魔拳のデイドリーマー

osho

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9巻

9-3

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 エルクは『子供か』と心の中で突っ込みつつ、周りを見る。
 すると、虚空こくうに視線を泳がせながら、割と真面目に考えているナナとミュウがいた。

「んー、そうですねえ、確かにミナトさんには、人間としてはもちろん、異性として魅力を感じたりもしますね。上手く言えませんけど」
「私もですねー。もっとも、今までそういう色恋ごとと呼べるものに触れたことがありませんので、何とも言えないのですが……お兄さんは、魅力的だと思います」

 シェリーは頷きながら、エルクに目を向ける。

「ふーん……。エルクちゃん……は聞くまでもないか」
「かもね」

 いつも、ミナトとの仲を茶化されると赤くなるエルクだが、いきなりでなければ平気らしい。今回は動揺しなかった。
 面白く無さそうなシェリーは、湯気ゆげ結露けつろが出来ている天井を見上げて、「あーぁ」とため息をつく。

「かくいう私もさあ、冒険者として尊敬してるのはもちろん、ミナト君のことは一人の女として大好きだし、再三アプローチしてるのに、全然振り向いてくれないのよねー。あまり考えたくないんだけど……もしかして私、眼中にないのかしら?」
「違うと思うわよ? 何ていうかアイツ……あんたのそのアプローチ、だっけ? 社交辞令とか、ちょっと過激なスキンシップぐらいにしか捉えてないみたいだし」
「え? それを眼中に無い、って言うんじゃありません?」

 エルクの言葉に、ナナが首をかしげた。

「いや違う。アレは鈍感なだけ。告白するなら……ストレートで相当わかりやすく、かつ本気だってことを、説得力を伴う形で前面に押し出して言わないと。そうしないとあいつは多分、冗談とか社交辞令だって勘違いするもの」
「何ですか、そのめんどくさい精神構造?」

 見事なジト目をエルクに向けるミュウ。
 エルクは同じくジト目で何もない空中を睨み――普段はこの視線の先にミナトがいる――呆れをにじませる。

「早い話、あいつは謙虚けんきょを通り越して自己評価が低すぎんのよ、恋愛面で。自分みたいなのが女の子にもてるはずが無いって、心のどこかで思ってんの。ちやほやしたり、言い寄ってくる人がいたりするのは、全部自分の実力とかランクに対する社交辞令だって」

 一番長く、一番近くでミナトを見てきたエルクの評価は適切だった。
 そのエルクすら知らないことだが、前世で死ぬまで彼女がいなかったミナトは、女性の好意というものに対して酷く鈍感である。
 自分に向けられる好意が、『友達』という関係に基づいたものか、それとも恋愛感情が絡んだものか区別がつかず、自動的に全て『友達』意識によるものだと解釈してしまう。
 心の奥底に、『自分に恋する女の子なんてそういないでしょ』という、悲しさただよう先入観があるからだ。
 ゆえに、自分への好意に気づかない。
 これまで知り合った冒険者や傭兵の中には、異性としてミナトに好意を寄せ、アピールしてきた女性がいた。
 しかし、全て『友達』レベルのちょっかいだと思われ、誰一人として気づかれることはなかったのである。
 エルクの予想通り、シェリーのケースもまさにそれだった。
 シェリーのことを仲間として、友達として好意的に捉えているミナトだが、『ちょっぴり大胆な女の人』とも思っている。
 なのでその『アプローチ』は、ちょっと大胆で刺激的なちょっかい、という認識だった。
 かつてナナが口にした「言ってくれれば夜のお世話もしますよ?」や、ミュウの「いざとなれば体でお支払いするつもりでしたし」。それらについても、その意思や覚悟はみ取りつつも、自分への恋愛感情を見出みいだすどころか、予想してもいなかった。
 そんな見解をエルクの口から聞いて、シェリーはしばし唖然あぜんとした。
 数秒後に再起動すると、ぐぬぬぬ……と唸るような声を喉の奥から絞り出し、いきなり立ち上がる。
 その表情は、笑っているが……何かを決意したようであった。
 バシャッと派手に湯が跳ねて、それを浴びたエルクが迷惑そうな顔をする。

