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第一部 四季姫覚醒の巻
第七章 姫君召集 12
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十二
嚥下(えんげ)家との話は、破談に終わった。
協力を拒んだ以上、長居するわけにもいかない。キャンプ場に戻ろうと決めた。
周(あまね)は、妖怪たちがみんな、動ける状態になるまで見届けてから、再び合流すると言って、寺に残った。
榎たち三人は、先に早々と寺から出た。
「お世話になりました。ありがとうございます」
玄関先で見送ってくれる了生に、丁寧に頭を下げた。了生も、お辞儀を返してくれた。
「餞別(せんべつ)、といってはなんですが、皆さんのお耳に、一つ入れておきたい情報が。――四季姫最後のお一人、秋姫様についてです」
去り際(ぎわ)の榎たちに、了生がさらりと、爆弾発言を投げかけてきた。
敷地の外へ出ようとしていた榎たちは、慌てて足を止める。
「もしかして、何か、手掛かりをご存知なんですか!?」
食いついた榎たちに、了生は大きく頷いた。
「うちの住職は、妖怪や陰陽師など、特殊な存在の気配を感じ取る能力に長けておりまして。秋姫様は既に覚醒して、四季が丘にいらっしゃると、申しておりました。ですから俺も、全員が揃っておるもんやと思いこんで、探しておったんです」
「本当ですか!? 四季が丘の、どこにいるんです?」
ぜひとも、教えてもらいたい。四季が丘にいるなら、すぐにでも会いにいける。
だが、了生の表情は、あまり芳しくなかった。
「秋姫様は、皆さんよりもかなり前から覚醒しておるらしく、四季姫としての技量も卓越しているとか。その分、気配の消し方も上手やそうで、住職も詳しく探れんかった、と申しておりました」
力になれず、申し訳ないと、了生は詫びる。
だが、非常に大きな収穫だ。秋姫について、かなり確実な情報が手に入った。
「あたしたちよりもかなり前に、覚醒しているのか……。しかも、技術も凄いとなると……即戦力かもな」
きっと、秋姫は、榎たちみたいに月麿からあれこれ教えてもらわなくても、陰陽師としての力の使い方について、別の方法で会得できたのだろう。凄い芸当だと、感心する。かなりの実力の持ち主である匂いが、プンプンしていた。
「気ぃ抜いとったら、リーダーの座も奪われてまうかもしれんで」
柊の茶化しも、今回ばかりは洒落にならない。榎の体に、緊張が走った。
「でも、四季が丘なんて、すぐ近くにいるんだったら、秋姫も椿たちの存在に気付いて、会いにきてくれても、いいのにねぇ?」
少し他人任せな発言だが、椿の疑問は尤もだ。
秋姫は、巧みに気配を消しているらしい。そんな技術を持っているならば、榎たちには察知するなんて無理だ。
対して、榎たちは気配なんて、消す訓練すらしていないから、普段から、だだ漏れだ。向こうが気付いて接触してきても、おかしくない気がする。
もしくは、わざと、接触を避けているのだろうか。榎たちの存在を知りながら、何らかの理由で姿を隠している可能性を、榎は考えた。
「力の差が、あるのかもしれないな。一緒に戦えるレベルかどうか、あたしたちの様子を見ている、とか」
榎たちのほうが、仲間として相応しいか、品定めされているのだろうか。その結果が芳しくないから、会いにきてくれないのか。
「立場は同じやっちゅうのに、舐められたもんやな。不愉快やわ」
柊は、名前も姿も知らない秋姫に、苛立ちを向ける。その考えが正しいと決まったわけではないが、確率は高い。
「何にしても、四人揃わないと力が発揮できないのだから、ちゃんと合流しなくちゃね」
椿の言葉に、榎たちは頷いた。相手の意図がどうであれ、必ず四人、集まらなくてはいけないのだから。
向こうが隠れいているつもりなら、榎たちが全力で見つけ出すのみだ。
どんな人だろう、早く会いたい。期待が一気に、高まった。
「了生さん、ありがとうございます。お誘いを蹴ったあたしたちに、色々と親切に教えてくれて」
