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第二部 少年期のはじまり

第百五十二話 旅立ち、別れ、そして…

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 「では、シュリ。おばー様の言うことをちゃんと聞いて、いい子にしているんですよ?おばー様から出来るだけ離れないように」

 「はい、おじー様!」


 エルジャの言葉にいい返事を返して、シュリはにっこり微笑む。
 あの後、ヴィオラから事情を説明されたエルジャは、旅支度の整った二人を連れて、グリフォンのシェスタの発着出来る開けた場所まで連れてきてくれたのだ。


 「いいですか、シェスタ。今度、ここに来るときは、この場所へ降りれば里まですぐですからね?よーく覚えておいて下さいね??」


 エルジャは、ヴィオラに里への近道を覚えさせることは諦めたようで、呼び出されたばかりのシェスタにこんこんと言い聞かせている。
 シェスタの表情からは、分かっているのか分かっていないのか微妙だが、賢い子だから理解しているだろう。
 そんなエルジャをまるっと無視して、ヴィオラは普段からは想像できないくらいてきぱきとシェスタに荷物をくくりつけている。
 まあ、それほど大荷物の旅じゃないからすぐ準備は終わるだろうけど。
 そんな彼らをしばし見守った後、シュリはちょっと視線をずらして、別に呼んでないのになぜか居る、二人の人物を黙って見つめた。


 「ヴィオラちゃん、早く用事を済ませて戻ってくるんじゃぞ~?酒盛りの準備をしておくからの~??」


 きゃいきゃいと、ヴィオラにそんな声援を送るのは、この里で一番偉い人……のはずだ。
 里長は、エルジャの家にお泊まりしてからすっかりヴィオラのファンになってしまったようである。
 そしてその隣には、蜂蜜色の豊かな髪にけぶるような紫の瞳の美人さん。
 ほっそりとした華奢な肢体を、若草色のひらひらした生地のワンピース……というか、シンプルなドレスみたいな服で包んでのお出ましだ。


 (てかさ?なんで今日はこんなにおしゃれしてるんだろ?)


 そんな事を思いながら、リリシュエーラの顔を見上げて首を傾げる。


 (うーん、あれかな?昔惚れてたおじー様への愛が再燃した、とか??)


 まあ、おじー様一応独身だし、別にいいとは思うけどね~、とまるで見当違いの事を考えながら、シュリはじっとリリシュエーラを見つめた。
 彼女もシュリの視線に気が付いて、ほんのり頬を染めて見つめ返してくる。


 「どう?似合ってるかしら?」

 「うん?そうだね。似合ってる。きれいだよ??」

 「そ、そう……」


 会話のとっかかりとして、今日の格好への感想を求めたら、ものすごくストレートに誉められて、恥ずかしそうにうつむくリリシュエーラ。
 そんな恥じらう様子が、普段とのギャップもあって何とも可愛らしく、今の姿をおじー様に見せたらいいんじゃないの?と余計な気を回したシュリが、


 「えっと、おじー様ならあそこにいるよ?」


 親切心からそう教えてあげれば、


 「は?どうしてエルジャバーノの居場所が出てくるの?私、あなたを見送りに来たんだけど」


 怪訝そうな顔のリリシュエーラにそう返された。


 「あ、そうなの?わざわざ見送りに来てくれたんだ。ありがとう」

 「べ、別に。ちょっと暇だったから来てみただけよ」

 「こんな里の外れに、わざわざそんなキレイな服を着て?」

 「こっ、これは、しまいっぱなしだと生地が痛むから、たまには風に当てようと思って着ただけよ。べ、別に、シュリの為に着たとか、そんなんじゃ……」

 「ふうん。そっかぁ。そうだね。洋服って、しまっておくだけだとダメだって言うしね」

 「そ、そうよ。そのついでに、ちょっと足を伸ばしてみただけなんだから」


 誤解しないでよね、とツンツンしながらリリシュエーラが主張する。
 シュリはなんの疑問も抱かずに彼女の言葉を受け取って、


 「そっかぁ。ありがと、リリシュエーラ。急な出発だし、挨拶に行けないからもう会えないかと思ってたんだ」


 にっこり笑って素直にお礼を言った。


 「もう会えないって、またここへ戻ってくるんでしょう?エルジャバーノも居るんだし」

 「ん~。おじー様には会いたいけど、六歳になったら学校も始まるし、そうそうは来れないかなぁ。これから向かう先の、おばー様の用事にどれくらい時間がかかるかも分からないしね」

