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第十九代白神家当主 ②

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夜が明けた。凝り固まった身体を伸ばしながら案内の男性が待っている場所まで歩いて行く。

案内の男は、緊張で引きつった顔で俺を待っていた。

「お早うございます。あ、マンガありがとうございました。面白かったです。」
そう、俺が声を掛けると、安心したのか表情が柔らかくなる。

「お身体にお変わりありませんか?」
俺からリュックサックを受け取った彼は、心配そうに訊ねる。

「ああ、地面に寝てたから、体はギシギシしてますけど。あ、そんなことを聞いてるんじゃないですよね。毒気に当てられてないかがお聞きになりたいんですよね、、、。別に変わりはないと思います。」

「それは良かった。さすが守人様。」

守人と呼ばれて俺はいささか複雑な気持ちだった。

「朝食の準備ができております。ささ、屋敷に急ぎましょう。」
彼はこの場所には1分でも長く居たくないといった感じで屋敷へと急いだ。

屋敷に戻ると、昨日のお世話係の結女さんが、俺を玄関の外で待っていた。
俺を見つけると走ってくる。
「一宇様、よくご無事で。さぁ、屋敷にお入りください。」

「ありがとうございます。」
俺は彼女に続いて屋敷の中に入った。
結女さんが洗濯してくれていた私服に着替える。着替えが済むと、すぐ朝食に呼ばれた。
食卓には昨日と同じくお膳に食事が準備してある。

俺は結女さんによそってもらったみそ汁を食べ始める。
「食欲は、おありになるようですね。」
湯気の立ったご飯を俺に渡しながら、結女さんは独り言のようにそう言った。

「はははは。穴の中でゴロゴロしてただけなのに、、、。腹減っちゃいました。」

「そんなつもりで申し上げたわけでは、、、。すみません。あの場所に耐性のない者は食欲がなくなったり、吐き気があると聞いたものですから。」

「心配してくれたんだ、ありがとう。大丈夫、食欲はあります。」

「お替りが必要な時は、言ってくださいね。」
俺は遠慮なくご飯も味噌汁もお替りして食べ、自室に戻る。
ベッドの上に寝転がって、ゆずの事を考える。彼女には申し訳ないが、俺が間違って守人の試験に受かったとしても、白神家をもう一度お役に付けることは出来ないだろう。
彼女がどんな経緯で俺に期待しているかは分からないが、もし彼女が今夜も現れるようなことがあったら、その辺の誤解を解いて今夜は早めに家に帰そう。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠っていたようだ。
ノックの音がして、結女がお風呂の準備ができたと俺を呼びに来た。今日は、彼女が入ってくる前に風呂場にカギをかけてゆっくりと風呂に入る。もちろん体も皮膚が擦り剝けるほど隅々まで洗った。

その後食事をする。今回も食卓には俺の分の食事しか用意されていない。
「結女さんは、ご飯食べてるの?」
俺が彼女にそう聞くと彼女は「えっ」と小さく驚きの声を上げる。

「はい、一宇様のお世話のない時間帯に頂いております。」

「良かった。もし俺が守人の試験に受かったら、一緒に食事しよう。なんか一人で食事するのって味気なくってさ。」

「ご命令なら、、、。」

げっ。命令したら何でも聞いてくれるのか、、、。

「うん。約束ね。じゃ、賢人様からの呼び出しまで部屋にいるから。」
そう言って俺は食堂を後にする。

部屋でまたまた居眠りを始める。夕べも洞窟で眠ったのに、、、。
辺りが暗くなったころ、結女さんが俺を呼びに来て昨日と同じ広間に案内される。

「本田さん。第一試験は合格です。あの洞窟に入って一晩過ごされても全くお変わりなくいられますのは、貴方には守人の素質があるということです。」

「はぁ、、、。」
そんなことを言われても、全く嬉しくない。

「ただし、今夜の試験は、昨夜のように甘くはありません。今日は、あの洞窟において実際に魔物と対峙していただきます。」

「へ?そうなんですか?」

「もちろんです。あなたに守人の力が宿っているのであれば、魔物と実際に対面した時にその実力が現れるでしょう。」

「あの参考までに、伺いたいのですが。もし、俺にその実力とやらがなかった場合はどうなるんですか?」

「今夜は、我々も洞窟の外に待機しております。もし、あなたの手に負えない事態になった場合には我々に連絡していただければすぐにお助けに参りますよ。ご安心ください。」

「はぁ、そうですか。それと、一つ伺いたいことがあるんですが、、、。」

「遠慮は無用です、なんでもお聞きなさい。」

「白神家の人たちって、今はどうしてるんですか?」

「白神の者たちは、以前と同じ場所で同じように暮らしています。剣護があのような不祥事を起こし、守人護衛の任は解かれましたが、歴代の白神の者の功績が消えてなくなったわけではないのですから。ですが、ヴァンパイアの民の中には「守人殺し」と彼ら一族を蔑みの目で見ている者も少なくはありません。、、、。なぜ白神家の事をお聞きになるんですか?」

そう聞かれても、俺はすぐにうまい言い訳が思い浮かばなかった。
まずい。今俺の頭の中を読まれたら、ゆずの事がバレてゆずに迷惑がかかる可能性が、、、。
俺の頭の中を見るな、見るな、見るな!

賢人衆の一人が、「うっ」という声をあげて、後ろに倒れた。

「おや、本田さん。いつからその技を使えたんですか?」
倒れた賢人が、体勢を立て直し俺に質問する。

「技って、、。」

「ヴァンパイア同士でも頭の中を読むことは可能です。しかも、それを拒否することもできます。あなたは今、自分の考えを読まれることを拒否なさいました。確かに人の頭を勝手にのぞくのは失礼ですね。賢人衆などと言って皆から大切にされ過ぎて基本的な事を忘れていたようです、失礼いたしました。」
そう言って彼は頭を下げる。

「あなたが話しても良いと思った時に、その話の続きを伺いましょう。それでは、本日の試験も頑張ってください。」

彼らにそう言われて、俺は広間を後にする。
心の中には不安しかない。過去のヴァンパイアとの戦いでも、俺はさっぱり役に立たなかった。それどころか人間のチンピラにもやられる始末だ。その俺が、魔物とまともに戦えるはずがない。
このうえは、外で待機してくれる精鋭に期待するしかない。

それと、ゆずの事が気になった。ゆずは今夜も助太刀に来ると言っていた。外に人が待機していたら来られないんじゃないのか?
まぁ、今夜は魔物との実践があるらしいから、彼女が来られないのは好都合だ。あんな少女を危険にさらすわけにはいかない。

俺は、昨日と同じ衣装に着替え、刀を2本腰に差す。外に出ると昨日の案内の男の他に、6人の屈強な男たちが俺を待っていた。
俺たちは昨日と同じ道を洞窟に向かって歩き出す。

それにしても、この6人の中から新たな守人を選べばいいのに、、、。この中の誰よりも、きっと俺は弱いぞ。

案内の男が、きっちりと昨日と同じ場所で足を止める。
「リュックの中には、昨日と同じようなものが入っています。マンガ本は新しいのを入れておきました。それと、これをお持ちください。」
彼は、拳銃のようなものを俺に手渡す。

「これは信号拳銃です。もし危なくなったらこれを洞窟の外に向けて打ってください。この6人の者がすぐにあなたの救出に向かいます。」
そう言って使い方を説明してくれた。

もうここまで来たら行くしかない。
洞窟に入る時、入り口のしめ縄が外されているのに気が付いた。
これで、魔物を呼び出すのかよ、、、。乱暴な試験だな。

俺は洞窟の中にビビりながら入って行った。
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