榎は了生に向き合い、深々と頭を下げた。
本来なら、道を違(たが)えた時点で、榎たちに秋姫の話なんて、する必要もなかったはずだ。了生の善意には、本当に感謝しても、しきれなかった。
了生は笑顔を浮かべて、手を合わせる。
「何度もいうてますが、我が一族は、先祖代々受け継がれた教えを守っておるだけです。四季姫様のお力となる。その誓いは、たとえ我らの協力を拒まれようとも、消えうせるほど安い約束ではありません。ご武運を、お祈りいたしております。早く、四人揃うとええですね」
「はい、頑張ります!」
暖かな声援に、榎たちも笑い返した。
四季姫が全員揃い、宵月夜の封印が完了した暁には、必ず了生に報告に来よう。
榎は、固く決心をした。
その直後。
榎の体が、妙な気配を感じ取った。
妖怪の気配とは違う。不思議な、感覚だった。
「誰かが、近づいてくる……?」
隣を見ると、椿と柊も、何かを感じたらしく、周囲に警戒を向けていた。
互いに目で合図を送り合い、揃って外に飛び出した。
寺の外では、さらに濃い気配が渦巻いていた。
風が止んだ。空気が生暖かく感じられる。息苦しい。
意識を取り戻した下等妖怪たちが、狂ったみたいに周囲を飛んだり走ったり、暴れまわっていた。
異様な光景に、榎たちは唖然とした。
「妖怪はんたち、どないしましたんや? 急に騒ぎ出して……」
慌てた様子で、周が出てきた。隣には、枷(かせ)が外れて、動きを取り戻した宵月夜もいる。何かを感じ取っているのか、眉を顰めて、表情を強張らせていた。
突如、枯葉を踏む足音が響いた。
前方の遊歩道から、誰かが歩いてくる。
細身の、少女だった。
その少女は、ふいに立ち止まり、周囲の妖怪たちの乱舞を、目で追っていた。妖怪が、見えるらしい。
「この辺りには、妙に、妖怪が多いな」
女の子にしては、低い声だった。
さらさらの黒髪を靡(なび)かせていた。長い前髪を中央で分けて、左右に流している。後髪は、肩の上で水平に切り落とされていた。
歳は、榎たちと同じくらい。色白の、日本人形みたいな容姿の少女だ。
少女は、紺色のセーラー服を身につけていた。夏用の半袖の制服だが、スカートの丈がやたらと長く、足首まである。
「誰や、あいつ? 一昔前の不良みたいな格好しよって」
柊が訝しむ。
確かに、いまどき、見かけないスタイルの着こなしだ。
「あの制服、四季が丘中学よね?」
椿が呟く。
言われてみると、榎たちが普段から着ている制服と、まったく同じデザインだった。まず、間違いなさそうだ。
でも、あんな生徒、いただろうか?
規模の小さな中学だ。生徒数も、たかが知れている。あんな格好をした生徒がいれば、目立つし、絶対に話題になっていると思うのに。
「お前ら、どうして妖怪が目の前にいるのに戦わない? 弱い妖怪なんて、さっさと消し去っちまえよ」
訝しく観察している榎たちに、少女は遠慮なく声をかけてきた。
妙に、含みのある台詞。
榎たちは、なんと返事をすればいいのか分からず、黙り込んで硬直した。
妖怪たちが、また、激しく暴れまわる。
少女の存在に、過剰反応している気もした。妖怪たちは、少女の姿を見て、取り乱しているのだろうか。
妖怪たちをそこまで騒がせるだけの何かを、目の前の少女は持っているのか。
固まっている榎たちを見て、少女は詰まらなさそうに吐き捨てた。
「それとも、こんな雑魚すら倒せないほど、脆弱(ぜいじゃく)なのか? 他の四季姫って奴は」
榎たちは、体を震わせる。
今、〝四季姫〟と言った。
冷静に考えようと頑張るも、思考が定まらない。まるで石像になったみたいに、体がうまく、動かせなかった。
外の異変に気付いて、寺の奥から了生が出てきた。
「失礼ですが、どちらさまですか?」
見慣れぬ少女に視線を向け、了生は落ち着いて尋ねる。
「――神無月(かんなづき) 萩(はぎ)」
少女は、静かに名乗った。
神無月 萩。
聞き覚えのない名前だ。
「誰かの、知り合いか?」
柊が、消え入りそうな声を出すが、返事はない。
