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第十九代白神家当主 ③

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洞窟内は、昨日よりひんやりしているように感じる。それは、恐怖心や緊張がそう感じさせるのかもしれない。
まぁ、いきなり魔物が出てくるわけではないだろう。
でも、本当にそうなのか?この闇の中から、いきなり魔物が飛び出してこないとは、言いきれない。
横穴までの、たった10mの距離がやたらと長く感じる。
横穴にたどり着いたときには、全身から冷や汗をかいていた。

俺は、信号弾の詰められた拳銃を確認する。魔物が出てきたら、これを洞窟の入り口に向かって、ぶっ放せばすべてが終わる。俺は無事、アヤメや仲間たちの待つ。日常に戻って平和に暮らせばいいだけだ。

俺は、昨日のように椅子に座ったまま考える。
リュックを開ける気にもならなかった。ラジオの音が魔物の接近する音をかき消してしまったら、、、。そんな考えが、俺を椅子に縛り付けていた。

俺は、腰に下げた刀に手をやる。これは、魔の物すべてに有効な妖魔刀だと賢人は言っていた。
ヴァンパイアの命さえ簡単に奪うと。俺は刀を鞘から抜いてみることにした。
刀は鞘から簡単に抜けた。細身の刃が電池式ランタンの弱々しい灯りをうけ、妖しく光る。

ドクンッ。
心臓が大きく鼓動する。肉体から飛び出してくるような強い鼓動だ。

ドクッ、ドクッ、ドクッ、、、。強い鼓動は続く。

「おおおお。妖魔刀政宗守でございますな、、、。初めて拝見いたしますが、立派な刀でございますな。」

「お、おお、お、お前。どこから入って来た?」
俺の後ろにいつの間にか、ゆずが現れて刀をしげしげと眺めている。
俺は刀を鞘に納める。すると心臓の激しい鼓動も治まる。

