魔拳のデイドリーマー

osho

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9巻

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 うん、覚悟してはいたけど……予想以上にスパルタな訓練になりそう。
 あらためて腹を決める僕の前で、今度は全身毛むくじゃらで、異様に首の長い牛の魔物が姿を現した。

「……えっと、これは……」
「『カトブレパス』。ランクはAAA。一般に『邪眼じゃがん』と呼ばれる能力を持っていて、目を見ると死ぬ」
「死ぬんですか!?」
「『夢魔サキュバス』なら耐性があるし、大丈夫だから安心しろ。ってか、擬態だからそこまで強力な能力は模倣もほうできねーさ。強いから油断はすんなよ?」
「……さいですか」

 結局この訓練は午前中いっぱい続いた。
 油断できない相手と何連戦もしてものすごく疲れた僕らは、昼食時間とその前後の休憩時間、完全に沈黙ちんもく
 AAからAAAの敵と戦わされた僕はもちろん、ミュウちゃんも実力を把握され、二回目からは結構強めの敵と戦っていた。
 他のメンバーも同様だ。
 誰も大怪我おおけがをしなかったのは幸いだけど、もし午後にも同じ訓練をやらされるとしたら、果たして耐えられるんだろうか……。
 僕らは全身に満遍まんべんなく疲労を感じながら、ひたすら回復を待っていた。



 第二話 『邪香猫』魔改造計画・後編


 午後。
 意外にも、心配していたデスマーチ的な事態にはならず、まるまるお休みだった。
 明日に向けて休んで、疲れを取れと。
 というのも、どうやら午前のバトル強行軍は、僕らの動きや使える魔法、とっさの判断力なんかを実戦の中で見極めるためのものだったらしい。
 明日からは、また違った感じの訓練メニューを組んで、本格的に鍛えていくとのこと。
 ただし午前中に言ったとおり、それらは全て『実戦』の中で行うので、安心なんて出来ないんだけどもね。
 そして……夕方になるちょっと前ぐらいの時間。
 僕はクローナさんに呼び出され、シルキーメイドさんの案内で部屋に行った。
 中に入ってソファに座らされた次の瞬間。

「小僧、俺の目を見ろ」
「へ? 目ってなに……」

 そんなことを言われた直後。
 視界がぐらっとゆがんで、めまいがして、気がついたときには……。
 僕は大きなベッドの上に、全裸で転がされていて、同じく全裸のクローナさんが僕に馬乗りになっていた。

「……あの、これ一体、どういう状況ですかね?」
「ん? 意識あるのか、さすがだな……ああ気にすんな。すぐ終わるから」
「無理ですよ! え、ちょ、何が始まるんですか? 何されるんですか僕? 何しようとしてるんですかクローナさん!? ねえ、ちょっと!?」

 僕のさけびをクローナさんは全く聞く様子がなかった。
 しばられたりしていないにもかかわらず、手足どころか体が一切動かず、自由に動かせるのは首から上だけ。
 そんな状態で、僕のちょうどお腹のあたりにぽすっとクローナさんが座っていた。
 じかに柔らかい肌の感触が伝わってきて……い、いくらなんでもコレは……。
 傍から見たら、インモラルなことこの上ない。
 このあと何が起こると思うかって第三者に聞いたら、百人が百人、同じ答えを返すだろう。白眼視と共に。
 クローナさんは僕の心中などお構いなしに、僕の腕とか、腹とか、首筋とか太ももとかをぺたぺたと触って、『結構いい体してんのな』などと言う始末。
 そのたびに、体の各所に手のひらの感触を感じる。思春期男子を悶死もんしさせる気なんだろうか、この全裸吸血鬼は。
 そして、おそらく顔が真っ赤になっている僕に構わず、クローナさんはその、色白で細くてキレイな手を、僕の胸の上にとんっと置いた。
 ……次の瞬間。
 ――どずっ。
 クローナさんの手が胸板を貫いて一気に、僕の体内に手首のあたりまで沈み込んだ。


 ……は?
 ……え? え!? えぇええ!?

