捕獲されました。

ねがえり太郎

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プロポーズの後のお話 <大谷視点>

12.呼ばれました。

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大谷さんの一人称に戻ります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「大谷さ~ん!」

弾んだ声を聴いてゾクっとした。いつもあちらから話しかけて来る事なんて無かった人からキャピキャピした仕草で話しかけられるって―――恐怖だ。
以前三好さんに追い詰められた時『ホラー』だって思ったけど……言葉を発する人の本性の違いでこれほどまでに恐怖心の差があるんだってヒリヒリするほど思い知らされる。

「おはようございます」

ロッカーをパタンと閉めてから、覚悟を決めてクルリと振り向いた。
満面の笑みの川北さんがグングン近づいて来るのが……心底恐ろしい。

「昨日はどーも!知らなかったなぁ~……亀田課長って結構気さくな人なのね。もう所属が変わったのに昔の部下にも気を配ってくれるなんて」
「は、はぁ」

何と言って良いか分からない。確かに『亀田課長』は見た目の硬質さや仕事に関する鬼対応と裏腹に、意外と部下に対してさり気なく気を配ってくれる。だから彼は結構、直属の部下からは慕われている。何しろデキる美女、三好さんがうっかり惚れちゃうくらいなんだから。
だけど私と一緒にいたのはそう言う理由じゃ無くて。
……ギリギリ昨日は誤魔化せたものの、その内バレるのは時間の問題で。丈さんはもう隠さなくても良いと言っていたし、今隠しても意味の無い事なんだけど―――だから打ち明けた方が良いんだって思う。だけどどのタイミングで伝えれば……。

「しかも直ぐに違う会社に勤めるかもしれない派遣の人まで気に掛けてくれるなんて。大谷さんも良かったわね、良い上司に巡り合えて」

うっ……何気に派遣と社員の間に線引きされてしまった。これは一種の牽制なのかな?川北さんは『亀田課長』側の人間だと主張しているのだろうか。何となく優越感を漂わせる川北さんに『亀田課長と付き合ってます』なんて暴露したら……うわぁ、想像しただけで心臓が苦しくなって来たよ……。

駄目だ、今は言えん……!
気弱な自分が嫌になるけど、今伝えるのは激しくタイミングが悪い様な気がする……!



「吉竹さんが無理に頼んだの?」
「は?」
「あの人ちょっとねぇ……気を付けた方が良いわよ」
「えっそれはどういう……」



てっきり私に突っかかって来ると思っていた彼女が、不意に吉竹さんを話題に上げたので思わず聞き返してしまった。すると川北さんはスッと目を細めて一歩私に近付き声を潜めた。

「あの人……人の尻馬に乗って何でも自分の物にしたがる所があるから、気を付けた方が良いわよ」
「あの、吉竹さんは良い人……ですよ?」

厳密には『良い人』って言うより『面白い人』『変わった人』って描写が適格だと思うけれども。あれほど見た目とギャップがある人もいないよなぁ……ちょっと見、色っぽいお姉さんってイメージなのに。

すると「フン」と鼻を鳴らして川北さんは憮然として腕を組んだ。

「『良い人』に見せかけて近づくのが彼女の手なのよ。昨日一緒にいた中務さんも……彼女に騙された一人よ。他の人との仲を取り持つ振りして、結局自分が仲良くなっちゃうんだから。きっと中務さんはあの人にある事無い事吹き込まれているのよ」

それは―――『他の人』って自分の事なのだろうか?
川北さんは『そう』受け取っているってコト?例えば吉竹さんが川北さんの悪口を吹き込んで中務さんとの仲を邪魔した……みたいな。付き合っているとまでは確信を持っていないのかもしれないけれど。

でも実際は……吉竹さんが中務さんをって言うんじゃなくて、中務さんの方が吉竹さんを好きなんだよね?

それは素の二人を見ていても明らかだ。だって吉竹さん……どう見ても自分をよく見せようなんてこれっぽちも思っていないし、中務さんの方が積極的に彼女の世話を焼こうとしているように見える。だって少しでも良く見せようと思ってたら……あんな風に人前で残念な妄想、爆発させていないよね?
ひょっとすると学生時代から中務さんの方が片想いしていたって可能性だってあると思う。突っ込んで聞いてないから分からないけれど。

「吉竹さん……そんな人じゃないと思いますけど」
「お人好しね~……貴女も利用されているかもしれないのに。きっと彼女、亀田課長に気があるんじゃないかしら。貴女や中務さんをダシにして近づこうとしているのよ。気を付けた方が良いわよ」
「はぁ」