返せなかった。本当に、知らない。
だが、妙な胸騒ぎだけは、絶えずしていた。
少女――萩の存在に、心当たりが浮かんでいた。
ちゃんと、声を掛けるべきだ。
なのに、うまく行動できない。強烈な威圧感に、体を支配されていた。
榎だけでなく、他の二人も同様だろう。
そんな状態の榎たちを見ながら、萩は苛立った表情を浮かべて、舌を打った。
「何だ、その他人行儀で、愛想のない態度は? 呼ばれたから、来てやったんだろうが。新聞の三行広告なんて、訳のわからねえ方法で呼びつけておいて、歓迎する気もなしか」
萩は手に、薄っぺらい新聞を握り締めていた。京都の地方新聞だ。
乱暴な手つきで、ぐしゃぐしゃになった新聞を地面に投げ捨てる。
「三行広告って、じゃあ、やっぱり……」
萩の言葉が、榎の中に芽生えた予感を、確信に変えていく。
胸騒ぎの原因が、ようやく実感できてきた。
「わざわざ、説明させる気かよ。お前らは、陰陽師の放つ気配も感じ取れないのか? 本当に、使えねえ奴らだな」
萩は、胸のポケットに手を突っ込んだ。
中から取り出したものは、黄色い大輪の菊の形をした、髪飾りだった。
髪飾りを握り締め、萩は力を込めはじめる。
突如、激しい風が巻き起こり、萩の体を包み込んだ。周囲の山の木々が、ざわめき始めた。榎の心臓も、高鳴った。
「乱れ風 日も夜も絶へず 時雨(しぐれ)呼ぶ 葉踏(はぶ)む有蹄(ゆうてい) 破滅の足音」
聞きなれた、呪文にも似た、不思議な和歌。
風が止み、視界が開ける。
榎たちの目の前には、黄色を基調とした十二単を纏った、萩の姿があった。
手に握った、長い柄のついた三日月形の巨大な鎌が、黒々と光っている。
落ち着いた、慣れた仕草で、萩は名乗った。
「――秋姫、見参だ」
嚥下(えんげ)家との話は、破談に終わった。
協力を拒んだ以上、長居するわけにもいかない。キャンプ場に戻ろうと決めた。
周(あまね)は、妖怪たちがみんな、動ける状態になるまで見届けてから、再び合流すると言って、寺に残った。
榎たち三人は、先に早々と寺から出た。
「お世話になりました。ありがとうございます」
玄関先で見送ってくれる了生に、丁寧に頭を下げた。了生も、お辞儀を返してくれた。
「餞別(せんべつ)、といってはなんですが、皆さんのお耳に、一つ入れておきたい情報が。――四季姫最後のお一人、秋姫様についてです」
去り際(ぎわ)の榎たちに、了生がさらりと、爆弾発言を投げかけてきた。
敷地の外へ出ようとしていた榎たちは、慌てて足を止める。
「もしかして、何か、手掛かりをご存知なんですか!?」
食いついた榎たちに、了生は大きく頷いた。
「うちの住職は、妖怪や陰陽師など、特殊な存在の気配を感じ取る能力に長けておりまして。秋姫様は既に覚醒して、四季が丘にいらっしゃると、申しておりました。ですから俺も、全員が揃っておるもんやと思いこんで、探しておったんです」
「本当ですか!? 四季が丘の、どこにいるんです?」
ぜひとも、教えてもらいたい。四季が丘にいるなら、すぐにでも会いにいける。
だが、了生の表情は、あまり芳しくなかった。
「秋姫様は、皆さんよりもかなり前から覚醒しておるらしく、四季姫としての技量も卓越しているとか。その分、気配の消し方も上手やそうで、住職も詳しく探れんかった、と申しておりました」
力になれず、申し訳ないと、了生は詫びる。
だが、非常に大きな収穫だ。秋姫について、かなり確実な情報が手に入った。
「あたしたちよりもかなり前に、覚醒しているのか……。しかも、技術も凄いとなると……即戦力かもな」
きっと、秋姫は、榎たちみたいに月麿からあれこれ教えてもらわなくても、陰陽師としての力の使い方について、別の方法で会得できたのだろう。凄い芸当だと、感心する。かなりの実力の持ち主である匂いが、プンプンしていた。
「気ぃ抜いとったら、リーダーの座も奪われてまうかもしれんで」
柊の茶化しも、今回ばかりは洒落にならない。榎の体に、緊張が走った。