「ぅぇえええぇぇええええ!? ちょ、な、え、何、ええぇえええっ!?」
「だぁぁあああ!! うるっせーなさっきから! すぐ終わるから静かにしてろって言ってんだろうが、このバカガキ!!」
「無理ですよ、今度こそ!! え、何コレ!? ホントに何してんですか、クローナさん!?」
「見りゃわかんだろーが! 依頼されたとおり、テメーの体の検査してやってんだよ!」

 見てもわかんねーよ絶対!!
 さっきまで真っ赤だった僕の顔は、今は真っ青になっていることだろう。
 胸のど真ん中に突き刺さったクローナさんの手。
 体の中に異物が入った超弩級ちょうどきゅうの違和感が、はっきりと伝わってきた。
 痛みは無いし血も出ないけど、皮膚ひふや筋肉を通り抜けて入った、って感じだ。
 しかも、僕の体の中で絶えず動いていて、いろんなとこをいじくられているような……。

触診しょくしんってあるだろ? あれの親戚しんせきみてーなもんだよ。『幻想空間』なら、体の情報が百パーセント反映されるし、俺の解析術式でほぼ全ての情報を読み取れるからな」

 当たり前のようにそんなことを言ってくるクローナさん。
 この数秒の間に、いやらしいこと考えて興奮する心の余裕なんてなくなった。生きたまま体の中に手を突っ込まれて色々触られるって、一体どんな不思議経験……。

「って、あれ? 『幻想空間』?」
「何だ、気づいてなかったのか? さっき俺と目を合わせたろ? その時に、お前の精神をここに連れてきたんだよ」

『幻想空間』……?
 精神世界っていうか、心の中の世界っていうか、ファンタジーだと比較的おなじみの空間?

「あ、じゃあもしかして、知らない間に服を全部剥ぎ取られたのとか、手足が動かないのとかも、そのせいですか?」
「そういうこった。体を調べんのに服は邪魔だろ」
「……クローナさんの服は?」
「面倒だから構成しなかった」

 ……さいですか。

「つか、ホントは検査してる間、ずっと寝てるように設定したはずなんだけどな。ったく夢魔サキュバスってのは、精神攻撃耐性がやっぱたけーわ。目を合わせて引き込む時も、かなり抵抗感があったし」
「はあ……じゃ、体が動かないのはそれ――ぁうっ!?」
「おっと、悪りぃ。……背骨かコレは。じゃ、これが多分胃袋で……」

 話しながらもクローナさんは、僕の体の中で手を動かし続け――って、いつの間にか両手が入ってるよ!
 触られるような、握られるような違和感が、絶え間なく僕の体を襲っている。

「……これって、内臓とか触って調べてるんですか?」
「その周辺の筋肉組織、骨、神経なんかもな。ああ、あと、触るだけじゃねーぞ? 触診が終わったら、実際に取り出して調べるからな」
「……はい?」

 え? 何て言ったこの人?

「『取り出して』『調べる』!? どうやって!?」
「そりゃお前、普通に切って取り出すけど……」
「僕この後、生きたまま解剖かいぼうされるんですか!?」
「痛みはねーはずだし、幻想世界ここでならいくら切っても死なねーよ。何なら……ちっと面倒だが、感覚も消してやる。二時間くらいで全部終わるから、だまって待っとけ。全ては高い精神攻撃耐性のせいで眠れねーお前が悪い」
「…………はーい」

 何だか反論する気力がなくなった僕。
 しばらくの間、生きたまま内臓をいじられるという、トラウマになりそうな未知の感触に身をゆだねることにした。
 ま、まあ、二時間くらいで終わるんだ。痛みがあるわけでもないし、気にしないよう我慢がまんしてればなんとか……。

「ついでに言っとくと、眼球、脳、舌、●●●ピーーも調べるから、体中を切り刻んで細かく見せてもらうつもり――」
「………………」
「……捨てられた子犬みたいな目で見んな」

 結局、クローナさんのお情けで、切開する前にワンクッション入れてもらった。
 具体的には、切開の直前、クローナさんは僕を一旦『幻想空間』から解放した。そして現実世界で、生身の僕にある薬品を飲ませた。
 飲むと一瞬で意識が混濁こんだくし、精神がひどく無防備な状態になる凶悪な薬だ。分類としては猛毒で、普通の人が飲むと一時間足らずで死ぬらしい。
 ……尋問じんもんと口封じが一度にできる自白剤みたいなもんか? 怖いなおい。
 常人なら、水で百倍に希釈きしゃくしたものを数滴摂取しただけでも十分効くんだけど……僕にはなかなか効かなかったので、最終的に原液をジョッキで二杯も飲む羽目になった。
 しかもその毒、味が酷くて……いや待て、コレは言い方が正しくないな。
 苦いとか辛いとかだったらまだよかったんだけど……あれは『味』ですらなかったし。
 前世で食べたことのある、強力眠気覚まし用のガムとか飴、あの味だ。
 食べると口の中がスーッとして、めっちゃ寒くなって……その状態で水とか飲むと悶絶しそうなくらい冷たく感じるアレだ。
 それをジョッキ二杯という、これ自体も苦行くぎょうのような救済措置をどうにか完遂した僕は、次の瞬間クローナさんにまた『精神世界』に引きずり込まれ……目が覚めた時には、全てが終わっていて、僕は部屋のベッドで寝ていた。
 どうやら上手く『眠れた』ようだ……ほっ。
 ……眠ってる間に僕の体は、精神世界でとはいえ、バラバラもズタズタも通り越して、量り売りが出来るくらいに細かく切り刻まれたんだろうけど。
 ……ま、気にしない方向で。


