種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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聖導教会総本部編

魅惑の魔法

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部屋の扉を閉めると加藤は溜息を深い吐き出し、通路を見渡す。広い建物内のため、迷わない様に気を付けながら進まなければならない。彼の持つ魔法(スキル)の中には「マッピング」と呼ばれる周囲の地形を把握できる魔法も存在るが、何故かこの建物では使用できない(聖導教会総本部内では聖導教会以外の人間の魔法が弱体化する術式が埋め込まれているのを知らない)。

この世界に訪れてから気が付けば随分と時が経ち、勇者達もこの世界に違和感を覚える。どう考えても自分たちと同じ生きた人間としか思えないこの世界の住人達、さらに言えばゲームには存在した蘇生魔法が存在せず、ここで死ねば勇者であろうと生き返る事は出来ないという事実。

加藤が知る「MSW2(オンラインゲーム)」の中では例えプレイヤーが死亡したとしても、複数の蘇生方法は存在したが、こちらの世界では全て無かったことにされている。また、勇者と言えど好き勝手出来るわけではなく、現に加藤は不用意に貴族の令嬢に手を出したために島流しに等しい扱いを受けている(唯一の救いは妻となった女性を本当に愛し、子供にも愛情を抱いている)。

最初の頃は勇者達の中でも上位の実力を持っている自分がどうしてこんな扱いを受けなければならないのかと憤ったが、何時が経つ内に冷静になり、この世界で家族と供に過ごすうちに彼はある疑問を抱く。


「……本当にここは……いや、そんな馬鹿な……」


傍の壁に手を添えると、ひんやりと冷たい材質が感じ取れる。この世界に来た時からとても(VRMMO)の世界とは思えないほどの「五感」を感じ取り、自分が本当にゲームのような異世界に訪れたのではないかと考え始める。


「まさかな……」


彼は頭を振り、馬鹿な考えを振り払うように通路を歩き出す。すると、1人の修道女が通りかかった階段から現れ、その両手には飲み物を乗せたトレイを握っている。恐らく、自分たち勇者達のために気を配って飲料を運んできてくれたのだろう。


「あの」
「はい~?」


こちらから話しかけると、ローブで身体を覆い隠した修道女はこちらに顔を向け、随分と整った顔立ちの少女だと気が付く。よくよく見れば胸も随分と大きく、昔の加藤ならば迷いなく声を掛けていただろうが、今現在は妻子持ちのため、流石に自制する。だが、それでも何故か眼前の女性に視線を反らせない。


「あの~どうかしました?」
「あ、いや……その……」


黙りこくる加藤に修道女は首を傾げるが、彼は慌てて彼女が両手で握り締めるトレイに視線を向け、


「あの……それ……」
「ああ……これは勇者様方に渡すんですよ~」


どうも眼の前の少女は他の修道女たちとは雰囲気が違って掴み処がない。だが、それが加藤により興味を引かせ、彼女の「瞳」を見ているだけで心臓が高鳴り、この世界に来たばかりの頃を思い出す。学校の中でも冴えない男子生徒だった彼が、この世界を救う勇者という地位に選ばれたことで自然と女性が近付いてくるようになり、それが原因で一時期は女漁りが酷かった。

よくよく観察すれば眼の前の少女の何もかもが彼好みの外見であり、自分には既に妻も子供も居るにも関わらず、このまま葬式の事など忘れて何処かへと誘いたい気持ちに陥る。


「な、なあ……俺の事知ってるか?」
「はぁ……」
「お、俺はあの勇者の1人で……その……えっと……」


昔なら流暢な口調で誘いを掛ける事が出来たが、久しぶりに妻以外の女性と話すせいか、緊張して上手く話せない。


「え~!!あの勇者様なんですか~?」
「そ、そう!!爆炎の勇者とは俺の事だ!!」


一度もそんな風に呼ばれたことは無いが加藤は偉そうに胸板を叩き、彼女が自分に興味を持ったことに歓喜する。この調子で会話を続けようとした時、異様に喉に渇きを覚える。そんな彼の様子を悟ったのか、修道女はトレイの上に載っているグラスに水差しを傾け、オレンジ色の液体が流れ込む。


「喉が渇いてるんですか~?これをどうぞ~」
「お、おお……サンキュー」
「うふふ~」


気が利く少女にますます夢中になりながらも、加藤は何の警戒も無く彼女からグラスを受け取り、一気に喉の中に流し込む。


「……ん、あ……お、美味しいな」


だが、予想に反してその味は不可解な物であり、オレンジジュースの類だと思い込んでいたが、妙に苦い。しかし、嫌な顔を浮かべずに修道女に笑みを浮かべ、彼女も笑みを浮かべると、


「それじゃあ、私の言う事を聞いてね~」
「は……?」


彼女は前進を覆い隠すローブから顔を出すと、金髪に煌めく髪の毛を震わせ、怪しく光り輝く「瞳」を向けてくる。加藤はそれを見た瞬間に徐々に意識が混濁し、その場に跪いてしまう。


「あ、あれ……?」
「ふふっ……どおぉ?アカマムシの血液が混じった果物水はぁ?」
「アカマムシ……?」
「精力効果倍増だから、飲み過ぎると危ない物だけど勇者様なら大丈夫だよね~」


加藤はすぐに自分の身体が熱くなっている事を確認し、どうして眼の前で自分を見下ろす少女がそんな物を飲ませたのかと疑問を抱く。だが、既に彼の意識は半ば飛んでいた。


「ふふ……これを飲めば耐性を持っている人でも、私の魅力に抗えないよ~?」



修道女に化けていた「カトレア」は子供のような笑みを浮かべると、そのまま膝を付いた状態の加藤に向けて、



「さあ……私の瞳を見て」
「ああ……」



自分の持つヴァンパイアの紅の瞳を見せつけ、完全に彼を自分の虜にさせる。
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