行ってみたいな異世界へ

散々泣いて泣き疲れて寝た俺は、朝にはだいぶ落ち着いていた。

「冒険者と言っても必ず討伐しなきゃならない訳じゃない。」

「珍しい植物や鉱石を見つけて来るのだって良いし、治癒ができれば支援もできる。嫌な依頼は受けなければ良いんですよ。」

2人はいつも優しい。

そうだよね。
依頼は自分で選ぶものだし、冒険者じゃない他の職業に就くとか、将来なんてまだ決めなくて良いんだ。自分探しの旅(笑)に出ても良いよな。

「ありがとうございます。
採集しながら、まずは治癒魔術を習ってみます。」

そう言って2人にそれぞれ感謝のハグ。

身支度をして朝食に行くとアラケルさんがいた。

「おはようございます。いただいたお菓子、美味しかったです。ありがとうございました。」

ぺこりと頭を下げると一瞬固まってから

「そりゃ良かった。」

と言って目をそらす。？？？

「タケルは酒に弱いって言ったのに、なんで酒入りの菓子を持って来たんだ？」

「い、いや！あれくらいなら何ともないと思って…。」

そう言えばそうだよね。でもちょっと挙動不振？

「おかげで良く眠れました。」

俺がにっこりとそう言うと、良かったな、とかごにょごにょ言いながら早食いして出て行った。なんだろう？

「匂いでダメな程弱いならあのお菓子で醜態を晒すとでも思ったんじゃないですかね。」

ティスさんがジト目で言う。
なるほど。
普段ならそうなっていたかも知れないなぁ。普段のテンションでお酒飲んだら‥‥うぅ‥‥ 恥ずかしい自分を思い出してしまった。

食欲に応じた少なめの朝食を食べ終わり、お弁当用にピタパンに野菜や肉を詰めていたら周りの人が真似をしてる。お店で買うより好きなボリュームで作れるしね。と見てたら詰め過ぎて破けてる。肉ばっかりより野菜も入れた方が爽やかになって美味しいですよ～。

今日のピタパンは売り切れたようだ。

それで2人は今日、依頼を受けるのかな？

「それなんだが、タケルの元気が出たなら3人で依頼を受けてみようと思っていたんだ。調査依頼だから血生臭くないし。」

馬で西へ2時間程の場所で植物が異常繁殖している原因の調査だ。調査系の依頼は危険の有る無しが分からないため上級冒険者が1人以上いるパーティーしか受けられない。

「それならやりたいです！！」

もう少し冒険者をやってみたい。

お弁当は用意できてるから今日も千切り野菜のジュリアンスープ。このジュリアンスープは「女性の髪のように細い」と言う意味だと小学校の時、給食便りに書いてあった。固形ブイヨンがないからトマトと塩と胡椒とハーブで味付け。

ブイヨンの作り方を習いたいな。


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2頭の馬を借りて来て乗る。今日は行きはストゥさん、帰りはティスさんと2人乗り。ヘチマの繊維のような硬さのクッションを用意してくれたので前の時より断然負担が少なかった。

王都の西は緩やかな起伏のある草原になっていて川がない。点在する泉の周りに町があり砂漠のオアシスみたいな感じだが砂漠ほど厳しくはないので牧歌的な雰囲気の地域で羊の放牧が盛んだ。

年に2度の毛刈りをするのに、ネットで見た「数年毛刈りをしなかった羊」みたいにもっこもこなる。今ちょうど毛刈りシーズンで普通サイズの裸の羊と、もこもこ増量羊が混在している。もこもこ羊の体積は裸の羊の4倍はありそう。毛足が長いのが自慢の特産品だそうだ。

１つの町の外れに明らかに場違いな緑の小山が遠くからも見えた。

「これはまた‥‥」

近づいて見るとそれは小さな家に絡まる蔓植物だった。蔓植物と言っても1本がひと抱えもあり、まるで雲の上の巨人の家から金の卵を産む鶏を盗んでくる童話の豆の木のようだ。だがこれは上に伸びるのではなく家に絡まりこんもりとしている。花も咲いているし実もついている。甘い香りが辺りに漂いミツバチが気忙しく飛び交っている。

「誰かいるんですか？」

家の中から男の声が聞こえた。
蔓が絡まって扉は開きそうもないが、窓に隙間が開けてある。返事をすると玄関の蔓を切るよう頼まれた。

ストゥさんがスパスパッと切って玄関を開けると中から男が飛び出して来た。

「助かりました！！僕はスラマグドゥス、植物の研究をしています。マグと呼んで下さい。野菜の成長促進剤を作ったはずなのに蔓植物にしか効果がないわ、効果を打ち消す薬は効かないわ、閉じ込められるわで困っていたんです！」