確かに小説のネタにするとか、自分の趣味の為に私達の馴れ初めを聞き出そうとしている所は利用していると言えば言えるのかもしれないけど……川北さんの言っているのは多分そう言う事じゃないよね?つまり恋愛的なコトで利用しようとしている、と言いたいのじゃないだろうか。でも長く付き合っていたら―――吉竹さんが全然そう言う人じゃないって分かりそうなものだけれども。

「亀田課長にも気を付けるように言った方が良いわ。貴女はすっかり騙されちゃっているから―――私から課長に直接伝えたほうが良いかもね。ねえ、亀田課長と話が出来るように場を設けてくれないかしら」
「……」
「大谷さんは気が弱そうだし―――正社員の吉竹さんに逆らえない気持ちは分かるわ。でもそんなのってフェアじゃない。亀田課長の為にもちゃんと伝えなきゃいけないと思うの。あ、でも勿論私がちゃんとやるから。大谷さんは取り次いでくれるだけで良いんだし―――」
「あのっ……」

堪えきれなくなって私は声を発した。
顔を上げて真正面から川北さんをヒタと見つめる。
でも怖くて腰が引けちゃう。ふわふわして足元がおぼつかない……なんだって私はこんなに弱いんだろう?吉竹さんは川北さんの目の敵にされるのも厭わずに私の前に立ちはだかってくれたのに。その吉竹さんをここまで言われて何も言えないなんて―――嫌だった。

でも派遣社員の分際で正社員の彼女に、しかもこういう気の強い自分中心の人に逆らうなんて―――今までの人生で選択した事の無い行動だ。だって一定期間経過したら私はここを去るのが決まっていて―――次の派遣先に移る時の評価に関わるかもしれない。だけどそれよりもっと気になるのは……下手に揉め事を起こして周りの人に迷惑が掛かったら申し訳ないって気持ちが大きい。波風立てない事が、最低限私に出来る気遣いのような気がするのだ。

だけどママなら……どんな立場だってズバッと笑顔で切り捨てるんだろうな。パパなら勢いで思いをぶつけてワーッと言い負かしちゃうんだろう。私は―――どんな所でも平気で生きていけるような強くて個性的な二人の娘なのに……何でこんなに凡庸で臆病なのだろうか。

そんな事をグルグル考えていたら、ポロリと口をついて本音が出てしまった。



「吉竹さんは―――そんな人じゃ、ゼッタイ・・・・ありません」



あっ……!



言っちゃっ……た……。
思わず拳を握り、俯いてギュッと目を閉じた拍子に―――オブラートに包まずに。

「―――」

ひいぃっ!ま、真顔、こわっ……!

おそるおそる顔を上げると、温度の下がった川北さんの表情が目に入った。恐ろしさのあまり、私の心臓は瞬間冷凍されたかのように凍り付く。
ブルブル震えていると、怯えたような私の表情に少し気を取り直したのか、川北さんは溜息を吐いた。

「ま……大谷さんの立場じゃそう言うしか無いのかも、ね」
「いえ、あの―――」
「だから―――あなたじゃ駄目だから、私が亀田課長に言わなきゃならないんでしょう?」

多少イラつきつつも、諭すように言う川北さん。思い込みってコワい。この場合の川北さんの動機って自分の利益だよね。なのにまるでそれが全くの正義であるかのように話すから、本当に怖い。

これ、今更だけど―――私が亀田課長と付き合っているって言えば収まるのだろうか?

でも川北さんはあくまで吉竹さんの事を忠告したいって主張している訳で……亀田課長と付き合いたいとか言っている訳じゃない。なのに私がいきなりそんな告白したら―――下手すると逆上とかしちゃったりしないだろうか。



「……あの」
「川北さーん!電話!」



既に就業時間を過ぎていたようで、彼女に呼び出しが掛かった。

「ああ、もう!今行きます!」

振り向いてそう告げてから、川北さんはズイっと顔を寄せて私に「じゃあ、後でね」と続きがあると匂わせて去って行った。

『後で』ってナニ?

吉竹さんは別に何も企んで無いのに。
それに亀田課長は誰に何を言われたって自分を曲げる人じゃないんだから―――例え吉竹さんが川北さんの言っていた通りの悪人だとしても、彼女が世話を焼く必要なんて無いのに。



あー……彼女にそう、言いたかったんだ、私。
今更心の中で訴えても、全く意味ないんだけど。



でも『後で』―――言えるかなぁ。
う~ん……言えるような気が、まるでしないっ!!


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