「でも、四季が丘なんて、すぐ近くにいるんだったら、秋姫も椿たちの存在に気付いて、会いにきてくれても、いいのにねぇ?」
少し他人任せな発言だが、椿の疑問は尤もだ。
秋姫は、巧みに気配を消しているらしい。そんな技術を持っているならば、榎たちには察知するなんて無理だ。
対して、榎たちは気配なんて、消す訓練すらしていないから、普段から、だだ漏れだ。向こうが気付いて接触してきても、おかしくない気がする。
もしくは、わざと、接触を避けているのだろうか。榎たちの存在を知りながら、何らかの理由で姿を隠している可能性を、榎は考えた。
「力の差が、あるのかもしれないな。一緒に戦えるレベルかどうか、あたしたちの様子を見ている、とか」
榎たちのほうが、仲間として相応しいか、品定めされているのだろうか。その結果が芳しくないから、会いにきてくれないのか。
「立場は同じやっちゅうのに、舐められたもんやな。不愉快やわ」
柊は、名前も姿も知らない秋姫に、苛立ちを向ける。その考えが正しいと決まったわけではないが、確率は高い。
「何にしても、四人揃わないと力が発揮できないのだから、ちゃんと合流しなくちゃね」
椿の言葉に、榎たちは頷いた。相手の意図がどうであれ、必ず四人、集まらなくてはいけないのだから。
向こうが隠れいているつもりなら、榎たちが全力で見つけ出すのみだ。
どんな人だろう、早く会いたい。期待が一気に、高まった。
「了生さん、ありがとうございます。お誘いを蹴ったあたしたちに、色々と親切に教えてくれて」
榎は了生に向き合い、深々と頭を下げた。
本来なら、道を違(たが)えた時点で、榎たちに秋姫の話なんて、する必要もなかったはずだ。了生の善意には、本当に感謝しても、しきれなかった。
了生は笑顔を浮かべて、手を合わせる。
「何度もいうてますが、我が一族は、先祖代々受け継がれた教えを守っておるだけです。四季姫様のお力となる。その誓いは、たとえ我らの協力を拒まれようとも、消えうせるほど安い約束ではありません。ご武運を、お祈りいたしております。早く、四人揃うとええですね」
「はい、頑張ります!」
暖かな声援に、榎たちも笑い返した。
四季姫が全員揃い、宵月夜の封印が完了した暁には、必ず了生に報告に来よう。
榎は、固く決心をした。
その直後。
榎の体が、妙な気配を感じ取った。
妖怪の気配とは違う。不思議な、感覚だった。
「誰かが、近づいてくる……?」
隣を見ると、椿と柊も、何かを感じたらしく、周囲に警戒を向けていた。
互いに目で合図を送り合い、揃って外に飛び出した。
寺の外では、さらに濃い気配が渦巻いていた。
風が止んだ。空気が生暖かく感じられる。息苦しい。
意識を取り戻した下等妖怪たちが、狂ったみたいに周囲を飛んだり走ったり、暴れまわっていた。
異様な光景に、榎たちは唖然とした。
「妖怪はんたち、どないしましたんや? 急に騒ぎ出して……」
慌てた様子で、周が出てきた。隣には、枷(かせ)が外れて、動きを取り戻した宵月夜もいる。何かを感じ取っているのか、眉を顰めて、表情を強張らせていた。
突如、枯葉を踏む足音が響いた。
前方の遊歩道から、誰かが歩いてくる。
細身の、少女だった。
その少女は、ふいに立ち止まり、周囲の妖怪たちの乱舞を、目で追っていた。妖怪が、見えるらしい。
「この辺りには、妙に、妖怪が多いな」
女の子にしては、低い声だった。
さらさらの黒髪を靡(なび)かせていた。長い前髪を中央で分けて、左右に流している。後髪は、肩の上で水平に切り落とされていた。
歳は、榎たちと同じくらい。色白の、日本人形みたいな容姿の少女だ。
少女は、紺色のセーラー服を身につけていた。夏用の半袖の制服だが、スカートの丈がやたらと長く、足首まである。
「誰や、あいつ? 一昔前の不良みたいな格好しよって」
柊が訝しむ。
確かに、いまどき、見かけないスタイルの着こなしだ。
「あの制服、四季が丘中学よね?」
椿が呟く。
言われてみると、榎たちが普段から着ている制服と、まったく同じデザインだった。まず、間違いなさそうだ。
でも、あんな生徒、いただろうか?
