別れの理由

彼女と約束をした3日後の夕方。
俺は父親に会議室に呼び出されていた。
「日曜日、付き合え。」
「お断りします。」
絶対その日曜日だけは死守したかった。
「相馬建築の前会長の社葬だ。」
「えっ？」
相馬建築の前会長と言えば祖父の親友で祖母の従兄弟にあたる人だ。
遠い親戚と言われればそれまでで、親戚付き合いがなければ行かなくてもすむ相手だが。
しかし、親戚よりも下手をすれば付き合いがあった。
家族ぐるみで付き合いがあり、俺も翠もよく可愛がってもらった。
「…わかりました。」
あの人の社葬に行かない理由はなかった。
亡くなって半年が経っていた。
「土曜日の夕方から相馬の家族と会食もある。」
「それもお付き合いしないといけませんか？」
土曜日だけでも彼女に会いたい。
ずいぶん彼女に触れていなくて死にそうだ。
「お前も参加することは先方に伝えてある。
インフルエンザで高熱を出さない限りは無理だ。」

部署に戻る前に喫煙所により一服する。
たまに無性に吸いたくなる。
最近は頻度が上がっているが自宅では吸わないことに決めている。
彼女の前で吸ったことがないからだ。
その喫煙所で彼女にLINEを打った。
『週末、両日とも仕事が入ってしまいました。』

彼女からの返信は18時過ぎにきた。
仕事を終えて帰宅中なのだろう。
『お疲れ様です。
連絡ありがとうございます。
週末の件、了承しました。』
そこには会いたいの一言もない。
俺自身そんな甘い言葉を伝えていないのだから求める方が無理があるだろう。
「今副社長に呼ばれて話をしてきたの。」
翠が声をかけてきた。
「お疲れ。
俺も夕方に話を聞いた。」
「また約束破りになるのね。」
ふふっと翠は笑った。
「いろいろタイミングが悪すぎる。」
「全くね。
まだ仕事するの？」
「明日取引先に持っていく資料のチェックがある。」
「付き合うから食事に行かない？」
「…わかった。」

資料のチェックは1時間程で終わったが、ミスが見つかって修正していたら時計は20時を過ぎていた。
「行くか。」
PCの電源を切ってカードキーで施錠して会社を後にする。
「何食う？」
「そうね、串カツ食べたい。」
近くに以前テレビで紹介された串カツ屋がある。
1度行こうと思っていたがなかなか行けなかった店だ。
「了解。」


歩いて店に向かっていると、向かいから男女連れが歩いてきた。
幻覚でも見ているんだろうか。
「こんばんは。」
彼女は足を止めて会釈してきた。
幻聴まで聞こえてきた。
俺は重症らしい。
翠は俺の腕を掴んで捻った。
痛い。
これは本物の彼女なのか？
「心配されなくても大丈夫ですよ。
私、昔合コンで知り合っただけの間柄ですから。」
彼女はなんでもないと言いたげに言った。
いや。
確かに知り合ったのは合コンだったけど、それだけの間柄じゃないはずだ。
翠は俺に身体を寄せてくる。
互いを虫除けとしてきた名残で翠は俺が女に話しかけられるとこうして相手の女を牽制する。
だけどこれじゃあまるで俺が浮気しているみたいじゃないか。
「行くぞ。」
少し先に歩いていたらしい男が彼女に声をかけた。
彼女は俺たちに頭を下げる。
「上司が呼んでおりますので失礼します。」
そうして彼女は小走りで立ち去った。
「今の子…、ちょっと違った？」
翠は彼女が立ち去ってポツリと言った。
「俺の、恋人の筈なんだが…。」
「えっ？
あたしまずいことしちゃった？」
「いや、後で伝えておく。」


しかし。
その後何度彼女に連絡を取ろうとしても彼女は電話に出ることはなかった。
そして翌日には電話の電源が切れていた。