「ふふ……ふふふふ……てっきり照れちゃって踏み切れないとか、もしくは一途にエルクちゃんを好いてるから遠慮してるんだと思ってたけど……まさか『気づいてない』とは予想外だったわね。このシェリー・サクソン、一生の不覚……」
「……シェリーさん、怖いですよ」

 ミュウの声が、シェリーに届いたかどうかは疑問である。

「ありがとね、エルクちゃん。おかげでよぉぉぉくわかったわ……私の思い人は、もっと直球でぶつからないと、視界にも入れてくれないってわけね……」
「……まあ、間違ってはいないわね」

 全裸で湯船に仁王におう立ちし、湯をしたたらせているシェリー。湯気とは別に、やる気や熱気がオーラになって立ち上っているように見えた。

「上等じゃない……信条にそぐわないから渋ってるとか、何か理由があってこばんでるんだと思ってたけど、違うとわかったら話が早いわ! 我らが鈍感リーダーに現状を正しく認識させて、すぐにでもに男女比一:四のハーレム作ってやろうじゃないの!」
「あ、何気に私達入ってますね」

 ナナが苦笑すると、ミュウが頷く。

「ですねー。まあ私は別に……嫌じゃないですけど」
「私もまあ、ミナトさんさえよければ、って感じですかね。恩もありますし……それとは別に、ミナトさんのことはホントに魅力的だと思ってますし」

 結局のところ、ナナもまんざらではない。

「あっそ。まあ、恩返しとかを理由にするとアイツ渋るから、そっちのほうがいいんじゃない?」

 自分が初めてミナトに思いを告げた夜のことを思い出して、エルクはぽつりと言った。
 すると、エキサイトしながらきっちり会話を聞いていたシェリーが、ぎらりと目を光らせた。

「ふっふっふ……決まりね。ここにいる四人全員ヒロイン決定よ! さぁ皆でミナト君の心をばっちり射止めてハーレム作って幸せになってハッピーエンドといきましょう!」

 ナナのミュウが顔を見合わせる。

「女性が言ってるとは思えないセリフですね……」
「ていうか私は別に、お兄さんの妻になりたいわけじゃないんですけど。求められたら応じてもいいかなとは思ってますが、今のままでも楽しいですし……」
「あ、私もです。今の秘書とか事務員っぽい立ち位置も気に入ってますから、ミナトさんの負担を増やしてまで無理にとは……」
「甘いわよ二人とも。そんなんだから、ミナト君が自分の正確な魅力ってもんを……」

 そんな会話が繰り広げられるなか、エルクはふと、思いついたような、思い出したような仕草しぐさをして……考え込み始めた。

「どうかしたの、エルクちゃん?」

 熱弁の途中でそれに気づいたシェリーが声をかけた。

「ん? ああ、ごめん、ボーッとしてた。いや、今あんたが言った『ヒロイン』だの『ハッピーエンド』だのって聞いて、ちょっと思い出したことがあってさ」
「? 思い出したって……何を?」
「うん、ミナトが他人の好意に気づかない理由が、そう言えばもうひとつあったかも、って。えっと……『デイドリーマー』の話、あんたらにしたことあったっけ?」
「……?」

 それから数分。

「なるほど、ね。まるで、物語の世界を見るみたいな感じ、ってわけか……」
「言われてみれば……確かにお兄さん、そういう所、あるかもですねえ」

 納得した表情でシェリーとミュウが言った。
 エルクがしたのは、とある思い出話だ。
 ミナトと出会ってまだ間もない頃。ミナトが、まるでこの世界を物語か何かのように捉えているのでは、と感じた。
 その後、エルクの真剣な思いをミナトが正しく受け止め、親密な関係がスタートすると、そのフィルターは少しだけ取り払われた。
 それを聞いていた三人は、それぞれに納得していた。

「そういえば、王都でもたまに居ましたね、そういう人。権力のある貴族とかに多いんですが、なまじ何でもできるばかりにかりそめの全能感を持ち、それが通じなくなって、最終的に破滅する……まあ、騎士団ではそういう人は、最初に徹底的に矯正されるんですけど」
「どうやって?」
「世の中は自分を中心に回ってなんかいない、ってことを心身を問わず徹底的に教え込むんです。上には上がいて、思い通りにならないことなんていくらでもあるって。武力に関してはドレーク総帥や直属クラスがいるので、あっという間でしたね。放っといても勝手に挫折ざせつして、そこから這い上がるか、消えていくか、って感じで」