突然現れた緑の小山に気づいた人が町の警備隊に連絡を入れ、警備隊がギルドに依頼したそうだ。この大きな緑の塊が人に害をなす物かどうかを調査しなければならない。何よりも毒の有無の調査が最優先だ。幻で誘い込んで人を襲う食人植物の可能性だってある。

俺達は依頼を受けた時に支給された状態異常防止の護符の予備をスラマグドゥスさんに渡した。

「これは！最上級の状態異常防止の護符ではないですか！！いやぁ、こんなものが貰えるなんてラッキーですねぇ。」

のんきな事を言うマグさんに呆れる。まぁ、元がただの無害な蔓植物なので巨大化した所で危機感はないのだろう。だが突然変異がどんな方向へ作用するか分からない。用心するに越した事はない。

家に入るとまた閉じ込められる可能性があるので外から調査する。

パルテノシスと言うこのツタは秋に実を付けるが食用にはならない。だがほんのり甘い樹液を出すので、砂糖が流通しているのでわざわざこの蔓から甘味料を作ろうとはしないが子供が花の蜜を味わうようにつまみ食いする。

‥‥甘味料を作ろうとしない植物のハズだけど、玄関の切り口から甘い香りが強く漂う。匂いだけなのか実際に甘いのか。状態異常防止の護符があるから毒や麻痺の心配はない。

‥‥ちょっとだけ‥‥

マグさんから聞き取りをしているティスさんと蔓や葉の太さや堅さをメモしているストゥさんをよそに玄関に近づき、切り口から滴る樹液を指ですくって舐めた。

甘い！めちゃくちゃ甘い！
すっとする上品な甘さはお土産で貰った和三盆糖のようでとても美味しい。

「これ！めちゃくちゃ甘くて美味しい！」

短剣で20cmほどに切ってちゅうちゅう吸いながら2人に報告したら叱られた。
調査の済んでいない植物の汁を口にして体内で毒に変わったりしたらどうするんだ？と。一般的には無毒でもアレルギーを発症する可能性もある事を失念していた。アレルギーって状態異常？？？森の王の加護で状態異常耐性（中）があっても酒には酔ったからアルコールは薬扱いかも、と考えるとアレルギーはどうなるんだろう？

反省しました。

この緑の小山は2本のツタが絡まりあってできていて薬を使ってからこの状態になるまで7日間。根菜、大豆、葉もの野菜、実野菜の苗に薬をまいたのに土に種が混ざっていたようだが芽も出ていなかった。それがたったの7日でこれ。成長促進剤の効果としては出来過ぎだがツタにしか効かないのでは意味がない。

毒性が無ければ今後も研究を続けるそうだ。ツタのあちこちを採集して分析依頼に出す。夏に花が咲き、秋に実をつけるはずなのに花も実もすでにあったのでそれも採集した。夏と秋に出直さなくて良いのは楽だ。これがどこまで伸びるのかも調べなくてはならないがそれは今回の依頼とは別。おそらくマグさんが観察して報告する事になるだろう。

切り口にビンを取り付け樹液も採取する。これには少し時間がかかるので待つ間にお弁当を食べる。3日間閉じ込められていたマグさんが作ったシチューを提供してくれたのでピタパンサンド（？）を提供して一緒に食べた。美味しいって喜ばれたけど、ギルドの食材を詰めただけです…。

巨大化したツタと比較するために通常の個体もいくつか採集する。こちらは害がないのが分かっているので味見をしたらほんのり甘みを感じた。

甘い香りに誘われて集まっているたくさんのミツバチは気忙しく飛び回るが人間を気にする事はなく、自由に飛び交っている。

ブゥーーーーン

そこへ突然、うるさい程の羽音とともに飛来した大きなハチは赤いスズメバチと言った見た目で1匹が15cmはある紅染蜂べにぞめばち。それが20匹はいる。狙いはミツバチのようだが、なぜか俺の方へも2匹ほど飛んで来た。

「タケル！！」

ストゥさんが1匹切って落とし、もう1匹に向かって俺はめちゃくちゃに短剣を振り回すも空を切るばかりで役に立たない。横からストゥさんの剣が正確にその赤いスズメバチを切り裂いた。

「風刃の円舞」

ティスさんの声がしてつむじ風がスズメバチを舞い上げる。上空で動きを止めたそれらはバラバラと切り刻まれて落ちて来た。風を操って切り刻む魔術。鎌鼬かな？

俺が襲われた理由はさっき吸ってた樹液が服に着いてそれに誘われたミツバチが近くにいたから。

己の迂闊さを再び実感。

ティスさんが苦笑いで浄化してくれた。

役立たずどころか迷惑をかけてしまった俺が静かに落ち込んでいるとマグさんが見習いにしても小柄だから仕方がないよ、って慰めてくれたけど見習いは15歳。‥‥日本人は-5歳に見えるから13歳に見えるのはやむなし。と、自分に言い聞かせる。言い聞かせる！！

早く魔術を習得して役に立ちたい。