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第二部 少年期のはじまり

第百七十二話 戦いの終わりと後処理と①

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 青い青い空の下。
 こんもりと出来上がった複数の山に囲まれた大地に、仰向けに寝転がっている人がいる。
 荒い呼吸を整えながら、体の疲労を回復させているその人の名前はヴィオラ・シュナイダー。


 「あ~……疲れた。は、早くシュリのところへいってあげなきゃならないのに」


 ヴィオラは呻くようにそうこぼす。


 「さ、さすがの私でも、あれだけの数の亜竜を一人で引き受けるのは無茶だったわね……」


 そんな風にぼやく彼女の周りにある複数の山をよく見てみれば、それは戦闘不能に陥った亜竜がこんもりと積み上げられたものだった。
 シュリと別れた後。
 迫り来る亜竜の群を前に、容赦なく叩きのめして、奴らの意気を挫いてやろうと思っていたヴィオラだが、亜竜達は思いの他しぶとかった。
 更に、地上を走るレッサードラゴンの相手がまだ終わらないうちに、空からはワイバーンが現れ、そっちの対処も余儀なくされた。
 グリフォンのシェスタを呼び出して、空でワイバーンを牽制させつつ、まずは地上の掃除をし、それからシェスタにまたがって大空の片づけをした。
 正直、シュリの事を考える暇がないくらい、大変だった。

 だが、こうしてやっと一息つくことが出来て、そうしてみるとシュリはどうしているか、心配で仕方ない。
 シュリの事だからきっと大丈夫だとは思うが、それでもやはり心配せずにはいられない。
 なんといっても、可愛い可愛い、目の中に入れても痛くないくらいに愛おしい孫なのだ。
 何かがあったら、それこそ悔やんでも悔やみきれない。


 「……シュリんとこにいこう」


 疲れ切った体にむち打って、ヴィオラはその身を起こす。
 そして、立ち上がろうとした瞬間、その頭上を大きな何かが覆った。
 なんだろ?と反射的に顔を上げたヴィオラの目に飛び込んできたのは、空を自由落下してくる最愛の存在の姿


 「しゅ、しゅりぃぃ!?」

 「おばーさま~~」


 ヴィオラが受け止めてくれると信じ切って落ちてくる孫を、ヴィオラはどうにかこうにか抱き留める。
 だが、疲れ切った体はシュリを受け止めた衝撃で崩れ落ち、ヴィオラはシュリをしっかり抱きしめたまま座り込んでしまった。


 「しゅ、しゅり??ど、どうして空から??あ、精霊さん??」

 「ううん。今のは精霊の力じゃなくて……」

 「シュリ~!!無事なんじゃな?急に妾の背中から飛び降りるから心配したじゃろーが」


 ヴィオラの疑問に答えようとしたシュリの言葉を遮る様に、そんな声が響いて、ヴィオラは再び空を見上げた。
 そして、あんぐりと口を開ける。
 そこには鮮やかな赤い髪をツインテールに結った美少女がいた。は虫類のような太い尻尾と羽を生やした美少女が。
 彼女はぷんぷんしながら地面に降り立ち、その瞬間、羽がしゅるんと見えなくなる。
 体の中に収納されたのか、見えなくなっただけなのかはわからないが、ただ折り畳んだというレベルではないことは確かだ。

 ヴィオラはほえ~と度肝を抜かれた表情でその美少女を見上げた。
 長いこと冒険者をやってきたし、色々な獣人とも知り合いだが、彼女の様なタイプの獣人を見るのは初めてだった。
 そんな風にヴィオラが見つめる中、美少女は小脇に抱えていた子犬と子狐を地面に放す。
 すると今度は、その子犬と子狐が、なんと、人型に変身したのだ。獣耳と尻尾を生やした、獣人の様な姿に。
 ヴィオラの目がまん丸に見開かれ、