 ☆☆☆


 翌日からも、訓練は……クローナさんの最初の宣言どおり、ひたすら実戦の中で行われた。
 基礎を確認するのも実戦。
 問題がある動きを矯正きょうせいするのも実戦。
 新しい技能を学ぶのも、概要を簡単に聞いてちょっと練習して、すぐ実戦。
 予習も復習も、兎にも角にも全部実戦。
『訓練場』の魔物擬態システムは、最大でAAAランクの魔物まで用意できるという。
 どうも、あのタイルの材料になった魔物がそれ以上のレベルだから可能らしい。どんだけ強いスライムだって話だ。
 その種類も実に多様。なので……その時々の目的に合った相手を用意できるわけである。
 魔法の訓練をしたければ、魔法しか効かない魔物を。
 素早い動きを鍛えたければ、動きの素早い魔物を。
 攻撃の精度を上げたければ、弱点もしくは体が小さい魔物を。
 各自が鍛えるべき点を考えて、それに必要な訓練と、それが出来る相手をチョイスして戦う。
 そして、目当ての技能が身につくまで何度でも繰り返す。
 ちょうど学校の時間割みたいに、一~二時間ごとに区切って課題を与えることで、疲労回復と集中力の持続なんかも考慮している。
 そのあたり……クローナさん、指導者としても本当に優秀なんだと思う。
 最初はついていくだけでひいこら言ってた僕らも、徐々に慣れてきたというか……戦闘スキルが上がってきている実感がある。
 加えて、彼女が用意してくれたジャージがまた特殊だった。
 このジャージはただの稽古着じゃなく、彼女オリジナルのマジックアイテムらしい。
 僕が普段着てるあの服同様、冗談じょうだんみたいに頑丈な上に、彼女の合図ひとつで僕らの動きに様々なリミットを施す拘束具に早変わりする。
 重くなったり、魔法を使いづらくなったり、音が聞こえづらくなったり……etc。
 中でも特殊なのは、魔力を『拡散』させる効果だった。
 通常僕らは魔力を集めて、武器や拳に充填じゅうてんしたり、手のひらで変化させたりして『魔法』を使う。
 ただその時、完全に無駄なく魔力を使えているわけじゃない。
 その周辺、腕とかに集まった魔力は使われずに空中に霧散しちゃうことも多々ある。
 身体強化の魔法だともっと顕著けんちょだし、説明もしやすい。
 体全体を強化する場合……体にめぐらせる魔力が百だとすると、そのうち七十を強化に使えてるけど、三十は有効利用しきれなくて空中に消えていってるとか、そんな感じ。
 どちらも、魔法、というか魔力を上手く使えない初心者に特に多い。
 僕らが着てるジャージには、わざとそれを促進させる効果があった。
 そのせいで、魔力を集める部分はもちろん、油断してると全身から、気づかないうちに魔力が漏れ出したり……なんてことに。
 なので、気をつけないとすぐに魔力切れになってしまう。
 意識して、魔力を散らさないように制御することが必要なのだ。
『トロン』では魔力を『使う』方法を学んだけど、ここで学ぶ、魔力を『使わない』方法の学習は、新鮮にしてかなりハードなものだ。
 まあ、やりがいあるけど。
 おまけにそのジャージを、僕らは訓練の時だけでなく、休んでる時も寝る時も着ているように言われている。お風呂に入る時以外、ずっとだ。
 まあ、休んでる時には魔力なんて使わないから、『拡散』に関してはいい。
 だけど訓練二日目から服の『重さ』が操作され、ウェイトをつけたような重さがデフォルトになったので、鍛えられるとわかっていても、ちょっとつらい。
 やれやれ……前途多難だな、ここでの特訓は……。