 容易に想像できるな、と、ナナ以外の三人は思った。
 メルディアナ王女と訪れた『狩場』での一件で、『直属騎士団』の、そして『団長』クラスの実力をの当たりにしていたからだ。
 温室育ちのお坊ちゃまやお嬢様はもちろん、英才教育で鍛えられた人物であっても、天賦てんぷの才と不断の努力を併せ持った最強部隊に触れれば、自分が井の中のかわずだと知るだろう。
 が、だからこそナナは引っかかるのだ。

「でもミナトさんって、そういうの特にないですよね? 別に全能感で調子に乗ってるわけでもないですし、むしろ謙虚っていうか……」
「まあ、全能感を持っててもおかしくない強さではありますけど、それ以上に強い人が周りにいますしね。今もひとつ屋根の下に、片手であしらわれるくらいの生ける伝説が」

 ミュウに続いて、エルクが口を開く。

「『グラドエルの樹海』を出る前も、お母さんに徹底的にしごかれてたらしいしね。けど……」
「けど?」
「やっぱり未だに、アイツはどこかそういう見方をしてる気がするのよね。もちろん、そんな気がする、ってだけで……根拠もなければ理由もわからないんだけど」
「でも、エルクちゃんがそう言うってことは……そうなのかもね。今んとこ、その最強の『お母さん』を除けば、ミナト君の一番の理解者だし」

 ミナトに『前世の記憶』があるなど、さすがに想像もできないシェリー達。やはりいくら考えても、答えの出ない問いだった。

「でもさあ、女湯でこんな話をしてて、男湯でミナト君が全部聞いてたりしたら、さすがに笑えないわよね」
「大丈夫よ、ミナトは今頃、クローナさんの講義を聞いてる最中でしょ」

 シェリーの言葉に、エルクは素直に反応した。

「わかってるってそれは。もしそうだったら面白いな、って話よ」
「ていうか……なんで個人の邸宅に男湯と女湯があるのかしら?」
「いや、別に『男湯』『女湯』ってわけじゃないみたいですよ? クローナさんが築城の時、湧き上がる温泉を、量の関係でふたつに分けたからだそうで。普段はその日の気分で、ふたつある大浴場のうちどちらを使うか決めてるみたいでした」

 ミュウが、ナナの答えを補足する。

「ただ、私達『邪香猫』には男女両方がいるから、分けといたほうがいいってことで。ちなみに男湯(仮)は、こことは違うデザインのお風呂みたいですね、聞いた話だと」
「そうなの? ぜひそっちにも入ってみたいわね、あとで交渉して交換……いや待てよ、むしろそれを利用して、お風呂を間違えて混浴ハプニングなんてのも……」
「アホ」

 エルクのツッコミがシェリーに炸裂さくれつした。

「でも……ミナトさんってすごいお風呂短いですよね。最短で五分以内ですよ?」
「最近じゃあいつ、私達が訓練の疲れで動けない間に自分だけお風呂行って、私達が入る頃にはすでに上がっちゃってるわよね……で、その後すぐ書庫に直行して講義でしょ?」
「最初は私達のこと待ってくれてましたけど……少しでも早く長く講義を聞こうと思って我慢できなくなったみたいですねえ。まあ、別に構いませんけど」
「ていうか、どうやったらあそこまで短い時間でお風呂済ませられるのかしら? 丁寧に洗ってないの? エルクちゃん、何か知らない?」
「や、そういうわけでもないんだけど、最低限のことしかしないっていうか……あくまでお風呂は体を洗う場であって、よっぽど疲れてない限り、ゆっくりしようとか、入浴を楽しもうって気が無いみたいよ。あとはホラ、髪も短いから時間かかんないだろうし」
「えー、それって人生損してない?」
「今のあいつにとっちゃ講義の時間が削られることの方が損でしょうよ」
「ですね。でも……私からしてもちょっとそれ、もったいない気がしますね。お風呂ってやっぱり……疲れを取ってゆっくり体をいやしたり、こうして友達同士のんびり語り合う場であってもいいんじゃないかな、とは思います」
「そうよね! ナナちゃんわかってるぅ! やっぱミナト君は、勉強とか以外にもこういうところでゆっくりのんびりすることも覚えた方がいいのよ! 主に私達と一緒に!」
「あんたは結局そこに帰結すんのかい!」

