黒の転生騎士

sierra

文字の大きさ
上 下
75 / 287
第七章

じーちゃんとドラゴンと 2  リリアーナの不安とじーちゃん登場

しおりを挟む
 翌日の朝早く、カイトは馬に荷物をつけていた。辺りは霧に包まれて、とても静かである。
(これでは危なくてスピードを出せないな)
いつも霧は朝のうちだけだ。一、二時間もすれば晴れるだろう。
 馬を引いて城門まで行くと、スティーブ、フランチェスカ、そして村娘姿のリリアーナが待っていた。リリアーナは馬を驚かせない程度の早足でカイトの胸に飛び込んできた。カイトは少し驚いた顔をして、リリアーナを抱きとめる。

「リリアーナ様、見送りの為に早起きして下さったんですね。その格好は・・・今日は草むしりの日ですか?」
 休庭日だけの休日だと、姫君達が公務をこなせなくなるので、最近はローテーションになっている。少しだけ、休める日も増えた。
「そうなの。スティーブとフランチェスカが付き合ってくれたの」
 二人が遠慮がちに近づいてきた。
「いや、俺達も見送ろうと思っていたから、ゴルツのじーちゃんによろしくな」
「私の分もお願いね」
「分かった。ちゃんと伝えておく」

「いいわね、三人は幼馴染だから。私もカイトのお祖父様とお祖母様にお会いしてみたいわ」
 三人共急にピシッと固まった。
「そうですね。機会があったら・・・」
何故かカイトの顔が少し引きつって見えるのは気のせいだろうか?

「そうしましたら、そろそろ出ます」
 カイトはリリアーナをぎゅっと抱きしめると、少し長めにキスをした。
「行って参ります。調査が終わり次第帰りますので」
 リリアーナは嬉しさと悲しさが混じったような顔をした。`終わり次第 ‘ という言葉は嬉しいが、やはり長く離れ離れになるのは寂しい。

「スティーブ、フランチェスカも見送りをありがとう。俺がいない間、リリアーナ様を頼む」
「おう、任せとけ」
フランチェスカも頷いている。

カイトが馬に跨ろうとした時、急に霧が立ち込めてきてその姿を隠した。リリアーナの胸が途端にざわめく。

「―― カイト! 待って!」
 思わず叫ぶと、驚いたカイトがすぐさま馬を下りてきた。
「リリアーナ様、どうかなさったのですか?」
「ごめんなさい・・・何だか分からないけど、カイトが帰ってこないような気がして・・・」
 胸を押さえて、少し青い顔をしている。
「大丈夫です。必ず帰って参りますから」
 リリアーナをもう一度優しく抱きしめると、額にキスを落として出発した。

 霧も晴れ、旅程は順調に進み四日目の昼には祖父の家に着いていた。広い平屋の一戸建てで、黒を基調とした洒落た造りになっている。
「カイト!」
「じーちゃん!」
「久しぶりだな! お、とうとう俺の背を越したか?」
「え? じーちゃん185cmだったよね? じゃあ、俺伸びたのか・・・」
 カイトの祖父のマティアスも日本人からの転生者である。カイトと違ってガッシリとした身体つきで、眉は太くて、鼻も高く、目も少し大きめで、意志の強さを表したような顔つきだ。
「マティアスより5cmは高く見えるわよ、カイト」
「ばーちゃん」
 カイトは祖母の所に走って行き、ハグをした。
「相変わらず綺麗だね」
「この子ったらお上手ね」
 カイトの祖母のミュリエルは、昔、その美しさで名を馳せた女性である。今でも上品で充分美しい。
 家の中に入り、広い居間に一旦落ち着く。
「それで、話したい事って一体何?」
「実は、婚約したんだ。リリアーナ様と・・・」
「あの、リリアーナ様と・・・?」
「その、リリアーナ様と」
 祖母の問いにカイトが頷いた。

「カイト! でかした!」
「マティアス! 貴方の為に婚約した訳じゃないんですからね!」
 カイトの祖父は大のリリアーナファンである。イフリート程ではないが、銅版画から記念切手まで色々と集めている。
「あんな娘が欲しかったんだ・・・いや、孫娘になるのか! 今度会った時に、この銅版画にサインして貰えるかな?」
「頼んでみるけど、まだ男性恐怖症が完全に治ってないから、その迫力で近寄らないように気をつけて」

「今回はその報告で来たの?」
「婚約の報告と、この鱗の事を調べたくて。じーちゃん、前にこれをくれた時に、ドラゴンの鱗って言ってただろう? それって本当? 」
「ああ、それはドラゴンの鱗だ」
「でも、この世界って魔法はないよね? それなのにドラゴンはいるんだ?」
「ああ、ドラゴンはいるな。それも戦いの神として」
「・・・この鱗がもっと大量に欲しいんだけど、鎖帷子を作りたいんだ」
「ほぅ、それはいい考えだな。だとしたら、もっと森の奥まで入らないといけないぞ」
「ドラゴンに出くわさない? 危険はないかな?」
「カイトに運があって、気に入られれば、後は上手くいくさ」
「それって会うって事か?」
 祖父はニヤリと笑って、そこで話は終わってしまった。

 翌朝、幾日分かの食料と、祖父の書いてくれた簡単な地図 (当てになりそうに無い) と、その他にも細々 (こまごま) した物を持って出発した。

 子供の頃によく祖父と散歩したので、近くの道は大体分かるが今日はそれより奥まで分け入るつもりである。この森は奥に入れば入るほど色合いが明るくなる。冬でもこの森の中だけ温暖で、本当に不思議な所だ。辺りを見渡して、ふと思った。どこかで見たと思ったら、画家のゴーギャンの描いた絵に色調や雰囲気が似ている。

 目の前を尾が長い極彩色の鳥が飛んでいった。美しいそれに見惚れていると、どこからか泣き声が聞こえてきた。声がした方向に足を向け木の陰から除き見ると、最初に可愛らしいドラゴンの子供が目に入った。




しおりを挟む

処理中です...