 そして、この特訓と時を同じくして始まったのが、午後の訓練終了後、学校で言えば放課後に行われる、クローナさんによる魔法分野の講義だった。
 これは自由参加、というか、ほぼ完全に僕のために開催される。
 今まで聞いたことも無い魔法理論やら、かつて開発された斬新ざんしんな術式やらを、クローナさんが選んで教えてくれるのだ。
 ただし『初心者にもわかりやすく』という概念は無いため、一定以上の魔法関連の知識と、それ以上に内容を理解するための想像力、理解力などが必要となる。
 クローナさんは講義を最低限の解説で行うため、興味本位で参加したエルクやザリーなんかは、即リタイアしていた。
 ナナさんやミュウちゃんは、勤勉さが幸いして、かなり苦しみながらもついていっている。
 それでも、わからないことの方が多いらしい。
 シェリーさんは得意・不得意が極端で、感覚で理解できる所はすんなり入るようだけど、複雑な理論の理解を求められる所は完全にアウトだった。
 そして僕は、この講義、実は超楽しい。
 前世で高校生だったころは、学校の世界史の授業がおきょう子守唄こもりうたにしか聞こえなかったけど、クローナさんの講義は、未知なる魔法分野の知識がとにかく興味深くて、眠くなるなんてありえなかった。
 シェリーさんが『暗号』と呼ぶそれらを吸収していくのが、嬉しいし面白い。
 今までつちかってきた知識までが一気に輝き出し、使ってくれと頭の中で叫んでいる。近い未来、色々と我慢できなくなる気がした。
 そして、そんな僕を見たクローナさんがまた嬉しそうになり、難しい内容の専門書やら論文やらを持ってくる。
 そして僕がさらにやる気を出し……とループして、深夜まで講義が続く。
 そしてその講義の中で、僕もクローナさんも思いついた端からアイデアを出して、既存の魔法の改良やら新しいオリジナル魔法の作成やらに着手する。
 そのまま勢いづいて、訓練場に直行して試し撃ちしたりも。エルクが頭を抱えてるんだけど……ごめん、無視。
 こんな感じで、僕ら『邪香猫』は、クローナさんの邸宅での毎日を送っています。


 ☆☆☆


 ミナト達がクローナ邸に泊まり込んで、特訓の日々を送るようになってから、しばらく経った。
 苦難の連続ではあるが、それに見合った成果が実感できるほど現れてきている。
 その日女性陣は訓練を終え、邸宅備え付けの大浴場で疲れを癒やしていた。

「あぁ~気持ちいい! やっぱり大きなお風呂っていいわね、疲れが取れる感じがするわ~」
「こら、シェリー。湯船には体洗ってから入りなさいって」
「固いこと言わないの、エルクちゃん。ここのお湯、温泉……どころか『霊泉れいせん』なんでしょ? 平気よこのくらい」

 湯船に肩まで浸かって脱力するシェリーは、そんなことを言いながら、手で湯をすくってバシャバシャと顔を洗い、汗を洗い流していた。
 そんなシェリーに呆れながら、エルクや他のメンバーは、一応軽く体を洗って汗を流してから湯船に浸かっている。
 ちょうどいい温度の湯から、温かさが肌を介して体のしんまでしみこんでくる。
 その感覚が全身に広がり……驚くほどの早さで疲れが取れ、体が癒えていく。
 何も知らなければ、温泉の薬効か、精神のリラックス効果かと思ってしまうだろう。
 しかし実際は違うことを、彼女達はクローナから聞いて知っていた。
 この温泉は、地下数百メートルから引いているものだが、ただの温泉ではない。
 魔力が多量に溶け込んだ、『霊泉』と呼ばれるものなのである。
 ミナトがよく使う言い回しで説明すれば、『霊泉』とは、ゲームなどによくある、入るだけでステータスが回復する魔法の泉のようなものだ。
 なお、温度は関係ない。冷たくても見た目が泉なら『霊泉』と称する。
 これは特別。温泉であり『霊泉』なのだ。
 湯に溶け、調和している魔力が、肉体のみならず精神、体内の魔力にまで作用し、すさまじい速度で傷や疲労を回復させる。
 薬湯と同じであり、飲んでも効果がある。
 クローナが、ここに居を構えている理由のひとつがコレであると、初日に嬉々として自慢していた。
 エルク達の心の中に、『この人、意外と子供っぽい』という認識が生まれた瞬間だった。
 その『霊泉』で一日の疲れを洗い流し、明日への英気を養っている彼女達。
 しばし無言だったが、ふと、シェリーが思いついたように沈黙を破った。

「そういえば、前々から気になってたから、この際聞いておきたいんだけど」
「? どしたのよ」
「あのさ……この中で、ぶっちゃけミナト君のこと好きな人って何人いる?」

 その言葉に……エルク、ナナ、ミュウの三名はきょとんとする。
 再び場を支配する沈黙。
 今回それを破ったのはエルクだった。

「えっと、それ……どういう意味で?」
「いや、どういう意味って……そりゃもちろん、愛してるとか、抱かれたいとか、そういう感じ。もっと具体的に……そうね、男性として魅力を感じてて、男と女の関係に……」
「わかった、もういい、わかった。あんたが言うと生々しいわ」
「生々しいって何よー、エルクちゃんが説明してって言ってきたんでしょうが」

 ぷくーっ、と頬を膨らませて反論するシェリー。


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