種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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ヒナ編

偽りの人格だとしても

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――2時間後、ヒナは手術台の上で久しぶりに思える「左腕」の感覚が広がり、本当に自分の左腕が再生されたこと驚愕を隠せない。ベータが行ったのは彼女の血液を採取、分析、後は医療器具にデータを送信する作業だけであり、勝手に設備が作動してヒナの左腕を再生させる。

しかも驚くべきことに左腕を移植中の間は一切の痛みも感じず、気が付いたら何時の間にか腕が戻っていたという感覚である。麻酔の類を事前に打たれたわけでもないのに、これほどまでの重傷が数時間で完治するなど途轍もない医療設備だった。


『どうです?感覚はありますか?』
「まだ違和感は残ってるけど……大丈夫」


ヒナは左腕の掌を握り締め、試しに意識を集中させると、


ボウッ……!


「おおっ……!」


左腕に「蒼炎」が纏われ、右腕のように魔鎧(フラム)が発動出来たことにヒナは感動していると、


『消火~!!』


ブシュゥウウウッ!!


「ぶはっ!?」


突然にベータが自身の腹部を左右に開き、まるでシグマのように消火器のホースを取りだすと、ヒナの身体目掛けて水が振りかかる。意識が乱された事により、右手の魔鎧が掻き消えると彼女の放水は停止し、ずぶ濡れになったヒナがベータを睨み付ける。


『もう、急に危ないじゃないですか?私ってこう見えても警備ロボットですから、火災を探知したら瞬時に消火作業に入るようにプログラムされてるんですよ?』
「そこはシグマとガンマと同じなんだ……くしゅん!!」


手術台の上から降りると、すぐにヒナは濡れ切った上着を脱ぎ捨て、ベータが『仕方ないですね~』と呟きながら室内のロッカーを開き、この施設の職員が着用していたと思われる男性物のスーツを取り出す。


『女性物が無いので、それで我慢してください。あ、その服は私が洗濯して乾かしといて上げますから、そのまま台の上にでも置いて下さい』
「はいはい……覗かないでよ」
『安心してください。私はアンドロイドですよ?しかも、同性(?)を相手に興奮するわけナイジャナイデスカ』
「何で最後が片言なのかな……」


ヒナはベータを追い出し、服を男性物のスーツに着替え終える。意外にも動きやすく、どうやら素材自体が特別製らしい。具合を確かめた後に部屋を出ると、そこには資料らしきものを片手に持つ彼女が待ち構えており、


『……すごい肉体ですね。今までに様々な生物を造り上げましたが、ここまで細胞単位で肉体が強靭な人は初めてですよ』
「そうなんだ……」
『ですけど……この数値が正しいならヒナさんはあと11ヶ月と3日と13時間24分13秒で死んでしまいますね。原理は解明できませんけど、ヒナさんの肉体が急速的に強化される一方で、反面に壊れかけているように思えます』


ベータの言葉に不意にヒナはアイリィから告げられた言葉を思い出す。現在の彼女の肉体は「急成長」と呼ばれる現象で異常な速度で成長しており、その分に加速度的に寿命を縮めていると聞いている(老化とは少し違うようであり、外見はほとんど変化しない)。

仮に全ての聖痕を回収し終えたとき、アイリィが彼女の身体を治療して元の状態に戻すとだけ聞いているが、逆に期限内に聖痕を回収できなければ死んでしまうはず。だが、この医療設備ならば治療方法があるのか尋ねてみる。


「この医療設備で延命とか出来ないの?」
『ん~……長期間の治療が必要になりますね。少なくとも数年間はカプセルの中で眠ってもらいますけど』
「それでも数年で治るのかぁ……」


普通、寿命で死を迎えようとしている生物を延命出来るなど相当な医療技術なのだろうが、ヒナの場合は聖痕を回収すれば治してくれると約束してくれたので、今は無理に時間を掛けてまで治療する必要は無い。第一、この施設を爆破するならば意味のない話であるが。