 「そ、そうなの……」


 シュリの言葉を聞いたリリシュエーラの表情が見る見るうちに暗くなり、しょぼんと肩を落として小さく呟くのが聞こえた。
 どうしたんだろう、と問いかけようとしたが、出発の準備が整ったのだろう。
 シェスタの背にまたがったヴィオラに呼ばれたシュリは、


 「もう、行かなくちゃ。リリシュエーラ、わざわざ見送りに来てくれてありがとう。じゃあ、バイバイ」


 リリシュエーラを見上げてあっさりとそう告げると、くるりときびすを返して走っていってしまった。
 一度も彼女を振り返ることなく。
 リリシュエーラは、何ともいえない表情でその小さな背中を見送った。


 「おばー様、お待たせ」

 「も~、シュリってば、また女の子をたらし込んでたの?」

 「たらし込むって、人聞きが悪いなぁ。違うよ。リリシュエーラは友達。それに、リリシュエーラが好きなのは、おじー様だと思うよ?」

 「エルジャ?ま~、エルジャなら別にいいけど、でも、本当にそうなのかしらね~」

 「まあ、リリシュエーラが誰を好きかはともかく、シュリ、ヴィオラ。くれぐれも気を付けて。困ったら呼んで下さい。駆けつけますから」


 軽口をたたき合う二人に苦笑を漏らしつつ、エルジャはシュリを抱き上げてヴィオラの前に座らせてあげた。
 そして、真剣な眼差しで、


 「二人の無事をここから祈っています。ヴィオラ、シュリをちゃんと、見ていてあげて下さいね?シュリも、おばー様が無茶をしすぎないように、しっかり側にいて下さい」


 それぞれに、そんな忠告をした。


 (おじー様はきっと、おばー様に届いた手紙の内容をしってるんだろうなぁ)


 そして、それを知っているからこそ、二人の事を考えての忠告と共に、引き留めることなくこうして見送ってくれるのだろう。


 (一体、手紙にはなんて書かれてたんだろう)


 一応ヴィオラに訪ねてみたのだが、はぐらかされてしまった。
 手紙の内容は確かな情報じゃないから、現地について現状がはっきりしたら教える、と。


 (まあ、向こうに行ったら教えてもらえるんだからいいか)


 そう自分を納得させて、シュリはヴィオラの体に寄りかかるように体勢を安定させた。
 それを感じたヴィオラが微笑み、片手を回してぎゅっとシュリを抱き寄せる。


 「じゃあ、行こうか。シュリ」

 「うん、おばー様」


 短く言葉を交わし、ヴィオラが手綱を操ると、主の意を的確に感じたシェスタが翼を羽ばたかせた。
 翼と風魔法を併用して飛翔するシェスタはあっという間にその高度を上げ、シュリはすっかり小さくなった祖父やリリシュエーラに大きく手を振った。
 そして、すっかり安心しきって体を預けたまま、ヴィオラの顔を仰いで問いかける。