 「じゅ、獣人……?でも、それにしては……」


 思わずそんなつぶやきが唇からこぼれ落ちる。


 「獣人じゃないよ?おばー様」


 シュリはくすりと笑ってそんなヴィオラの顔を見上げ、それから自分を抱き抱える彼女の腕の中から抜け出した。
 そして、でこぼこな三人の傍らに立ち、


 「この三人は僕の眷属、だよ。おばー様のシェスタと同じ」


 そんな風に紹介する。


 「眷属?シェスタと同じ??ええ~??で、でもでも、その子達、女の子、よね??」

 「う~ん。きちんと説明しようとすると長くなっちゃうんだけど、簡単に言っちゃえば、僕のテイムスキルでテイムすると、こうなっちゃうんだよ」

 「こうなっちゃうって、テイムした魔物が女の子になっちゃう、の??」

 「うん、まあ、その認識で間違ってない、かな」

 「ふへ~~。なんていうか、変わったスキルね??」


 ヴィオラの素直な感想に、シュリはまあね、と肩をすくめ、そして不意に空を見上げた。
 その瞳が優しく細められ、唇が柔らかな孤を描く。


 「来る……」

 「来る??なにが???」


 ヴィオラが首を傾げた瞬間、空から何か大きな固まりが降ってきた。
 どぉんという音と共に落ちてきたのは、水、風、土、炎……それぞれの檻に閉じこめられた亜竜達。
 それを運んできたのはもちろん、それぞれの属性の精霊達。


 「シュリ、遅くなりましたわ」

 「思ったより数が多くて結構手こずっちまってよ」

 「シュリ、一人で寂しくなかった~??」

 「危ないことは、なかったか??」


 地上に降り立った彼女達は、口々にそう言いながらシュリに駆け寄る。
 シュリは彼女達に揉みくちゃにされながら、嬉しそうに笑う。
 そして、


 「みんな、お疲れさま。僕のわがままを聞いてくれてありがとう」


 心からの感謝の言葉を告げる。
 その言葉に彼女達は顔を見合わせ、それから少し照れくさそうに笑った。


 「ふわ~……これ、アズベルグの方に行った方の亜竜よね?もしかして、シュリの精霊さん達が捕まえて来てくれたの??」

 「うん。皆が僕のお願いを聞いてくれたんだ」

 「そっかぁ。えーっと、精霊さん?見えないけど、私からもありがとう。これだけの亜竜の群がなだれ込んだら、きっとアズベルグは危なかったと思う。それを防いでくれて、感謝するわ。私だけじゃ、どうやっても手が回らなかったし、救いきれなかったから」


 深々とヴィオラが見えない精霊達に向かって頭を下げた。
 それを見た精霊達は、魔力を高めてヴィオラの前に姿を現す。


 「いえ、私達は主であるシュリの想いに答えただけですわ」

 「そうだぜ?シュリが望まなきゃ、シュリの側から離れたりなんかしなかったさ」

 「そうそう、シュリが喜んでくれるのが、一番嬉しいんだもん」

 「そうだぞ。礼など不要だ。それにそちらの奮闘も、賞賛に値する。たった一人で我ら四人の討伐数を上回るなど、人間業ではないな。さすがはシュリの祖母君だ」

 「でも、やっぱりありがとうと言わせて?あそこには、私にとっても大切な人がいるの」


 そう言って、ヴィオラは四人の精霊に笑いかけた。
 そんな風に、友好的に話す四人の精霊とヴィオラを、シュリの後ろから複雑そうに見つめる眷属三人組。
 それも仕方ない。
 なんと言っても元々の原因を作ったのは彼女達……正確にはその真ん中にいるちびっ子であると言っても過言ではないのだから。
 その事を、残念ちみっ子のイルルですら、ここに来るまでにきちんと理解していた。
 移動の間中、シュリがこんこんと説教をしたからだ。三人が軽く涙目になるくらいにそれはもうしつこく説教した。
 結果、イルルをはじめとしてポチもタマも十分に反省している様だった。
 シュリはちらりと三人のそんな様子を伺って、その口元に柔らかい笑みを浮かべる。
 悪いことをしたときちんと認めて反省出来るのは良いことだ。まあ、後でイルルにはきちんと責任をとってもらうつもりではあるが。