「どこからとは、、、、。洞窟の入り口からに決まっております。お館様は、おかしなことを申しますなぁ。」

「だって、外にいただろ?6人くらい強そうな男たちが。」

「はははは、何をおっしゃいますか。あの者たちは体だけ大きい木偶の棒。あのような木偶の棒どもの目を盗んでここに入って来ることなど、造作無い事でございます。」

「ゆず、よく聞け、今日は家に帰れ。」

「お館様、なぜでございます。」

「今日は、ここに魔物が現れるんだ。危ないから家に帰るんだ。わかったな、ゆず。」

「ゆずにはわかりません。魔物が出るなら、ゆずがいた方が、、、。」

「お前はまだ小さい。お前を俺の部下にするって言ったけど、それはお前がもう少し大きくなってからの話だ。」

「お、おおきく、、?なったらでございますか、、、。」

「そうだ。」

「大きくとは、どのくらいでございますか?やはり最低でもB、、、。やはりC、Dくらいがベストか。」
ゆずは自分の胸の前で手を上下させて考え込んでいる。

「ゆずさん、、。大きくなったらって、どこの話だと思っているのかな?」

「いやでございますよ、お館様。お館様も殿方、、、。大きさと言ったらやはり、おっぱ、、。」

「ちがぁぁぁぁう!身長だよ!身長!」

「身長、そうでございましたか、、。お恥ずかしい、、、。」

暫く、ゆずは黙って座っていた。しかし、すぐにまた口を開く。

「お館様。参考までにお聞きしますが、CとDではどちらがお好みでございますか?」
このマセガキめ。

「胸の大きさなんかどうでもいいよ。」

「おおお、お館様はお尻派でございますか。」

これ以上、否定する気にもなれない、、、。でも、こんな会話が俺の恐怖心をどこかへ飛ばしていた。

「俺が、無事に守人になったらお前を迎えに行くから、ゆず。やっぱり今日は帰れ。」

「お館様、、、。わかりました。ゆずは、お館様が迎えに来てるれることを信じております。」

ゆずが横穴から出ようとしたその時、いやな感じがした。

「お館様!現れたようです。」

「わかった。」

遅かったか、、、。俺はさっき、ゆずが政宗守と呼んていた刀に手をかける。
その時、もう一本の刀に手が触れる。祖母の命を奪った白神家の刀。

「ゆず!」
俺は迷わずその刀をゆずに手渡す。

「こ、これは。白神の短刀、小十郎、、、。お館様、、かたじけない。」

魔物のまがまがしい気が、だんだんと近づいている。
電池式ランタンを掲げて見ると、洞窟の暗闇の中から赤く燃えるような目が二つこっちに向かってくるのが見えた。

「お前は、狂蛇王!蛇タイプの魔物でございます。お館様!」
へ、蛇ぃ~。俺、蛇は苦手なんだけど、、、。

「きっ!きょうじゃおうのじゃくてん、あたまをおとせ~!」
ゆずが変な節をつけて何かを叫ぶ。

「狂蛇王の弱点は、頭でございます。お館様!」
俺は刀を抜く。蛇タイプは5mほど先で俺たちを見据えて止まっている。

ドクンッ。ドクッ、ドクッ、ドクッ、、、。
まただ。また心臓が体を突き破るほど強い鼓動を打ち始める。

おれは、刀を構える。ゆずも鞘から刀を出し構えていた。
俺たちが準備するのを待っていたように、狂蛇は俺たちに向かって歩みを進める。

先陣を切ったのはゆずだった。狂蛇王の頭を避け、長い体に向かって飛び込んでいった。
ゆずの小刀が、狂蛇王の体に深く突き刺さる。

「今でございます!お館様!」

俺は、狂蛇王の頭に向かって飛び込んでいく。
おかしい、、、動きが早い。信じられないスピードで俺の体が動く。
まるで、アヤメや安芸のように、、、。

俺は、一瞬で、蛇の頭部1mの距離に飛び込み、一太刀で蛇の頭を打ち落とす。
蛇はその口を大きく開けたまま息絶えた。

「お見事でございます。お館様!」

「ゆ、ゆず。ケガはないか?」

「もちろんでございますよ。お館様も大事ございませんか?」

「おや、お館様。そのお姿は、何とも凛々しい。素敵な牙まで生えておるではありませんか。守人にふさわしい立派な若殿でございますよ。」

「ん?お姿?牙?」
俺は口元に手をやる。

(!!!!!!)
「これって、、、。ヴァンパイアの牙か?」
気のせいか、身体もマッチョになっているような、、、。
俺は、刀を拭いて鞘に納める。すると体つきが元に戻り、牙もなくなった。

「お館様。これをお返しいたします。」
ゆずが俺に小刀を渡す。
「それは、ゆずが正式にお役目に戻る時、改めてお館様から頂戴します。」

俺とゆずは、横穴に戻った。
「ゆず。お前に話がある。お前のやりたい事って本当に白神の仕事なのか?お前はまだ若い。これから先、別にやりたいことが出てくるかもしれない。」

「そんなことはございませぬ!」
ゆずはひたむきな目で俺を見る。

「聞いて、ゆず。俺が守人になっても、お前、白神家をお役に戻すことが出来るかわからない、俺は半分以上人間で、しかも守人になってもヴァンパイア社会ではペーペーだろうからね。でも、お前が望むなら、白神家を再興できるように頑張ってみるよ。賢人からは、東門はしばらくは大丈夫と言われているから、万が一戦わなくてはいけないにしても、ゆずは今より大人になっているだろうから。」

「ありがとうございます。お館様。」

「ただ、一つだけ約束してくれ。この約束が守れるなら、俺は白神の為に、お前のために頑張るよ。」

「約束で、ございます、、か?」

「お前が、白神家の仕事以外で他にやりたいことが出来たなら、それが、結婚でも、恋愛でも、アイドルになりたいでも何でもだ。その時はすぐに俺に言うと約束してくれないか?その時、俺はお前を自由にしてやりたいんだ。俺は、お前に幸せに生きてほしい。約束できるか?ゆず。」

「勿体ないお言葉でございます。約束いたします。ゆずの幸せを願っておられるなら、今はゆずを白神のお役目に戻し、お館様のお側においてくださいませ。」

「わかった、ゆず。俺、頑張るよ。」

「そろそろ、夜が明ける時間でございます。ゆずは。お館様の迎えを家で待っております。それではごめん。」

ゆずが帰ってしまうと、横穴は退屈な場所に戻った。
俺は、リュックサックを開け今日のマンガ本を確認してみる。おおおお。今日は、琉球カラテ一直線か!案内の男、なかなかやるな、、。
俺は夜が明けるまで、読書をして時間をつぶすことにした。

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