規模の小さな中学だ。生徒数も、たかが知れている。あんな格好をした生徒がいれば、目立つし、絶対に話題になっていると思うのに。
「お前ら、どうして妖怪が目の前にいるのに戦わない? 弱い妖怪なんて、さっさと消し去っちまえよ」
訝しく観察している榎たちに、少女は遠慮なく声をかけてきた。
妙に、含みのある台詞。
榎たちは、なんと返事をすればいいのか分からず、黙り込んで硬直した。
妖怪たちが、また、激しく暴れまわる。
少女の存在に、過剰反応している気もした。妖怪たちは、少女の姿を見て、取り乱しているのだろうか。
妖怪たちをそこまで騒がせるだけの何かを、目の前の少女は持っているのか。
固まっている榎たちを見て、少女は詰まらなさそうに吐き捨てた。
「それとも、こんな雑魚すら倒せないほど、脆弱(ぜいじゃく)なのか? 他の四季姫って奴は」
榎たちは、体を震わせる。
今、〝四季姫〟と言った。
冷静に考えようと頑張るも、思考が定まらない。まるで石像になったみたいに、体がうまく、動かせなかった。
外の異変に気付いて、寺の奥から了生が出てきた。
「失礼ですが、どちらさまですか?」
見慣れぬ少女に視線を向け、了生は落ち着いて尋ねる。
「――神無月(かんなづき) 萩(はぎ)」
少女は、静かに名乗った。
神無月 萩。
聞き覚えのない名前だ。
「誰かの、知り合いか?」
柊が、消え入りそうな声を出すが、返事はない。
返せなかった。本当に、知らない。
だが、妙な胸騒ぎだけは、絶えずしていた。
少女――萩の存在に、心当たりが浮かんでいた。
ちゃんと、声を掛けるべきだ。
なのに、うまく行動できない。強烈な威圧感に、体を支配されていた。
榎だけでなく、他の二人も同様だろう。
そんな状態の榎たちを見ながら、萩は苛立った表情を浮かべて、舌を打った。
「何だ、その他人行儀で、愛想のない態度は? 呼ばれたから、来てやったんだろうが。新聞の三行広告なんて、訳のわからねえ方法で呼びつけておいて、歓迎する気もなしか」
萩は手に、薄っぺらい新聞を握り締めていた。京都の地方新聞だ。
乱暴な手つきで、ぐしゃぐしゃになった新聞を地面に投げ捨てる。
「三行広告って、じゃあ、やっぱり……」
萩の言葉が、榎の中に芽生えた予感を、確信に変えていく。
胸騒ぎの原因が、ようやく実感できてきた。
「わざわざ、説明させる気かよ。お前らは、陰陽師の放つ気配も感じ取れないのか? 本当に、使えねえ奴らだな」
萩は、胸のポケットに手を突っ込んだ。
中から取り出したものは、黄色い大輪の菊の形をした、髪飾りだった。
髪飾りを握り締め、萩は力を込めはじめる。
突如、激しい風が巻き起こり、萩の体を包み込んだ。周囲の山の木々が、ざわめき始めた。榎の心臓も、高鳴った。
「乱れ風 日も夜も絶へず 時雨(しぐれ)呼ぶ 葉踏(はぶ)む有蹄(ゆうてい) 破滅の足音」
聞きなれた、呪文にも似た、不思議な和歌。
風が止み、視界が開ける。
榎たちの目の前には、黄色を基調とした十二単を纏った、萩の姿があった。
手に握った、長い柄のついた三日月形の巨大な鎌が、黒々と光っている。
落ち着いた、慣れた仕草で、萩は名乗った。
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