゃ。」
「さて、帰るか。家抜け出してきたんだろ?あんまり、遅くなると家族が心配する。」
「もう帰るのか?残念じゃ。」
「安芸、また会えるよ。指切りだ。」
「げんまんじゃ。」
安芸を乗せて、バイクは走る。元来た道を。安芸の家に到着する。
「勝也、お前はもう帰れ。白神に見つかると面倒じゃ。」
「わかった。また会えるよな。」
「もちろん。わらわに考えがある。任せておけ。」
安芸が門の中に消えても、爺さんはしばらくそこに立ち尽くしていた。
安芸の考えってなんだろう?
爺さんは、諦めて家に向かってバイクを走らせた。
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