 「……ミナト君はいなくても、僕は男湯に入ってるんだけどなあ……」
 貸し切り状態の男湯を堪能たんのうしているザリーの、そんな独り言を聞く者は、誰もいなかった。



 第三話 『黄泉よみの柱』


「……よーい……ドン! ……よし上出来」
「エルク、タイムは?」
「こんなん速すぎて測れるわけないでしょうがァ!!」

 飛んでくるエルクのチョップ。
 僕の新魔法『リニアラン』の実験をしている所だった。
 これまで僕が……というか、魔法使いや魔力持ちの戦士が高速移動に使う技能といえば、足に魔力をめて強化し、高速でダッシュするもの。
 普通の魔力でなく『風』の魔力を使えばもっと速くなる。実際、僕はこのやり方で、戦闘の際は高速移動していた。
 しかし、新しく完成させた今回の技は、さらに上を行く。
 足に『風』の魔力を込めて加速する点は従来と同じだけど、『土』と『雷』の魔力を別口で充填し、それを使って電磁力を発生させて加速。
 さらにさらに、体には微弱な『風』の魔力をまとわせバランサー代わりにして、スピードで体勢を崩さないようにする。
 準備完了。
 あとは合図と同時に、それらをいっせいに発動させれば……おおよそ十数メートルの距離を一瞬で走破できる、超高速移動術の完成である。
 はたから見ると、速すぎて消えたように見える。最初に見たとき、エルクは僕が空間転移を会得えとくしたと勘違いしていた。
 当然、百メートル走のようにタイムを測ったりできるわけもない。
 それゆえに、先ほどのエルクのツッコミが引き起こされたわけである。
 まあ、『ドン』て言い終わると同時にゴールに着いてたら、そりゃあね、でも……。

「ん、だいぶ慣れてきたみてーだな。さっきよりちょっとだけ速くなった」

 普通に目で追えてる人もいます。
 うん、まあ、この人がおかしいんだけどね? 間違いなく。
 とまあ、ここ数日はこんな感じ。
『講義』で生み出された新魔法や改良魔法を訓練の合間にお披露目ひろめして、気分転換も図りつつ訓練を進めてるわけだ。
 ……一部、それによって余計に心労が溜まってる人もいるけど。

「うーっし、んじゃミナト、今日中にとりあえず『ジャイアントインパクト』と『カメレオン』あたりの調整も終わらせておくか」
「あ、どうせだから『リヴァイブ・リボーン』と『MDC』あたりもやっときませんか、師匠ししょう? どれも時間かかりそうですし……手順だけでも」
「ちょっと待ったぁ!! あんたらこの短期間にどんだけ魔法作ってんのよ!? てか、『師匠』て……呼び方変わってるし!?」

 これらは作製した魔法のごくごく一部でしかない、って言ったらエルクは卒倒そっとうするかな。
 そして、ああ呼び方? うん、昨日の夜から『師匠』です。
 なぜって……クローナさんは僕にとって尊敬すべき師匠そのものだからです。以上。


 ☆☆☆


 そんな感じでしばらく過ぎたある日。
 僕らは訓練を始める前に……師匠から今日は、各自が今まで鍛え上げてきた能力をテストするむねを知らされた。
 と同時に、師匠がぱちんと指を鳴らした、次の瞬間。

「……!?」

 僕ら六人は同時に、その身に起こった異変に……そしてその正体に気づいた。
 何のことは無い、これまで師匠は僕らに『かせ』をかけていた。
 師匠特製のジャージに編み込まれた、重力増加や魔力拡散といった、訓練時に作動するトレーニング補助用術式である。
 それらは常に発動し、僕達に負荷ふかをかけていた。気づかないよう徐々に負荷を上げながら。
 そう、使うウェイトを日に日に重くするような感じだ。
 思えばほんの少しではあるけど、体が重く、魔力のコントロールに苦労する感覚はあった。
 僕ら全員がそれに気づいていた。でも、さすがの『霊泉』でも完全には疲れが抜けないのか、程度に思っていた。
 実際は、着ている間どころか、脱いでもしばらくの間は様々な負荷を与え続けるという、高度かつ巧妙な魔法が編み込まれていたのだ。
 結局このジャージにより、僕らは四六時中ウェイトトレーニングをさせられている状態だったのだ。体は重くなるわ、魔力は拡散するわ、感覚器官は鈍くなるわ……マイナス系ステータス異常のオンパレード。
 それらが師匠の指パッチンで解除され、僕らは今、自分の真のスペックを目の当たりにすることになった。