 「ところでシュリ?そちらの三人をそろそろ紹介してくれませんの?」


 アリアの言葉にシュリは頷く。
 そして、ちょっとしょんぼりうなだれている三人を、彼女達の前に連れだし、そして語った。
 今回の事件の発端と顛末を。
 シュリが全てを話し終えた後、


 「妾が考えなしだったのじゃ。謝ってすむことではないと思うのじゃが、すまなかった、と謝ることしか出来ぬのじゃ……」


 イルルはそう言って深々と頭を下げた。


 「ポチも、イルル様がダメなことをしているのに止めなかったのです。ごめんなさい。タマも、反省しているのです。ね?」


 ポチも頭を下げ、彼女に促されたタマも大人しく頭を下げる。


 「なるほどねぇ~。まあ、反省してるみたいだし、まあ、うん。それはここだけの話にしておこう。ギルドに報告すると、ちょっと面倒な事になるかもしれないし。まあ、ないとは思うけど、主であるシュリが責められる可能性もないとはいえないしね。取りあえず、ドラゴンの峰に住み着いて混乱を引き起こした上位龍は追い払って、行方はわからないと言うことにしておきましょ。倒したって言っちゃうと、素材を出せとかうるさそうだし」

 「いいのかな?それで??」

 「いいのよ。亜竜達の暴走は完全におさめたし、それだけでもありがたいと思ってもらわないとね」


 そう言って、ヴィオラはよく頑張ったわね、とシュリの頭を撫でる。
 シュリはヴィオラの提案を吟味して、だが結局、それが一番無難に事態を収拾出来るだろうと自分を納得させる。
 イルルの存在をあかして、反省してるから許してやってほしいと言っても、信じて貰えない可能性が高い。
 それに自分の眷属だからと主張したところで、なんの知名度もない幼いシュリの言葉をどこまで聞いて貰えるかは疑問だった。
 ヴィオラを頼るという最終手段もあるが、それで彼女に迷惑をかけるのもシュリの本意ではなかった。

 いつか。
 上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンやフェンリルや九尾の狐を眷属にしていると言っても、誰も疑問を抱かないほど強く有名になるまでは、自分の眷属達の情報はなるべく隠す方向性でいこう、シュリはそう考えながら、祖母に頷きを返す。


 (まあ、でも、あんまり目立つのは好きじゃないし、強くなるのは問題ないとしても、有名になるのはちょっと難しいかもしれないけどな~)


 そんなことを思い、シュリは苦笑する。
 だが、周囲の者が聞いたら、みんな口をそろえて言うことだろう。シュリが有名にならないなんて、どう考えても無理に決まっていると。
 自分がどれほど目立つ存在なのか、知らぬは本人ばかりである。

 取りあえず、眷属達を皆に紹介してその処遇が決まり、ほっと息をついたところで、シュリはまだ皆に紹介していない存在の事を思い出した。
 光の精霊、さくらの事である。
 すっかり忘れてたと、シュリはぽふんと手を打ち合わせて皆を見上げると、