 「おばー様。何が起こっているかは向こうに付いたら教えてもらうとして、僕たちって、どこに行くの??」

 「ああ。言ってなかったっけ?これから向かうのは国境の要の街・スベランサ。私がホームにしてる冒険者ギルドがある街よ」

 「ふうん。おばー様のホームかぁ」

 「そうよ~?ついたらみんなにシュリの事、自慢しなきゃ」

 「自慢、するの?」

 「もちろん!私の孫はこんなに可愛いのよ~ってね」

 「そっかぁ。じゃあ、頑張って猫かぶる」

 「猫なんてかぶらなくても、シュリは十分可愛いわよ。まあ、猫耳としっぽをはやした姿は殺人的に可愛いけど、それは今度また、二人だけの時に、ね?」

 「ね、猫耳は忘れてよ」

 「無理よぉ。もう目の奥に焼き付いちゃってるもん」


 そんな軽い会話を交わしながら、ものすごいスピードでスベランサへ向かう。
 そこで一体なにが起こっているのか。
 今のシュリにはまだ、知る由もなかった。






 「いっちゃった……」


 グリフォンにまたがったシュリが消えた方向を呆然と見上げて、リリシュエーラが呟く。
 もう会えないかもしれない……そう思うと、妙に胸の奥がうずいた。


 「バイバイ、かぁ。またね、じゃなくて」


 別れ際のシュリの言葉を思い出して、思わずため息を漏らす。


 「シュリにとって私は、再会を約束するほどの存在じゃないって、そう言うことなのよね……」


 落ち込んだように呟く彼女の肩にポン、と大きな手が置かれる。
 リリシュエーラは反射的に顔を上げて、自分の肩に乗っている手の持ち主がエルジャバーノだと分かるやいなや、ものすごーくイヤそうな顔をした。
 それをみたエルジャバーノが苦笑を浮かべる。


 「やっぱり、あなたが私に恋をしている、なんて、あり得ないですよねぇ?」

 「はあ?なに寝言いってるの??寝言は寝ている時だけにしてもらえないかしら?」

 「違いますよ、リリシュエーラ。私が言ったんじゃありません。シュリが言ったんですよ??リリシュエーラはどうやら私が好きなようだと」

 「え!?うそ!!」

 「本当です」

 「えええ~……そんな誤解をされたままお別れなんて、悲しすぎるわ」

 「ですよねぇ。我が孫ながら、鈍感な子です」


 うんうん、と頷き、あなたも大変ですねぇとリリシュエーラに笑顔を向ける。
 だが、そんな事にも気づかないまま、リリシュエーラは絶望的な顔をしてどんよりしていた。


 「どうしたらいいのよ……もう今更、誤解も解けないし」

 「解けばいいじゃないですか?」

 「なに言ってるのよ。解ける訳ないでしょう?もうシュリはいないんだから」

 「あなたこそなにを言っているんですか?別に、会いに行けばいいじゃないですか。ここでシュリを待つだけが正解では無いはずですよ?」

 「会いに??」

 「そうですよ。あなたが本当に望むなら、ね」

 「私が、望むなら……」


 リリシュエーラはうつむいたまま呟く。
 シュリに会いたいかと問われれば、会いたいと答えしか浮かんでこない。
 二度と会えないと思えば、胸がつぶれてしまいそうなほどに苦しい。

 シュリが行ってしまうよ、と小さい精霊達に教えられ、このまま別れてしまうのはイヤだと見送りに出かけた。
 特別なときに着る為に用意しておいた、とっておきの服を身につけて。シュリに、少しでも魅力的だと思って欲しかったから。

 あんな小さい子に、こんな気持ちを抱くのはどうかと思う。
 だが同時に思う。
 エルフの寿命は長い。見た目が釣り合うまでの時間などあっという間だと。
 そうすれば、リリシュエーラがシュリに恋することに、なんの障害もありはしない。
 リリシュエーラがシュリに恋することを諦めずに、シュリを振り向かせることが出来さえすれば。