「さてと……行きますかね」
『その前に1つ聞いていいですか?』


首を鳴らし、左腕を確かめるように掌を何度も握りしめるヒナに対し、ベータは真面目な表情で顔を向け、



『貴女はこれからどうするんですか?いえ、どう生きていくのかと聞いた方がいいですかね?』



彼女の言葉にヒナは顔を向け、



『貴女は「霧咲 雛」という少女の記憶と人格を受け継いだだけのクローン……いえ、この世界の住人です。生まれは少し特殊ですが……これから先の人生も「雛」として無理に生きていく必要はありません』
「そうだね」


今までずっとヒナは自分がこの世界に転生した存在だと信じ切っていたが、それが全てDEと呼ばれる脳内チップによって埋め込まれた全く違う人間の記憶だと知らされ、正直に言えば自分自身に対して戸惑いを隠せない。

これまでの人生を「雛」の人格で生きてきたと思っていたが、実際には赤ん坊の頃に脳内チップによって雛という旧世界の少女の人格を「上書き」され、自分が正真正銘のこの世界の住人だと知らされても実感が沸かない。

だが、ヒナは今更自分が「雛」の生まれ変わりではないと知った所で、別に彼女自身に大きな変化が起きる訳ではない。衝撃を受けたのは事実だが、これまで通りに「ヒナ」として過ごす事に変わりはない。


「別に今まで通りに生きていくよ」
『それはどうですかね』
「……何か言いたいことがあるの?」
『ヒナさんの「ヒナ」という名前は、間違いなく「霧咲 雛」さんの名前から取ったんですよね。ですけど、どれだけ貴女がこの名前を語ろうと実際の「雛」さんでは無いんですよ?』
「分かるよそれぐらい」
『そうですかねぇ……貴女がこの「ヒナ」と名乗って生きていくのは自由ですけど、何時までも過去に捉われるのはどうかと思いますよ』
「どういう意味?」
『正直に言えば私が「霧咲 雛」のDEを赤ん坊のヒナさんに埋め込んだ際、チップの中身を調べました。私の基となった人間がやった事とは言え、結構な過酷な人生でしたね』


「霧咲 雛」はセカンド・ライフ社によって造りだされたクローンであり、オリジナルとなった少女の予備臓器として育成されていた。結局、予定よりも早くに彼女は臓器を摘出されて死亡してしまう。

脳内に仕込まれたDEによって生前の彼女の思考パターンや記憶は記録され、赤子のヒナにそのデータを脳内に刻み込まれたとしても、彼女が「霧咲 雛」でなければ生まれ変わりでもない事実は変わらない。


『私が言いたいのはこのまま無理にヒナさんとして生き続けて本当に後悔しないのかと聞いてるんですよ。どうしても嫌なら、ここで起きた出来事だけを消去する事も出来ますけど』
「もう何でもありだね」
『文字通り、この施設の医療設備は世界一ィですからね!!まあ、それは置いといて……どうします?』
「う~ん……」


確かにここで起きた出来事を綺麗さっぱり忘れてしまえば、ヒナはこれまで通りに「雛」が転生した存在として過ごせるかもしれない。だが、それで本当にいいのか。ベータが言いたいのはこのまま「雛」という存在に執着し、生きていく事が正しいのかと思っているのかという事であり、ヒナは考え込む。



――自分が既に死亡してしまった少女の人格を埋め込まれた存在というのは衝撃の事実だが、例えそうだとしても、ヒナのやる事は変わらない。



自分が「雛」という少女の偽物であろうと、今更生き方を変える気はない。今までも、これからも彼女がやるべき事は何一つ変わらない。



「私は……私だよ。名前が色々と変わったり、性別も曖昧で、口調も変わったりするけれど、私の本質は何も変わらない。私は「雛」じゃない事が分ったからって何も変わらないよ……私は私だよ」



例え、自分が「本物」で無かったとしても、今更生き方を変えるつもりはない。仮に何らかの理由で旧世界の「雛」本人がこの世界で生きていたとしても、彼女に対して遠慮する気などさらさらない。


自分と雛が違う存在だとしても、仮に雛の方がヒナを否定したとしても、彼女、もしくは彼(レノ)は今まで通りに生きていくだけだ。



『テンプレな答えですね……でも、まあ、それが一番無難で間違いじゃないかもしれませんね』



やれやれとばかりにため息を吐いた後、ベータは口元に笑みを浮かべ、すぐに真剣な表情に戻り、



『それでは案内します……解体コードが搭載されたメモリが存在する場所へ』
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