 「僕が持ってた光の繭、覚えてる??」


 そう問いかけてみた。


 「光の繭??ああ、光の精霊の宿った繭の事ですわね」

 「おお、あれか。シュリが毎日魔力をやってたやつな」

 「おぼえてるよぉ~?」

 「あの繭が、どうかしたのか??シュリ」


 主の問いに、即座に頷きを返す精霊達。
 シュリは彼女達の顔を見回して、


 「あの繭ね、無事に孵ったよ??」


 その事実を告げる。


 「あら」

 「へえ~」

 「ふぅ~ん」

 「ほう?」


 それぞれがそんな声をあげて、皆の視線が己に集まる中、シュリは両手をそっと自分の胸に押し当てた。


 「皆に紹介するね?光の上位精霊のさくら、だよ。さくら、おいで」


 シュリの声に答えるように、その胸にある光の精霊の刻印が光り輝く。
 そして、光がおさまった後には、黄金の髪に黄金の瞳の美しい精霊の姿がそこにあった。
 彼女は目の前で自分を見つめる四人の先輩精霊ににっこりと微笑みかけ、頭を下げる。


 「初めまして。光の上位精霊のさくらです。上位精霊として目覚めたばかりなので色々とご迷惑をおかけすると思いますが、シュリの為に精一杯がんばるつもりなので、色々と教えて下さい」

 「……ふぅん。生まれたてというには、かなりの力を持ってますわね」


 じろじろと、品定めするように鋭い眼差しをさくらに注ぐアリア。
 だが、さくらはそんなアリアの視線にも動じず、柔らかな微笑みも揺るがない。


 「おかげさまで。シュリの魔力を、注がれて育ちましたから」

 「そうですわね。シュリの魔力を糧として育ったなら、その強さも当然かもしれませんわね。同じ者を主とする精霊同士、仲良くしましょう。強い仲間が増えて、心強いばかりですわ」


 自分の威圧にも動じないさくらの実力を認めたアリアは、そんな言葉と共に頷き、満足そうに微笑んだ。


 「確かに、中々強そうだな~?さくら、格闘技とかはできるのか?」

 「さあ?生まれたばかりなのでまだ、なんとも」

 「ふぅん?まあ、いいや。今度、体の使い方教えてやっから、色々覚えて手合わせしようぜ?」

 「強くなるのは望むところだわ。シュリの迷惑にならない程度なら、いつでもお相手します」


 イグニスも、さくらの潜在的な強さを感じ取ったのか、そんな誘いをかける。
 さくらも、シュリを守るための強さならどれだけあっても困らないとばかりに受けて立ち、二人は好戦的な笑みを交わしあった。


 「さくらちゃん、かぁ。仲良くしてね」

 「ええ。こちらこそ」


 シェルファはにこにこと手をさしのべて、さくらの手を取り握手をする。
 さくらも、好意的なシェルファの態度に微笑みを浮かべて、彼女の手をそっと握り返した。


 「さくら。今後は共にシュリを守る者同士、協力し助け合おう。イグニスほどではないが、私も戦闘術には覚えもあるし興味もある。いずれ、お互いの技を競いあいたいものだ」

 「こちらこそ。私がもう少し体の使い方を覚えたらぜひお手合わせをお願いします」


 礼儀正しいグランの申し出に、さくらも礼儀正しく答える。
 シュリが、自分の精霊達の交流をうんうん頷きながら眺めていると、その隣に立っていたヴィオラがにやにやしながらシュリを見ていた。
 そのことに気づき、シュリはなぁに?と首を傾げて祖母の顔を見上げる。


 「ん~??光の精霊ちゃんも加わって、シュリも五人の精霊持ちね~って感心してたのよ?しかもみんな美人だし?眷属も、女の子にしちゃって、しかも可愛いし。もうこれはれっきとしたハーレムよね、ハーレム」

 「は、はーれむぅ??そ、そっかな~??そ、そんなことはないんじゃないかなぁ~~??」

 「そんなことあるわよぅ。シュリも気を付けないと、そのうち、後ろから刺されちゃうわよ??」


 五歳なのにハーレム持ち評価を下されたシュリが、ちょっぴり冷や汗を流していると、ヴィオラがからかう様にそう言った。
 気を付けなさいね~?と額をちょんと指先でつつかれ、シュリは、ははは、と乾いた笑い声を漏らす。
 なにそれ。ほんとに笑えない……そんな風に思いながら。 
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