 「ねえ、エルジャバーノ?」


 リリシュエーラは、シュリが旅立った空を見上げながらかつての師匠の名を呼んだ。


 「なんですか?リーシュ?」


 すっかり生意気に成長したかつての生徒を、当時呼んでいた愛称で呼び、エルジャは口元に柔らかい笑みを浮かべる。


 「……その呼び方は止めて。あなたに愛称で呼ばれるなんてぞっとするわ」

 「はいはい、わかりました。で、なんですか、リリシュエーラ」

 「あなたにまた、家庭教師をお願いするわ」


 さらりと告げられたその言葉に、エルジャバーノは目を見開く。
 それほどに意外な言葉だった。


 「今更、なんでまた?今のあなたに私が教えられる事なんてそう無いとは思いますが?」

 「エルジャバーノ。私に里の外の世界の常識を教えて。里を出て、一人で旅を出来るだけの知識を教えてくれない?」


 少し照れくさそうに、恥ずかしそうに。
 だが、リリシュエーラはまっすぐにエルジャバーノを見上げ、それからしっかりと頭を下げた。


 「シュリを、追いかけるんですか?」

 「さあ?まだ分からないわ。でも、もし追いかけたいと思ったときに、すぐに出発できるだけの準備はしておくべきでしょう?」

 「そうですね。確かに。わかりました。あなたの家庭教師をお受けしますよ」

 「じゃあ、早速今日からお願い」

 「きょ、今日からですか!?」

 「そ、そうよ。悪い??わ、私がいつ、シュリを追いかけたくなるかなんて分からないでしょ?」


 そう言って、リリシュエーラは唇を尖らせて、ぷいっと顔を背ける。
 ほんの少し、その頬を赤く色づかせて。
 エルジャバーノは思わず吹き出して、だがリリシュエーラに睨まれたのでそれ以上は必死にこらえて頷く。


 「わ、分かりました。じゃあ、私は準備をしてからそちらに伺いますので、リリシュエーラは家で待っていて下さいますか?」

 「いいわ。出来るだけ早く来てね、エルジャバーノ」


 頷いたリリシュエーラは、里長の手を引いて、意気揚々と去っていった。
 その後ろ姿を見送って、エルジャバーノはクスクスと押さえきれない笑みをこぼす。
 そして、今は快適な空の旅を楽しんでいるだろう孫の顔を思い浮かべながら、


 「どうやらリリシュエーラはあなたに夢中のようですよ、シュリ。全く、ヴィオラの言うとおり、女泣かせの罪な子ですねぇ、シュリは」


 そんな風に一人つぶやき、ゆっくりと家へ向かって歩いていくのだった。






 「くちゅっ」

 「シュリ?どしたの??もしかして、寒い??」


 不意にくしゃみをこぼした孫に向かって、ヴィオラの心配そうな声が飛ぶ。


 「ううん。平気。寒くないよ、おばー様」


 シュリはふるふると首を振って、不思議そうに首を傾げながら鼻をすすった。


 (うーん?誰か僕の噂話でもしてるのかなぁ??)


 そんな事を思った瞬間、


・リリシュエーラの攻略度が50%を越え、恋愛状態となりました!


 そんなアナウンスが流れた。


 「はえ???」


 思わずそんな間抜けな声が漏れる。


 「ど、どうしたの、シュリ?やっぱり寒い??上着とか出そうか??」

 「う、ううん。平気。な、なんでもない」


 再び心配そうに声をかけてくるヴィオラに、動揺を隠しつつそう答え、シュリはこっそりステータス画面を開く。
 様々な項目を飛ばして恋愛状態になった人の名前がずらずら~っと並ぶところを確認してみれば、確かに間違いなく、リリシュエーラの名前が新たに加わっていた。
 ということは、さっきのはやはり聞き間違いではないらしい。


 (な、なんで今更??)


 盛大にはてなマークを飛ばしながらシュリは首を傾げる。
 シュリは知らない。
 自分のすげない態度と変な勘違いが、逆にリリシュエーラの恋心を燃え上がらせてしまったと言うことを。
 昔からよく言う。
 押してダメなら引いてみな、と。
 意図せずに、それを実践してしまったシュリには、リリシュエーラが自分に惚れた理由が掴めずに、それからしばらく釈然としない顔のまま、空の旅を続けた。
 そして思う。


 (おかしいなぁ。リリシュエーラはおじー様を好きなんじゃなかったのかなぁ??)


 と。
 その疑問が解けるまで、しばしの時が必要だった。
 そう、リリシュエーラがエルジャの教えの元に一般常識を身につけて、里を飛び出してシュリの元へ至るまでの時が。
 それは、そう遠くない未来。
 だが、今のシュリには想像すらできず、シュリは可愛らしく首をかしげヴィオラを心配させながら、うんうん唸って頭を悩ませるのだった。
 
 
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