「さて……説明は要らなそうだな。んじゃ、一旦お前ら着替えて来い。お前らの、勝負服にな」

 そう言ってクローナさんが指差した先にあるのは、僕らが愛用してきた……黒と、緑と、だいだいと、赤と、あいと、黄の服。
 シルキーメイド達によって完璧に清潔せいけつかつメンテナンスされた状態で、それらがたたまれていた。


 一言で言えば、必然にして予想通りの結末だった。
 ザリーは、ヤギの頭に筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの体を持つ悪魔『バルログ』を砂嵐の砲弾で粉砕。
 ミュウちゃんは、身長四メートルはあろう岩石の巨人『ロックゴーレム』を、覚え立てながら見事に使いこなしている風の魔法でバラバラにした。
 ナナさんは、風の魔力を纏って高速で飛び、くじらすら捕食すると言われる巨鳥の魔物『シムルグ』に、一発も外さずに魔力弾を撃ち込んではちの巣にした。
 シェリーさんは、魔法使うわブレス吐くわで、龍族に匹敵する強さを持つ『ドラゴンアリゲーター』を、火炎耐性のうろこをぶち抜いて一刀両断。
 そしてエルクは、かつてトラウマ級の体験をした懐かしの大蛇だいじゃ『ナーガ』を、風魔法で攪乱かくらんしてふっ飛ばし、自慢のダガーで見事に急所を突いて倒した。
 稽古着によって、知らない間に鍛えられていた僕らの地力。それを解放した結果、今まで苦戦した、もしくは勝てなかった魔物を圧倒できる力を得たわけだ。
 フィジカルの鍛錬や、ひたすら戦って得た経験も、もちろん影響しているだろう。
 でもやはり一番大きいのは、『魔力拡散』のバッドステータスに耐えたおかげで、魔力を使った攻撃に爆発力が増したことだと思う。
 師匠曰く、魔法攻撃と魔力の効率的な運用との関係は、水を使って火を消す際のプロセスに例えるとわかりやすいらしい。
 一本のロウソクの火を消すときに、水をどうやって運ぶか。
 手を受け皿の形にして水をすくって運ぶ。
 まあ、火は消えるだろうけど……指の隙間すきまから水がこぼれるだろうし、運べる水の量も少ない。決して効率的とは言えない方法だ。
 ひしゃくやバケツを使って、運べる水の量を増やし効率を上げる……これが『トロン』でやった『魔力コントロール』の修業。
 一度に使える魔力を上げたり、それをこぼさず扱えるようにして、魔法の威力を上げる。
 それに対し、『魔力拡散』の修業はちょっと毛色が違う。方法そのものの質を上げるからだ。
 イメージとしては、そうだな……家庭用のホースに、途中にいくつも穴が開いているような感じ。
 一応、蛇口から送られた水はホースを通って出口まで行くけど、途中の穴から多少なり漏れるから、穴が無い場合に比べて勢いは弱まるし、水の量も少なくなる。
『魔力拡散』の克服こくふく訓練、すなわち『必要ないところからムダに魔力を流出させない』という訓練は、この出口から出る水の勢いを最大化する訓練だ。
 しかもホースに開いた穴をふさがずに、という条件付きで。
 イメージとしては、ホースの内側にもう一本、一回り小さなホースを通し、実質的にその細いホースで放水するというもの。
 そうすれば、穴が開いてるのはあくまで『外側』だけだから、水の勢いも量も保たれる。
 それどころか、ホースの直径が小さくなった分、水圧が上がってより遠くに水が届くなど、他のメリットも出てくる。
 勢いが強くなりすぎて困るなら、元栓を締めるなり、シャワーヘッドか何かを出口に付けるなりすれば問題ない。


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