別れの理由

梨花

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再びあたしの話。

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店のスタッフが来る。
「ブレンドで。」
元カレはあたしを見る。
カップにコーヒーは残ってはいない。
「ホットのロイヤルミルクティーを。」
スタッフが去り、無言になる。
「…お話したいことがある、と聞きました。」
「うん、その前に確認したいんだけど。」
あたしは膝の上に置いた手を握りしめる。
相手の顔は見たくない。
「はい。」
「君が上司と食事に行って俺と会った日の夜のLINE、読んでくれた?」
あの、水曜日だろうか。
「読んだのかもしれませんが、内容は覚えていません。」
次の日に返事は送った。
だから送った時に相手のLINEは目に入っているはず。
だけどどんな内容だったのか覚えていない。
あたしは正直に答える。
今更取り繕うものはない。
「そう、か。
あの日一緒にいたのは兄の婚約者なんだ。」
兄の婚約者。
「そうでしたか。」
答えるあたしの声は冷たい。
兄の婚約者と腕を組めるだろうか。
あたしには無理だ。
今、あたしが腕を組んでいいと思えるのは遥希だけだ。
「彼女は従姉妹で高校の時ぐらいから付き合うふりをしてきた。
俺はね、今勤めている会社の創業者の一族で、その頃から玉の輿狙いか俺の見た目だけで近づく女ばかりだった。
彼女の周りに集まる男も同じでお互い協力し合うような関係なんだ。」
「そうでしたか。」
目の前の人が勤めている会社の名前と自身の姓が同じだからひょっとしたらと思うことはあった。
しかしこの人は平社員でただの偶然も考えられたし、何も教えてはくれなかったからそうではないのかもしれないとも思っていた。
全て、あたしにとっては過去の話だ。
さっき遥希に泣きつきそうになったのが嘘のように冷静に話が聞ける。
「だから、君が不安に思うようなことはないんだ。」
お店のスタッフがコーヒーとロイヤルミルクティーを持ってきた。
「お話は、それだけですか?」
「いや。
この間も言ったけど、俺は別れるつもりはない。
君と付き合い始めて1年たった時に君と結婚したいと思った。そして父に結婚したい女性がいると言ったんだ。父は俺に役職につくまでは駄目だと言ってきた。」
結婚?
そんな話はあたし、聞いたことがない。
「それからの2年間俺は必死で働いてきた。
ようやくこの4月に係長になったんだ。これで君に結婚を申し込むことができると、俺の家族に紹介できると思ってた。」
全てあたしの知らない話だ。
あたしは顔を上げた。
「貴方とお付き合いすることは今後ありません。」
あたしは彼の顔を見てはっきりと答えた。
「どうして?
俺の何処が悪かった?
何でも言ってくれれば直すから。
だから、俺から離れないで。」
あたしは首を振る。
「何も聞こうとしなかったあたしも悪かったと思います。
どうして貴方から約束したはずの休みが、一緒に過ごせる時間が貴方自身によって消えていくのか。
あたしは聞くことで貴方があたしから離れてしまうかもしれないと考えて聞けなかった。
自分で聞かないと決めたことだったけど、でも、貴方と一緒に過ごせなかった時間、貴方のことを考えたり思ったりする時間がどんどん増えて、気がつけば貴方と会う方が辛くなった。
高価なプレゼントなんていらなかった。
それよりも貴方と一緒に食事やドライブに行った時のほうがずっと楽しかったです。
でももう、今のあたしは…。」
あたしは首を振る。
「ごめんなさい。
あたしと貴方とは生き方が違うの。
だから、きっと貴方が望むようにしてもあたしはまた貴方から離れる。
それに。
今は、貴方より大切な人が、います。
だから、あたしの事は諦めてください。
お願いします。」
あたしは頭を下げた。
「大切なって…。
まだ別れを言われて2日しか経ってないのに。」
「あたし、半年前ぐらいから貴方とは別れたいと思っていたの。
それでも、もう少しだけ待ってみようと思って過ごしてた。
でも、真っ赤な口紅のついたあたしのマグカップ見て、別れる決心がついたの。」
「だからあれは、兄の婚約者で従姉妹が兄と一緒にきていたから。
だから…。」
「ごめんなさい。
たとえあのマグカップの口紅が貴方のお母さんのものだったとしても、あたしはいやだったの。
あたしがただ1つ、貴方の部屋に置かせてもらってたあたしの私物だったのに、貴方の部屋にあるのは違和感があるものだったはずなのに、貴方は平気で他の人に使わせてそのままだったの。
だから、あたしは決心をつけることができた。
別れを告げたのが日曜日だったというだけで、もう気持ちは随分前から貴方にはなかった。
だから、本当に、諦めてください。」
「ねぇ、その辺にしてやってくれないかな。」
頭上から声が降ってきた。
「あなたは…上司の?」
はぁ、と遥希はため息をつき、あたしの隣に座った。
「あんたがやれなかったものは俺がこいつにやったから。」
ほら、と言わんばかりに遥希はあたしの左手を掴んでテーブルに置く。
「婚約指輪?」
違うけど。
パッと見た目はそう見えてしまうだろう。
遥希は何も言わない。
「俺は納得できない。
どうして?」
「あんたはこいつが欲しがってるものわからなかったんだろ?
3年も恋人として付き合って、それも2週間かけて口説き落とした女の、一体何を見てきたんだ?
2年前から結婚考えてた?
そんなのこいつに言ってない時点であんたの独り善がりだろ。
こいつが漸く重い腰を上げてあんたと別れると決めてくれてからは俺はありがたく口説き落とした。
それだけの話だ。
こっちはあんたがこいつを口説く前から惚れてたんだ。
どれだけ必死になるかわかるだろ。」
遥希は言ってテーブルに置いたあたしの手を握り、テーブルから下ろした。
「…わかり、ました。
ありがとうございました。」
彼は小さく頭を下げ、500円玉1枚テーブルに置いて去って行った。
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